インタビュー
「ドグマツルギー ouverture」インタビュー。ベアーズスタジオ 朱 胤盛社長が語る“テキスト主体のADV”の魅力と可能性とは
この「ドグマツルギー」シリーズの企画開発を指揮するのは,ベアーズスタジオの代表取締役社長である朱 胤盛(ジュ・ユンソン)氏。朱氏は物心が付く前からアメリカ西海岸で暮らし,ゲームやアニメといった日本のサブカルチャーに強い影響を受けて育ったという。そしてソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)や日本一ソフトウェアでの勤務経験を経て設立したベアーズスタジオを通じて,自分の手がけたゲームを世に問うこととなったのである。
今回4Gamerでは,「ドグマツルギー ouverture」の概要やベアーズスタジオの展望,そして外国人の視点で見た日本産アドベンチャーゲームの魅力と可能性などを,朱氏に聞いてみた。
「ドグマツルギー ouverture」公式サイト
ほかの街にはない新宿独特の陽気さと,そこで起きる事件を描きたかった
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは,「ドグマツルギー ouverture」の成り立ちや特徴についてお聞かせください。
ベアーズスタジオは設立してから1年半ほど経つのですが,ドグマツルギーはその間ずっと作り続けてきたタイトルです。スタッフそれぞれに作りたいゲームがありましたが,その中からもっとも現実的なジャンルとして,また私自身が好きということもあり,テキストベースのアドベンチャーゲームを選択しました。
4Gamer:
“ouverture”には“序曲”という意味がありますよね。つまり連続するシリーズの第1作めであると。
朱氏:
そうです。その背景には,最初から大きなボリュームかつ高い価格でリリースしてしまうと,皆さんのとっつきが悪くなってしまうのではないかという懸念もありました。
そこで,ドグマツルギーシリーズの1作めとして,スマートフォンおよびPS Vitaをプラットフォームとし,文章をしっかり読まなくとも物語がきちんと伝わる構造を目指しました。
4Gamer:
テキスト主体のアドベンチャーゲームということですが,どんな内容になるのでしょう。
朱氏:
物語の舞台は,東京の新宿です。ゲームではリアルな新宿をロケハンし,背景のグラフィックスなどを描いています。
物語は,その新宿で少年少女達がどんな苦難を経験し,それにどう立ち向かっていくのかということを描いていきます。
4Gamer:
舞台を新宿にした理由を教えてください。
朱氏:
まず一つには,ベアーズスタジオのオフィスが新宿にあるからです。そして実は私個人も,何かと新宿に縁が深いんですよ。私が13歳で初めて日本に来たときに泊まったホテルも新宿,社会人になって日本で生活するために初めて借りたアパートも新宿だったんです。そこでぜひ新宿を描きたいと。
4Gamer:
おそらく,新宿という街の独特な雰囲気や魅力を描きたいという欲求もあったんじゃないかと思うのですが。
そのとおりです。私はアメリカ西海岸出身なのですが,日本の赤坂で働き始めたとき,オフィス街を行き交う人達にまったく陽気さがないと感じました。それは本当に大きなカルチャーショックだったのですが,新宿には陽気さがあったんです。歌舞伎町はもちろんアルタ前,西口ロータリー……そして同じオフィス街であっても,新宿はもっと陽気なんです。
4Gamer:
日本人から見ても,新宿は独特の雰囲気を持っています。しかし,新宿を陽気だと表現する人はあまりいないかもしれません。朱さんは,新宿をどんなふうに陽気だと感じたのでしょう。
朱氏:
人柄を含め,新宿はいろんなものがミックスされている感じがします。古くから住んでいる人もいれば,新しく移ってきた人もいる。いろんな人がそれぞれの理由で集まってきて,中には相反する人達もいるけれども,それが嫌みにならない。
またご存じのとおり,アメリカは国が大きいですから,何事においても感覚が広いんです。私はアメリカの中でも比較的狭いといわれているサンフランシスコ出身ですが,それでも買い物に行くときは車に乗って20〜30マイル先まで行くこともあります。ところが新宿は,街の中を歩いて回るだけですべてを揃えられる。それも新鮮でしたね。「何で同じような百貨店や量販店が密集しているんだろう?」とか(笑)。でもそこにはきちんと意味があり,人々はそれを必要としているんです。アメリカ文化に慣れている人の視点で見ると,それは非常に新鮮でした。
