「ディヴァイン・ディヴィニティ 完全日本語版」
Text by Iwahama 22th Apr.2003
「二度読む価値のない本は,一度読む価値もない」――マックス・ウェーバー(ドイツの社会学者)
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本作「ディヴァイン・ディヴィニティ 完全日本語版」(以下,DD)は,RPGファンにとって,巨大なオモチャ箱である。
そこに入っているオモチャは,決してどれも,完璧というわけではない。古いオモチャも多いし,中には,出来損ないのオモチャもある。しかしRPGファン達は,いつまでもそのオモチャ箱の中で戯れていたいと思う。そして一度遊び終えても,しばらくすると,まだ遊んでいないオモチャが気になり,ついもう一度,オモチャ箱に向かってしまう。
DDには,間違いなく,何度でも最初からプレイしたくなる魅力がある。つまり端的にいうと,DDは,面白いのだ。
本稿では,その魅力/面白さについて,語ってみよう。
■最低でも40時間は楽しめるシングルプレイ専用RPG
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DDは,最近では珍しくなった,シングルプレイ専用RPGである。リヴェロンというファンタジー世界を舞台に,神に選ばれた主人公が世界を救うまでの物語が描かれている。
主人公キャラクターは,サバイバー,ウォーリアー,ウィザードの3クラス×性別の,計6タイプの中から選ぶことになる。ただクラスごとの差は初期能力と戦闘に関する各種計算式くらいで,全部で96種(×5レベル)用意されたスキルは,どのクラスだろうが,自由に習得できる。つまり,(強いとは思えないが)攻撃魔法が得意なウォーリアーも,盗みが得意なウィザードも育て上げられるというわけ。
こうして作った主人公キャラクターは,丁寧に描き込まれた2Dのフィールド上で,150人以上のNPCと出会い,無数のアイテムを手に入れ,100種類以上のモンスターと戦っていくことになる。
……とまぁ,簡単に説明していくと,DDは平凡すぎるくらい,平凡だ。あえてシステム面での特徴を挙げるならば,そのデータの膨大さだ。
DDをクリアするには,最低でも40時間はかかるといわれている。もしなんの資料も読まずにDDを遊んだら,おそらくクリアまでに軽く60時間はかかってしまうだろう。
何が時間がかかるって,とにかく世界が広い。計2万画面に及ぶというその世界は,隅から隅まで歩くだけで,ウン十時間かかってしまう。しかも単にだだっ広いわけでなく,程良い密度で何かしらの出来事が用意されている。例えばクエストは,"クエストログ"に残るものだけで,約200も用意されているのである。
あまりに広大な世界を旅するため,まるでMMORPGのように,ゲーム世界に家を持つことができるのも面白い。家を買うことができるのはもちろん,宿屋にお金を払い,週単位で部屋を借りることだって可能。もっとも,多くのユーザーは適当な空き家に勝手に荷物を運び込び,家として使っているようだ。DDでは多くのオブジェクト(椅子や石,植木鉢)を持ち運ぶことができるため,ゲームのストーリーそっちのけで,魅力的な部屋作りに精を出す人も少なくないようである。
なお,戦闘/スキル,クエスト,アイテムのシステムに関しては「こちら」のプレビュー記事に詳しいので,ぜひご一読いただきたい。
さて,ひと通りの紹介をしたが,これでもまだ,DDに魅力を感じない人のほうが多いだろう。正直DDには,意外性や新機軸といったものは,ない。
DDはの魅力は,先行する数多くのRPGからエッセンスを抽出して,多少不細工になろうが,無理矢理一つのRPGとして成立させちゃった点にある。これについては,次項で語ろう。
■一見すると,ただのコラージュRPG。なのに,なぜ面白いのか?
DDのシステムを説明するのは,非常に簡単だ。多くの読者は,「ディアブロタイプ」のひと言で,理解してくれるだろう。正面上方から見下ろした2Dのグラフィックスのフィールド上を,一人のプレイヤーキャラクターが,フィールド上を左クリックすればその場に移動し,NPCを左クリックすれば会話し,モンスターを左クリックすれば攻撃する。そして右クリックすれば,魔法などのスキルを発動する。
ストーリー/クエストを説明するのも,やはり簡単。「バルダーズ・ゲート」だ。「The Elder Scrooll」でも,「ソードワールドPC」「サバッシュII」でも構わない。メインストーリーとは別に,ゲームクリアの必要条件ではない,数多くのクエストが用意されている。
またDDのBGMには,どこか懐かしさを感じる旋律を持つ曲が多い。"狙いすぎ" "臭い"ともいえるのだが,筆者には,この"臭さ"がたまらなく心地良かった。「ウルティマ」や「ドラゴンクエスト」と同様といえば,ご理解いただけるだろうか。
実際筆者は,DDをプレイしている間に,何度も先行するRPGの芳香を感じた。すでに挙げたタイトル以外でも,「ローグ」「ウィザードリィ」「バーズテイル」「マイト & マジック」「ファンタジー」「夢幻の心臓」といった古(いにしえ)の人気RPGシリーズを,思い出しながらプレイした。
しかし今は21世紀だ。そんな前世紀のRPGのコラージュを作ったところで,それだけでは面白いわけがない。
では,なぜDDは,面白いのか?
筆者が思うに,DDが,真の意味で"ゲーム"だからだと思う。ユーザーを楽しませることに専念している,とでもいおうか。"大味な"という表現があるが,DDはその逆。ユーザーを楽しませようという気配りが,かなりの緻密さで満載されているのである。その具体的な例は,次項で。
■丁寧な"仕事"の向こうに,スタッフの笑顔が見える
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DDを遊んでいて強く感じるのは,非常に"刻み方が細かい" "密度が濃い"ということ。ちょっと古い言い回しだが,DDの開発スタッフは非常に"いい仕事"をしている。とにかく,あちらこちらにサービス精神を感じるのだ。
ちょっと大げさにいえば,DDでは,次から次へとクエストが発生する。クエストはすぐに達成できるもののほうが珍しいため,未解決のものがどんどん増えていくのである。この感覚は,たまらない。ちょうど,未読の本の山に囲まれているのと同じ感覚だ。「これ全部読むのは大変だなぁ」と言いつつも,口元がほころんでしまう。
クエストとは呼べないほどの小ネタもある。例えば,とある墓に「花は不要。とくに妻からは!」なんて書いてある。この時点でジョークとして成立しているが,試しに花を墓前に置くと……なんとゾンビが現れ「なぜ死者の願いを無視する?」と襲いかかってくる。
こういった小ネタはDDの世界中にちりばめられていて,プレイヤーを飽きさせない。
またちょっとしたセリフ回し,本やメモに書かれた文章,墓碑銘なども,非常にセンスが良く,面白い。また日本語訳も良く,オリジナルの魅力がまったく損なわれていないのは驚嘆すべきことだ。
……などなど,DDのことを知れば知るほど,その作りの丁寧さには驚かされる。
ただこの"丁寧"は,場合によっては"バカ正直"となる。例えばセーブは世界中の状態を細かく保存するため,時間がかかるし,データも巨大になるなど,バカ正直さゆえの不満点も多い。つまるところDDはまだ十分に洗練されていないのだが,その"素人臭さ" "同人っぽさ"が,DDにおいては,さほどマイナスとなっていない。技術力がさほど高くないなりに,開発スタッフ達が一所懸命に本作を面白くさせようとした意気込みが伝わってくるからだ。
岩に突き刺さった剣,聖杯,喋る木,大富豪同士の争い,暗躍するアサシンギルド,スタッフ達が住む洞窟,美しいエルフとのロマンス,願いを叶えてくれる井戸などなど,ユーザーが喜びそうなネタを,「これでもか」とばかりに入れてあるサービス精神には,頭が下がる思いである。
思うに,開発スタッフ達は,DDを非常に楽しみながら作ったんだろう。開発現場には,おそらく,笑いが絶えなかったはずだ。たまに言い争いがあるとしても,それはすべて,「いかに面白いゲームにするか?」という問題についてのこと。
この「儲け主義」の世の中,そんな環境でゲームが作れるというのは,非常に希有なことだ。
■欠点だらけの傑作
DDには,欠点も多い。先述したセーブに対する不満以外にも,ようやく登場したパッチを当ててもまだ細かいバグが残っているなど,開発したLarian社の技術力の低さは否めない。グラフィックスにも若干古さを感じるし,キャラクターが思う場所に動いてくれないなど,インタフェースもまだまだ改良の余地があるだろう。
何より気になる欠点は,DDの最大のウリである作りの丁寧さ/密度が,物語が進むにつれて,薄れていくところ。ゲーム終盤に至っては,まったく別のゲームと思えるほど,ただただ戦闘だけが続く。
しかし,これらの欠点がありながらもなお,DDは傑作と呼ぶにふさわしいゲームだ。RPGというジャンルが好きな人は,悪いことはいわない,ぜひこのDDを遊んでほしい。例え序盤でつまずいても,なんとか先に進んでほしい。DDを物語の半分ほどまで遊べば,過去の多くの名作の影の合間に,未来のRPGを感じるはずだ。
「ディアブロ」「バルダーズ・ゲート」を超えないまでも,これらを超える未来のゲームを期待させる,本作。"非MMO"RPGの火は,まだ消えてはいないようだ。
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