業界動向
Access Accepted第583回:中国ゲーム市場とSteamの微妙な関係
2003年のローンチ以来,15年にわたってPCゲーム市場の中心に君臨し,今や3億近いアカウント数を誇るオンライン配信サービス「Steam」が,本格的に中国市場に乗り込むようだ。政府によるさまざまな規制があるために難しい印象のある中国市場だが,そこでSteamが成功すれば,世界のゲーム産業に大きな影響を与えることだろう。今回は,「Steam China」の現状をまとめておきたい。
Steamが中国市場に本格参入
E3 2018に世界の目が奪われていた北米時間の2018年6月11日,Steamを運営するValveと中国のPerfect World(完美世界)は,これまで続けてきた提携を延長し,さらに「Steam China」の設立を推進していることを発表した(関連記事)。現在のところ「Steam China」が中国国内の独立したサービスになるのか,グローバルにアクセスできるものになるのかといった詳細は公表されていないが,2018年内のローンチを目指しているという。
ValveとPerfect Worldが最初に提携したのは2012年のことで,世界的に人気の「Dota 2」や「Counter-Strike: Global Offensive」などのオンラインゲームを中国国内でサービスすることが目的だった。
さて,中国のSteamユーザーについては,「SteamSpy」を運営するEpic Gamesのセルゲイ・ガルヨンキン(Sergey Galyonkin)氏が,Game Developers Conference 2018で行ったセッションが衝撃的だろう。2015年にAliPayやWeChat Payなどの中国ベースの決済サービスがSteamでサポートされて以来,中国でアカウントが作成されることが非常に多くなり,2年あまりでユーザー数が600万人から1700万人に増えたという。2017年末の時点でSteamのアカウント総数は2億9100万に達しているので,全体の6%ぐらいに相当するが,アクティブユーザー数の19.5%は中国だという。
2017年には「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS」が中国でも大ヒットしたが,これがSteam人気をさらに高めたのは間違いない。政府の規制やチートプログラムの利用でBANされやすいため,インターネットカフェなどで捨てアカを定期的に作り続けているのではないかとガルヨンキン氏は推測していたが,そうまでしてでもSteamでゲームを遊びたいと思うゲーマーが多いのだろう。
政府のValveへの圧力は強い様子で,2017年には中国人ユーザーのSteam Communityへのアクセスが通信遮断対象になり,フォーラムやユーザープロフィールなどが使えなくなったという報告があった。もっとも,VPNを利用するユーザーに対してはそれほど効力はないようだ。
かなりの規制が予想される「Steam China」
Steam Chinaの誕生で,正規の手順でSteamにアクセスできるようになるのは中国のゲーマーにとって嬉しいはず。しかし,Steam Chinaという,名前からして“おま国仕様”のサービスに失望を感じているゲーマーも多く,「(スタート前から)終わっている」というようなコメントが中国のゲームメディアで目立つなど,期待値が低いようにも見える。
最大の理由は,FacebookやAppleのように,Steam Chinaも政府の規制に従わざるを得なくなるというものだ。VPNを使うなどして中国から普通にSteamにアクセスできる現在,ユーザーは規制されていないゲームを好きなだけプレイできるうえに,フォーラムに自由に意見を書き込んで国内外のプレイヤーとコミュニケーションが取れる。
「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS」のようなオンラインゲームだけでなく,ポーランドの11 bit Studiosが2018年4月にリリースしたシングルプレイ専用のストラテジー「Frostpunk」が中国で人気になったとのこと。中国語で書かれた中国発(と思われる)同作のレビューを読むと,プレイの感想をしっかり書き込む洗練されたゲーマーも少なくないことが分かるし,共同作業の大切さや弱者保護の重要性などについて,中国ならではの真面目で面白い論評も多く見られる。こうしたゲーマー達が規制を受けたシステムに満足できると考えるのは,やはり難しい。
ゲーム関連のオンラインサービスは中国市場に浸透し始めているが,PlayStation NetworkやXbox Liveで審査を通過するタイトル数は多くないという。TencentがSteamの先手を打つべく鳴り物入りで始めたオンライン配信サービス「WeGame」も,国外のゲームタイトルは100にも満たない状態であるようだ。
中国政府のガイドラインに従えば,性や暴力だけでなく,体制崩壊やテロリズムをテーマにしたゲームが審査を通ることは困難で,例えば「グランド・セフト・オート V」や「ウィッチャー3 ワイルドハント」「ウォッチドッグス 2」のようなグローバルな人気作品が,正規に中国でプレイできる可能性は高くない。NetEaseが「Diablo III」を中国でリリースした際には,赤い血や肉はすべて灰色に変えられていたというが,表現以前にストーリーやテーマそのものが規制に引っかかるケースも多く,中国市場へゲーム作品を持ち込みたいデベロッパのハードルは高い。
Valveがこうした困難を承知のうえで中国市場への参入を目指すのは,Blizzard Entertainmentの「Battle.net」のような競合サービスが中国市場への進出を図っているからだ。上記のように中国にはすでに多くのSteamユーザーがおり,知名度は最も高い。そのユーザーベースを失ってしまうのはビジネスとしてもったいない話であり,もちろん,“世界最大のゲーム市場”と言われる中国の市場規模も大きな魅力だろう。
中国国外にはそれほど影響のない話とはいえ,Steamがどのような実績を積み上げていくのか,今後も見守っていきたい。
2018年7月24日13:30追記:
記事中,「WeGame」の説明に使用していた写真および記事の表記に誤りがあり,削除および訂正しました。読者,関係者には深くお詫びいたします。
著者紹介:奥谷海人来週の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者取材のためお休みします。
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
次の掲載は8月6日を予定しています。
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