そういった独特の元気がある街に,何か事件が起きたらどうなるのか。私はそれに興味があります。そこでドグマツルギーの舞台に新宿を選んだというわけです。
外国人がビジュアルノベルを作ったらどうなるのか
4Gamer:
ドグマツルギー ouvertureには,何かシステム的な特徴はあるのでしょうか。
システム自体はシンプルです。とくに今回は,繰り返しになりますがシリーズ最初のタイトルですので,複雑な仕組みは採用すべきではないと判断しました。スマートフォン向けのゲームとして,電車の中でポチポチとプレイしていただくのが一番望ましいですから,必要最低限でテキストが読みやすいシステムに絞り込み,可能な限り動作を軽くしています。
4Gamer:
PS Vita版はどうでしょう。
朱氏:
ターゲット層が少々異なるので多少のアレンジが加わりますが,スマートフォン版と同様にシンプルなシステムにしています。
スマートフォン版もPS Vita版も,今後シリーズを重ねる中で,システム的に発展していくところをお目にかけられると思います。
4Gamer:
最大のセールスポイントは,ストーリーそのものであると。それではストーリーを描くにあたって,配慮した点はありますか。
朱氏:
物語を主人公の視点で描くのか,それとも第三者の視点で描くのかについては,すごく悩みました。最終的には主人公視点で描くこととなったのですが,その心理の変化や行動の起こし方は,心理描写的に見て面白く仕上がっています。まずは主人公になりきってプレイしていただければと。
その反面,主人公への感情移入が難しいという側面が出てくるかもしれません。しかし映画やテレビドラマもそうですが,主人公の語りや心情に共感を得ることもあるかと思います。またouvertureは,ある意味キリの悪いところでエンディングを迎えます。これは続編がどのように展開するのか,期待していただくためです。これらの手法は,昨今の海外ドラマを参考にしています。
4Gamer:
なるほど。
朱氏:
ですから,日本で作られたテキスト主体のアドベンチャーゲームとは,少々イメージが異なるかもしれません。言ってみればドグマツルギーシリーズは,日本のビジュアルノベルが好きな外国人が作ったゲームなんです。その意味では,新鮮に受け止めていただけるんじゃないでしょうか。
4Gamer:
ボリュームはどのくらいですか。
朱氏:
1文字1文字きちんと読んでいった場合,エンディングまで4時間半から5時間くらいを想定しています。またマルチエンディングですから,周回プレイも楽しめます。ouvertureは800円という価格で,フルボイス仕様ですから,それなりにボリュームはあると受け止めていただけるんじゃないでしょうか。
4Gamer:
マルチエンディングとなると,続編にはどうつながるのでしょう。
朱氏:
いわゆるグッドエンドを基準に物語が続いていきます。
4Gamer:
周回プレイができるとのことですが,たとえば2周めをプレイするとき,主人公は1周めの記憶を持っているのでしょうか。
朱氏:
それはありません。もっと言うなら,その記憶を引き継ぐのは物語のキーとなる書物の「ドグマツルギー」そのものなんです。
4Gamer:
ああ,なるほど……。しかし,その設定をここで話してしまうと核心に迫りすぎというか,ゲームのネタバレになってしまいませんか。
朱氏:
そこはスタッフ間でも見解が分かれるところなんですけれども,私としては別に隠す必要はないんじゃないかと。たとえば映画の「STAR WARS」シリーズも,1作めで公開した設定をもとに,前後の物語や横の広がりを展開していますよね。
4Gamer:
確かに,「書物が記憶を引き継ぐ」という設定が明かされたことで興味を惹かれる人もいるかもしれません。
朱氏:
そもそも「今,世界の可能性を問う」というキャッチコピーも,その設定から生まれたものですから。
つまり世界は主人公が選択を重ねていくことで作られていく。これは,私を含め多くの人のリアルな人生と同じです。
しかしゲームの中では,その選択によって世界が変わってしまう可能性がある。それが書物という形で引き継がれていくことで,ドグマツルギーシリーズが展開していくというわけです。
4Gamer:
事前に公開されていた情報よりも,かなりスケールが大きいと感じます。
実は私の描きたい世界は,もっとスケールが大きく,ドグマツルギーシリーズはその一部分です。それこそ中二病的に書き溜めた設定などがたくさんありますよ(笑)。しかし,いきなりそれを全部押しつけても,多くの人には受け止めてもらえません。それは作り手のエゴです。
そこでまずはドグマツルギーシリーズ,その1作めとしてのouvertureからスタートし,一つ一つ作を重ねていこうと考えています。そして振り返ったときに一つの大きな世界が形成されていることを理解していただこうと。
4Gamer:
分かりました。それでは,テーマの一つである「ユーザーフィードバック」についても教えてください。プレイヤーの反応によって今後の展開が変わるということですけれども。
朱氏:
ユーザーフィードバックに関しては,よく「作り手の意志を放棄しているのではないか」といった指摘を受けるんですけれども,そんなことはありません。
誤解のないように説明すると,基本的に私達は描きたいものをしっかり持っています。それをきちんと見せた上で,皆さんからの「このキャラクターの活躍をもっと見たい」「こういった場面があったら面白いのではないか」というリクエストを,コミュニケーションを取りながら採用していくという取り組みなんです。そうやって皆さんが満足するものを作り上げていこうと。
実はこの取り組みは目新しいことでも何でもなく,過去にさまざまな業種のメーカーがアンケートなどを介して行ってきたことです。
4Gamer:
たとえば少年コミックでは,アンケート結果に応じて読者人気の高いキャラクターや要素をフィーチャーしたり……といった事例も見られますね。それと同じことをやると。
朱氏:
ええ。またソーシャルゲームの台頭以降は,ゲームのマネタイズ面でもそうした取り組みが行われています。
つまりドグマツルギーシリーズでは,SNSなどを使ってそれをやってみようというわけなんです。「皆さんが考えたことを,ぜひ私達に教えてください。私達はそれを参考に,多くの皆さんの満足度を高めていきます」ということなんです。もちろん,アイデアを採用した場合には,きちんと考案者の名前をクレジットに入れます。
4Gamer:
重複するアイデアが出てくる可能性も高いと思いますが,その場合,クレジットはどうなるのでしょう。
朱氏:
そうなったら,アイデアをくださった皆さん全員を記載します。数が多いと,リストがとんでもないことになってしまうかもしれませんね(笑)。
4Gamer:
ちなみにドグマツルギーシリーズは,アップデートという形で展開していくのでしょうか。
朱氏:
そこは未定です。とくにAndroid端末は進化が速いですから,その都度効率がいい方法を模索していかなければなりません。そしてPS Vita版が,いわゆる完全版になるなんてこともありません。内容は基本的に同じです。
4Gamer:
ドグマツルギー公式サイトのロードマップを見ると「1920年代」の項目があったりして,シリーズは必ずしも時系列に進むわけではないという印象を受けます。
朱氏:
シリーズ本編は,基本的に現代の新宿を舞台に時系列で進行します。そのほかにメディアミックスなどで,別の作家さんにある人物の先祖を描いていただいたり……といった展開を予定しています。
日本のゲームやアニメを楽しむために日本の知識と日本語を独学で習得した10代
4Gamer:
それでは少し朱さん自身のことについても教えてください。朱さんはサンフランシスコ出身とのことですが,何でまた日本で起業してゲームを作ろうと考えたのでしょう。
それを説明するとなると,私の生まれから話さなければなりません。私は韓国生まれで両親も韓国人,国籍も韓国なのですが,物心が付く前に父親の転勤によって家族がサンフランシスコに住むこととなったんです。
そのあと,家族は韓国に帰ることになったのですが,いろいろな事情があってそのまま私だけがアメリカで生活することになりました。もちろん,家族はちょくちょくアメリカまで会いに来てくれましたけれど。
4Gamer:
これまたスケールの大きい話ですね。
朱氏:
父は日系の企業を経て起業したので日本との取引も多く,日本にもよく行っていたので,よく日本で流行っているものを私に買ってくれました。その中の一つがファミリーコンピュータです。当時のアメリカではNES(Nintendo Entertainment System)が流通していましたが,私の家には日本のファミコンがあり,日本のゲームがそのまま遊べたんです。
そしてスーパーファミコンに移行する直前,父が「ドラゴンクエストIV」を買ってきました。「日本で大流行しているゲームだから」と。
4Gamer:
その頃の朱さんは,もう日本語を読めたんですか。
朱氏:
いえ,まったく。それでもドラゴンクエストIVは,街に入ったら音楽が変わる,フィールドに出たら世界が広がるといった表現が衝撃的でした。ですから,これは何としても内容を理解したいと日本語の辞書を買い,単語を一つ一つ調べながらプレイしました。
そのあとスーパーファミコンが流行し,また日本のアニメもケーブルテレビでちょこちょこ放映され始めました。本格的に日本に興味を持ったのはその頃でしたね。と言うのは,私が育ったアメリカというのは,スポーツをやったり,パーティを開いたりといった,いわゆる西洋文化だったからです。
でも日本のゲームに触れたことで,皆で一緒にゲームで遊ぶのも一つのパーティだと気づかされました。当時は,「何で日本という国からは,こんな発想が生まれるのだろうか」「日本人はどんな生活を送っているのだろうか」と考えていましたね。当時は今のようにインターネットで情報を集めるなんてことはできませんでしたから,私にとって日本はファンタジーの国でした。
4Gamer:
そこから日本語を含め,日本について勉強していったと。
朱氏:
そうです。ちょうどサンフランシスコに紀伊國屋書店ができたことや,日本からの留学生が増加したことなどから,日本語に触れる機会が一気に増え,10代半ばには日本語を読んだりしゃべったりできるようになっていました。
またインターネットも普及してきましたから,より詳しく調べられるようになり,実際にちょくちょく日本を訪れるようにもなったんです。とくに日本のサブカルチャーに関しては,一つのコンテンツで大きなイベントを開催できることが衝撃でしたね。当時のアメリカでは,極一部を除きそんな例はありませんでしたから,すごくクリエイティビティが高いと感じました。
その影響で,私はサンフランシスコのAcademy of Art Universityへと進学したんです。
4Gamer:
将来はクリエイティブをやろうと。
朱氏:
もともとは,日本語で言うところの世界経済学を専攻していたんですけどね。でも,自分の世界を作っていくことに憧れて,絵なんて描いたことないけれど,まずは美大に入ってイラストレーションを学んでみようと。
それと前後してアメリカでは大手のパブリッシャが日本のアニメを輸入するようになったり,現地法人を作ったりして,ジャパニーズポップカルチャーが活性化していきました。
4Gamer:
事前に朱さんの経歴を拝見したのですが,大学を出たあと,すぐゲームやアニメの仕事に就いたわけではないですよね。
朱氏:
ええ,当時のアメリカは就職難でしたから,少し流れに身を任せました。とは言え,クリエイティブには興味があったので,映画会社で背景アートを手がけていたんです。振り返ってみても楽しい時代でしたね。
4Gamer:
そこからいくつかの職を経て,2007年にSCEに入社し,日本に移住すると。ここでようやくゲーム関連の職に就いたわけですか。
朱氏:
実はその前に,韓国でオンラインゲーム事業に携わっています。そこではキャラクターやユーザーインタフェースのデザインと営業を兼任していました。同時にPlayStation 2が韓国で正式販売が開始されましたので,ソフトのパブリシングもやったりとコンシューマにも絡んでいました。
4Gamer:
ゲームに関する職に就いたのは,やはり昔から好きだったからでしょうか。
朱氏:
そのとおりです。とくに私は韓国籍ですから,兵役に就かなければならなかったんですよ。その間はゲームなんてまったくできませんからね。兵役を終えたら,もう遊びも仕事もゲームに関わることしかやりたくないような状況でした(笑)。
4Gamer:
SCEを経て,2012年には日本一ソフトウェアに移籍しますよね。
朱氏:
実は2011年に家庭の事情で,家内の実家がある福岡に戻らなければならなくなりまして,SCEは辞めざるを得なかったんです。
そして福岡で1年過ごしたのち,日本一ソフトウェアにプロモーション担当として入社しました。
4Gamer:
東京から福岡,さらに日本一ソフトウェアのある岐阜となると,2年間でかなり移動していますけれども,大変でしたね。
朱氏:
まあアメリカなら,「どっか行こうぜ!」と意気投合したあと5〜6時間車を運転して目的地に向かうなんてザラですから。「どんなに離れてても,同じ日本でしょ」くらいの感覚でした。
4Gamer:
SCEではアジア方面の営業担当,日本一ソフトウェアではプロモーションリーダーを務めたということですが。
朱氏:
日本一ソフトウェアでは,20周年記念と海外展開を打ち出したいというので,そのお手伝いをやっていましたね。具体的には,「神様と運命革命のパラドクス」以降,私が在籍していた時期のすべてのプロモーションに携わっていました。
日本のゲーム産業に必要なのは「やらないよりは,挑戦したほうがいい」という意識
4Gamer:
そして日本一ソフトウェアでの取り組みが一とおり終わったので,ご自身で2013年にベアーズスタジオを立ち上げたと。
そうです。私が考えているゲームを実現するためには,私の会社を作らないとダメだろうと。
と言うのも,日本だと,私はよく「スケールが大きい」と言われてしまうのです。それは考え方がアメリカ寄りだからかなと思いますね。たとえばアメリカで商品展開を考えるときは,英語圏だけでなく,必ずフランス語圏やスペイン語圏を意識します。今はさらにアジア圏の言葉も意識します。それは採算を取り利益を最大化するためです。これを日本に置き換えると,日本語圏だけで採算を取ろうと考えるのは人口的にも現代のゲーム産業のスケールからも難しい。そう考えて仕込みを始めると,周囲から「スケールが大きい」と言われてしまうんですね。
4Gamer:
当然,ベアーズスタジオも最初から海外展開を視野に入れているわけですか。
朱氏:
私自身,日本語,英語,韓国語が使えるわけですし,また今のようにツールが発達し貿易の仕組みが変化して障壁がなくなっていく時代に,あえて1国内に留まっている理由はないですよね。きっと,私のような方もほかにいることでしょう。そうしたチャレンジを続けていく中で再び,世界中でヒットする日本発のコンテンツが増えるのではないかと思えるんです。
4Gamer:
ちなみに日本のビジュアルノベルは,アメリカでどう評価されているのでしょうか。たとえばハリウッド映画のストーリーと比較すると,日本のビジュアルノベルはもっと内省的というか私小説っぽいですよね。
朱氏:
アメリカ人がハリウッド映画みたいな迫力のあるストーリーばかり好むというのは大きな誤解ですよ。ハリウッド映画は,ハリウッドの産業を成立させるために,即興性が高いストーリーを採用するケースが多くあります。それを世界的かつ大々的に宣伝するから拡散力が強くなって,アメリカ=ハリウッド風映画好きみたいなイメージになってしまったのではないでしょうか。
たとえば映画「マディソン郡の橋」なんて,私小説っぽいストーリーですが,大ヒットしました。あれはハリウッドではなく,クリント・イーストウッドが作ったから,そういう内容になったんです。トム・ハンクスの「めぐり逢えたら(原題:Sleepless in Seattle)」,ニコラス・ケイジの「シティ・オブ・エンジェル(原題:City of Angel)」もそうですよね。
4Gamer:
私小説っぽい日本のストーリーもヒットする可能性があると。
朱氏:
そもそもアメリカ文学は,歴史的にはシェークスピア文学をベースにしていますからね。そこにさまざまな文学を取り入れているので,非常に許容範囲が広い。ですから,面白いという根本的な部分さえきちんとしていれば,たとえ日本のビジュアルノベルでも売り方次第で受け入れられる可能性は非常に高いです。Steamでも最近見られますしね。
4Gamer:
それでは,もう少しお考えを聞かせてください。今や日本のゲームクリエイターやゲーム企業の経営者も,海外展開を口にすることは珍しくなくなりました。
ただ,朱さんのお話を聞いていると──それこそ幼少の頃からの経験や世界経済を学んだということを踏まえると,海外展開に対する根本の姿勢が日本人とは違うのではないかという印象を受けます。
朱氏:
私自身,はっきりした答えが出ているわけではないのですが,まず日本のゲームは,日本だからこそ作れるゲームです。その中には,海外の文化からすると型破りなものもあるでしょう。そして日本のゲームは,ほとんどが日本で生まれたクリエイターによって作られています。
そうであるならば,日本のクリエイターが作った日本のゲームであることをセールスポイントにしなければならない。中途半端にアメリカの真似をする必要はない。私はそう考えます。
4Gamer:
なるほど。
朱氏:
AAAタイトルと呼ばれるようなアメリカのゲームは,確かに技術的にもエンターテイメントとしてもすごいものです。しかし,あれは投資に対するマネタイズのシステムがしっかりしているからこそ実現可能なんです。言い方を変えると,極論ですが,リアルな表現はお金をたくさん使えば実現できます。
その一方で,たとえば夏目漱石などの作家が書いた小説や近年のアニメといった日本のコンテンツには,お金を使ったリアルな表現とは違った創造性がある。私はそれが大きなセールスポイントだと考えています。
しかし,なぜか日本の人達は,その創造性を宣伝しようとしません。クールジャパンと口では言っているけれども,軸がずれたままモノを売り出そうとしています。
4Gamer:
海外の人が魅力だと思う部分とは違うところをプッシュしていると。
私としてはそう断言できますね。もう一つ,日本の組織は,親方がああしろこうしろと指示すれば,その下の人間はバリバリ働きます。しかし親方が引退し,「お前達の思うようにやれ」となったとたん,一切動けなくなります。
これは失礼を承知で言いますが,「挑戦することが美徳にならない」という日本人の国民性が理由になっていると分析しています。日本では,今あるものを守ることこそが美徳なんです。これをゲームに当てはめると,日本のゲームはPlayStation 2の時代から何も変わっていないんじゃないでしょうか,という話につながります。しかし同じ場所で同じ麦ばかりを育てていたのでは,やがて土地は枯れてしまいます。変化はもちろんありますが,とても小さなところで変化を与えようとしている印象です。
4Gamer:
耳の痛い話です。
朱氏:
おそらくそこが,日本の人達が言う海外展開と,私の言う海外展開の差を生んでいるんじゃないかと思います。
たとえばマッシブマルチプレイTPSでは,64人対戦なんて,当初は不可能だと言われていました。でも多くの米国のメーカーはそれを技術的に乗り越えた上で,多くの人に知らしめてフランチャイズを確立し,作品を重ねてきました。つまり,それを実現するマネタイズが物作りにつながっているわけです。
一方,日本では,すごく丁寧に作られた箸一膳を100万円で売っています。その箸自体は素晴らしいものですが,売れなければ価値はありません。それと同じで,個人がどんなに素晴らしい考えを持っていたとしても,世の中に広まらなければ意味がありません。今,日本のゲーム産業はそういう状況に陥っているのではないかと私は考えています。
4Gamer:
何か解決策はあるのでしょうか。
朱氏:
そこはもう意識の問題ですよね。弊社は広報機能を持っており,サービスとしても提供しているのでたくさんの方にお会いするのですが,その中できちんと話してみると,何をやるべきかすでに本人が分かっていらっしゃるケースが多いんです。だからあとは「やらないよりは,挑戦したほうがいい」という意識を持つことです。現場も,経営もです。
もう一つはプロモーションです。日本だとゲームができてから宣伝を考えるケースが多々ありますが,ゲームを企画する段階でプロモーションも組み込んでいく。ゲームは生活必需品ではありませんから,どうやって売るのか考えることは,正直言ってゲームの企画開発より難しいです。今,日本でそれをうまくできているのは,ソーシャルゲームじゃないでしょうか。
ベアーズスタジオも,今後どうなるかは分かりませんが,日本発のゲームであってもまだやれる,やればできるということに挑戦していますし,今後も挑戦し続けます。
ベアーズスタジオはビジュアルノベルを含め面白いゲームなら何でも手がける
4Gamer:
せっかくですので,ベアーズスタジオの構成についても教えてください。
スタッフは現在私を含め7名ですが,そのうち5名は過去に一緒に働いたことのある人達です。その中でもドグマツルギー ouvertureのシナリオを担当する椙山 平は,これまでに別名義でコンシューマやPCゲームのシナリオを手掛けてきましたし,技術主任も最近までコンシューマゲームの開発にディレクターとして関わっていました。初めて一緒に仕事をするのは,コンセプトアート担当と,もう一人のシナリオライターのみですね。
4Gamer:
地方から東京に移ってきた方もいらっしゃるそうですね。
朱氏:
ええ,私からすると,本当にありがたいです。それまで地元から離れたことがなかったという人間もいますから。
今のベアーズスタジオは,「自分のやりたいことをやるために来た」という純度だけは非常に高いです。その反面,ブラック企業じゃないかと揶揄されるような状況にもなっていますので,私が頑張って彼らをケアしていかなければならないとも考えています。
4Gamer:
ドグマツルギーシリーズをテキスト主体のアドベンチャーゲームにしたのは現実性を考慮したからとのことでしたが,スタッフの適性もあったのでしょうか。
朱氏:
いえ,そこは私個人の意向が強いです。私がかつて,PCで初めてビジュアルノベルに触れたとき,ものすごい衝撃を受けたんですよ。ビジュアルもサウンドも入っていて,これは会話ベースの映画だと。
そしてプラットフォームがPlayStationになると,さらにビジュアルノベルは進化し,ボイスも付くようになりました。これはコンテンツとしては,かなり贅沢なものです。私からすると,これは日本が世界に誇る文化であると。
4Gamer:
そこまで評価する理由をぜひ教えてください。
朱氏:
それまでゲームと言えば,ボタンを押すとジャンプしたり弾を撃ったりという,リアルタイムのアクションを指していました。
しかしビジュアルノベルは,文字を読むということをゲームにしています。私は読書が趣味なんですが,本を読む感覚をそのまま持ってきてゲームにしてしまうなんてことができるんだなと,本当に感心しました。それに加えて,演出に音楽を使うことで表現がものすごく広がります。またビジュアルノベルなら今やスマートフォンでも遊べますから,非常に大きな可能性を持っていると言えます。
4Gamer:
具体的には,どんな可能性があるのでしょう。
朱氏:
たとえば東野圭吾さんの小説「白夜行」をビジュアルノベル化できたら,面白そうだと思うのです。あくまで個人としての意見ですが,ビジュアルノベルの方式はとても原作の雰囲気に沿った表現ができるんじゃないかと思います。とくに今は電子書籍も一般化していますから,ビジュアルノベルの表現手法が,もっと注目されてもおかしくないと考えています。
……ただ,ゲームにすると,どうしても価格という課題が出てしまいます。文庫本ならどんなに高くても千数百円ですから,ゲームのフルプライスでは勝負できない。そこでドグマツルギー ouvertureは,手に取りやすい800円という価格にチャレンジしました。
4Gamer:
今後,ベアーズスタジオは,ビジュアルノベルメーカーとしての地位確立を目指すのでしょうか。
そうですね。力を入れていきたいです。ただ,私が個人的に一番楽しんでいるジャンルはFPSですし,いろいろなジャンルを楽しんでいるので,まったくジャンルは問いません。面白いゲームであれば,何でもやりたいです。
そうは言っても,会社としてのリソースには限度がありますから,まずはドグマツルギーシリーズを筆頭に,オリジナルタイトルを仕込んでいきたいですね。そして私達の持っているリソースを活用することで,プロモーションなどで日本のゲーム産業の力になることも目指しています。当面はその2軸を中心として活動していきますし,それとは別に,すでにいくつかの新興企業さんと,インディーゲームをどう展開していくかという取り組みも進めています。
4Gamer:
ベアーズスタジオとして,2015年内に何タイトル出すといったような数的な目標はありますか。
朱氏:
そういう意味だと,2015年はドグマツルギーシリーズのみになってしまうでしょうね。ただスタッフが作りたいというものがいくつか挙っていますので,その仕込みは進めていきます。そこは中小企業ならではの機動性を活かして進めていきたいです。
4Gamer:
それでは,ドグマツルギーシリーズの2作めは,いつ頃リリースされる予定でしょう。
朱氏:
うーん,2015年内にはリリースしたい……といったところでしょうか。もうシナリオの構築は終わっており,あとは皆さんのフィードバックをもとに具体的な内容を決めていく段階です。
また2作めのリリースまでの間に,皆さんを飽きさせないよう各ゲームメディアで関連コンテンツを展開していきます。
4Gamer:
分かりました。では最後にドグマツルギー ouvertureとその後のシリーズ展開,そしてベアーズスタジオの今後に期待している人に向けてメッセージをお願いします。
朱氏:
いろいろお話をさせていただきましたが,ドグマツルギーシリーズはある意味で無謀な挑戦だと捉えています。私達ベアーズスタジオは,ドグマツルギーシリーズが,皆さんの楽しい時間を作り出せるようにという意気込みで作業を進めています。その1作めとなるドグマツルギー ouvertureは手軽に遊べ楽しめる作りにしていますので,ぜひ手にとって,その感想を私達に教えてください。私達はそれに直接答えるなり,次回作に反映させるなりという形でゲームを発展させていきます。ぜひよろしくお願いします。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
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