業界動向
Access Accepted第342回:過去のゲームを今に残すことの意義
Xbox 360で北米のDVDレンタル会社「Netflix」の映画ライブラリを検索すると,そのタイトルの豊富さに驚く。試しに1920年のドイツ映画「カリガリ博士」を打ち込むと,貸し出しまでできるようだ。古い映画を相当数所有していることが自慢だった筆者だが,簡単操作でどんな映画でも見られる時代になったことに改めて感心せずにはいられない。映画に限らず,欧米のゲーム業界では今,HDエディションや,過去に出たゲームのデジタル販売などが盛んに行われており,昔のタイトルをいつでも楽しめる時代になっている。今週は,そうしたトレンドについて考えてみよう。
昔のゲームがミリオンセラーに
このところよく目にする「HDエディション」。これは,古いヒット作や,すでに旧世代に属するコンシューマ機向けのタイトルを,プレイの感覚は当時そのままに,テクスチャを入れ替えて高解像度に対応したり,ユーザーインタフェースを調整するなどしたりして,比較的廉価に販売するといったものだ。
海外ではUbisoft Entertainmentが,日本ではKONAMIやカプコンなどが盛んにHDエディションをリリースしており,例えば2011年11月にKONAMIがリリースした「METAL GEAR SOLID HD EDITION」は世界累計で100万本を超えるヒットになった。また,同じ時期に登場したMicrosoft Game Studiosの「Halo: Combat Evolved Anniversary」は175万本を記録するなど,例年以上の激戦だった2011年の商戦でも大きな結果を残している。
HDエディションがこれほどのヒットを収められたのはなぜだろう? 価格についていえば,中古ゲームショップやオークションサイトなどを使うことで,HDエディションよりも安くオリジナル版を手に入れることはできるはずだ。だとすると,過去に熱中したあの作品の興奮を最新のグラフィックスでもう一度味わってみたいという心理的要因が大きいのだろうか。
ベテランゲーマーの中には,古いタイトルを遊ぶために過去のコンシューマ機を大切に保管している人も多いが,日本やアメリカではデジタル化に伴うテレビの買い換えが進んでおり,そうした新しいテレビに古いコンシューマ機が接続できない場合がある。そのためにHDエディションを買う人も少なからずいるようだ。以前4Gamerで掲載した記事でも紹介したように,実際には現世代機でもそろそろ最新テレビとの接続で問題が発生しつつあり,過去のコンシューマ機で遊ぶことはますます難しくなっている。
さらには,オリジナルのゲームを知らない若い世代が,廉価で面白さが保証されたタイトルとして手に取りやすいということもあるだろう。
HDエディション以外の過去のタイトルの復刻も盛んだ。昔のゲームはファイルサイズが小さいので,何十本もの作品を一つにまとめて販売できるし,デジタルダウンロードに対応させることも比較的容易ではある。Xbox 360やPlayStation 3などの据え置き機に対応させ,Xbox LIVEやPlayStation Networkを通じて配信される過去のタイトルは多いし,ニンテンドーDSやPSPといった携帯機だけでなく,iOSやAndroidなどのモバイル端末向けにも,さまざまなタイトルがリメイクされている。以前の名作を最新のモバイル端末で初めてプレイした,というユーザーは多いだろう。
デジタル販売サイトであるGOG.comが期間限定で「Fallout」を無料販売し,それが大きな話題になった(関連記事)。ご存じのように,こうした過去作品の販売はPCゲームが先鞭をつけたものだ。コンシューマ機の場合,異なるハードの互換性は基本的にないと思っていいが,PCではその縛りはだいぶ緩くなる。GOG.comは,独自開発のエミュレータを使って,MS-DOS時代のゲームを最新OSで動作できるようにしており,価格の安さも手伝って,GOG.comのレトロゲームの人気はとても高い。
映画がたどった茨の道と,過去の名作をプレイできる意義
当時のフィルムはセルロイドという非常に燃えやすい素材でできており,上映中の事故で失われるものも多かったし,上映が終われば捨てられたり,裁断されて再利用されたりすることも多かった。ラングロア氏はそうしたフィルムを探し求め,その保存や修復に努めた。
第二次世界大戦中に多くのフィルムがドイツ軍に没収されたりもしたが,戦後,活動を再開したラングロア氏は,1948年には映画館としてシネマテークを創設し,国や時代を問わずにさまざまな映画を上映した。このことが,フランソワ・トリュフォー氏を始めとする,1960年代に「ヌーヴェルヴァーグ」(新しい波)と呼ばれた一連の映像作家を生み出すキッカケになったのだ。
しかし,古い映画の保存が文化的事業として認められまでには,あまりにも長い時間がかかってしまった。存在だけは知られていても,すべてのフィルムが消失してしまった作品や,名前さえも忘れられてしまった映画は相当な数になるだろう。
映画に比べてゲームの歴史は浅く,ほとんどの作品はどこかに現存している状態だ。もともとデジタルデータなので,保存もしやすい。そうしたゲームをダウンロードして楽しめたり,HDエディションという形で再販されたりするのは,ある意味,幸福な状況にあるといえるだろう。
過去のゲームを復刻したり再販したりすることにどんな意味があるのか? と思う人は,ヌーヴェルヴァーグを想起すべきだろう。
若い読者の中にはファミコンのゲームをプレイした経験がない人もいるだろうし,筆者の子供達のように,生まれたときから3Dグラフィックスやオンラインゲームが当たり前という世代さえいる。そういう人達がゲーム業界を志したとき,ルーツとも言える作品が遊べるのは非常に重要なことだ。
やがて,ゲーム業界を担うことになる若い才能が原点に触れる機会として,HDエディションや過去の名作タイトルのダウンロード販売などは歓迎されてしかるべきことなのだ。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるだろう。
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