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“聖地巡礼”だけが鍵とは限らない? 徳島の「マチ★アソビ vol.9」に見る「1つのコンテンツに偏らない新たなアニメツーリズムの形」
これと同じような動きはアニメ業界にも以前からある。1993年に運行が始まったJR境線(鳥取県)の“鬼太郎列車”などはこの動きの走り。最近では,とくにアニメに関連付けた観光ビジネスが「アニメツーリズム」と呼ばれ,若い世代の減少を嘆く地方の団体などが,町おこしに積極的にアニメを活用する例も増えてきた。
2012年10月8日まで徳島で行われていた「マチ★アソビ vol.9」も,そんな動きの一例なのだが,このイベントにはこれまでの映像コンテンツを観光に活用する取り組みとは異なる特殊なところがあるように思う。それは,アニメやゲームを題材としつつも,1つのコンテンツに偏ることなく,町おこしの新たな基盤を確立していることだ。
マチ★アソビ公式サイト
これまでのアニメツーリズムと呼ばれる動きで成功しているものの多くは,1つの地域に対して1つのコンテンツ,または1つのキャラクターを取り上げている。埼玉県の鷲宮神社と「らき☆すた」,富山県南砺市と「true tears」,最近では埼玉県秩父市と「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などはどれも話題になっている。
今回のマチ★アソビ vol.9と同時期にも,「花咲くいろは」と金沢の湯涌温泉が組んで,アニメ内のお祭りを再現するという「湯涌ぼんぼり祭り」が行われており,実に7000人のファンを集めたなんてニュースも流れた。
こういった1つのアニメやキャラクターを町おこしに利用する例は,舞台設定のモデルになった地域や,劇中で登場人物の歩いた場所を実際に歩きたいというファンの気持ちに支えられている。要するに,いわゆる“聖地巡礼”という行為を利用した観光ビジネスなのだ。
誤解しないでいただきたいのは,これは別にファンの気持ちを逆手にとってビジネスにしているわけではないということ。観光客が増えれば交通機関や施設を整備しなければならないし,無理やりなこじつけで悪質なグッズを売るようなケースに巻き込まれたといった,人為的なトラブルを防ぐ必要も出てくる。観光とはいえど,人の出入りの少ない地方にいきなり多くの人間が訪れたら,住民を混乱させてしまうことだって考えられる。
今回行われたマチ★アソビは,このアニメツーリズムの理想的な仕組みを,特定のコンテンツに偏ることなく実現している非常に珍しいケースである。2009年から,年2〜3回(主に5月と10月)行われているこのイベントは徐々に規模を拡大しており,地元の徳島新聞によれば,前回のvol.8(2012年5月3日から6日までの3日間)でおよそ4万人の来場者を記録しているという。
類似するイベントがあまりないので単純な比較はできないが,東京で言えばワンダーフェスティバルが1日で4万から5万人を集客している。ただ,ワンダーフェスティバルは展示会形式なので,合計来場者数が同じ程度というだけで,その属性はまったく異なる。重要なのは,この規模のイベントを,徳島市の町おこしとしてしっかりと機能させている点だ。
マチ★アソビの会場は市内のいくつかの場所に散っている。メインとなるのは大きく分けて2か所で,その1つめは徳島駅から徒歩5分ほどの東新町商店街付近だ。商店街真裏の新町川沿いでは企業がパラソルショップを出展しているほか,ボードウォーク(浮島)上で開発者やキャストなどのステージイベントが連日行われる。
こちらの会場は一般店舗との距離がとにかく近く,来場者達は移動や休息のために自然と商店街に足を運ぶことになる。マチ★アソビののぼりが,商店街の中にたくさん出ているのもポイントで,これがあるから商店街もイベント会場の一部なのだと無意識のうちに受け入れられるのだ。
