業界動向
Access Accepted第704回:メタバースに向かって動き始めたMeta(旧Facebook)の動向
10月28日に開催された自社のオンラインイベント「Connect 2021」において,Facebookの生みの親として知られるマーク・ザッカーバーグ氏が,社名をMetaへと変更することをアナウンスし,同社が現在取り組んでいる「メタバース」の構想やビジョンを発表した。また,2022年中のリリースが予定されている新型VRデバイス「Project Cambria」と,その後に続くスマートグラス「Project Nazare」にまつわるテクノロジーについても解説しておこう。
社名を変更してまで未来を見据えるMeta(旧Facebook)
2004年に起業して以来,ソーシャルネットワークサービスの雄として君臨するIT企業FacebookのCEO,マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏が,先日オンライン公開された自社イベント「Connect 2021」において,その社名を「Meta」(正式名称: Meta Platforms)へと変更したことをアナウンスした。ここのところのホットトピックである「メタバース」を,先取りしたような名称だ。
当連載では,「第674回:ゲームが牽引するメタバースという近未来」(関連記事)において,メタバースの歴史的な流れと大まかな解説や,現状ではメタバースっぽさを最も味わえるのがゲームコンテンツであることを紹介した。最近も「第695回:5年で50億ドルに達する「ポケモンGO」のNianticが考えるメタバースの未来」(関連記事)や「第696回:「Roblox」や「Core」に感じる新しい未来世界の始まり」(関連記事)などで,メタバースについて触れているが,ゲーム業界の時事ネタを主に扱う当連載でも取り上げる頻度が高く,それだけゲーム開発者たちが産業の未来を描くにあたってのカギを握るホットトピックの1つである。
もちろん,「World of Warcraft」や「ファイナルファンタジー XIV」のようなMMORPG,「フォートナイト」や「Minecraft」,「Roblox」に至るまでのソーシャル性を持つゲームの数々は,メタバースっぽい世界であってもメタバースではない。匿名性の高いアバターを使って,家を買ったり物々交換したり,座談会から結婚式までユーザー主導型の集会を開くことはできるが,特定の狭い仮想空間で完結してしまっているのだから,それはバーチャルな世界における疑似的ユニバースに過ぎず,さらに高次元での世界を示すメタバースとは呼べないのである。
ではMetaが描くメタバースとは何なのか,と聞かれても,現時点で筆者も答えに窮するところなのは事実だが,ザッカーバーグ氏の言葉を借りれば「プレゼンスを感じられるソーシャルネットワーク」であるそうだ。プレゼンスという概念は,「Project Morpheus」(PlayStation VR)のVR体験を形容する際に,吉田修平氏が2014年の時点で使用していた言葉であり(関連記事),目の前の映像に違和感を感じない臨場感やリアリズムと考えれば良いだろう。
周囲の人の表情まで読み取れる講義に出席したり,ライン際からプロスポーツを観戦したり,離れて暮らす親子や親友が一緒に映画を鑑賞するといったプレゼンスは,“フラットスクリーン”のゲームやSNSで体感することが不可能な経験だ。
筆者の全くの想像ではあるが,この時点で社名変更を行い,2Dソーシャルネットワークサービスである「Facebook」と形式的な距離を置くことにしたのは,近いうちにもそれに代わる,もしくは併用されるべき3Dソーシャルネットワークサービスがアナウンスされるからではないだろうか。
社名変更がアナウンスされた自社イベントでは,そうした同社の未来へのビジョンを物語る様々な情報が公開されたが,それらを見るに新サービスのユーザーは引き続き実名を使い,家族であれ友人であれ,ゲーム仲間やビジネスパートナーであれ,自分の身近な人たちとのメタバース空間の共有に念頭を置いたものになるという,本来のFacebookと同じ原理を新しい形で体感できるつながり方を模索している様子だ。
メタバースの実現を担う2つの新型デバイス
Metaに在籍して15年のベテランになるアンドリュー・ボズワース(Andrew Bosworth)氏は,2022年から同社のハードウェア事業を統括するCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)に就任し,1万人というエンジニアらを率いることになる。この部門の中核にあるのが,VRヘッドマウントディスプレイの開発チームReality Labsで,今後1年で1兆円にもおよぶ開発予算を捻出し,以降もそれを上回る投資を行っていくという本腰の入れようだ。
