インタビュー
「ロマサガ」“バトル曲”限定アレンジアルバムを制作した伊藤賢治氏に,「Re:Birth II / ロマンシング サ・ガ バトルアレンジ」の楽曲解説をしてもらった
カバーアートは小林智美氏描き下ろし
原画の迫力には伊藤氏もびっくり?
4Gamer:
今回のアルバムのカバーアートは,ロマサガシリーズのキャラクターデザインを手がけられた小林智美さんの描き下ろしなんですよね。ここに原画をお持ちいただいたんですが……。
伊藤氏:
おおおー! 初めて見た。
4Gamer:
新聞紙を広げたサイズより,さらにもう一回りくらい大きいでしょうか。手描きの筆跡がハッキリ残っていますね。
スクウェア・エニックス 音楽出版事業部 プロモーション担当 白石明生氏:
今回,伊藤さんのバトル曲のCDであることを小林さんにお伝えして,そのイメージで「じゃあこのキャラだ」と描いていただきました。四魔貴族が1枚にまとめて描かれるのは,今回が初めてなんだそうです。
4Gamer:
そうだったんですね!
(携帯電話を取り出して)写真撮っとこ(笑)。
へえー……よく描いてくださったなあ。
4Gamer:
この原画をご覧になった感想はいかがですか?
伊藤氏:
……本当に,言葉も出ないという感じですね(笑)。感動です。
これは,七英雄や四魔貴族もバラバラに配置されているのかな?
白石氏:
ええ。全体としての色合いなども考えつつ,配置されているようですね。
伊藤氏:
あれ? 女性キャラはこんなにいたっけ?(笑) ビューネイでしょ,シェラハでしょ……。
白石氏:
(ラフ画と原画を見比べながら)そこにいるのがフォルネウスで……。
4Gamer:
それはもしや,ラフ画ですか?
白石氏:
ええ,ファックスで,キャラクターの配置を「こんな感じで」と送られてきたものです。
4Gamer:
「こんな感じで」という割に,この描き込みっぷりは……。
伊藤氏:
かなり描き込んでるじゃないですか!
(ラフ画と原画を見比べながら)ええっ! あのメデューサみたいな女性って,クジンシーだって! マジで?
こうして見てみると,けっこう忘れているのもありますね。
4Gamer:
ロマサガシリーズの開発中は,こうやって小林さんの絵をご覧になることはありましたか?
伊藤氏:
ロマサガ1のときは,キャラ絵がいくつかあって,それを参考に見せてもらうことはありました。けれど,2以降は見る機会がなかったなぁ。会社に届けられてはいたと思うんですけど。
4Gamer:
伊藤さんは当時,「バトル曲」とか,漠然とした発注の中で作曲されていたわけですよね。
伊藤氏:
もう,指定書がざっくりした場面の指定だけですからね。「フィールド」とか。
4Gamer:
こういったイラストからイメージを膨らませて作曲する,ということもなかったんですね。
伊藤氏:
そうですね。だから逆に,「小林さんはこう描いてくるに違いない」みたいな予想をしながら曲を作って,結果まるで違う! みたいなこともありました(笑)。
反響次第で今後のさらなる展開も?
「Re:Birth III」(未定)はピアノソロに……?
4Gamer:
Re:Birth IIが発売される前にこんなことを聞くのは性急かもしれませんが,今後も,バトル曲に限らず過去の作品をアレンジしてリリースすることは考えられていますか?
伊藤氏:
あればいいですね,スクエニさん!(笑)
今度はシンプルにピアノソロでもいいかもしれませんね。ゲーム音楽のアレンジって,フルオーケストラがイメージしやすいですけど,大きいタイトルならまだしも,予算的に難しかったりもしますし。できる範囲での企画ものだったら,自分はやっぱりピアノの部分が強いと思うので,ピアノソロのアルバムを作ってみたいですね。……(白石氏の方を見て)作ってみたいんだよ!(笑)
4Gamer:
確かに聴いてみたいです。ピアノソロのアルバムを作られるとして,選曲のイメージなどはありますか?
伊藤氏:
いくつかライブでもやったりしたんですけど,人気が高かったのは「ポドールイ」(ロマサガ3)とかですね。あの曲は僕も好きだし,外せないと思います。
4Gamer:
ですよね!
Re:Birth,Re:Birth IIときたわけですから,「Re:Birth III」にも期待したいです。
伊藤氏:
でも実は,もともとRe:Birthってシリーズものにする予定もなかったんですよ。
ただ,“生まれ変わらせて”いますし,当時の自分も聖剣からサガという制作の流れだったので,じゃあRe:Birthに続く“パート2”という位置付けにしてしてもいいんじゃないか,と。で,こうやっていけば,Re:Birth IIIにつながるかもしれないという狙いもちょっとあったりして(笑)。
Twitterでちょっと聞いてみちゃおうかな? 「ところで,ピアノソロってみんな聴きたくない? どんな曲が聴きたい?」って。
4Gamer:
今回のアルバムの収録曲をみて,「まだあの曲がアレンジされてない!」と思う人もいるでしょうし,きっとニーズはありますよ。
伊藤氏:
そうですね。ロマサガ1だったら「バトル2」なんかは抜けてますし。
4Gamer:
何か理由があるんですか?
