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典型的な西洋魔術師の誕生の真相に迫る,エンタテイメント性に優れた古典「魔術師マーリン」(ゲーマーのためのブックガイド:第17回)
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印刷2024/07/25 12:00

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典型的な西洋魔術師の誕生の真相に迫る,エンタテイメント性に優れた古典「魔術師マーリン」(ゲーマーのためのブックガイド:第17回)

画像集 No.006のサムネイル画像 / 典型的な西洋魔術師の誕生の真相に迫る,エンタテイメント性に優れた古典「魔術師マーリン」(ゲーマーのためのブックガイド:第17回)

 「ゲーマーのためのブックガイド」が帰ってきた。約1年ぶりの掲載となるこのコーナーは,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,多彩な執筆陣による記事をさまざまなスタイルでお届けしていく。

 けだしゲームとは,仮想世界での体験である。その背景設定は宇宙,海中,戦国となんでもござれだが,変わらぬ人気を誇るのが,魔法が飛び交う中世風の幻想世界。そんな世界で,なくてはならない存在が魔術師である。

 魔術師と言われてすぐに思い浮かぶのは誰だろう? ハリー・ポッター? 「指輪物語/ロード・オブ・ザ・リング」のガンダルフ? だが,そんな面々の原型となった英国のマーリン(Merlin)を忘れてはならない。アーサー王伝説において,ときおり指南役として姿を現しては助言や魔術を披露して,いずこへともなく去っていく。ゲームでは「拡散性ミリオンアーサー」Fateシリーズなどでもお馴染みだが,それでも「正体不明の謎の存在」という感が強い。
 そんなマーリンの実態に手軽に迫ることができる一冊「西洋中世奇譚集成 魔術師マーリン」(以下,魔術師マーリン)を,今回は紹介してみたい。

画像集 No.001のサムネイル画像 / 典型的な西洋魔術師の誕生の真相に迫る,エンタテイメント性に優れた古典「魔術師マーリン」(ゲーマーのためのブックガイド:第17回)
「西洋中世奇譚集成 魔術師マーリン」

著者:ロベール・ド・ボロン
訳者:横山安由美
版元:講談社学術文庫
発行:2015年7月10日
定価:1110円(+税)
ISBN:9784062923040

購入ページ:
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「西洋中世奇譚集成 魔術師マーリン」紹介ページ


 本書は13世紀前半,フランスの騎士もしくは聖職者のロベール・ド・ボロンによって著された「Merlin(メルラン)」を,研究者の横山安由美氏が翻訳した書籍だ。題名のメルランとはマーリンのフランス語読みだが,訳本では分かりやすいよう副題が添えられ,本文での表記も英語読みのマーリンで統一されている。その書き出しは,こうだ。

「悪魔は激怒した」

 「走れメロス」かと目を疑ったが,原文を確かめると古フランス語で「Molt/とても fuiries/激怒した li anemis/かの敵(悪魔)は」とあり,まさしく訳文どおり。和訳もなかった当時に,太宰 治は原文でこれを読んでいたのだろうか(この部分,版元のネットで試し読みもできるので,疑心暗鬼のかたはご確認を)。

 などという波乱含みから始まるこの本だが,この悪魔たちの激怒の相手は,何とイエス・キリストだ。2000年前,イエスが新たな教えを広めたことで,人々は救われた。それはいいが,ではイエス以前に亡くなった人の魂はどうなってしまうのだろう。浮かばれるのだろうか? 天国には行けるのか? という神学論争がある。
 その答えの一つが,新約聖書外典「ニコデモ福音書」などで語られる「イエスの冥界行き」だ。イエスは冥界(≒煉獄)でアダム&イヴを含む過去の迷える魂たちをも救い,天界へ導いた。これによって悪魔たちは,本来自分たちが手に入れるはずだった(と思いこんでいた)魂を大量に奪われ,怒り心頭に発しているのであった。

 こうした悪魔たちが,神への反撃手段として出した結論こそが,「反キリストたる悪魔人間の創造」である。こうしてマーリンは「半分悪魔たる初代デビルマンとして生を得たがゆえに,さまざまな魔法を使いこなせる」というのだ。
 実は,似た話は我が国にもある。母親が葛の葉という名の妖狐であるがゆえに,安倍晴明は当代一の陰陽師となった。このような「人外の存在の干渉による恋愛や出生」を,まとめて異類婚姻譚と呼ぶ。

