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大学でゲームを? 東京工芸大学オープンキャンパスレポート
そもそも日本では大学でゲームを教えること自体がかなり珍しい。今回訪問した東京工芸大学は,芸術系の大学だが,純粋な美術系の学部を持たないという変わった学校だ。もともと写真を得意とする芸術系大学だったところから映像系やデザイン系などに裾野を広げ,アニメーション制作を経てゲーム,マンガまでもカバーするに至ったという。純粋芸術系というよりは実業寄りの芸術を指向している学校のようだ。
では,ゲームコースでは,なにを教えているのだろうか?
ゲームコースは,内部で,企画,デザイン,プログラムの3分野に分けられている。入試の段階でゲームの企画を専攻する人,2D/3Dのグラフィックスデザインを専攻する人,ゲームプログラミングを専攻する人と,それぞれに適性を持った人を集めているわけだ。ゲームは,一人でも作れないわけではないが,多くの場合,映画などと同様に多人数で作成する集合芸術の一つであり,制作の課程でさまざまなスキルが要求されてくる。工芸大のゲームコースでは,大きく3分野のスペシャリストを育成するシステムを取っている。
受験時点では,デザイン部門では鉛筆デッサン,企画部門では与えられたテーマでのゲームの企画書を書かせ,プログラム部門では主に論理力を見る試験が行われる。それぞれ適性がないと続かないので,入試時点である程度絞っているという。
こうして入学した学生は,1年目は,それぞれのコースで基礎を学び,2年目からは,全コース合同で10人程度のチームが組まれ,共同制作実習を行っている。3年目でさらに専門性を深めて,4年目は卒業制作というのが一般的な流れとなるようだ。
企画部門では,「人間とはなにか,ゲームとはなにか」といったレベルからゲームを教えているという。学内には,ゲームセンターのようなアーケードゲーム機などと並んで,モノポリーや野球盤などのアナログなゲームも多数置いてあり,ゲームについて広く学ぶようになっているようだ。
デザイン部門では,ドット絵から3Dまで幅広い実習を行い,3Dモデルを作るに当たっての空間感覚を身につけるため,粘土などでの立体造形を行う。また実際のゲーム会社への就職の際には,作品をいろいろ見せるよりも1枚のデッサンのほうが重視されるなどの事情を鑑み,デッサン実習にも力が入れられているという。最近では3Dのゲームが主流だが,少ない情報でどのように表現するかといったドット打ちの技法なども伝えられる。
プログラミング部門では,1年時にC言語,2年時にC#でXNAによるXbox 360を中心とした開発,(コース自体まだ2年めだが)3年時にはNINTENDO DS用プログラムの開発などが予定されている。実際のゲーム開発環境を使いながらの実習となる。多くのゲーム開発で使われているC++については,指導方針は固まっていないようだった。C#が理解できればC++の理解は難しくないので,C++を入門からやり直すよりはC#をより深くやったほうがよいのではないかという見解のようだ。年間時間数の限られる授業で,プログラミングスキルを上げるにはいろいろと葛藤もあるようだ。
また,こういったゲームの実業的な部分だけではなく,アカデミックな研究も行われている。脳血流測定装置でゲーム中のプレイヤーの状態を調べたり,唾液の変化や目の動きなどといったゲームが人間に及ぼす影響などや,リハビリテーション,福祉関係などゲームの社会的応用についての研究も行われている。
一応,日本は世界に名だたるゲーム大国ではあるものの,産業としてのゲーム業界の規模はあまり大きいとはいえない。はっきりいって,現在のゲーム業界が絶好調というわけでもない。卒業後の進路について話を聞くと,多少弱気ではあるが,大学側でも国内ゲームメーカーの新卒採用数がさほど多くないことは重々承知らしく,就職時にゲームメーカー以外でもやっていけるような指導も行われているという。プログラム系では,人間の気持ちを第一に考えたプログラムが作れる人材を,デザイン系では2D/3Dを問わずこなせる人材をということで,ゲーム業界以外でも十分に通用するスキルを身につけていく。企画系は…… 企画書が書ける,プレゼンができるという技能は身に付くものの,ゲーム会社の採用枠もいっそう狭き門となっているため,ゲームに限らずエンターテインメント,映像企画など幅広く対応できるスキルも必要になってくる。就職ではちょっと厳しいのが現実のようだ。
体験授業の様子
デザイン関係の実習は,オリジナルキャラクターを作ってみようということで3D CGツールMayaとPhotoshopを使用して,3Dキャラクターの顔を描き換えるという内容で行われた。
