インタビュー
ゴミ拾いばかりしてたら「夢の島」が出来ちゃった!――伝説のクリエイター集団Bio_100%の森 栄樹氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第10回
90%どころか,99%失敗するプロジェクトだった
森氏:
まぁでも,なんのかんの言いつつ,ちゃんと仕事はしてたよね。
川上氏:
してたしてた。
森氏:
細かいトラブルはありながらも,「あつまれ! ぐるぐる温泉」とか普通に作ってたし。
4Gamer:
また懐かしい名前が……。
森氏:
でも,あの「セガラリー2」のプロジェクトだけは,今でも本当に理解できないけどね。
川上氏:
そうですねぇ。中野くん(※)っていう中退した大学生が,スレッドとは何っていうのを参考書を読みながら覚えて,そのままセガラリー2のサーバーを作ったわけですからね。あれは凄いよね。
中野 真(なかのまこと):ドワンゴ ニコニコ事業統括本部プラットフォーム事業本部カスタマーサポート部 部長。ニコニコ動画の「運営長」として知られる。ドワンゴ設立初期からの社員で,川上氏が廃ゲーマーとしての能力を見込んで雇ったうちの一人。入社当初は,「セガラリー2」の通信部分の開発などを担当した。連載第5回「あのとき君は,どうして「Player Kill」ばっかりしていたの?」に登場。
森氏:
なに他人事みたいに言ってるの! 全部川上さんが悪かったんじゃん。あんなに危なっかしいプロジェクトは,後にも先にも見たことがないよ。
いやでも,結局,迷惑はかけなかったじゃん。
森氏:
それは結果論でしょ! 失敗したら全員が死んでましたよ。
川上氏:
失敗したらドワンゴは潰れてたよねぇ。
森氏:
潰れてたし,全員が路頭に迷ってた。よくもこんな案件に俺を巻き込んでくれたなって,当時はそう思ってたもの。
川上氏:
失敗する確率が90%を超えてたよね。
森氏:
確実に超えてるでしょ。90%どころか,99%失敗するってくらい。端から見てたら,そういうプロジェクトだった。
川上氏:
たぶん,ある程度能力のあるプロダクトマネージャーだったら,100%逃げる案件だよね。ちょっとでも賢い人間なら誰でも逃げてると思う(笑)。
森氏:
逃げる逃げる。絶対逃げる。
4Gamer:
川上さんはなんで踏みとどまったんですか。その時はあまりヤバイと思わなかったとか?
川上氏:
ヤバイと思ってたに決まってるじゃん(笑)。もう失敗したら,人生終わると思ってたもん。
森氏:
川上さんは往生際が悪いんですよ。実際,あの時も「ごめんなさいって言えるタイミングは限られているから,もう諦めてセガに謝ろうよ」って,確か3回くらいは相談してるんです。だけど,「いや,大丈夫」みたいなことを言って,まったく聞き入れてくれなくて。
川上氏:
だって,できると思ってたもん。
森氏:
川上さんはそう言うけど,あの時って周りの全員が「できるわけない」って思うような状況だったんですよ。マスターアップの期日は近いづいているのに,まったく出口が見えないって。
4Gamer:
うーむ。
川上氏:
いやでも,当時のサーバープログラムの基本構造って,実は結構シンプルだったじゃないですか。だから,僕は「こんなの動かない方がおかしいだろ」って考えていたんです。シンプルだって知っていたから,最後の最後まで「なんとかなるだろう」って思って信じられた。
森氏:
それなら,もっとスマートにやってくれよ! なんであんなハラハラにみんなが巻き込まれなきゃいけないんだ(笑)。
川上氏:
いや,だってね。あのときの僕の手駒を思い出してよ。僕の抱えていた戦力を(苦笑)。
4Gamer:
ゲーマーばっかりで,エンジニアとしては全員が素人だったんですよね。
森氏:
けど,その手駒を集めたのも自分でしょ。
川上氏:
そうなんだけどさ。あの時は,あれでも僕の持ってる最強のカードを揃えてたんですよ。たぶん,このデッキなら“何か間違いが起これば”勝てるかもしれないなって,そう思えるデッキを組んでたつもりなんです。
森氏:
間違いが起こればって,それまったく理解できないですよ。
川上氏:
いやいや。この「3」ってカードは,一見すると最弱のようだけど,もしジョーカーが出たら勝てるな……って感じで,ちゃんと考えてはいたんだって。
一同:
(爆笑)。
森氏:
この人ね,頭おかしいんですよ。ゲームの始めにわざわざ自分からウルトラハードモードを選んでゲームをプレイしてるっていうか。普通の人なら絶対にそんな選択肢は選ばないですよね。
4Gamer:
そ,そうですねぇ……(苦笑)。
川上氏:
森さんはいいよ。あの時,ドワンゴのセガラリー2を担当したチームより10倍くらい優秀なチームで,3倍は楽な仕事をしてたんだから。
森氏:
まぁ優秀だったかどうかはともかく,こっちの方が楽な仕事だったのは認める。
川上氏:
いやいや,優秀だったって。森さんのデッキはSレアカードだらけだったじゃないですか。こいちゃん(※)とかさ。
※戀塚昭彦(こいづかあきひこ):ドワンゴ ニコニコ事業統括本部プラットフォーム事業本部第一企画開発部 ソフトウェアエンジニア。元Bio_100%のメンバーで,ニコニコ動画を作ったプログラマ−の一人。
森氏:
確かに僕は,レアガチャを引いてた感じだったね(笑)。
川上氏:
そうでしょう。清水くん(※)だってさ,能力は偏ってるけど,ある種のスーパーレアだったわけだし。
※清水 亮(しみずりょう):ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEO。電気通信大学在学中にマイクロソフトの次世代ゲーム機向けOS開発に携わり,1998年にドワンゴ入社。同社の携帯電話事業の立ち上げなどに関わりながら,2002年に退社。2003年にユビキタスエンターテインメントを設立した。連載第9回「会社経営はクソゲー過ぎる!」に登場。
わはは。確かに!
川上氏:
僕なんかずっと無料ガチャで,ノーマルカードで勝負してたんだから。しかも,全員めちゃくちゃパラメータが偏った使いづらいカードばっかでさ。酷い話ですよ。
森氏:
つまり,それを使った人……リーダーだった自分が凄いって言いたいの?
川上氏:
いやぁ,実際あのセガラリー2の仕事は,僕の人生の中で“最高の仕事”だったと思うんですよ。あれ以上の仕事を僕はしてません(笑)。
4Gamer:
でも世間的には,川上さんは「着メロ事業やニコニコ動画を成功させた実業家」ってことになっていますよね。
川上氏:
着メロとかニコニコ動画とか,「僕の仕事」って意味では,大したことはしてないんです。僕の最高の仕事は,あくまであのセガラリー2のプロジェクトを成功させたことであって,あれこそが奇跡なんだから!
森氏:
10年以上前も昔のことなら,もう何とでも言えますよねぇ。ま,あれが奇跡だったのは間違いないけど。
コミュ障にはコミュ障の戦い方がある
川上氏:
会社を立ち上げた当初って,自分達で営業をしなくちゃいけないのがとにかくツラかったよね。
森氏:
川上さんを筆頭に,コミュ障の集まりのような集団だったしね。
川上氏:
現実社会って引きこもりにはホント厳しいとこなんだよ。僕みたいなコミュ障に営業は無理だって,今でも思ってるもん。
森氏:
でも,川上さんは頑張ってたよね。
4Gamer:
当時はどうしてたんですか?
川上氏:
いや,コミュ障には「コミュ障の戦い方」っていうのがあるんです。その意味では,まずコミュ障はね,自分から営業にいったら駄目なんです(笑)。コミュニケーションが下手くそなんだから,そんなことをやってもかっこ悪いだけでしょう。
4Gamer:
そうかもしれませんが……。
川上氏:
だから,自分から行くんじゃなくて,なんとか“相手の方から来てもらう”ように仕向けないといけないんだよね。
4Gamer:
では,相手から来てもらうにはどうすればいいんでしょう。簡単じゃないですよね?
川上氏:
その辺は,僕もいろいろ考えたんだけどさ。一つには,「いいものを持ってるんだけど,惜しいなあ」と思わせる能力があるみたいなんですよね。
森氏:
いや,ほんとは惜しくないでしょ(笑)。ただ,惜しい感じをうまく演出してるよね。相手をリラックスさせるような,弱みを見せる感じがある。
川上氏:
弱みを見せるなんて高度なことはしてないんだけどね。ただ,実際のところ,当時のドワンゴって“惜しい会社”だったし。そうするとね,不思議と「よし,俺が助けてやろう」みたいな人が現れるんだよね。
4Gamer:
なんとなく分かる気がします。
森氏:
それはちゃんと計算してやってたの?
川上氏:
んー,いや。そこはどちらかというと,僕のコミュ障的な部分が発散する,自動発動スキルみたいな感じだったかも。
4Gamer:
パッシブスキルですか(笑)。
川上氏:
そう。それが僕のパッシブスキル。「なんかこの人,せっかく良いところもあるのに……いろいろ残念だな」って思わせちゃうみたいな(笑)。
森氏:
まぁでも,相手から来てもらえるようにするっていうのは,ドワンゴみたいなナイーブな会社にとっては重要だったよね。
川上氏:
うん。着メロ事業が成功したあたりからは,ドワンゴも社会的に認知されて,いろいろなお話をいただけるようになったけど,それ以前は,ドワンゴなんて誰も見向きもしない状況だったからね。あの時はツラかったんですよ。
4Gamer:
最近のドワンゴというか,川上さんは,逆にいろんな人と交流されてますよね。
ええ? それはたぶん,本当にここ最近というか,例えば,ジブリ界隈の人とちょっと親しくさせてもらってるってだけのイメージが広がっているんじゃないの。僕は今でも,ほとんど人付き合いをしてないですから。
4Gamer:
え,そうなんですか?
川上氏:
うん。実際,本業のIT業界とかでわりと親しい人っていったら,はてなの近藤さんと,DeNAの南場さんくらいだし……。
4Gamer:
またまた。
川上氏:
本当だってば。そもそも,僕と2回ご飯を食べたら,僕の中の「親しいランキング」では相当上位ですから。近藤さんや南場さんとも,まだ2回しかご飯食べてないし。
森氏:
そこはもうちょっと頑張ろうよ(笑)。普通,2回ご飯を食べただけで“親しい”とは言わないんじゃないの。
川上氏:
じゃあ,何回ご飯を食べれば親しいって言えるの?
森氏:
せめて5回くらいじゃない?
川上氏:
うーん。ハードル高いよ,それは。
森氏:
いや,普通だってば(苦笑)。
4Gamer:
回数の問題じゃない気が……。
川上氏:
僕がって話じゃなくても,そもそもドワンゴって,日本のIT業界の主流だったり,「夢見るITベンチャー企業」なんかとは,根本的に“合わない”じゃないですか。
森氏:
そうだね。まったく雰囲気も違うし。
4Gamer:
日本のIT業界の主流って,具体的にどの辺を指してます?
川上氏:
今だったら,ソーシャルゲーム業界とかですよね。昔だったら,Yahoo! Japanや楽天あたりを中心にして,六本木ヒルズ族みたいな,あの辺です。
4Gamer:
あ,なるほど。
森氏:
まぁ,全然空気が合わないよね。接点もほとんどないし。
川上氏:
うん,合わない。
4Gamer:
ドワンゴって,どこか独特の雰囲気がありますしねぇ。
森氏:
とにかくナイーブなんですよ。
川上氏:
会社自体がコミュ障なんです。他社さんと何を話していいのかわからないっていう。
森氏:
でも最近は,そのへんもだいぶ治ってるんじゃないの?
川上氏:
いや,根っこのところはあまり変わってないと思うよ。僕の被害妄想かもしれないけど,業界内でも,ウチだけ情報的に隔離されてる感じはあるし……。外の人と真っ当な話ができるのはかろうじて夏野さん(※)だけ,みたいな。そういう状態ですもん。
※夏野 剛(なつのたけし):ドワンゴ取締役。NTTドコモの元執行取締役で,iモードの育ての親として知られる
4Gamer:
そもそもドワンゴって,IT業界というくくりでいいんですよね? ドワンゴって会社のことを知れば知るほど,なんだかよく分からないといいますか。会社の雰囲気自体は,やっぱりゲーム会社寄りなのかな?とは思ってしまうんですけど。
川上氏:
あえていうなら,ゲーム業界の方が近いですよね。近いんだけど,そっちでもやっぱりハブられてましたよねぇ……。
森氏:
ゲーム業界の方も,我々のことを認めてくれなかったですからね。
4Gamer:
そうなんですか?
川上氏:
あの。一応,説明しておくけどね。ゲーム業界の中のヒエラルキーでいうと,そもそもドワンゴって,底辺も底辺,ド底辺だったんですよ。
森氏:
本当にそうだよね。
川上氏:
でも,僕ら自身はそれで納得していたんです。ヒエラルキーの底辺だって言われても,「はい,その通りです」って思っていた。そこにはなんの異論も違和感もなかったよね。
森氏:
そうだね(笑)。だから,酷い扱いもたくさん受けたし,悔しい思いもいっぱいしたけど,次の日には「仕事ください!」って反射的に言ってる,みたいな。そういう感じだったよね。
川上氏:
ゲーム業界の人達ってやっぱりすごいし,とくにエンジニア(理系の人間)の視点で見るとさ。ゲーム会社って,本当に天才みたいな人がゴロゴロいる世界なんですよ。それに引き替え,ドワンゴは……。
森氏:
ネット廃人ばかりですからねぇ。
4Gamer:
でも最近は,ゲーム業界からも一目置かれてますよね?
川上氏:
いやでも,今は今で,やっぱりゲーム業界には入れてもらえてないじゃないですか。IT業界でもなんか浮いてるしさ。じゃあ着メロつながりで音楽業界なのかって言われたら,それもやっぱり違う感じじゃん。
森氏:
ドワンゴってあれですよね,学校のクラスで喩えると,「友達のいない子」みたいな感じというか。
川上氏:
そうそうそう(笑)。どのグループにも入れてもらえなくて,何か言うと「空気読めよ……」って思われる感じというか。でも,別にいじめられているわけではない。そういう微妙なポジション。
森氏:
寂しいですよねぇ。
川上氏:
むしろいじめてくれ,みたいなね(笑)。まぁでも,どの業界にも属していないからこそ,ニコニコ超会議2があんなことになるとも思ってる。政治家は来るし,戦車は来るし。本当にメチャクチャだよねぇ。
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