Connect 2021においては,2つの新しいプロジェクトである「Project Cambria」と「Project Nazare」がアナウンスされているが,それぞれがVR,AR新型デバイスとなる。
新型VRデバイスとして2022年中にローンチされることが明らかにされた「Project Cambria」は,「Quest 3」ではないという。ザッカーバーグ氏によると,「Quest 2とは互換性があるものの全くの新製品であり,同社のラインナップの中でもハイエンドの価格設定になっている」とのことで,Reality Labsが開発する最新技術を集約したものとなるという。
「Project Cambria」の技術デモでは,リアルタイムでの表情認識システムと視線トラッキングシステム,そして現実の風景を高解像度で取り込むカメラの3つの要素が紹介されている。ザッカーバーグ氏は現実世界も取り込んだMixed Reality(MR)と表現しているが,取り込んだ風景に複数のスクリーンを表示させつつ,現実のペンを使ってメモを書いたり,取り込んだ映像を瞬時に仮想世界化することも可能なようだ。
一方の「Project Nazare」は,Reality Labsのマイケル・アブラッシュ(Michael Abrash)氏が研究中のスマートグラス(ARデバイス)である。アブラッシュ氏は「ディスプレイ,オーディオ,AIまで,達成すべき技術的ブレイクスルーは十数種類に及ぶ」というように,新製品の開発というよりは,研究開発という側面が強いが,今回のイベントではアバター技術と,EMG(筋電図)入力において,一定の進展があったことが紹介された。
Facebook Research Labs Pittsburgによって開発が進められているMetaの「コーデック・アバター技術」は,2016年のイベントから毎年のようにその進展が紹介されているが,今年はさらに高解像度となり,1つ1つの毛穴や皺,毛髪や衣服もシミュレートされているほか,光が肌に反射したり,浸透した微妙な色合いも実現できるようになっているようだ。
Facebook時代の反省を生かすかのように,アブラッシュ氏は「すでに,個々のアバターをどのように管理するかに取り組んでいる」と語る。アカウントが乗っ取られて,リアルな自分のアバターが悪用されないような認証システムと個人情報の秘匿技術の確立にも取り込んでいるという。
EMG入力は両腕にブレスレットのようなデバイスを装着し,腕だけでなく細かい指の動きまでを感知することにより,手で専用デバイスを握ることなく,筋肉の動きから生じる微弱な電場を感知し,デジタルシグナルに置き換えようという試みだ。現時点で,同社の研究室では簡単なクリックやスワイプのジェスチャーを認識する程度だが,将来的には指を机の上で動かすだけでタイピングできるよう挑戦が続けられている。
今回アブラッシュ氏が披露したのは,ユーザーがソファに座ったまま太もも部分に指で文字を書くことにより,それをリアルタイムに認識して文字化し,チャットに使うというEMGやAI解析を複合的に利用したテクノロジーである。漢字などに応用するのはさらに難しそうであるが,ザッカーバーグ氏によると,今後は頭で文字を書くことを考えるだけで自動表記されるところまで研究開発が進められていく予定だと言う。
こうした「Project Nazare」の技術はそれぞれ分野の担当開発チームが個別に研究を重ねている段階であり,ボズワース氏はそのプロトタイプの開発に取り掛かるのさえ2年はかかると海外メディアのThe Verge(外部リンク)で語っている。
VRデバイスが5年をかけて開拓してきた道のりを,Metaは次の5年をかけて,メタバースという新しいプラットフォームとして延ばしていくことになりそうだ。現実的な話として,ユーザーの個人情報がターゲット型広告になるというMetaのビジネスモデルに変化はなさそうだが,テクノロジーとハードウェアへの巨額投資で,ソーシャルネットワークの新たな形が示されるかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
来週,2021年11月15日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者取材のため休載します。次回の掲載は,11月22日を予定しております。
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