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印刷2017/08/18 19:20

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AIはゲームをどう変えるのか。三宅陽一郎氏と森川幸人氏がゲームAIのこれまでと現状,そして今後の展望を語った「黒川塾 五十二」をレポート

 トークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 五十二(52)」が2017年8月17日に東京都内で開催された。同イベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏が,ゲストを招いて,ゲームを含むエンターテイメントのあるべき姿をポジティブに考えるというものである。

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メディアコンテンツ研究家 黒川文雄氏
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 今回のテーマは,「誰にでもわかるゲームAI(人工知能)の話」。会場では,「FINAL FANTASY XV」(以下,FFXV)などに参加したゲームAI開発者の三宅陽一郎氏と,「がんばれ森川君2号」を筆頭にAIを使ったコンテンツを多数手がけてきた森川幸人氏が,ゲームおよびエンタテインメントジャンルにおけるAIの実態と展開事例,そして将来の可能性や課題についてトークを繰り広げた。

三宅陽一郎氏
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森川幸人氏
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 最初の話題は,8月16日に設立された森川氏の新会社「モリカトロン」について(関連記事)。この会社は,20年以上にわたり森川氏が培ってきたノウハウと実績を活かし,ゲームAI研究開発事業を行うのが目的で,当面の事業は,ゲームにAIを使うケースにおけるコンサルティングや,実際のAIの設計および開発などとなる。

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 三宅氏は,実用や効率化のためのAIを扱う企業はこれまでにもあったが,ゲームなどエンターテイメント向けのAIを扱うものは世界的にも初めてではないかと指摘した。だが,森川氏によると,この20年間,日本ではゲームやエンターテイメント業界におけるAIの需要がほとんどなかったのだという。

 そうした背景について,三宅氏はゲームのトレンドを用いて説明。1990年代後半は,第2次AIブームの余波により,AIを使用する動きがあったが,2000年代に入るとグラフィックスに大きくリソースを割くタイトルが増えたため,AIはないがしろにされがちだったとのこと。

 しかし三宅氏によると,研究分野におけるゲームAIへの注目は2002年頃には始まっていたそうだ。当時のアメリカでは情報科学分野が弱まっており,それまで相手にしていなかったゲーム業界と組もうという機運が高まったとのことで,GDCでAI開発者がセッションを行ったり,逆にゲーム開発者がAI学会に赴いたりしていたという。

 そして,グラフィックスの進化スピードが以前ほど大きなものではなくなった2010年から2012年頃,ディープラーニングの台頭とともに第3次AIブームが訪れたが,三宅氏によるとこれはゲームAIの流れとは少々文脈が異なるそうだ。後述するように,ゲームにディープラーニングを応用するのは少々難しいから,というのが三宅氏の見解である。

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 三宅氏はAIがゲームにもたらす影響についても解説した。それによると,ゲームにAIを使うことにより,キャラクターの思考をその場その場で作れるようになったり,パス検索で自由に動けるようになったり,プレイヤーの向かう方向に応じて敵を出現させるようになったり,難度やストーリーもAIが作り出せるようになったりと,これまで固定化していた部分が動的になるという。

 これはつまりコンテンツの柔軟化であり,プレイヤー各自にとってよりよいゲームになることを意味しており,現在求められているゲームの姿とも一致している。これを三宅氏は,「ゲームがAIを必要とし,よりダイナミックなゲームになろうとしている」と表現した。

 三宅氏は「ゲームAIは,ゲームの本質にすごく近い」とする一方で,「その可能性はようやく発掘されようとしている」とも語る。というのも,ゲームAIの学習は,昨今一般的になった,物理計算によって構築された空間を持つゲームでないと,正しい結果が出ないからだそうである。

 また,プレイヤーに同じことを繰り返させるソーシャルゲームもゲームAIの学習に向いているとのこと。こちらはサービスを充実させることを目的に,プレイヤーのログを解析するという方向での活用がなされており,すでに6年近くにおよぶ実績があるという。