伊藤氏:
うーん……。ロマサガ1のリメイクについては,僕の中ではミンストレルソングで完結しているんです。それをただ生演奏するのもどうかな? と思ったからですね。
それを踏まえた上で,今回のBelieving My Justiceやサルーインについては,自分でもとくに好きだったり,ファンからもかなり高評価だったから,やっておくべきだなと思ったわけで。
ほかの曲については生演奏や生音に近いアレンジになっているので,あえていじり直したくはないな,という思いがありますね。
自分が作った作品が好きになれなかったら
ほかの人にも届けられない
4Gamer:
今回のアルバムに限らないんですが,以前作った曲をあらためてアレンジするときに,何を大事にしているんでしょうか?
伊藤氏:
当時の想いや,聴き続けてくれているファンへの想いを大事にしながらスタートするんですが,作業が進むにつれて「自分が気持ち良いか気持ち良くないか」という要素も重要になっていきます。というのも,自分が作った作品を好きになれなかったら,ほかの人にも届けられない,という考え方が大前提としてあるんです。
「自分が気に入らなくても,ほかの人が気に入ってくれさえすれば良い。それがプロとしての仕事だ」という人もいるんでしょうけど,僕はそういう考えではないんです。
4Gamer:
それはもちろん,プロじゃないということではありませんよね。プロとしてのスタンスの違いであって。
伊藤氏:
ええ。どちらの作り方が良い悪いじゃなくて,考え方の一つですけど。
4Gamer:
インタビューで当時のスクウェアの制作裏話などをお聞きする機会があるんですが,その度にまるでフィクションの中の青春群像劇のような印象を受けるんです。時には殴り合いなどもあったんじゃないかな? とか。
伊藤氏:
さすがに殴り合いは無かったと思いますけど(笑)。
みんな若かったですからね。僕が1990年に21歳で入社したとき,植松さんがちょうど30歳だったんですよ。植松さんが開発の最年長で,坂口(博信)さんもまだ27歳でしたから。
4Gamer:
その若さであれだけのものを作っていたんですよねぇ……。
伊藤氏:
時田(貴司)さんもまだ23歳でしたしね(笑)。
本当に若いスタッフ陣で,気に入らないこととか,これはどう見てもダメっていうものがあれば,遠慮なく意見をぶつけ合って……。
とにかくみんなが高め合うための意見を言い合っていたので,激しい言い争いになることはあっても,嫌な結果になることはありませんでした。そういう意味でのすがすがしさはありましたね。
4Gamer:
決して足の引っ張り合いというわけではなかったんですね。
伊藤氏:
人それぞれの価値観ってあるじゃないですか。そこをどう一つにまとめるかというのは,プロジェクトリーダーである坂口さんや河津さんの手腕だったんですけど,2人はまるで逆なんですよ。
坂口さんは「みんなで一緒にやって,寝食共にして,みんなで喜びも苦労も分かち合おう! 制作を終えたときには,エンディングのスタッフロールを観て,みんなで泣こう!」みたいな(笑)。
一方,河津さんは,それぞれの個人主義に任せるタイプで。「まとめるのは俺の役目だから,みんなは好きにやっていいよ。ただしおのおので責任を持って」というスタイルでした。
面白かったですね。一つの会社でこういう別々のやり方があるんだなぁ,と。
4Gamer:
そのあたりの個性の差が,作品にも表れていた気がします。
今回のアルバムには
オリジナル音源のダウンロードコードも
4Gamer:
ちなみに今回のアルバム,Re:Birth IIの初回生産分にはスーパーファミコン版のロマサガ1〜3,いずれかのオリジナル音源を無料でダウンロードできるコードが記載されたカードが,ランダムで付属しているそうです。
当時の音源と今回のアレンジ版を聴き比べることができてしまうわけですが,それについてはどう思われますか?
伊藤氏:
楽しんでほしいですよね。
以前はちょっと恥ずかしかったんですよ。スーパーファミコンの音源って,1と2の音,2と3の音を比べると,確実にレベルの違いがあるので。ハードの使い方や制作技術が進むに連れて,同じハードでも違う音になっているのが,聴いててもよく分かるんですね。
でもファンの方は,原曲がゲームの思い出と一緒に記憶に残っているらしくて,「やっぱりオリジナルが最高だ」みたいに思っている方もいます。そういう反応をみると,多少複雑な気持ちはあるんですが,嬉しさのほうが大きいですね。だから今回も,ぜひ聞き比べて楽しんでいただければ……と。
4Gamer:
以前感じていたような気恥ずかしさは,もう無くなりましたか?