マチ★アソビに積極的に協力している店舗も少なくなく,特別メニューが用意されたり,利用者にポストカードがプレゼントされたりといった試みもある。ポストカードは,グルメハントという名称のスタンプラリー風になっており,これをコンプリートするために街を回るという来場者も見られた。
また,新町川は“日本三大暴れ川”の一角である吉野川から派生した川で,昼間ならば会場のすぐ近くから,小さなクルーザーで周辺をぐるっと回れるサービスが行われている。ちょっとした空き時間に街の観光ができるのは個人的に嬉しい。
もう1つの会場は徳島駅の南対面にそびえる眉山(びざん)の山頂で,ここには小さめの簡易ステージと,駐車場の一部を利用した大型ステージが設営されており,大きめのライブや大々的な発表などに使われている。開会式や閉会式が行われるのもここだ。
眉山山頂への行き方は,徳島駅から徒歩,またはこのイベントのために運行するシャトルバスで麓の阿波おどり会館へ行き,そこから眉山ロープウェイまたは山頂行きのバス(駅から出ているシャトルバスとは別)に乗るなどいくつかの手段があるが,やはり王道はロープウェイ。ちなみに阿波おどり会館までは,徳島駅から歩いても10分ほどだ。
ロープウェイはマチ★アソビの期間中のみ,アナウンスが専用のものに差し替わる。今回は,10月6日までは坂本真綾さん(※),6日から8日の3日間は「魔法少女まどか☆マギカ」がテーマで,登りが鹿目まどか役の悠木 碧さん,下りが暁美ほむら役の斎藤千和さんのものとなっていた。
※メインイベントは6日から8日の3日間を中心に行われたが,今回のマチ★アソビは開催期間が9月22日からだった
はっきり言って,眉山山頂ステージに行くのは結構大変だ。一度ならばともかく,何度も往復するのはそれなりに体力がいるし,ロープウェイや迂回ルートのバスも無料ではない。そんな場所に,なぜ最も大きなステージがあるのかと嘆く来場者も多そうだが,このステージこそ,マチ★アソビが単なるアニメやゲームコンテンツのイベントではなく,地域と密着した試みであることを象徴しているように思える。
来場者はステージを見たいという目的を達成するための手段としてロープウェイを使い,その過程で徳島の良さを知る。駅から街の中を歩き,商店街で地元の食べ物を食べ,ロープウェイで景色を見て,体感する。そして,そうやって徳島の良さを知った来場者の何人かがまた来たいと思い,次のマチ★アソビに友達を連れてくる。来場者が増えればイベントの価値もあがり,規模も大きくなる。
ただ,出展企業の招致と来場者への動機付けを最初にどうやって成し遂げたかは,やはり気になるところ。今でこそマチ★アソビは3日間で4万人以上を集める規模へと成長しているが,2009年秋の第1回では1万2000人程度だったという。多くの来場者が見込めると分かれば宣伝価値が高まり企業も出展しやすくなるが,あまり知名度のなかった(はずの)開催当初は,企業の招致に相当な苦労があったのではないか。
実際,マチ★アソビの展示物やコラボ商品は今のところufotableの手がける作品が多い。徳島といえば阿波踊りということで,そのポスターに「Fate」のセイバーや「空の境界」の両儀 式といった人気キャラクターを登場させるなど,積極的に自社コンテンツを町おこしに利用している。
しかし,ufotableは徳島という土地に根ざした特定のコンテンツを持っているわけではないし,開発の拠点もおそらく東京スタジオのはず。そんな同社がどのようにしてマチ★アソビを仕掛けていったのか,そして来場者への動機付けにどんな基準を持っているのかなど,イベントを見ているだけでは分からないことも多かった。このあたりは,ぜひ近く近藤氏に直接聞きにいきたいと思う。
1つ言えるのは,マチ★アソビが特定の1コンテンツに頼らずに,アニメツーリズムを成功させている例ならば,徳島以外でも同じような取り組みをできる可能性がある,ということになる。そう考えると,マチ★アソビが確立しつつある新たな観光モデルは,人口減や観光業の不振に悩む地方都市の1つの希望となるかもしれない。
マチ★アソビ公式サイト
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