連載
竜攘虎搏。「放課後ライトノベル」第75回は『龍盤七朝 DRAGONBUSTER』で遥かな武のいただきを目指せ!
今年も早くも残すところあと350日とちょっとになってしまった。これがあっという間にあと200日,100日となり,いつの間にか年末を迎えている,という未来が目に浮かぶようだ。歳を取ると1年が経つのが早く感じるようになるとよく言われるが,近年は筆者もそれをひしひしと実感している。いや,1年どころか3年すら,気づけば過ぎ去ってしまっているありさまだ。
3年といえば中学生が高校生に,高校生が大学生になる時間。甘酸っぱい青春時代を目いっぱい満喫したいと願う諸氏にとっては,漫然と過ごすにはあまりにも短すぎる期間だろう。一方で,シリーズものの続刊が出るまでの期間としてはさすがに長いと言えるのではないだろうか(実際は,もっと長く間があいている作品も少なくないわけだが)。その3年に,さらに8か月を加えてようやく2巻が刊行されたのが,今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『龍盤七朝 DRAGONBUSTER』である。
著者の秋山瑞人は,ほかに換えの利かない極めて個性的な作風で熱狂的なファンを多数抱えながら,近年は遅筆ぶりでそのファンを泣かせてきた。この『DRAGONBUSTER』も,待てども待てども続刊刊行の兆しがなく,一部ではあきらめの声すら聞かれたことがあり,2巻の刊行予定が立ったときには喜びよりも「マジで!?」という反応が多数見られた。ファンにとってはまたとないお年玉となった本作の見どころを,ようやく読めたという実感を噛みしめながら振り返ってみたい。
『龍盤七朝 DRAGONBUSTER 02』 著者:秋山瑞人 イラストレーター:藤城陽 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:588円(税込) ISBN:978-4-04-886249-3 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●龍を呑む双剣は,その日,少女の心をも呑んだ
かつて,群狗(グング)は戦場で“龍”を見た。
双剣を手に,瞬く間に数十人もの兵士を斬殺した,すさまじい剣技を持つ謎の女。それから70年近くを経て,卯(ウー)王朝の第十八皇女,通称月華(ベルカ)の世話役となった今も,群狗の脳裏にはその日の記憶が焼きついていた。ある日,彼は屋敷を抜け出した月華を探してやってきた運河の畔で,“龍”と同じ太刀筋の剣舞を舞う,1人の少年を見る。少年の名は涼孤(ジャンゴ)。道場の下働きと似顔絵描きで糊口をしのぐ,言愚(ゴング)という被差別民の一人である。
群狗と共に涼孤の剣を目にした月華は,その剣さばきに魅せられ,自らも剣を手にする。腕を磨き,いつか涼孤よりも強くなるために。それは誰もが鼻で笑うような,世間知らずの子供の大それた望みであるはずだった。だがいかなる神のいたずらか,その当人は,剣において天賦の才を持っていた。己のうちに眠る才能に本人だけが気づかぬまま,月華は道場を訪ねては涼孤に挑戦する日々を送るようになる。
かくして龍の末裔と,その高みを目指す少女は出会った。若き2人の剣士を軸に,彼らを取り巻く多くの人々を巻き込みながら,物語を回す運命の車輪は加速していく――。
●動きだす運命。それは,剣戟の音,悲哀の叫びと共に
そして待ちに待った2巻では,月華の才がついに覚醒する。
毎年秋に行われる洞幡(ドーハン)の大比武(だいひぶ)――勝ち残れば,卯の国で最も優れた武人の誉れを得ることになる真剣試合を前に,涼孤が働く道場,三十六番手講武所は大いに沸きかえっていた。師範代の蓮空(デクー)が,大比武への参加を決めたのだ。言愚である自分にも気さくに接してくれた剣士が,己の夢に向かって第一歩を踏み出したことを大いに喜ぶ涼孤。
一方の月華は,因縁ある相手,三十六番手講武所の門下生・背守(セス)との勝負の中で,剣の勘どころを掴む。以来,めきめきと力をつけていく月華は,狐の面をかぶった「言賢同(ごんげんどう)の小狐丸」として,街の荒くれ者相手の腕試しに興じるようになる。
