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研究者のゲーム事情:第7回は津田正太郎さんと「リネージュ」。大学院生活を精神的に支えてくれた,老舗MMOの思い出を綴る
第7回はメディア・コミュニケーションを研究する津田正太郎さんが登場。若手研究者時代,心の支えになってきたというMMO「リネージュ」(PC)について語ってもらった。出会いと別れが交差するMMOで過ごした大切な思い出を,20年の時を経て振り返る。
私はメディア・コミュニケーションの研究者だ。政治とメディアの関係について研究することが多いが,ソーシャルメディアに関する本も書いたりしている。いま取り組んでいるのはプロパガンダ(政治宣伝)の研究だ。
当たり前の話だが,メディア研究者にはメディア好きが多い。その愛好対象は多岐にわたり,ニュースや小説,映画に始まり,マンガ,ドラマ,アニメ,特撮,音楽,アイドルなどなど,「好き」を突き詰めていった先に研究があるというタイプの人も珍しくない。もちろん,研究対象とするからには「好き」だけではいられないのだが。
私の場合,研究との直接的なつながりは薄いものの,長年にわたってゲームを愛好している。そこで今回は,私がゲームに救われた話をしてみたい。
今から20年以上前の2004年1月,私はアデンの地に降り立った。多人数同時参加型オンラインゲーム(MMO),「Lineage(リネージュ)」の舞台である。1998年に韓国で,2001年に日本でそれぞれサービスが開始され,現在も継続されている老舗のオンラインゲームだ。
選んだキャラクターはナイト。深い考えがあったわけでもなく,操作が簡単そうという単純な理由だ。私のような方向音痴は,ナイトのような前衛職にはあまり向かないということを当時は知らなかったのだ。
初心者用エリア「話せる島」に降ろされた私は,何をしてよいのかも分からずにうろうろしていた。画面上に突如として現れるキャラクターがほかのプレイヤーなのか,それともNPCなのかも区別できない。
そのとき,近づいてきた女性キャラクターから「初心者ですか?」と話しかけられた。チャットぐらいは何とかできたので,「そうです」と答える。すると,そのキャラクター「姫」は,初心者がすべきことをテキパキとレクチャーし始めた。実に手慣れている。
どうやら姫はクランと呼ばれるユーザーグループのリーダーで,初心者を勧誘するべく,話せる島にやってきていたようだった。ほかのユーザーとの交流に興味をもっていた私は,そのまま姫が率いるクランに加入し,それから6年以上も所属し続けることになった。
当時,私は大学院博士課程の5年目だった。ただし,大学にはほとんど行っておらず,某省の外郭団体である公益法人で働く毎日だった。情報通信に関する調査が主たる業務だ。博士課程に進んだ文系学生が比較的スムーズに就職できたのは,きわめてラッキーだったと言わなくてはならない(経営問題で解雇されそうになったこともあったが……)。好待遇では決してなかったものの,安定した収入が得られるというのは,私の立場を考えるなら感謝すべきことだった。
しかし,そのように頭では理解していても,仕事は楽しくなかった。今にして思えば,貴重な学びと体験はあった。けれども当時は,毎日の調査業務と自分のやりたい研究とのギャップにずっと悩んでいた。大学ポストの公募に出すものの,その多くは結果すら返ってこなかった。まれに面接まで進んでも,そこで落ちてしまう。「楽しみなことが何もない」という漠然とした感覚がいつもあったように思う。
リネージュと出会ったのは,まさにそんなタイミングだった。誇張でも何でもなく,毎日の楽しみができた。
まず一つは「前に進める」ことだ。当時も仕事とは別に,余暇時間を使って自分の研究を進めてはいた。けれども,それが本当に自分のキャリアにつながっていくのかは分からなかった。その点,リネージュの世界ではモンスターさえ倒せば前に進める。
もっとも,当時の私はADSLでリネージュのサーバーに接続していたため,たびたび切断死の憂き目にあった。ADSLは光回線ほどには通信が安定しておらず,時折,キャラクターを操作できなくなってしまうのだ。敵がいるエリアで切断が起きると,通信が回復するのを待ち,祈るような気持ちで再びログインする。しかし,ほとんどの場合にキャラクターはすでに死んでおり,リスタートの場所に戻されていた。
当時のリネージュはいわゆるマゾゲーだった。レベル49に達すると,経験値の上昇が極端に遅くなる。狩場にもよるが,1時間ずっとモンスターを狩り続けても0.3%ほどしか上昇しない。100時間で30%だ。それが100%になって,ようやくレベルが1つ上がる。しかし,1回死ねばデスペナルティで経験値が5%減少する。多額のゲーム内通貨を支払えばそれを半分に減らせるが,それでも2.5%減である。切断死がもたらす心理的ダメージは大きかった。
とはいえ,レベルは少しずつ上がっていった。リネージュではモンスターに変身することができ,レベルが上がるほどより強い変身が可能になる。私はレベル52で変身できるようになるデスナイトに,どうしてもなりたかった。攻撃の速度が段違いに上がるし,何よりかっこいいからだ。私がレベル52に到達したのは,おそらく2007年4月ごろ,ゲームを始めてから3年以上経った時期である。なんとも気の長い話だ。
レベルだけでなく,装備も強くなっていった。リネージュではより強い装備を手に入れるためには魔法スクロールを使って強化する必要がある。だが,一定以上の強化を試みると,かなりの確率でその装備は消滅してしまう。しかも,強化を重ねるほどに消滅する可能性は上がっていく。一種のギャンブルだ。
そのため,強化を重ねた装備はプレイヤー間で高値(ゲーム内通貨のアデナ)で取引され,相場情報や装備の強さを調べられるユーザーサイトも当時は充実していた。そこから得た情報をもとに,職場のつまらない会議の合間,話を聞きながら自分の装備を全部売れば相場でいくらになるかをよく計算していた。合計したアデナの数字で自分が強くなってきたのを実感できたからだ。
私がリネージュを続けたもう一つの,そしてずっと大事な理由は,そこに仲間がいたからだ。夜,ログインすればだいたいクランのメンバーがいた。一緒に狩りに行くこともあれば,くだらない話を延々チャットですることもある。クランのあり方について真面目に議論することもあった。
特に姫がログインしてくると,クランの空気が一気に変わった。挨拶のチャットが一斉に流れ,別々に行動していたメンバーが集合し,みんなで狩りに向かう。いわゆるクラハン(クランハント)だ。私の所属していたクランは規模こそ小さかったものの,クランメンバーみんなが姫のことを大好きだったと思う。
クランでの毎日は本当に楽しかった。
リネージュを始めたばかりのころ,調査業務で富山に行くことがあった。現在では廃止された上野発金沢行きの寝台特急のなかで,窓の外を流れる夜景を眺めながら,クランのことを考えていたのを覚えている。ゲームをプレイしている間だけでなく,離れているときでさえも,みんなのことを考えれば前に進める気がした。生活のしんどさをなんとかやり過ごすために,私はリネージュに依存していたのだと思う。
もっとも,メディア・コミュニケーションの研究者として,リネージュのプレイを通しての学びもあった。基本的には文字だけの,どこの誰ともわからない相手とのコミュニケーションがここまでの重みを持ち,生活にさえ影響を与えることの意味は,リネージュを通して理解したのだと思う。
メディア・コミュニケーション研究では,メディアに接続することで身体と意識とが切り離されると言われてきた。典型的な例は電話だ。通話中に身体は家庭や職場にあったとしても,意識は遠く離れた場所の相手に向けられる。だからこそ,多くの家庭は団らんの場に電話が持ち込まれるのを嫌がるのである。MMO上で形成される人間関係が時にリアルを凌駕する感覚を直に理解できたのは,やはりリネージュのおかげだ。
インターネットの普及が必ずしも平和をもたらさないのを実感として体験したことも,貴重な学びであったと思う。例えば,リネージュのゲーム内通貨アデナをユーザーが実際のお金で売り買いすること(リアルマネートレード:RMT)は規約で禁止されていたが,当時においてはある程度,行われていたようだ。
実際に,アデナを稼ぐため,わざわざ海外からリネージュの日本サーバーに接続し,プログラム操作のキャラクター(bot)に狩りをさせるユーザーが後を絶たなかった。ほかのユーザーが先に攻撃したモンスターには手を出さないという暗黙のルールをbotは守らなかったため,多くのユーザーの怒りを買っていた。自警団を結成し,botを排除する動きが起きるなど,ちょっとした抗争までも生じていた。あくまでゲームとしてプレイしているユーザーと,ビジネスとしてプレイするユーザーが同じフィールドにいることの難しさを痛感させられる出来事だった。
2010年ごろから私はしだいにリネージュにログインしなくなっていった。私生活のさまざまな変化に加えて,職場が大学に移り,自分の好きな研究ができるようになったことも大きい。
もちろん大学は研究さえしていればよいという場所ではまったくなく,教育やその他のさまざまな業務もある。ただ,幸いにして私の職場は教員の研究に対して大変に理解のあるところで,私自身も学生と触れ合うのが好きだったこともあり(向こうがどう思っているのかは定かでないが),私の職場でのストレスは大幅に軽減された。おかげでリネージュに精神的なよりどころとする必要が薄れたのである。
ログインしなくなったもう一つの理由は,クランのほかのメンバーと会えなくなってきたことだ。ログインしても,クランメンバーが誰もいないことが増えていった。これはユーザーグループの宿命である。ゲームに飽きたり,人生のステージが変わったりすると,引退する人が増えてくる。馴染みだった人が引退していくのを,私も何度も見送った。その人の装備を託されたこともある。
姫と遭遇する機会も減った。最後にやり取りがあったのは,2011年の東日本大震災後のことだ。被災地にお住まいで生活が大変だということを聞いた。いまも元気でおられることを心から願う。
リネージュをやめたあと,いくつかのMMOをプレイした。それらはグラフィックスもシステムも,初代のリネージュよりはるかに進化していたものの,私はそこまで没頭できなかった。少なくとも私にとって,MMO最大の魅力はやはり人とのつながりなのであって,その意味で私とリネージュとの出会いは実に幸運な出来事だった。
今回,この原稿を書くために,ふたたびゲームをインストールし,ログインしてみた。当時のアカウントがいまも残っているのは驚きだ。
2020年に「リネージュ リマスター」としてグラフィックスの強化が図られ,システムについても大幅な改良が加えられたようだ。しかし,苦労してレベル55まで上げた私のキャラクターは,めちゃくちゃ弱くなっていた。時間が経つほどプレイヤーの平均レベルは上がるので,ゲームバランスを保つためにはやむを得ない措置なのだろう。とはいえ,いまでもプレイヤーがいて,ゲームを続けている様子は感動的だった。
いまはMMOをプレイする時間がとれないため,オフラインのゲームを楽しんでいる。ちょうど,この原稿を書き上げるタイミングで「メタファー:リファンタジオ」をクリアした。次は「Life is Strange:Double Exposure」にとりかかろうかと思っている。
ゲームで遊ぶ時間を全て研究に注げば,もっと多くの論文や本が書けるのは分かっている。しかし,小学生のころから40年以上にわたってゲームを続け,それに支えられてきた私にとって,ゲームは研究とともに人生の一部であり,切り離すことができないのだ。
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