インタビュー
日本発の新しいゲーマー向け製品ブランド「Ray」はなぜ立ち上がり,どこを目指すのか。「元SteelSeries」の仕掛け人に聞く
正確を期すと,ブランド自体は1年以上前に立ち上がっており,そのタイミングから何度か取材依頼をかけて,ついに今回,インタビューという形で取材を受けてもらえることになった次第だ。
果たして氏はなぜ自身の手でゲーマー向け製品ブランドを立ち上げたのか。そしてそれで何を目指そうというのか。じっくり話を聞くことができたので,その内容をお届けしたい。
「SteelSeriesの中の人」が自身の手でブランドを立ち上げるまで
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をいただけますか。
田邉と申します。現在は「株式会社ソリッドハート」を立ち上げて,主にゲームデバイスなどのコンサルティング業務をしています。
その前は2010年の終わりから2013年夏くらいまで,SteelSeriesで国内市場担当をしていました。SteelSeriesにはもともとセールスとして入ったんですが,マーケティング担当者が途中で別の部署へ異動となり,不在になってしまったため,その後――2011年後半以降――はサポートからマーケティング,セールスまで一括管理していたという経緯があります。
4Gamer:
SteelSeriesを辞めることになった理由を聞かせていただくことはできますか? タイミング的には,SteelSeriesが事実上の国内一時撤退した時期と少しズレていますよね。
田邉 崇氏:
ええ。
退職に至る経緯はいろいろあるんですが,決定的だったのはあるハードの不具合ですね。
4Gamer:
ほう。
田邉 崇氏:
それにはどう考えても構造上の不具合があって,リコール対象になるのが見えているから,(国内販売前に)リコールすべきという話をしたのですけれども,「それは日本でしか起きていない問題だから知らない」といった回答しか得られず,「この会社の売り上げを上げるためにこれ以上努力することはできないな」と。
4Gamer:
ああ,この業界で比較的よくある「本社もしくは地域統括子会社と,各国担当者のすれ違い」系ですか。
ですね。
後は,そもそも人間として尊敬していたKim Rom(※)が在籍しているというのが理由でSteelSeriesに入ったんですが,そのKimも退職していなくなってしまったし……というのはあります。
Kimが去って以降,私の考える「SteelSeriesの将来像」と,目の前のSteelSeriesが進んで行く先のズレが顕在化してきたように思えました。
※キム・ロム氏。eスポーツ業界で長く活動を続けている,重鎮の1人だ。2005年から2013年までSteelSeriesのCMO(Chief Marketing Officer)を務め,同ブランドによるマウス市場参入などに尽力した実績がある。そのカリスマ性ある言動にはファンが多い。
4Gamer:
ああ,それは分かります。Kim Romさんとは何度かお話ししたことがありますが,破天荒なタイプですし。「マウスは光らせない」って言ってから一転光らせたり(笑)。
田邉 崇氏:
メチャクチャでしたねえ(笑)。あのときは内部でも「あの言葉をどうするんだ。どうフォローすればいいんだ」って揉めましたよ。
ただ,ああいうところが良くも悪くもKimの面白さだったように思います。もちろん後でお詫びしたりといった業務は増えるんですけど,定期的にインパクトのある発言をして話題を生んでくれるため,お客さんとの商談とかもスムーズに進みやすいということもありましたから,本当にいいキャラクターだったなと。
Kimは「言っていることはメチャクチャだけど,ゲーマーのほうを常に見ている」という点で筋が通っていて,常にeスポーツの現場を周り,実際にプレイヤーと触れ合っているんですね。それがSteelSeriesらしさでもあったと思うんですよ。
ですので,Kimが去ってからのSteelSeriesに「らしさ」がなくなったな,楽しくなくなったなと感じたというのは,やはり,SteelSeriesを辞めることになった間接的な理由にはなっていると思います。
4Gamer:
それで,2013年の夏にSteelSeriesをお辞めになった,と。その後は何を?
田邉 崇氏:
SteelSeriesを辞めた後,ほどなく,先ほどお話ししたように会社を立ち上げました。
4Gamer:
コンサルティングがメインということですが,具体的なビジネスはどういったものなのでしょうか。
田邉 崇氏:
国内でゲームデバイスを展開している販売代理店さんのアドバイザーとして契約していますね。
4Gamer:
つまり,SteelSeries時代の経験を活かしてアドバイザーを務めながら,ご自身のブランドを立ち上げるべく準備していたという感じですか。
田邉 崇氏:
そうですね。
4Gamer:
なぜまたこんなレッドオーシャンに?
田邉 崇氏:
これはSteelSeries時代からずっと思っていたことなんですが,やはりどこまでいっても,海外と日本では,「ゲームデバイス」に求められているものが若干違うんですよ。
4Gamer:
よく言われていることとして,手の大きさっていうのがありますよね。
田邉 崇氏:
手だけでなく頭の大きさや形も違います。それが女性,あるいは若年層となってくると,いよいよ海外で作ったサイズだと使いづらいのではないかという考えが出てくるわけです。
ただ実際に「日本向けの小さいモデル」を作って,それが市場でどれくらいの実績を上げ,さらに反響はどうだったのかというデータは当然まったくありませんから,想像で“日本仕様のもの”を作ってほしいと言ったところでメーカーには聞いてもらえません。
であれば,自分でブランドを持って,日本人向けに使えそうなものをどんどん作ってみて,それでユーザーさんの反応を見て,さらにアドバイザー契約を結んでいる販売代理店やその先にいる海外ブランドへその実績を提示するなどして,各国のブランドが日本向けによりよいものを作る助けになれればいいのではないか,と思ったわけです。
4Gamer:
それは面白い理由ですね。ただ,それってどこかのタイミングで海外ブランドの製品と競合しませんか。
田邉 崇氏:
アドバイザー契約先となる企業やブランドのシェアを奪いたいとか,自分のところ単独で日本のゲーマー向け市場において一定の地位を確保したいといった考えは持っていません。あくまでも,海外ブランドに対してより良いデータを提供することができればと考えています。
4Gamer:
それ,ビジネスの動機としては弱くないですか?
田邉 崇氏:
……実は,もう1つ理由があります。こちらはまだ全然形になっていないのですが,日本人がフルコントロールできるゲーマー向け製品ブランドが1つくらいはあってもいいんじゃないかと個人的には思っているんです。
SteelSeriesに関わってきて痛感したのは,(直接膝をつき合わせるならともかく)日本にいる日本人と海外にいる外国人の間では意思疎通がどうしてもしづらいケースが出てくるということです。ニュアンスが通じない部分や,解釈の仕方が異なる部分がどうしてもあって,最終的に,どんなに話をしても日本人が望んだものではないものが出てきてしまったりするんですよ。
4Gamer:
解釈は問題なかったとしても,日本市場の規模を考えると,グローバル企業として意見を聞くわけにもいかないこともあるでしょうしね。
田邉 崇氏:
ええ。であれば自分達で日本市場だけを見て作っていける何かが欲しいと,Rayを立ち上げたというのはあります。
4Gamer:
ようやくRayというブランドの立ち位置をイメージできてきましたが,ちなみにブランド名の由来は?
田邉 崇氏:
線または光(※英単語の「ray」が持つ意味そのまま),あとは単純に「零」(れい)です。ただ,もう1つ「つなげる輪」のような意味もありまして。
4Gamer:
何をつなげるんですか。
田邉 崇氏:
ちょっと前置きが長くなりますけど,いいですか?
4Gamer:
どうぞどうぞ。
先ほど自分達でデバイスを作っていきたいというお話をしましたが,将来的には,この「自分達」から私を外したいんです。
いまってプロゲーマーになる人も多いですが,引退後に,自身のゲームスキルを活かせるような就職先が現状,ほぼありません。これからもしこのeスポーツという業界にプロが多数出てきてさらに発展するというのであれば,引退後に仕事がない,あったとしても経験を活かせないというのは,業界が発展する足を大きく引っ張る要因になると思うんですよ。
できれば元プロゲーマーに第2の人生も成功してほしいし,そういう成功例を見ることで,より若い世代が安心してプロを目指せるようにしたいんです。
4Gamer:
はい。
田邉 崇氏:
最悪なのは,元プロに仕事がなく,生活に窮した結果として犯罪などを犯して,それがeスポーツ業界全体のマイナスになってしまうことです。野球やサッカーといったメジャーなスポーツでもそういう残念なニュースがたまに出てきますが,プロの興行として発展していく過程では,そういうマイナスの側面をどうしても抱えがちになります。
であれば,日本にデバイスメーカーがあって,かつてプロとして活躍した人達がそこに就職して,今度は自分達で気に入ったデバイスを作る。そういう場を提供できないだろうかと。
まだ立ち上げたばかりなので,10人100人と来ていただくわけにはいかないですが,徐々に売り上げを増やしながら,プロとしての活動を終えた人達にどんどん参加してもらって,好きなものを作って,それを市場に評価してもらい,その実績で大手に行ったり,自ら事業を立ち上げてもらえたりすればいいですね。
4Gamer:
なんというか,かつてFatal1tyが進んだ道の日本版的な感じかもしれません。
田邉 崇氏:
先ほどブランドの立ち位置をお話ししましたが,Fatal1tyのように確立させたくはないというか,来てもらった人に,一生Rayにいてほしくはないんですよ。
私もそうなのであえて言いますが,(日本は学歴社会なので)学歴のない人が,新卒でいわゆる“いい会社”に入るのはかなり厳しいです。ただ,学歴がなかったとしても,実績さえ証明できれば中途で取ってもらえる可能性もありますから,そういう実績づくりにRayを使ってほしいと。
そして,そういう人達がそこから20年30年経って地位を確立できたとして,そのときeスポーツがさらに発展し続けていれば,スポンサーになってほしいと依頼されたときに,首を縦に振りやすくなると思います。
4Gamer:
ああ,それは確かにFatal1ty的な路線ではないかも。
田邉 崇氏:
現状だと「ゲームの大会にお金を出資してください」という話は,たいてい「何言ってるの」で終わってしまいます。しかし,自分の子供が遊んでいるゲームと,競技としての対戦は世界が違って,後者には競技性があり,勝者と敗者に分かれ,熱狂的に応援する人がいるわけです。
モータースポーツを楽しんでいる人の中に,「ただクルマが走っているだけ」って言う人はいないじゃないですか。
4Gamer:
ですね。
田邉 崇氏:
eスポーツでもゲーム大会でも,呼び方は何でもいいんですが,極限まで自分たちの技術や知識をつぎ込んで争う勝負がゲーム競技にはあると思っています。そこにはもちろん感動がありますし,そこで流れるCMとかロゴはファンにとって憧れの的になるものだと私は思うんですが,大手企業さんでそこを理解しているところはまだ多くないと思います。
これは年代,あるいは世代という話になってきますが,「ゲームが当たり前」の世代がどんどん社会に出てくれば,企業がゲームに理解ある活動をするケースは増えていくでしょう。そのためにRayが機能すれば最高ですね。
4Gamer:
それが「つながりの輪」ということですか?
田邉 崇氏:
つながりの輪というのは,この先の話になります。すいません前置きが長くて(笑)。
いまお話しさせていただいたような考えに賛同いただける企業さんが増えて,特定のチームをサポートしたり,共同でイベントをしたりといった,企業同士のつながりや,プレイヤーと企業間のつながりを作っていきたいというのがあります。
4Gamer:
具体例みたいなイメージはありますか。
田邉 崇氏:
SteelSeries時代に「Call of Duty 4: Modern Warfare」のユーザーイベントを実施して,1年間フルで活動したんですが,そのときはELSAさんやALIENWAREさんといった国内外のメーカーさんに協賛いただけたんです。活動自体に賛同を頂戴して,1年間フルにサポートをお願いすることができました。
正直,「イベント会場でCMが流れる」効果がどれほどあったかは(厳密な効果測定をしていないので)分からないのですが,参加したプレイヤーは,「企業と組んで活動する」ことや「遊びではない」ことの良いところも悪いところも分かったと思うんです。
「ただ遊んでいるだけでは誰もお金は出してくれないし,誰も見てくれない。企業と付き合うならこれくらいのことはしないといけない」という,学びの場としてイベントを機能させることはできたと自負しているのですが,そういうプレイヤーと企業の付き合い方を学べる場としても「つながりの輪」を機能させたいな,と。
Rayとして初のマウスを発表
4Gamer:
そんなRayの第1弾製品となったのは,マウスパッドシリーズ「HSD」でした。2016年夏発売で,現状,それしかラインナップはない状態ですよね?
田邉 崇氏:
実は今回,新製品をお持ちしています。(ワイヤードマウスを机の上に取り出しながら)これです。
「PAWN」(ポーン)と言います。聞かれる前にお答えすると,名前の由来はチェスの駒です。将棋で言う「歩」ですね。
4Gamer:
左右対称形状で,見た目はかなり旧Senseiですねえ。
競合するしないの話だと,これは競合するんじゃないですか?
田邉 崇氏:
現在のSenseiは昔と比べて奇抜になったというか。個人的にはオリジナルのシンプルなSenseiが一番いいと思っていまして,そのデザインを踏襲する形で作っています。
あと,決定的な違いとして,Senseiほど多機能ではなく,機能的にもシンプルです。このあたりで十分に差別化できると考えています。
ああ,外観だけではなく機能的にもシンプルだから大丈夫だろう的な。よく見るとこれ,本体の右にはサイドボタンがないから右手用なんですね。
田邉 崇氏:
ええ。ですので,Rayが目指すところとSteelSeriesの客層は被っていないかなと。そこまで脅威レベルが上がるとは思っていません。
さて実機ですけれども,底面にはUSBレポートレート変更用のスライドスイッチがあって……。型番の「RM-3360」というのは,PixArt Imagingの「PMW3360」センサーを搭載するという理解でいいですか。
田邉 崇氏:
ええ。
4Gamer:
であれば,「よほど変なチューニングがされていない限りは普通に使えるだろう」という期待が持てますね。
田邉 崇氏:
追加ソフトウェアといったものはないので,差せばすぐ使えるようになっています。
4Gamer:
基本のDPI設定……旧Sensei風だとするとCPIですか。それがプリセットされていると。
田邉 崇氏:
そうですね。プリセットは400,800,1600,2400,3200,12000で,スクロールホイール手前の2ボタンを使ってパチパチ変えてもらう感じです。CPIに対応する色でホイール部が光りますね。
より高度なカスタマイズができたほうがいいとは思いますが,SteelSeries時代に――CPIを1刻みで変更できる製品があって,それはすごいことなんですが――ユーザーの方から「CPIの設定が分からないので適切な設定値を教えてください」っていう要望をかなり頂戴したんですよ。
でも,何が適切かは人にもゲームにもよるじゃないですか。メーカーとして無責任なことは言えないので,「プロゲーマーの設定を参考にしてください」くらいしか返しようがないという。
4Gamer:
ですよねえ。
田邉 崇氏:
セッティングできることは本当にいいことですが,何が適切なのか分かりにくくなったり,設定に膨大な時間を取られてしまったりしかねないので,ならばメジャーなCPIをプリセットで用意したほうがいいだろうという感じです。
いまのゲームだとセンシをゲーム側で変えられるものがほとんどですから,調整はそっちメインのほうがいいのかなと。
4Gamer:
言ってしまえばBenQ ZOWIE式ですね。形状はSteelSeries,精神はBenQ ZOWIEみたいな。
田邉 崇氏:
そうかもしれません。
4Gamer:
メインボタンのスイッチは定番な感じですか?
田邉 崇氏:
そうですね。オムロン スイッチアンドデバイスのものを採用しています。
LEDは明滅しますが,この意図は。
田邉 崇氏:
単純に好みの問題ですね。暗いところで(設定中のCPI設定を)確認しやすいだろうというのと,常時発光だと熱を持つので嫌だなと。
旧Senseiのときに,発熱が気になってたんですよ。光らせた状態でずっと握っていると熱が籠もって,マウスが温かくなってしまうんです。そうなると当然,手汗の原因にもなってしまいますし。
4Gamer:
側面のデザインはちょっとRazerっぽい感じもします。
ここは変えたかったんですが,変えられなかったところです。(Razerっぽい)溝とサイドボタン。工場側が「これじゃないとダメだ」と強硬に主張するので,ちょっと妥協したところではありますね。
あと側面のLEDラインは個人的に不要だと思っていて,「いらないでしょ。なくして安くしてよ」という交渉はしたんですが,「外しても単価変わらないよ」と言われて。
4Gamer:
そういうところを妥協しつつ,価格性能的には田邉さんの納得いくレベルにまとめた,という感じですか。
田邉 崇氏:
そうですね。性能だけを追求したわけでなく,値段もですね。
現実的に自分達の利益も入れて,どれくらいの層にアタックしていくかを考えたうえで,詰め込めるだけのものは詰め込めたと思います。
4Gamer:
ちなみにお値段は。
田邉 崇氏:
税込みで4980円です。
4Gamer:
結構がんばってますね。他社のPMW3360系マウスと比べるとかなり競争力がある印象です。
田邉 崇氏:
この「税込5000円未満」という金額設定は,SteelSeries時代の経験を踏まえたものですね。
4Gamer:
と言いますと。
田邉 崇氏:
SteelSeries時代に高校生と触れあったときに感じたことなんですが,彼ら彼女らにとって,やっぱりSteelSeries(の主力モデル)は高いんですよ。
昔,あるイベントに出展したとき,高校生がSteelSeriesのブースに「Siberia」のヘッドセットを買いたいと来てくれたんですよ。イベントでは特価を出していたので店頭価格よりかなり安くなっていたんですが,それでも高校生には高くて,自分の手持ちでは買えないって話になったんです。
最後は仲間からお金を借りて買っていったんですが,「若い世代のゲーマーにとって,グローバルなゲームブランドのマウスやヘッドセットは高級品なのである」という事実をあらためて感じました。
4Gamer:
普通に考えて,PlayStation 4やNintendo Switch用のゲームソフトを軽く超える値段だったりしますからね。
ただ,そういう子達こそがゲーム業界,ゲームデバイス業界には必要なんです。なので,自分のブランドとして立ち上げたRayでは,価格は抑えられるところまで抑えつつ,「安かろう悪かろう」にはならないよう努力することにしました。
これからPCゲームを始めるプレイヤーの人には,最初にそこそこのものを使ってもらいたいわけです。そうなると,センサーはどうしてもがんばらないといけませんし,クリック感もできる限り良くしたい。結果として,「現状,この値段でこの内容なら,そこまで怒られることはないだろう」くらいの完成度には到達できたと思います。
まずPAWNに触れて,デバイスに対して貪欲に知識を得てもらって,そのうえでより良いものを探す旅に出てほしいんです。
4Gamer:
最初の1台として「外れていないもの」を提供したいと。
田邉 崇氏:
ですね。もちろんPAWNを気に入ってずっと使ってもらえるなら,それは我々にとって嬉しいことですが,まずは差してすぐ使えるこのマウスで存分に練習してもらって,より高みを目指すにあたってもっとカスタマイズ性がほしいという場合には,SteelSeriesをはじめとする,この業界でトップを走っているブランドの高機能な製品を選んでもらえればと思います。
PAWNの形状にはクセがないと思うので,ここから何かに乗り換えるのは簡単かなと。
4Gamer:
万人向けのエントリーモデル的なところを狙っているわけですか。
そうなります。
金額の話に戻ってしまいますが,先ほど話題に挙がったRayのマウスパッドだと,最も安価なものは税込980円です。これならマウスとセットでも6000円で収まりますから,若い子が親にお願いすれば買ってもらえるレベルなのではないかな,というのもあります。
ご存じのとおり,ゲームイベントって親子で来る人も多いんですよ。で,自分も父親なので分かりますけど,世の「お父さん」ってたいていは小遣い制じゃないですか。そうなると,子供のワガママに応えて買ってあげられる額にも上限が出てきます。1万円のマウスを買ってくれとせがまれて即座にOKと言える人はなかなかいないんじゃないかなというのは意識していますね。
4Gamer:
自身がゲーマーじゃないと,1万円のマウスの価値って見出すのは難しいですよね。何も考えずただ「マウスを買う」だけなら数百円から買えるわけですから。
田邉 崇氏:
ええ。それもあって,世の中のお父さんは「子供のお願いでいくらぐらいまでなら買ってくれるだろうか」と考え,試しに当時人気のあった「妖怪ウォッチ」のグッズを買うために並んだりした結果,6000円ぐらいというところに至ったというのがあります。
1つ6000円だとちょっと抵抗があったため,2つセットで6000円に収めたいなと。これで,なんとか「お父さん」に納得していただけるんじゃないかなというのはあります。
4Gamer:
そんなPAWNの発売日と取り扱い店舗を教えてください。
田邉 崇氏:
発売日は2018年6月29日で,マウスパッドを扱っていただいていたアークさんのほか,ヨドバシカメラさんとビックカメラさんにも取り扱っていただく予定になっています。
日本発のブランドは何を目指すのか
4Gamer:
最後に,Rayというブランドそのものについて聞かせてください。
Rayは現状,田邉さんがお1人で回しているという理解でいいのでしょうか。
田邉 崇氏:
もちろん外部のリソースは使っています。あと,センサーといった細かい部分は詳しい人がやらないとゲーマーに響かないので,そういう部分は前職のときのつながりを活かして,詳しい人の意見を聞いています。
そういう意味では「1人ではない」ですが,作りたいものの概要をまとめて,具体的な製品に落とし込むところは,現在,すべて私がコントロールしていますね。
4Gamer:
プロデューサー兼ディレクター的な?
田邉 崇氏:
そうですね。そんな感じです。
4Gamer:
だとすると,製品の設計や製造行っているのは……。
外部ですね。もっとはっきり言うと中国の協力工場です。
それは当然,本意ではありませんが,最初から完璧にはできないので,まずブランドとして最低限の製品を出していくことを優先した結果になります。大きさと形,素材はできる限り私が欲しい内容に近づけましたが。
ただ,現実的な話として,設計図を引いて,素材を選んでという究極的な目標を達成するのは,1人では難しいです。そもそも私自身に製造の経験がありませんし,協力工場と渡り合うためのルート的なものもありませんから,まずはそこからですね。
4Gamer:
そのルート開発に向けた動きはあるのでしょうか。
田邉 崇氏:
マウスを1つ作ってみて,実際に中国の工場とやりとりもして,「ベースからどこまでカスタマイズできるものなのか」「フルカスタムだとどれくらいのコストがかかるのか」「ロットはどれくらいか」といった部分は分かってきました。ですので,次に作るのであれば,より「自分達が欲しいもの」に近づけられるとは思います。
あと,そもそも自分としては「いい物を売れる」ことができればOKなんです。なので,いいものがあればODM(※)を受けることに抵抗はありません。
※「Original Design Manufacturing」の略で,委託された先のブランド名で製品をデザイン,生産すること。ODMメーカーが自らいくつかリファレンスデザインを作り,ブランドはその中から選んだり,場合によっては外観や機能面をカスタマイズしたりして差別化して,「自分のブランドの製品」として売るイメージとなる。
4Gamer:
そこは柔軟なんですね。
田邉 崇氏:
ええ。
Rayでは,何でもかんでも1から作るという信念があるわけではありません。ただ,新しく入ってくれた人のなかに「1からデザインしたい」という人が現れたときには,ぜひそれを実現してもらって,世のゲーマーに評価してもらいたいと考えています。
4Gamer:
ちょっと気になったのは,ここまでかなり明快なビジョンを語っていただいているにもかかわらず,告知がほとんどなかったことです。
Rayというブランドが立ち上がったのって,けっこう前ですよね?
田邉 崇氏:
そうですね。2016年8月です。
4Gamer:
公式Webサイトが立ち上がったり,ニュースリリースが出たりしてもよかったと思うんですが,何もしなかったのはなぜなのでしょうか?
意図的に露出を避けていた雰囲気すら漂っていましたが。
田邉 崇氏:
当時としては「話題にされたくなかった」というのがあります。最初に出たのがマウスパッド1種類で,極論,これといった特徴もありません。
とにかくやれることをやるという実験的なスタートでしたから,大々的に告知する必要も感じませんでした。マウスパッドは流通の制限もしていましたから,購入できるショップも少なかったですね。
4Gamer:
パソコンショップ アークさんでしか売っているのを見たことがないのですが,取り扱っているのは一店舗だけですか?
田邉 崇氏:
ですね。アークさんだけでした。やろうと思えば大手ショップに置いてもらうことも不可能ではなかったんですが,「ちゃんとデバイスを売っているショップさんに扱ってほしい」ということで絞らせていただいていた経緯があります。
4Gamer:
つまり「正式ローンチ」ではない,βリリース的な雰囲気もありますね。
田邉 崇氏:
そうですね。とくに何か宣伝するでもなく,ぽんと置く。もちろん,何もないので売れないんですが,そこでたとえばアークさんのゲームPCにBTOでくっつけてもらったりして,反応を少しずつ見ていくといった感じでした。
たとえばそれこそ,「元SteelSeriesの人が立ち上げたブランド」だと言って売れば,多少は(売れ行きに)違いが出たと思うんです。あるいは,Twitterアカウントを立ち上げてプレゼントキャンペーンとかやれば,知名度も上がったでしょう。
でもそういうことをやることなしに,いかにして知ってもらうか。そういう,端から見たらつまらないであろうことをずっとやっていました。
4Gamer:
結果はどうだったんですか?
田邉 崇氏:
ただお店に置いていてもダメだという結果が出ました。
4Gamer:
(笑)。
田邉 崇氏:
しかし,我ながら面倒くさい人間だと思うんですけど,自分は1からちゃんとやってみないと理屈を吸収できないんですよ。失敗するのが自明だったとしても,「どう失敗するのか」を目で見て,そのうえで改善方法を模索したいと考えて,失敗するがまま,告知しないままの状態を続けました。
4Gamer:
当然の疑問として伺うんですが,ではなぜ今回インタビューを受けていただけたのでしょう? 正直なところ,インタビューさせてくださいという話自体は,マウスパッドを見かけたときからさせていただいてますよね。
田邉 崇氏:
簡単に言うと,「フェーズが変わった」ということです。
4Gamer:
ほう。
田邉 崇氏:
これまでは,マウスパッドしかなかったわけです。もちろんマウスパッドだけでも,信念のあるメーカーさんならそれだけで勝負できると思いますが。
4Gamer:
ARTISANとかですね。
田邉 崇氏:
そうですね。ただ,Rayにはそういう確固たる信念がまだなかったわけです。マウスパッド1製品で何ができるかと言えば,何もできません。マウスパッドとマウスくらいはないと,ゲーマーと話をするのもやりづらいわけです。
なので,「マウスが完成するまでは何もしない。とにかくマウスパッドとマウスのセットを完成させるまでは事実上放置しよう」と。
4Gamer:
なるほど。
正直にお話すると,Ray第1弾として本当に出したかったマウスパッドはARTISANだったんですよ。今回は叶いませんでしたが,「ARTISANのマウスパッドにRayのロゴを付けさせてもらって,何千枚かのロットで買わせていただく」というのがやりたかったんです。
4Gamer:
ああ,それが先ほどの「いい物であればなんでも」的な話につながるわけですね。
田邉 崇氏:
私は,ARTISANのマウスパッドは非常に高品質で個性的だと思うので,もっとARTISANを知ってもらいたいと思っています。ARTISANから製品供給を受けて販売し,そこで得た利益でARTISANの宣伝をさせていただくことで,RayもARTISANもプラスになるのではないかと思うんです。
ARTISANのマーケティングと私のマーケティングは手法が異なるでしょうから,いい物を,さまざまな角度からもっと世の中の人に知ってもらうために協力させていただければと考えています。
4Gamer:
ARTISANとの交渉はうまくいっているのでしょうか。
田邉 崇氏:
まだ始めてもいません。希望です。完全なる希望ですね。
マウスもない状態でARTISANと交渉というのはおこがましいだろうと。何もないのに「買いたいから売ってくれ」って言うのを,そのものに対して愛着や信念がある人が聞いたら,ふざけるなって思うでしょう。
ただ,こういうものを用意して,こういう展開をしていて,展開するにあたって御社の製品がどうしても欲しいんだという話であれば,聞いていただける可能性があるのではないかと。
なので,最低限マウスまでは用意しようと。すべてはそこからだと。
4Gamer:
つまり,マウスができたから,こうして話ができるタイミングになったということですね。
田邉 崇氏:
そういうことです。
4Gamer:
いままでの話からすると,現時点では「若い子に入ってきてもらう」というのも目処は立っていなさそうですが。
田邉 崇氏:
はい。まったく立っていません。
4Gamer:
そうなると,今回のインタビュー後に,いろいろメッセージを出していくという感じになりますか。
ええ。先ほどご指摘もいただいたとおり,現状のRayに存在感はありません。出していなかったから当然なんですが。
しかし,存在感を出すというフェーズに移った以上,これからは何かを言わなくてはいけません。そうすることで,製品を知ってもらって,大会に出ているゲーマーからはサポートやら何やらの話もしてもらって,製造メーカーには「うちの製品を買わないか」という連絡をどんどんしていただければなと思います。
4Gamer:
ただ,「マウスパッドが売れていない中でマウスを製造してさらに在庫を抱える」って,相当なチャレンジですよね。初手背水の陣というか。
田邉 崇氏:
ただ,これを乗り越えないと,Rayとしてのオリジナリティとか,Rayで目指しているところには到底届かないでしょうから。
4Gamer:
期待しています。本日はありがとうございました。
日本発のゲーマー向け製品ブランド「Ray」が第1弾マウス「PAWN」を発表。PMW3360搭載で税込4980円
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