いよいよ本格的に物語が動き始めた2巻,見どころの筆頭はやはり,剣士としての才覚を発揮するようになった月華だろう。幼い憧れから始まり,剣を振り回す遊びのような鍛錬を経て,そこらの腕自慢では敵わぬほどの実力を身に着けた月華。だがその心構えは,いまだ子供のまま。剣を執るということの意味を理解し,世界の広さを知ったとき,彼女は初めての挫折を味わう。果たして地に臥した“猫”は,再び牙を研ぎ“虎”となれるのか。
彼女以外の剣士たちにおいても,それぞれの運命が動き始める。己の望む道を進み始めたはずの蓮空の前に立ちはだかる過酷な現実。いまだ物語の本筋には関わらず,実力も未知数な一番手講武所の一番弟子・阿鈴(アレイ)。その中にあって,ある種浮世離れした実力と存在感を示す涼孤にも,剣を手に執り“龍”の姿を示す日が迫る。彼らの道行きがいかにして交わるのか,今はただじっとその先が描かれる日を待ちたい。
●果てしなき龍盤世界で綴られるは,猛き武の物語
涼孤と月華,2人の剣士を中心に物語が進む『DRAGONBUSTER』だが,これはもともと,著者が盟友である作家,古橋秀之と共に立ち上げた「龍盤七朝シリーズ」の一角を成すものとして描かれた作品である。架空の中華風世界という舞台を用意し,そのうえで作家2人が物語を展開していく,というコンセプトのシリーズで,厳密に設定が決められているわけではなく,矛盾が出てくるのはある程度承知のうえ。互いに物語を描いていく中で設定を膨らませていくという方向性で展開している。
実際『DRAGONBUSTER』の時点で,すでに矛盾なく設定を押さえるのは困難なほど無数の固有名詞が登場している。物語が描かれる範囲こそ1つの街の中のみと狭いが,その中で文化や風俗,歴史や食べ物,そして武術までが仔細に描かれ,実に魅力的な世界観を作り上げている。涼孤と月華の関係性のメタファーとして,作中でたびたび言及される六牙(ロンガ)のおとぎ話などはその筆頭と言えるだろう。これほどまでに生き生きとした龍盤世界の中で,今後どのようなストーリーが紡がれるのか,大いに期待したい。
なお古橋のほうでも,龍盤七朝シリーズの1つとして『龍盤七朝 ケルベロス』(メディアワークス文庫)を手掛けている。こちらはこちらで,人知を超えた武術と曲者ぞろいの人物たち,そして「圧倒的な」という形容すら生ぬるい強大すぎる敵が登場する,非常に読み応えのある一作となっている。『DRAGONBUSTER』を堪能したあとは,ぜひこちらも手に取ってみてほしい。
■剣士じゃなくても分かる,秋山瑞人作品
著者,秋山瑞人は1971年生まれ,山梨県出身。電撃ゲーム小説大賞(現・電撃小説大賞)への投稿を通じて1998年,『E.G.コンバット』(原作:☆よしみる)でデビュー。同じく原作つきの『鉄コミュニケイション』(原作:たくま朋正,かとうひでお)を経て,初のオリジナル作品となる『猫の地球儀』を発表。その後,2001〜2003年にかけて刊行された『イリヤの空、UFOの夏』で広く名を知られるようになる。同作ではアニメ化をはじめ多数のメディアミックスが行われた。
『ゼロ年代SF傑作選』(著者:秋山瑞人,冲方丁,海猫沢めろん,桜坂洋,新城カズマ,西島大介,長谷敏司,元長柾木/ハヤカワ文庫JA)
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主にSF作品,それも近未来や架空の世界を舞台に,人間以外の知性体が登場する作品を得意としており,『猫の地球儀』までの作品はいずれもそうした世界観のもとで描かれている。早川書房の「SFマガジン」に掲載された「おれはミサイル」(冲方丁,長谷敏司といった人気作家の短編を収めた『ゼロ年代SF傑作選』所収)もその1つで,のちに第34回星雲賞日本短編部門を受賞し,著者のSF作家としての評価を高めた。もっともそれだけが作風のすべてというわけではなく,『イリヤの空〜』とその次の『ミナミノミナミノ』の舞台は現代日本,そして今回紹介した『DRAGONBUSTER』は著者初となる中華風ファンタジーとなっている。それらすべてに共通するのが,秋山節とも言うべき独特の文体で,デビュー以来ファンの熱狂的な支持を受け続けている。
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