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Access Accepted第744回:兄弟が情熱を注ぎ込んだ都市開発シム「Dwarf Fortress」20年の歩み
「Dwarf Fortress」は,この12月に正式リリースされたばかりのファンタジー系都市建設/マネージメントシミュレーターだ。その開発期間は20年にもおよんでおり,少し時代遅れなグラフィックスやインタフェースながらも大きな人気を博している。“マインクラフトの元ネタ”と言われるほどの影響力があり,カルト的な人気を誇る本作は,その開発期間中も熱狂的なコミュニティにより支持され続けてきたのだ。今回は,そんな本作について紹介しておこう。
こだわり抜いたシミュレーションが紡ぎ出すストーリー
「Dwarf Fortress」(PC / Mac)は,新天地に移住したドワーフたちの一団をまとめ,要塞都市の開発を行いつつ,ドワーフの生活を管理していくという都市建設/マネージメントシミュレーターだ。1980年代風の古めかしい2Dグラフィックスや,やはり時代を感じさせるインタフェース,そしてチュートリアルはあるものの何ともわかりづらいゲームプレイであるにもかかわらず,パブリッシャのKitfox Gamesから2022年12月6日にSteam(外部リンク)で販売開始するやいなや,初日で推定16万本,6日間で30万本の販売を記録している。
サードパーティ統計サイトのSteamDB(外部リンク)によれば先週末には2万8340人という,インディー系のシミュレーションゲームでは異例とも思える常時プレイヤー数に達している。サポートが英語のみなのも成功へのハードルとしては高いが,Steamのレビュースコアは現時点で1万2000人ほどから96%の「圧倒的に好評」という評価を得ているのが凄い。
本作の最大の特徴はそのシミュレートの細かさにある。そんなシミュレートにまつわる興味深いエピソードをひとつ紹介したい。
2015年,独立系デベロッパBay 12 Gamesのターン・アダムス(Tarn Adams)氏が,兄のザック・アダムス(Zach Adams)氏と開発中のゲーム「Dwarf Fortress」をテストプレイしていた時に,ゲーム中でネコが嘔吐しながら死んでしまう“バグ”が発生した。何日もかけてその原因を突き止めようとしたターン氏はあることに気付く。ネコたちの通り道にはドワーフが愛飲する酒樽があり,ドワーフたちがこれを飲むたびにこぼして床を汚していたのだ。
ゲーム中のネコは,自分の体を舐めて毛繕いするという習性があるために,酒のついた自分の足を舐めて酔っ払い,過度のアルコール摂取によって嘔吐し,中毒で死んでしまっていたのだ。ドワーフが酒をこぼしてしまうのも,ネコが足を舐めるのも,すべて「Dwarf Fortress」がシミュレートしているもので,つまりこれはターン氏自身のプログラミングの結果であって,バグではなかったのである。
こういった例からもわかるだろうが,「Dwarf Fortress」のシミュレーションは圧倒的だ。ゲームを開始するごとにマップが自動生成されるだけでなく,「ゴブリンのネクロマンサーが首都を陥落させて王になった」とか「ドワーフたちが結社を組織した」といった細かい歴史が描き出されることにより,それに従った独自性の強い世界とストーリーが作り出されていく。
巨大なクモが襲い掛かってきたときに,たまたま武器を装備していなかった兵士が素手でとどめを刺したことから,その兵士は後に「ブレイン・パンチャー」という称号を与えられた英雄となり,さらに部屋には知らないうちに,石工から贈られたスパイダーの刻印が施された記念品が置かれている,といったことも起こる。
「Dwarf Fortress」には敵勢力を倒して全土を制覇するとか,さらには特定のミッションをこなしていくといった,ゲーム上の目的は存在しない。資源の枯渇や飢饉,モンスターたちの襲来や噴火などの天災,さらに地下都市や鉱山の崩落といったさまざまな困難を乗り越えて,少しでも長くドワーフたちの町を運営していくというリプレイ性の高いゲームシステムなのも,熱狂的なゲーマーたちがプレイし続ける要因になっている。Steamのレビューで,自分のゲームに起きたストーリーを書き連ねているプレイヤーが多いのも面白い現象だ。
「Dwarf Fortress」とアダムス兄弟の20年
「Dwarf Fortress」の開発が始まったのは,2002年10月。遡ること20年も前のことだ。子供の頃からコーディングを独学で覚えてきたというターン氏は,数学者となるべくスタンフォード大学の大学院生だった2002年に,兄のザック氏と組み,「Ultima風の世界でSimCityを作る」というようなコンセプトで本作の開発を始めた。
しかし,同時に3Dグラフィックスを使ったRPG「Slaves to Armok: God of Blood」の開発に熱中し始めたことで学業が疎かになり,ハードなスケジュールもあいまってメンタル面で挫折して退学。その後はテキサスの名門であるテキサスA&M大学に入学して博士号を目指すが,2006年に自主退学し,ゲーム開発に専念するようになった。ちなみに「Slaves to Armok: God of Blood」を完成しないままフリーウェアとして公開することになる。
そんな経緯から,作りかけだった「Dwarf Fortress」(vr 0.21.93.19a)もフリーウェアとして2006年8月に公開された。オリジナル版はIBMのCP437を利用したテキストベースの表示だったが,すぐさまファンコミュニティが盛り上がり,いくつかのゲームメディアでも情報発信されたことにより,毎月800〜1000ドルほどの寄付を受け続けて人の兄弟は生活することが可能になった。
その評価は当初から折り紙付きで,2012年にニューヨーク近代美術館でゲームの歴史をフィーチャーした展示が行われ,大ヒット中だった「マインクラフト」が展示された際,クリエイターのマルクス・ペルソン(Markus Persson)氏が影響を受けた作品として,「Dwarf Fortress」が同時出展されていたほどだ。
2011年には「version 1.0」に到達したが,ターン氏は本作の開発を「ライフワークだ」と語り,地道な開発が続けられてきた。最新パッチナンバーは「version 50.03」となっており,どれだけ細かくアップデートが繰り返されてきたかがわかるだろう。
パブリッシャが名乗りをあげ,多くの協力者たちの力を借りて,アスキーアートがピクセルアートになり,BGMも加わってずいぶん遊びやすくなった印象のある「Dwarf Fortress」。元々無料だったものが有料になったことに対して,全く批判の声が上がっていないのも,こうした開発者の果てしない努力を理解しているゲーマーたちが多いからだろう。
Steam版のリリースに際して公開されたローンチトレイラー(外部リンク)において「これは私たちのライフワークで,開発を止めるつもりはありません」とターン氏は発言しており,これからもまだまだ進化は続けそうだ。その1つが,ターン氏が2017年にPC Gamer誌のインタビュー(外部リンク)で示唆していた,“マジックシステム”の導入であり,今後もゲームシステムや,各プレイヤーのゲーム世界で紡がれていくストーリーもさらにユニークなものになっていくのかも知れない。「Dwarf Fortress」は,今後も末永く楽しい話題を提供してくれることになるはずだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
「Dwarf Fortress」公式サイト
- 関連タイトル:
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