 ともかく,そんな風に生まれたマーリンが,歴代の英国王に予言者および参謀として仕え,アーサー王の誕生を画策し,そのアーサーが石に刺さった剣を抜いて少年王となるまでを描いたのが本書である。
 文庫で250ページしかない本ではあるが,その内容は多彩だ。淫魔インクブス,紅白二匹の地竜,天を舞う火竜,奇怪な予言およびその成就,変身術もしくは幻惑術,謀殺や一大戦闘,巨石遺構ストーンヘンジの造成,聖杯,円卓および危険の席……など要素が満載で飽きさせない。アーサー王物語の開幕としても良くまとまっており,最初に読む本としてお勧めである。

 理解をさらに深めたい奇特な人のために,関連本をいくつかお勧めしておこう。
 「魔術師マーリン」には,実は同作者による前日譚「聖杯由来の物語」(Le Roman de l’Estoire dou Graal)があり,こちらの邦訳は「フランス中世文学名作選」に収められている。題名のとおり主題は聖杯で,マーリンは出てこない。イエスの十字架での非業の死に当たり,その面倒を看たアリマタヤのヨセフが主人公だ。
 この2作を続けて読むと,二つの三位一体が浮かび上がってくる。一つは「卓」,すなわちテーブルであり,イエスによる最後の晩餐の卓,アリマタヤのヨセフによる聖杯の卓,そしてアーサー王宮廷の円卓である。もう一つは「父なし子」であり,イエス(神が父),マーリン(悪魔が父),そしてアーサー(私生児として,当初,実の父が誰かは隠されていた)の三者だ。つまりアーサーが「非業の死を遂げるが,その後で甦る」という伝説は,まさしくイエスの短い生涯に重ねられていることが俯瞰できるのだ。

画像集 No.002のサムネイル画像 / 典型的な西洋魔術師の誕生の真相に迫る,エンタテイメント性に優れた古典「魔術師マーリン」(ゲーマーのためのブックガイド:第17回)
「フランス中世文学名作選」

編訳:松原修一,天沢退二郎,原野昇
版元:白水社
発行:2013年9月15日
定価:6200円(+税)
ISBN:9784560083208

購入ページ:
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「フランス中世文学名作選」紹介ページ


 なおマーリンを主人公とした古典には,12世紀の中葉にモンマスの聖職者・ジェフリーによって書かれた「中世ラテン叙事詩 マーリンの生涯」(以下,マーリンの生涯)がある。原題はラテン語の「Vita Merlini」で,そのまま読めばメルリヌスだが,日本語の訳文では分かりやすいよう,やはりマーリンで統一されている。
 若い時代の洗練された姿を描いた「魔術師マーリン」に対し,「マーリンの生涯」は晩年,アーサーが没した後の回想録だ。そこでのマーリンは,悲惨な戦場での体験によって,なんとPTSDに陥っている。
 そういう意味では,作品どうし互いに補完し合う関係なのだが,「マーリンの生涯」は一貫した物語性には乏しいため,上級者向き。個人的には,妖姫モルガンが支配するアヴァロン島に関する記述が白眉である(ただし絶版なので,図書館や古本屋を当たられたい)。

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「中世ラテン叙事詩 マーリンの生涯」

著者:ジェフリー・オヴ モンマス
訳者:瀬谷幸男
版元:南雲堂フェニックス
発行:2009年5月27日
定価:3500円(+税)
ISBN:9784888964203

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 とりあえず今回はここまでとするが,今後も機会を見つけ,ゲーマー諸氏が興味を持てる本を紹介していきたい。ではそれまで,しばしの別れを。Adieu!

■■健部伸明(翻訳家 / ライター)■■
 青森県出身の編集者,翻訳家,ライター,作家。日本アイスランド学会,弘前ペンクラブ,特定非営利活動法人harappa会員。弘前文学学校講師。著書に「メイルドメイデン」「氷の下の記憶」,編著に「幻想世界の住人たち」「幻獣大全」,監修に「ファンタジー&異世界用語事典」「ビジュアル図鑑 ドラゴン」「図解 西洋魔術大全」「幻想悪魔大図鑑」「異種最強王図鑑 天界頂上決戦編」など。ボードゲームの翻訳監修に「アンドールの伝説」「テラフォーミング・マーズ」「グルームヘイヴン」などがある。
  • 関連タイトル:

    Fate/Grand Order

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