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印刷2008/03/10 20:45

連載

剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜
第76回:リャナンシー(Leanan-Sidhe)
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 「何らかの代償と引き替えに偉大な力を得る」という設定は,剣と魔法の世界でよく見られるものである。「代償」の内容はさまざまだが,神/悪魔に祈りや供物を捧げたり,自らの体の一部や,寿命の一部を差し出したりするのが代表的だろうか。しかし,今回紹介するリャナンシー(Leanan-Sidhe)は,愛情と引き替えに芸術的な才能を与えるという,なかなか興味深い妖精である。

 リャナンシーはアイルランドに伝わる妖精だ。若く美しい女性の姿をしており,どんな男性が見ても魅力的に映るという。人間と恋仲になることがしばしばあり,恋仲になった男性は芸術的な才能が得られると言い伝えられている。芸術を志す者にとっては夢のような話である。
 人々に芸術的な才能を授けるという女神や妖精というと,ギリシャ神話における芸術の女神,ミューズが思い出されるが,彼女は代償を要求しない。一方リャナンシーは,芸術的才能を与える代わりに,男性の精気や血液を求める。リャナンシーによって才能を与えられた男性は,素晴らしい芸術作品を生み出せるようになるが,日々精気を吸われていき,やがて死んでしまうのだ。

 民間伝承を詳しく調べてみても,リャナンシーと戦った人間の話は見あたらないし,芸術的才能を与えるという特性も,コンピュータRPGにはなかなか反映しにくいものだろう。それゆえか,リャナンシーがゲームに登場することはあまりない(パッと思いつくゲームは,女神転生シリーズくらいだ)。

 

 リャナンシーは,ゲール語で「妖精の恋人」という意味である。ちなみに,アイリッシュ海の中央に位置するマン島にもラナンシー(Lhiannan-Shee)という妖精がいるが,こちらも語源は同じなので,両者を同一のものと考えても,さほど問題はないだろう。
 ラナンシーに関する伝承の中には,男性から精気を吸うという物騒なものだけでなく,村の守護妖精として活躍したというエピソードも確認できる。とある村には,守護妖精としてのラナンシーが残した杯があり,人々はクリスマスの晩に,その杯で酒を酌み交わして祝うというのだ。この話から察するに,リャナンシー/ラナンシーは,必ずしも人々に破滅をもたらす存在ではないのかもしれない。
 なお,リャナンシーの誘惑を振り切ることは非常に難しいだろうが,拒み続けると,リャナンシーは必死になって誘惑してくるらしい。リャナンシーによる必死の誘惑を拒否できる強固な意志さえあれば,芸術的才能と引き替えに命を失うことはなさそうだが……彼女の美しさを前にしたら,非常に難しそうだ。

 リャナンシーの生まれた背景には,偉大なる芸術家の死が関係しているとも言われている。著名な芸術家が死ぬと,技術や作品が神がかりだったとか,彼の技は芸術界を変えたなど,人々は大いに讃えることになる。それが若かった場合などは,早すぎる死を悼むと同時に,若くして開花した才能を指して,実はリャナンシーに見初められてしまったのでは? などと言われることもあるのだ。このあたりは,インキュバスと人間の間に生まれたとされる魔術師マーリンや,アレキサンダー大王などのエピソードとよく似ており,興味深いところである。

 

次回予告:オーガ

 

■■Murayama(ライター)■■
引っ越し作業も一段落し,ようやく生活のリズムが取り戻せそうだと語っていたMurayama。しかし,新居の隣にカラオケ完備の飲み屋があるらしく,そこから漏れてくる酔客の歌声で,寝不足の日々を送っているという。なるほど,それで今回の連載原稿も締め切りギリギリだったわけですね……。とりあえず,次の新居を探してみてはどうでしょうか。
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