業界動向
Access Accepted第334回:ゲームの開発資金をファンから集める時代
ティム・シェーファー氏が率いるDouble Fine Productionsが,ゲームの開発資金を集めるために行った「Double Fine Adventure」が成功し,1日で100万ドル以上の資金調達に成功したという。デベロッパがパブリッシャではなく,ファンから資金を集めてゲームを作る時代が来るかもしれないことを予感させる出来事だ。今週はそんな最近のゲーム開発事情をレポートする。
ファンが望むゲームを作りたくても作れないデベロッパ
最近の国際経済の状況はお世辞にも良いとは言えず,その余波は欧米ゲーム業界にも確実に伝わっているようだ。開発資金が集まらないというゲーム関係者のつぶやきをよく耳にするが,とくに,従来型のパッケージゲームにおいてその傾向は顕著で,少なくなった資金も,もっぱらソーシャルゲームやモバイルゲームといった新しい分野に流れているという。
2012年2月8日に掲載したニュースでもお伝えしたように,その影響をもろに被っているゲーム業界人の一人が,Double Fine Productionsを率いるティム・シェーファー(Tim Schafer)氏だ。
シェーファー氏は,大学生だった1989年にLucasArtsのゲーム部門であるLucasfilm Games(現 LucasArts Entertainment)で「Maniac Mansion」のテスターを務め,やがてプログラムもシナリオもこなせるマルチタレントとして頭角を現した人物。LucasArtsが開発した有名なスクリプト言語「SCUMM」を使用した多くのグラフィックスアドベンチャーの開発に関わり,やがて「Full Throttle」(1995年)や「Grim Fandango」(1996年)など,SCUMM世代後期の作品で中心的な役割りを務めた。
2000年にシェーファー氏は独立し,2005年に発表したのが「Psychonauts」だ。仲間とともに,時間をかけてじっくり開発したアドベンチャーゲームだったが,プロジェクトは難産で,シェーファー氏は販売を担当してもらうため多くのパブリッシャと交渉を重ねたという。
ようやくMajesco Gamesとの契約に成功するものの,結局同作は,ファンやメディアの評価が高かった割にはセールスに結びつかない“知られざる名作”になってしまった。
シェーファー氏は,その後もヘビメタ文化への愛をたっぷり盛り込んだ「Brutal Legend」(2009年)や,ダウンロード専用タイトル「Stacking」,そしてKinect専用の「Sesame Street: Once Upon a Monster」などをリリースして精力的な活動を続けているが,「業界関係者やファンに会うたびに聞かれる」という「Psychonauts 2」に関しては,前作同様,さまざまなパブリッシャとの厳しい交渉を繰り返していたようだ。
そんな不満がイギリスメディアへの発言につながり,さらにそれが「Minecraft」の開発者“ノッチ”ことマルクス・ペルソン(Markus Persson)氏の耳に届いたことによって,冒頭のニュース記事でお伝えした「ペルソン氏の,ゲーム開発資金提供」という話に発展していったわけだ。現在は,Psychonauts 2開発の資金援助は本気だと話すペルソン氏にシェーファー氏が連絡を取ったという状況。この先どうなるかは分からないものの,ゲーム開発者同士「和気あいあいとした話し合い」(Lovely Talks)がもたれているという。
シェーファー氏の“Double Fine Adventure”とは?
実は,ペルソン氏の一件が起きる以前,Double Fine Productionsは,新作ソフト開発の資金を集めるプロジェクト「Double Fine Adventure」を始めていた。
これは,「Kickstarter」という資金調達支援サービスを利用したキャンペーンで,基本的には,15ドルを払えば「Steam」からPC向けのβバージョンがダウンロードでき,製品版がリリースされれば無料でそちらに移行できるというもの。
支援額が15ドル以上30ドル未満の場合,このほかに開発の様子を収めたドキュメンタリー動画が提供され,フォーラムへアクセスできる。さらに,250ドルの支援を行えば,シェーファー氏ら開発者達のサイン入りポスターがもらえ,1000ドルでは専属アーティストが描いた提供者の肖像画が,さらに1万ドルなら開発者達との食事とスタジオツアーの権利が得られ,公式サイトによれば,最高額である15万ドルの提供者は,LucasArtsの名作ソフト「Days of the Tentacles」未開封パッケージが手に入るという。
ペルソン氏との一件による相乗効果があったのか,この企画,当初の目標だった開発資金40万ドル(約3100万円)を,キャンペーン開始からたった8時間でクリアしてしまい,それどころか,24時間後には115万ドル(約9000万円)に達する資金をサポーターから集めてしまった。つまり,当初の約3倍の開発資金を,たった1日で集めてしまったことになるのだ。
ちなみに,Double Fine Productionsという社名は,スピード違反をした場合,通常の2倍の罰金を取られるアメリカの「ダブルファインゾーン」に由来するという。パブリッシャとの交渉のため,あちこちに移動する必要に追われたシェーファー氏が,何度もダブルファインゾーンで捕まったことから名づけられたそうだ。そんな苦労を重ねて資金を集めていたのに,それがわずか1日で調達できてしまったのだから,シェーファー氏も「過去の苦労は何だったのか」と思っていることだろう。
このDouble Fine Adventureは,マルクス・ペルソン氏がたった1人で開発を始め,結果的に400万本を超える大ヒットになったMinecraftによって開拓された手法と基本的には同じだ。Double Fine Adventureの場合,提供した資金によってさまざまなオプションがあるので,まったく同じというわけではないが,昔からのファンが多いシェーファー氏なので,それが先の結果につながったのかも知れない。
Minecraftの成功後,こうしたタイプの資金調達を行う独立系の開発者が次々に出現している。例えば「WinG」開発や「SPORE」などで有名なプログラマ,クリス・ヘッカー(Chris Hecker)氏が進めている「Spy Party」や,「Lead and Gold」でおなじみのFatsharkが制作を発表した,新作アクションRPG「Krater」でも,広くファンから資金を集めることで,ゲーム開発を進めようとしている。
ファンが開発資金を提供するという新たなビジネスモデル
イギリスのSlightly Mad Studiosが始めた「World of Mass Development」というプロジェクトも,新たな動きとして気になるところ。こちらも,シェーファー氏のDouble Fine Adventureと同様に複数レベルに分けられた資金提供が行えるが,新作の開発に直接参加できるところが特徴になっている。
払った資金によって,βテストにアクセスできたり,フォーラムに参加したりするだけでなく,プロモーションムービーを作ってYouTubeで公開するなどの宣伝活動や,アートワークの提供,そしてプログラミングにまで参加できるという。しかも,販売総数によって,投資した金額以上の配当金がもらえるシステムになっており,成否が注目される。
現在,「トリプルA」とか「ブロックバスター」と呼ばれる作品の場合,損益分岐となる売り上げは数百万本であるという。開発費用の大半が人件費とはいえ,大作になればなるほど,広告や流通が占める割合も高くなり,開発にかかる費用は高騰する。
その結果,Activision BlizzardやElectronic Artsなど,資金的に体力のある限られたパブリッシャが市場を独占し,デベロッパはその下で,指示されたタイトルを黙々と制作するという構図ができあがってきた。
しかし,Double Fine AdventureやMinecraftはそうした業界の構図に風穴を開ける可能性がある。開発者が独自に資金を調達できれることは,パブリッシャやベンチャーキャピタリストの存在意義が薄れていくことにもつながるのだ。本連載の第330回「パッケージビジネスはなくなるのか?」でも書いたように,パブリッシャの存在理由の大きな部分を占めてきた流通に関しても,PC,コンシューマ機を問わず,デジタルで行える時代は訪れている。さらに,ペーパーメディアの相対的な価値は低下し,広告に関してもTwitterやネットなどで独自に行えるようになってきている。
シェーファー氏のDouble Fine Adventureの成功や,ペルソン氏の開発資金提供の話題は,単に「興味深い話」の枠を超えて,欧米ゲーム業界に大きなインパクトを与える出来事となるかもしれない。もちろん,資金を提供する側には保証がなく,ことによっては詐欺まがいのプロジェクトが現れる可能性があること,シェーファー氏のように実績のあるデベロッパだけに資金が集まるかもしれないことは考慮する必要はあるだろう。しかし,パブリッシャとデベロッパの関係が今後もまったく変わらないという確証はないのだ。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
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