まず,Photoshopのレイヤーの使い方や左右反転などの説明が行われ,顔ポリゴンの分割にあわせた目の描き方など,顔テクスチャを描くうえでの注意などが解説され,実習生各自で目や口を描き込んでいくこととなった。
実習室にはすべてのPCにスキャナとタブレットが完備されているようで,PCでの絵描きに慣れた人はタブレットを使用してキャラクターの目を描いていた。作成したテクスチャをBMPで出力し,Mayaでのテクスチャの更新が行われると,それぞれの作った顔が3Dキャラに張り込まれて表示されるという次第。デザイン系を志望する学生だけあって,みんなさほど手間取ることなく作業を行っていたのが印象的だった。
実習は,関数の中身をプリントを見ながら埋めていって,プログラムのビルド,Xbox 360への転送&実行という手順となったが,リスト入力はキーボード慣れも必要とあってか,かなり個人差が見られた。手際のよい人は名前の同じ部分をコピペしたり,VisualStudioの補完機能を使って入力し,コンパイルエラーメッセージから自分で入力ミスを修正して再ビルドを行っていた。VisualStudioの使用経験のある人はほとんどいないと思うのだが,なかなか勘のよさそうな人もいた。ただ,普通はなかなかそうはいかない。打ち込み終わってから,何度もリストと画面を見比べていたりと時間がかかる。ビルドしてみればシステムが間違い部分を教えてくれるのだが,そういうのはやってみなければ分かるものではない。デザイン系とは違って,不慣れな人が多かったようで,ヘルプについていたゲームコースの学生から指導を受けながら作業を完了していた。
XNAは,開発環境一式が無料で提供されており,PCおよびXbox 360(さらにいえばZune)のゲーム開発ができる。残念ながら,サンプルなどは英語のものが多く,ソース中にせっかく多くのコメントがあっても,日本人には利用しづらいものが多かった。東京工芸大学で使用しているサンプルは日本で作り起こしたものとなっており,すべて日本語でコメントが書かれており,解説マニュアルのようなHTMLがついているのが特徴だ。ゲーム内容は,左右の脚を動かすボタンの連打でスピードを上げ,ジャンプボタンでハードルを飛び越してタイムを競うというシンプルなものだが,プレイヤーキャラクターに使用されているモーションデータは,工芸大のモーションキャプチャ設備で収録されたものが使われているという。
3Dプログラミングを始める際に,最初の壁となるのが3Dデータの入手なのだが,学内で使用する人型モデリングでのボーン設定などは共通化されているようで,収録したモーションキャプチャデータを蓄積しているという。東京工芸大学では,今後モーションデータの一般公開なども検討しているとのこと。一般人にはまず作れないキャプチャデータが公開されれば,3Dゲーム作成の敷居もかなり下がってくることが期待できる。
氏は,テイルズシリーズのプロデューサになってからアニメを見る機会も増えたそうだが,どの声優はどんな声が出せるのか,どこのスタジオの作画なのか,録音スタジオはどこなのかといった部分を中心に見るようになったという。いかにもプロデューサらしい見方である。
「大学でゲームを学問する」という合い言葉で,新しい世代のゲームクリエイターを育てようという東京工芸大学。
国がゲーム産業をバックアップしている韓国などでは,ゲーム専門大学はもちろん,専門の高校まで登場するなど,教育段階でゲーム産業に向けた人材育成に力が入れられている。しかし,日本では,専門学校でゲームを教えるところはあっても,大学レベルとなるとほとんど話を聞かない。
工芸大ゲームコースの教授や講師のほとんどは,実際にゲーム業界で働いてきた人材だ。「自分達が15年かかって見つけてきたことを4年間で教えることができれば,残りの期間でさらに先に進むことができるはず」と,業界全体の発展を期している。
「ゲーム大国日本」という看板は多くの人の認知するところだろうが,ゲームに関するノウハウの伝承や人材の育成については,ほぼ各ゲームメーカー内でのみ行われていたといってよい。一つの産業として成立するほどの分野でありながら,これまで教育という点ではあまりにも立ち遅れが目立っていた。ようやく高等教育のレベルでゲームが扱われ始めたわけだが,成果はまだ未知数,順風満帆というわけにもいかないだろう。それでも,こういった流れが出てきたというだけでも,日本のゲーム業界の未来も少し明るくなったのかもしれない。
なお,工芸大のオープンキャンパスは,7月20日と8月23日にも開催される。ゲーム業界に進みたいという受験生がいたら参加してみるのもよいだろう。
東京工芸大学公式サイト
http://www.t-kougei.ac.jp/- この記事のURL: