新興のハードウェアベンダーAgeia社が,先のGDC 2005において"PPU"なる新しいプロセッサを発表した。ゲームプログラムのフィジックス(物理演算)部分を専門的に処理し,それだけCPUの負担を減らすという,ゲームの未来にも少なからず影響を与えそうな"フィジックスアクセラレータ"の誕生である。ゲームソフト開発会社と市場のサポートを得られれば,PCゲームの救世主となる可能性さえあると筆者は見る。ここでは,GDCでのレポート(「こちら」)より,もう少し深く考察してみよう。
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Ageiaに見せてもらったサンプルカードと,搭載されているPhysXチップ。(32ビット)PCIスロットの反対側にはPCI Express ×1スロットが用意された形状になっている。製品版のリリースは2005年11月〜12月になる模様 |
PCゲームの開発者達が,こぞってVoodoo Graphicsの専用ソフトや専用デモ版をリリースすることで,ゲームファンの間にも急速にVoodooの名が浸透していき,PCに本格的な3Dゲーム時代の到来を告げただけでなく,ソフトウェア/ハードウェアの両面でPCゲーム市場に活気をもたらしたといえるだろう。
そして2005年。GDCでは,あの3dfxブームの再来を予感させる,新ハードウェアが発表されていた。Ageia社の「PhysX PPU」である。
PhysX PPUは,グラフィックスではなくフィジックス(物理)のための専用チップであり,CPU(Central Processing Unit)とGPU(Graphics Processing Unit)につぐ,新しい処理装置"PPU"(Physics Processing Unit)となる。フィジックスの演算は,今後増加すると同時に複雑化していくと考えられており,このハードウェアで加速処理してしまおうという試みは,10年前のVoodoo Graphicsに通ずるものがあるといえるだろう。
コンピュータグラフィックス技術の進歩は凄まじく,今ではプリレンダリングされたCG映画と同じようなビジュアル効果が,PC上でリアルタイムに表現されてしまうまでになった。しかし,例えば戦闘シーンであれば,爆破された建物やロボットの破片はパーティクルだけでなく大小無数の部品として表現されるのが望ましいし,そのオブジェクトの落下/衝突によってダメージを受けるものがあってもいいはずである。
風になびく樹木,キャラクターの髪のフサフサ感やサラサラ感,衣服やカーテンの揺れ,そして衝突による車体の変化といった物理シミュレーションも,今後はますます追求されていくに違いない。そこで,PhysXという新しいコンセプトの登場となる。
現行のCPUでは,フレームごとにリアルタイム処理できるのは50〜100程度のオブジェクトが限度であるとされており,グラフィックス効果に見合う物理オブジェクトの多くが犠牲になっている。しかし,Ageiaのビジネス開発担当副社長グレッグ・ストーナー(Greg Stoner)氏によれば,PhysX PPUを利用することで「同時に3万から4万の物理オブジェクトを演算できるようになる」ので,CPUとGPUのコンボだけでは表現不可能だったことが,PPUも加えたトリオであれば実現されるのだ。
現在Ageiaの公式サイト(「こちら」)でダウンロードできる「Rocket」デモ。高層ビルの形に積まれたブロックが崩れるデモなどもあり,CPUには相当な負担となっているのが分かる |
NovodeXは,Epic Games社だけではなくセガやUbisoftとも,PCおよび次世代コンシューマ機用のミドルウェアとしてライセンス提携に至っている。ほかにも「City of Heroes」のCryptic Studios社,「Magic the Gathering:Battleground」のSecret Level社,そしてゲームのMacintoshへの移植で知られるAspyr Media社や古参のMMORPG開発元Sumitronics社からの協賛も得ており,この手のニュースは今後も増えていくに違いない。
実際のシミュレーション技術では,NovodeXはHavokと大差ないとされているものの,より柔軟性の高い利用許諾といった商業的な理由や,クロスプラットフォームへの対応で生じる問題への取り組みなどが評価されている模様だ。NovodeXのSDKはすでに完成しており,PhysX PPU搭載カードのリリースを前に,対応ゲームソフトも登場するだろうと見込まれている。
2002年春に設立されたAgeiaの会長兼CEOを務めるのは,インド生まれの若手企業家マンジュ・ヘグデ(Manju Hegde)氏で,PPUのチーフ・アーキテクトもIntelやHAL Computer Systems社などでハイレベルな開発に携わってきた,これまたインド系のサンジェイ・J・パテル(Sanjay J. Patel)氏である。
ほかの主要メンバーは,Motorola,IBM,NVIDIA,Celoxなどに在籍していた人物が多い。しかも,常任役員としてMicrosoft社でゲーム部門の一切を仕切っていたエド・フリーズ(Ed Fries)氏が参加しているし,アドバイザーにもDirectXのアーキテクトだったチャズ・ボイド(Chas Boyd)氏をはじめとした業界のキーメンバーの名が並んでいる。
Ageiaは,現在までに40億円近い資本を集めており,その投資に一役買っている台湾のTSMC社でPhysX PPUの生産を行うことになっている。自社では市販用のフィジックスアクセラレータを生産する予定はなく,2005年末のリリースに向けて今後数社のハードウェアベンダーとの提携が発表されるものと見込まれている。
「Half-Life 2」などにおける物理シミュレーションの比重の高さや評価を考えても,PhysX PPUによってゲームの物理シミュレーションの重要性が,また一段階高まる可能性は大いにある。今後Ageiaが市場で成功するためには,NovodeX Physics SDKのライセンス提携を増やすだけでなく,実際に物理オブジェクトを増やした特製ゲームや対応パッチなどをソフト開発者に制作してもらうことで,PhysX搭載フィジックスカード利用者を納得させる必要もあるだろう。
果たしてAgeiaは,ゲーム開発者からゲームファンまでが熱狂した3dfx社の再来となるだろうか。
次回のお題は,"ゲームで軍事訓練"。「America's Army」や「フルスペクトラムウォーリア」を中心に,ゲームと軍事訓練の関係についてお伝えしよう。