連載
「キネマ51」:第3回上映作品は神木隆之介主演の「桐島、部活やめるってよ」
この「キネマ51」は,グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が支配人を務める架空の映画館だ。ここでは,新作映画を中心としたさまざまな映像作品が上映される。
第3回となる今回の上映作品は,本連載初の邦画。神木隆之介主演の「桐島、部活やめるってよ」だ。支配人と宣伝部長という特権を生かし,一般の来場者よりも早く作品を鑑賞した二人(+担当編集者)は,この作品を観て何を考えたのか? そして,共通点のあるゲームとは……?
「桐島、部活やめるってよ」公式サイト
須田:
いやいや,どうもどうも。部長,暑いねぇ。
関根:
ですねぇ。学生は夏休みかぁ。うらやましいですね。
須田:
あ,TeTさん,どうもどうも。
4Gamer:
夏休みですか。あの頃は楽しかったですねぇ。
一同:
……。
関根:
なんか,みんな学生時代のこと,ボーっと思い出してませんか。
須田:
あの映画観ちゃったから,余計にね。
関根:
今回ご紹介する映画,「桐島、部活やめるってよ」ですね。
須田:
TeTさんは,この映画を凄く気に入ったとか。
4Gamer:
ボクのための映画でしたね。あの頃の自分は神木君[1]じゃんって感じでした。
須田・関根:
へぇー。
田舎の高校の日常生活,5日間を描いた青春群像物語
関根:
あ,神木君なんですね。
誰にスポットを当てるかで,見方が変わってくる映画ですよね。
関根:
支配人は,映画を観終わった直後,色々と考えたような表情でしたけど。
須田:
うーん。この話が,タイムリーすぎて。オーロラや,大津の事件[2]のことを考えながら観てしまったんですよ。学校にある,漠然とした“力関係”。何か爆発しそうなギリギリの人間関係のようなものを感じましたね。
関根:
高校生って,中学の時と違って,ある程度自身のポジションが決定付けられる感がありますよね。それが,この映画の観客にも,自然と生まれているような気がします。
4Gamer:
公立中学の場合はいろんなジャンルの人がいるんですけど,これが,とくに私立の高校に進学したりすると,ある程度選別されてくるんですよね。学校ごとに。
須田:
はい,学力も分けられてますし。この舞台も,たぶん私立の文武両道の進学校だと思うんですけどね。[3]
関根:
そう思えますよね。そんな普通の高校の,金曜日から火曜日までの5日間を,曜日で章立てされて映画は進んでいきます。ちなみに,原作は人物で章立てされてました。
須田:
僕は,この作品の描き方,ガス・ヴァン・サント監督の「エレファント」(2003)[4]に近いなあと思って観てたんですよね。
こっちは,桐島という男子生徒が部活を辞めて,学校にも姿を現さなくなるという事件が起こる。エレファントは,銃乱射じゃないですか。それを,いろんな場所や時間で視点を変えて進んでいく。
そして,群像劇の代表作,「ショート・カッツ」(1993)や「マグノリア」(1999)[5]もそうですけど,最後に大きな事件が待ち受けている。この桐島〜も,爆発が来ましたよね。意外な展開でしたけど(笑)。
吹奏楽部がコンクール自由曲の定番ともいえるワーグナーの歌劇「ローエングリン」を演奏していて,それをバックに物語が進んでいく感じ,たまらなかったですね。
須田:
ですね。オッケー群像劇! みたいな(笑)。
関根:
ぼくは,沢田幸弘・石井聰互監督の「高校大パニック」(1978)[6]を重ねましたね。鬱屈した日本の高校生っていう感じと,ラストの展開。でも,支配人も言うように,銃じゃない意外な爆発が,この作品を不思議なパニック映画に仕上げていましたよね。
なんとなく,3人にスイッチが入る
須田:
ちょっと話変わるんですけど,映画部の部員,武文,彼いいですよね。
関根:
とても良かったですね。前野朋哉[7]さんという役者さんですけど,自身も監督作があるようですよ。
須田:
ニュースターの誕生ですよ。
関根:
僕達が知らなかっただけでしょうけどね(笑)。「うちの子にかぎって」(1984)に出演していた石堂 穣(岡田和人役)さんと大原和彦(居作竜太郎)さん[8]を思い出しました。イヤミのセンスがあるというか,頭の回転は速いけど,それが一般生活に生かされていないみたいなタイプ。
4Gamer:
ボクの友達にこんなタイプの人がいたんですよね。
須田:
僕の周りにもいたような……。なんか仲良かった気がしますよ(笑)。
関根:
「お待た〜」ってセリフ良かったですね。言いそうですよ,彼。
須田:
僕も言いたい!
僕は,自分がこういう男子ではなかったんですけど,宏樹に感情移入して,観ていたんですよね。
須田:
あー,そこは一緒かもしれない。
関根:
ネタバレになってしまうので,詳しくは言えないですが,スポーツ万能で女子にもモテて,クラスのヒエラルキーで上にいる彼と,ヒエラルキーでは下のほうだと自他共に認めている映画部の神木君(役名は前田)の立場が逆転する瞬間が描かれているんですよ。
須田:
その時の,宏樹の心のグラグラ感を想像して,こちらもグラグラしましたよ。
4Gamer:
文化部の男子に,ハイクラスの男子が打ちのめされる瞬間! そりゃあグラグラしますよ。いや,むしろしてほしい。
関根:
アメリカ映画で「ゴーストワールド」(2001)[9]っていう作品があって,この宏樹のポジションとそっくりな女の子が主人公なんですよ。彼女はモテるわけでも,スポーツ万能でもないんだけど,勉強もそこそこ出来て,絵がうまかったりもして,毎日なんとなく楽しく生きている。
でも,親友だと思っていた女友達と卒業後の進路のことで距離が生まれてしまい,そこで初めて自分が何も真剣に取り組んでいなかったという現実にぶつかる……という話なんですけどね。
須田:
ちょっと,近い感じがありますね。
関根:
その主人公は,とても切ない方法でそのグラグラ感を解決するんですけど,宏樹とか,あちら側の人たちは,多分,半年位で悩んでいたことすら忘れちゃうんだろうなぁと。
須田:
いやいや,部長,なに言ってんですか。一晩ですよ,一晩! 寝たら次の日には,いつもの生活に戻ってますよ。
一日かぁ。このヒエラルキーの逆転を,神木君の勝利だと思ってしまった人間……あえて言うと,“こちら側”の人間は,自分の立ち位置は結局,変わらないということを,自覚しなくてはいけませんね。
きっとあっち側の彼らは,将来,ちゃんと家庭を持って幸せな生活を送ってて,当時のことを同窓会で話したら,そんなこともあったね,くらいで一蹴されてしまうような,そんな感じなんですよ。
須田:
だから,あえて宏樹に感情移入して観ると,こっち側のことが良く分かるんですよね。
一同:
うんうん(涙)。
4Gamer:
あと,この映画って運動部だった人間と文化部だった人間で,見え方が絶対に違うんですよ! 基本的に小学校から高校ぐらいまでって,運動ができる奴のほうが上ですからね。あいつら文化部のことを見下してますから(泣)。
関根:
“絶対”入りましたね。なんか力強くなってきましたよ。
須田:
僕はバドミントン部という,バリバリの激ハードな運動部でしたけどね。
関根:
えー! なのになんでこっち側なんですか。この映画,バド部,出てくるじゃないですか。
須田:
いや〜,嬉しかったんですよね。ヒロインがバド部で。
橋本 愛さん演じる,かすみちゃん。
須田:
そう,かすみちゃん!?
いやまあ,この映画のすべては,この子と「鉄男」[10]と言っても過言ではないでしょう!
関根:
神木君が映画館で塚本晋也監督特集上映を観ていたら,かすみちゃんと会っちゃうシーンですね。中学のときにちょっと喋ったことあるけど,校内ヒエラルキーで上のほうにいる可愛いあの子が,まさか鉄男を観に来てるなんて! って舞い上がっちゃうんですよね,彼が。
4Gamer:
休日に地元の商店街を歩いていたら,昔の同級生の女の子にたまたま会っちゃった時を思い出しました。
須田:
地元感ありますね。
4Gamer:
で,なんか話さなきゃって,ついつい全然興味ないであろうプロレスの話とかしちゃって。
須田・関根:
あー。
4Gamer:
興味ないのは相手の顔を見れば分かるんだけど。
須田・関根:
あーー。
4Gamer:
もう,やめとけやめとけって自分に言い聞かせているのに,焦って早口になってどんどんしゃべっちゃう。ライガーの話なんて聞きたくないはずなのに。
須田・関根:
あーーー。
4Gamer:
ということを思い出しちゃうので,神木君,頼むからやめて! ってドキドキしました。
関根:
分かるなぁ,そのやめとけ感。
須田:
神木君に,いやいや,勘違いだよ,って言いたいですね。タランティーノの映画で何が好き? って聞く場面で。
4Gamer:
「人がいっぱい死ぬ映画」って彼女が言った時点で,興味ないの明白ですからね。
関根:
でも,可愛い子が鉄男を観ていたら,「彼女,“こっち側”だったんだ」なんて妄想はしちゃいますよね。仕方が無いです。
さくっとその場を去った彼女に対して,翌日も妙に意識してしまう神木君。あの件は,“こっち側”と“向こう側”があって成り立っている校内ヒエラルキーを見事に表現していましたね。
4Gamer:
ボクは,共学にさえ行っていれば,当時も今もモテてたはずだって自分に言い聞かせて生きてきたんですけど,あのシーンを観て,“こっち側”の人間は例え共学に通っていようとも,決して“こっち側”から出られないんだなって,気付かされました。
須田・関根:
……。
須田:
この間,「黒の女教師」[11]を観ていたら,「高校生は,友達と,異性と,学校での自分のランク付けにしか興味が無い」というようなセリフが出てきて,まさに,この映画だなあと。
関根:
相関図が簡単に書けちゃうんですよね,学校って。みんな何かにつながっている。というか,つながってなきゃいけない強迫観念みたいなものがある。
須田:
友達とか彼女とか,そういった横軸だけでなくて,ヒエラルキーの縦軸も,なんとなく決まっちゃっている。
関根:
クラスの中心に属していなくても,独立部隊だと思っていたとしても,やっぱりどこかでつながっていないと,高校生活って送れないんじゃないですかね。
須田:
この映画のチラシに,「この中にいる“あなた”を探せ」というコピーがあるんですけど,まんまと宣伝の人の思惑通りに話しちゃってますよね。
関根:ですねぇ。悔しいですね(笑)
学園を舞台としたゲームといえば……「ペルソナ」?
関根:
そういえば,アメリカの全寮制の学校が舞台になっているゲームってありましたよね。
須田:
あ,「Bully」ですね。アメフト部とか,親が金持ちなグループなんかと抗争するカタルシスみたいなものがありました。あれは,アメリカンな感じがバカっぽくて面白いなぁって思ったけど
関根:
それを日本で作ってこの映画みたいになるとしたら……あんまり遊んで楽しいものにはならなそうですね。
須田:
うーん。どこか鬱屈した感じですもんね。というか,わざわざゲームをプレイして“こっち側”であることを自覚させられるのも嫌だし。
でも,恋愛シミュレーションを除いても,意外と青春をテーマにしているゲームってたくさんありますよ。
関根:
支配人が思う代表的なものってなんですか。
須田:
「ペルソナ」シリーズなんかはどうでしょう。青春モノという枠組みに入れることに抵抗がある人もいるかもしれませんが,ぶれることなく,高校生が出てきて,“桐島が部活をやめる”なんてレベルじゃない,とてつもなく大きなことが起こって。だって悪魔が出てくるんですから。ハイパー化された高校生活を体感出来るゲームとも言えるわけですよ。「ハイパー桐島、部活やめたら悪魔が来たりて笛を吹く」みたいな感じですかね。
関根:
なんですか,それ。でも,ちょっと観たいかも。ぼくは,いろんな人の視点から,時間を何度もさかのぼる感じが,「街 〜運命の交差点〜」「428 〜封鎖された渋谷で〜」なんかを思い出しましたね。フラグ立て感のある映画でした。
4Gamer:
そういう映画って,ストーリーがきっちり展開していくものが好きな人は苦手に思うかもしれないんですけど,街や428,「タイムトラベラーズ」あたりが好きな人だったら,きっと楽しめますよね。
関根:
それにしても今回は,おっさん3人が,ついついノンストップで青春時代を語ってしまうという映画でした。
須田:
でもこの映画,現役高校生が観たら,どう思うのか気になりますよね。
関根:
こうやって30代以上の人たちが,鬱屈した青春時代を吐露するのは,過去の話だから楽しいのであって,現役の子達は重なる時間を過ごしているわけで。共感できるのか分からないですね。
須田:
多分,若い時って,映画の主人公達を,自分と照らし合わせる必要ってないんですよ。現実に起こっていることが大きすぎるから。
関根:
確かに。この映画,言ってしまうと,「桐島が部活を辞めた」っていうたった9文字で終わる話なんですよね。でも,そのことが2時間弱の映画になるくらい,高校生って身の回りのことが大事件になっちゃう。それだけ考えすぎて生きてますからね。
4Gamer:
となると,ターゲットは30代ですかね。
須田:
鉄男を出してくるあたりは,もうちょっと上かもしれません。
関根:
またハードルを上げる映画,紹介しちゃいましたかね。
須田:
若い子達に? いいんじゃないですか。
関根:
支配人のゲームを楽しんでいるファンの方や,4Gamerを細かく読んでいらっしゃる方であれば,グッとくる要素がちりばめられている映画だとは思います。
須田:
神木君達が作る自主映画のタイトルが「生徒会・オブ・ザ・デッド」[12]ですからね。いいタイトルです。
関根:
なんか,“SIMPLE○○”シリーズで発売されそうなタイトルですけど,そこにグッとくる人は,間違いなく観るしかないってことですね。
須田:
ですね!
「桐島、部活やめるってよ」公式サイト
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ペルソナ4 ザ・ゴールデン
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