伊藤氏:
いや,当時のスーパーファミコンでの音源を自分から進んで聴くことはないですね(笑)。
4Gamer:
では,ファンのほうが伊藤さん以上に原曲を聴き込んでいるかもしれませんね。
でしょうね。だから最近でも,「Amazonでロマサガ2のオリジナルサウンドトラックをゲット!」みたいな書き込みをTwitterで見かけたりもすると,ちょっと恥ずかしいような(笑)。でも,喜んでくれている様子が伝わってくると,それはとても嬉しいですし。
4Gamer:
2009年には,サガシリーズ20周年ということで,シリーズの全サウンドトラックを集めた「SQUARE ENIX SaGa Series 20th Anniversary Original Soundtrack」が発売されましたよね。ひょっとしたら,あの時も伊藤さんの中には複雑な思いが……?
伊藤氏:
というか,「よく作ったな」と(笑)。
あんな古いものが,そのままの形で本当に聴かれるのかな? なんて思ったんですが,かなり売れたみたいで。このあたりは作り手側と聴き手側とで意識が違うところなんでしょうね。
4Gamer:
昔好きだったものを今でも好きでい続けてくれるというのは,嬉しいことですよね。ただ一方で,今の曲も聴いてほしいなんて思いませんか?
伊藤氏:
あ,それは幸い,けっこうばらけてますね。
「これから作る音楽を聴きたい」という人もいれば,「昔の音楽が良かった」という人もいますし,どっちも良いという人もいて――その3者のバランスがまあまあ良いのかな? と思っています。
なので,過去に縛られることもなく,今までやって来たことに対する思い入れを無理に消し去ることもなく。過去からの引き継ぎの部分も含めて,これからも活動していこうと思えるんです。
4Gamer:
それこそ今回のアルバムを聴いて,玄城バトルや七英雄バトルのようなアレンジを通して,「今のイトケンはこうなのか!」と興味を持つきっかけになってもらえれば素敵ですよね。
伊藤氏:
ですね。嫌いなら嫌いでもいいので,そのときはぜひ,理由も教えてくれると嬉しいです。次につなげられますから。
4Gamer:
嫌いという意見でもちゃんと受け止める,と。
伊藤氏:
ええ。前にもお話ししましたが,子供の頃はいじめられっ子だったんですけど,僕の場合はそこでめげなくて「なにくそ!」と思えたんです。男の子がピアノを習っているということでバカにされたりもしましたけど,「これで成り上がってやる」みたいな思いを持っていたのでめげませんでしたし。
そうやって育ってきたから,ちょっとやそっとの罵詈雑言では折れないですし,好き嫌いについて何か言われても,「その人が曲を聴いた上での意見」として受け入れられるだけの度胸は付いたかな,と思います。
4Gamer:
ネットで何か言われた程度ではビクともしないと。
伊藤氏:
全然大丈夫! ……まあ,面と向かって言われたら,ちょっといろいろな反応をするかもしれませんけど……(笑)。
4Gamer:
それは凹む前に怒りますよね。手は出しちゃだめですけど(笑)。
ともあれ,今回のアルバムについても遠慮なく感想や意見を……ということですね。
伊藤氏:
ええ。楽しみにしています。
自分の好きなことをやらせていただいた以上,そこでまた好き嫌いの判断をしてもらいたいですから。
今後は,自分の中のいろんなスタイルのライブをやっていきたいですし,そこで今回の曲を引用したり,また違ったアレンジをすることもあると思うので,ぜひ感想をお願いします!
4Gamer:
ところで,このアルバムが出ることで,「またバトル曲のライブをやってほしい!」という声も上がると思うんです。昨年の時点では,年齢的,体力的にバンド編成でのバトル曲ライブは最初で最後になるだろうとおっしゃっていましたが……。
伊藤氏:
そう言ってはいたんですが……かなりあちこちから,「またやってくれ」という声を多くいただくんです。同じ業界の人でも,そういう話をしたら「もうやんないの? 何だったら俺,ゲストで出るよ?」と言ってくださる方までいて(笑)。
4Gamer:
ということは,昨年のライブが最後ではないかもしれない?
伊藤氏:
かもしれない。
4Gamer:
今回のアルバムの反響も,関係するかもしれない?
伊藤氏:
かもしれない(笑)。
4Gamer:
いやあ,「本当にもうバトル曲をバンドでやることなんてないから!」というお話ではなくて安心しました。
その一方で,落ち着いたコンサート形式の活動も今後続けられていくんですよね?
伊藤氏:
そっちは本当に息長く,ライフワークとしてやっていくつもりでいます。
今年もいろいろなライブの予定があるんですよ。それぞれ趣向を変えて,オリジナルものをやるかもしれないですし,カバーものもやるかもしれないですし……いろいろと企んでいるので,楽しみにしていてください。そうそう,TwitCastingもご無沙汰なので,またやらないと(笑)。
4Gamer:
ですね。深夜の突発TwiCasも楽しみです。
本日はありがとうございました。
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