インタビュー
支倉凍砂氏ロングインタビュー。「WORLD END ECONOMiCA」から「狼と香辛料」,そして次回作の話題まで,あれもこれも語りつくしてもらった
支倉凍砂と「ゲーム」
4Gamer:
ちょっと話は変わりますが,支倉さん自身はゲームをプレイされますか?
支倉氏:
昔は結構やっていたんですけど,最近はどうしても時間がなくて……。それこそプレイ時間が60時間とか言われると,ちょっと時間が取れないので。
4Gamer:
では,好きだった作品はありますか?
支倉氏:
エロゲーなんですけど(笑),「君が望む永遠」とか「Natural -身も心も-」とか。あとは「To Heart」のマルチ(※編注:ヒロインの一人として登場するメイドロボ)のシナリオですね。
4Gamer:
そのあたりの経験が今回のシナリオに活かされていたりするんでしょうか。
支倉氏:
そんなに活かされてないんじゃないかなと思います。プレイしているときは話にのめり込んでしまうので,自分がどういう形式でプレイしていたかとか,表示画面がどうなっていたかということはあまり覚えてないんですよ。シナリオがこういう感じで,ここですごく感動した,というのは結構覚えてるんですが。
なので,いざゲームを作るときになって「どういう文字表示にしますか」と言われても,自分が過去にやったゲームがどういう表示だったか覚えてない。結局,イラストが見やすいかなと思ってウインドウ表示にしたんですが,やっぱり自分の文章は小説なのでちょっと読みにくかった。そこは考えどころだったかなと思っています。
蒼井氏:
一番最初は全画面で考えていたんですよ。ただ,やっぱり絵を見せたいということで今の形に落ち着いたんです。
4Gamer:
そもそもゲームが作りたいと思ったきっかけというのは何なのでしょうか?
支倉氏:
小説だと,小説が好きな人しか手に取りにくいんじゃないかというのがありまして。どうも見ていると,ビジュアルノベルは客層が違う感じがしたので,小説が好きでない人にもアピールできるんじゃないかと。あとは映像と音楽がつくと,日本以外にもアピールしやすいんじゃないか,というのもあります。
それに小説だと,どうしても利幅が少ない(笑)。例えば自分で小説を出して,出版社と対抗できるかというと多分できないんですけど,ゲームだとそうでもない。自分でやりたいように作ってうまくいく可能性が,ゲームだとものすごく高そうに見えたので。実際この話をゲーム業界の人が聞いたら「殺すぞ」って言われるかもしれませんが……(笑)。
4Gamer:
いやいや,さすがにそこまではないと思いますよ(笑)。むしろ今回「WEE」を出したことで,今後はゲーム会社からシナリオの依頼が来るかもしれませんし。
支倉氏:
それはいいです(笑)。それだと小説とあまり変わらなくなってしまうので。話が来て,数字次第では考えるかもしれませんが(笑)。
4Gamer:
逆に,ご自身で会社を作るという選択肢は?
支倉氏:
それはちょっと分からないですね。
プロのクリエイターさん以外でも,力を持っていて,ほかに仕事をしながら,趣味としてもの作りをしたいという人は結構多いと思うんです。その人達が何の資本もなく,いきなりゲームを作れるかというとやっぱり難しいと思うので,誰かが資本を出すなり,音頭を取るなりすれば,一緒に新しいクリエイティブなことができるんじゃないかなと。
ですから会社を興して,全員プロの人を雇って,というのはあまり考えてないですね。
4Gamer:
なるほど。
支倉氏:
イラストレーターさんと話をすると,シナリオの書き手が圧倒的に足りないと言われるんです。絵描きさんにはうまい人が山ほどいて,ゲームを作りたいと思っているけど,シナリオを書く人間がいないし,作る資金もないので,どうしても最後まで作れないそうなんです。
蒼井氏:
同人ゲームを作っていてネックなのが,みんなの立場が対等になりがちなことです。組織的な問題で,誰かが一番強いわけじゃないということが結構あったりするんですね。今回の場合はあくまでも,支倉さんが「俺がやりたいんだ」というところから始まって,最終的な決定権が全部支倉さんにあったから意外とスムーズに進んだというのがあるんですよ。
同人ゲームを作るときは,どうしても先にシナリオがないといけなくて,イラストは後から来るものなんですが,そこで時間差ができて「お前何もしてないじゃん」みたいな話になりがちです。途中で分裂する同人作品のプロジェクトが山ほどあるのは,多分そのへんでうまく行かないという,構造的な問題があるのかなと。
支倉氏:
そのへんをどう律するかが,やっぱり一番の課題ではあるのかな。あと同人ゲームで一番いいのが,商業のゲーム会社さんだと流通は流通会社さんに任せてしまったりして,利幅がどんどん減っていくイメージがあるんですが,同人だと書店に委託する場合でも値段を上げたりして,あまり利幅が変わらないようにできる。そういうところで,同人ゲームは自分で自分の運命を切り開いている感がありますね。
4Gamer:
確かに,そういった手ごたえを感じられるのは,同人ならではですよね。では,これからも小説という形にこだわらずに活動を続けていくのでしょうか?
支倉氏:
昔から,あれをやってみたい,これをやってみたいと思ってやるんですが,ある程度までいくと,すぐ飽きちゃう性分なんです。なので,もしかしたらゲームである程度評価をもらえたらまた小説に専念するということもあるかもしれないですし,あるいは全然別の方向に行くかもしれません。
「狼と香辛料」完結に寄せて
では「WEE」の話はこれくらいにして,引き続き,小説家としての支倉さんの話をお聞きしたいと思います。まずは少し前の話ですが,「狼と香辛料」の完結,おめでとうございます。
支倉氏:
ありがとうございます。
4Gamer:
6年近く関わってこられた作品が終わったということで,今どんなお気持ちですか?
支倉氏:
とりあえず,エピローグを書いた時点で,それまで自分の持っていたものを全部出せたと,本当にそんな感じですね。5巻の時点でもう全部出しきった感があったんです。出し尽くしてしまったけれど,アニメ化が控えていたので,刊行を延ばすわけにもいかない。結局6巻はちょっと息継ぎ的な巻になってしまって,確かに評判が良くない(笑)。そういうことがありつつも,本当に全部書けて良かったなと。自分の中では,可能な限り綺麗に終われたのでほっとしています。
4Gamer:
シリーズを始めたとき,ここまで長くなるとは……。
支倉氏:
全然思ってなかったです。1巻で終わりだろうと思っていたので。
4Gamer:
以前お話をうかがったときは,終わり方は決めてあるというお話でしたが。
支倉氏:
当時はそう考えていたはずなんですが,途中からやっぱりどうしようかなというのはありましたね。結局,ヨイツ(※編注:ヒロイン・ホロの故郷)にも行かなかったですし。
4Gamer:
行かないというのは考えていなかったと?
支倉氏:
そうですね,最後はヨイツに行って終わりだと考えていました。ただプロットを立ててみると,それだとどうなのかというのがありまして。
4Gamer:
どうなのか,というのは?
支倉氏:
「狼と香辛料」は,例えば1巻が終わってもそこですべてが終わるのではなくて,みんなその後の生活がありますよ,という雰囲気を出せたらいいなと思って書いていたんです。もしヨイツに行って終わると,本当にそこで終わらせないとうまくまとまらない。例えばその後,ホロとロレンスはどうなるの,というのがすごく出しづらくなります。
ヨイツに行かないでその前で終わらせると,このあと,あの2人はこうしたんだなという想像の余地がありつつ,綺麗に終わらせられるだろうと。あとは単純に,行く理由がほとんどなくなっていましたし。となると,最高の終わり方はこうじゃないかなと,自分の中でのエピローグを書いた結果があの最終巻です。
4Gamer:
最終巻にいくつか短編が入っていたように,今後も後日談やサイドストーリーがいろいろと書けそうな雰囲気ではあったと思うんですが,そういった構想はあるのでしょうか。
支倉氏:
そう思ってもらえるのがすごく嬉しいくらい,もうネタがなくて書けないです。「まだ書けるんじゃないの?」ということは,もっと読みたいと思ってくれているということなので,書き手としてはすごく嬉しいんですが,ちょっと無理ですね。あの主人公達だと,もう話が展開できない。
4Gamer:
全17巻と長いように見えて,終わってみると本当に一瞬だったという印象があります。
支倉氏:
17巻というのは,あまり早く畳みすぎず,ダラダラ長く続きすぎることもなく,自分でもちょうどいい巻数だったと思っています。ただ数えてみると短編集が結局4冊になっちゃったので,それはちょっと多かったかなと。
4Gamer:
執筆している間に,印象に残った出来事はありますか?
支倉氏:
印象に残った出来事……あ,「WEE」が完成したというのが最大の出来事です(笑)。それまでは大体4か月ごとに仕事の締切がやってきていたので,どうしても何かやろうとしても途中でやめてしまっていたんですが,「WEE」はついに完成できたので,それが一番大きな出来事でしたね。「狼と香辛料」のエピローグは,「WEE」のシナリオを全部上げてから書き始めたんですよ。
あとは,海外の人がたくさん読んでくれてるんだと知ったときの驚きですかね。部数的な話は分からないんですが,台湾でのイベントのときに,階段に座りこんで「狼と香辛料」を読んでいる読者さんが結構いて,みんなボロボロになるまで読んでくれていたんです。ひと昔前の日本みたいに,海外のものだからという理由で買っているわけじゃなくて,本当に好きで読んでくれているんだなというのが分かって,すごく感動しました。「WEE」を翻訳したいと思ったきっかけは,そういうところにもあります。
4Gamer:
なるほど。
支倉氏:
それと,「狼と香辛料」を書いていて良かったなと思うのが,クリエイターの方に仕事を頼むとき,「『狼と香辛料』を書いていた支倉です」と言いやすいことなんです。仕事を頼んだ相手の人も読んでくれていたりして。岸田教団さんは1巻が出たころから読んでくれていたらしくて,「ぜひお願いします」と言ってくれました。-PF AUDIO-さんも,「えっ,読んでましたよ。アニメも見てました」って言ってくれて。そういうのがすごくありがたかったです。
4Gamer:
この5〜6年の間で,支倉さん自身の中で何か変化はありましたか?
支倉氏:
これまではとにかくいい小説を書いて,その小説が評価されることが第一目標だったんですが,一つシリーズが終わってしまったので,ちょっと別のこともやってみたいなという欲はあります。それがゲームの制作にもつながっているんですが。あとは,小説以外にも趣味っぽいものをぼちぼち持ち始めたりして,少し余裕が出てきた感じですね。それがいいことなのか悪いことなのかは,これから先次第ですが。
4Gamer:
では,ここからは「支倉凍砂 第2ステージ」という感じですね。
支倉氏:
本当にそうですね。本物の作家は2冊目の小説を書けるかどうかで決まる,とよく言われるらしいんですが,ライトノベルの場合は2シリーズ目が書けたら本物だという思いが自分でもあるので,頑張らないと。
- 関連タイトル:
狼と香辛料 海を渡る風
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狼と香辛料 ボクとホロの1年
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(C)支倉凍砂/アスキー・メディアワークス/「狼と香辛料?」製作委員会 (C)2009「狼と香辛料II」製作委員会/ASCII MEDIA WORKS Inc.
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