 ソーシャルゲームのサービスにAIを活用しているという話を受けて,森川氏がデバッグAIの需要に言及すると,ちょうど現在その研究を進めていると明かした三宅氏。ゲームの進化が速すぎるために,それをデバッグするAIの開発が追いつかず,結局は人海戦術でやるほかないというのがここ30年間のデバッグ状況だったが,現在はテスターのログを解析して,プレイヤーを模した動きをするAIを作ることにもチャレンジしているという。これにより,デバッグ要員すべてをAIにするのは不可能としても,何割かはAIにできると見込んでいるそうだ。

 トークの中盤以降は,森川氏と三宅氏の取り組みを紹介することに。
 森川氏はこれまでAIを使ったゲームコンテンツを手がけてきたが,そもそもの動機は約20年前に「やらなくていいゲーム」,今でいう“放置ゲー”を作りたかったからだという。

 当時考えていたのは,GA(genetic algorithm,遺伝的アルゴリズム)を使ってプレイヤーの操作をキャラクターに学習させていくというもの。ゲームの序盤だけプレイヤーが操作すれば,あとは自動的にキャラクターがプレイしていき,新しい障害にぶつかったとき,再びプレイヤーの指示を仰ぐような内容だった。このアイデアについて,森川氏自身はシンプルでまっとうなものだと捉えていたが,なかなか周囲の理解は得られなかったという。というのも当時は,「数百時間遊べる!」といったようにゲームのボリュームが重視されており,放置ゲーの需要など微塵も見られなかったからだ。

 しかしPlayStation発売時の「これまでにない斬新なゲームを」といった気運の盛り上がりに乗じ,森川氏は「がんばれ森川君2号」の開発に取り組むこととなる。このゲームに登場するAI搭載ロボット・PiTは,人間の脳を簡易化したニューラルネットワークを採用しており,上記の森川氏のアイデアに沿って,障害にぶつかったときにプレイヤーの意見を求め,それを学習して次第に自律した行動を取るようになっていく。

 ちなみにタイトルに森川氏自身の名前が入ったことについては,発表まで本人も知らなかったとのこと。「あとから変えられるだろう」と軽く考えていたが,結局そのまま発売されてしまったそうだ。

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 斬新だった一方で,エンターテイメント性が弱いという評価を受けた「がんばれ森川君2号」の反省を活かして開発した「ここ掘れ!プッカ」は,やはりニューラルネットワークを搭載しており,学習した結果をもとに,発掘した石が価値があるものかガラクタなのかを判断して持ち帰るという内容だった。

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 続く「アストロノーカ」は,東京・夢の島にて大量発生したハエを駆除したら,今度は殺虫剤に耐性のあるハエが繁殖し,それを駆除するためにさらに強力な殺虫剤を使って……を繰り返していたところ,ハエよりも殺虫剤による土壌汚染のほうが問題になったという事例をヒントにしたとのこと。
 本作はニューラルネットワークではなくGAを採用しており,害獣・バブーが世代を経るたびに,プレイヤーの仕掛けたトラップの回避方法を学習していく。
 三宅氏によると,本作はGAを使ったゲームとして世界的な傑作であり,自身が行う新人研修でも必ず取り上げるという。

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 また森川氏は,ゲームに採用するAIとしては,昨今話題のディープラーニングよりも,世代が前になるGAのほうが使い勝手がいいと説明した。
 三宅氏も,現在ゲームにAIを使おうとする人達は,第2次AIブームを通過していないのに,それより難しくて複雑な計算が必要なディープラーニングに飛びつく傾向があると指摘。「よりオーソドックスなGAを使うことで,もっとAIの可能性を探求すべきなのでは」と語り,自身もGAを使ってゲームバランスを図る研究を進めていることを明かした。

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 PlayStation 2向けにリリースされた「くまうた」は,森川氏が長らく考えていた,「キャラクターを自由にしゃべらせたい」というアイデアを実現したコンテンツである。そのためには音声合成が必須となるのだが,当時の技術ではイントネーションをうまく表現することができなかった。

 そこで「歌であればイントネーションを意識しなくていい。ついでに歌詞とメロディも自動生成してしまえ」ということで企画開発したのが本作だったとのこと。
 なお,本作の歌詞作成には,オントロジーの技術を応用しており,たとえば“春”というジャンルをプレイヤーが選択したら,AIが“花”や“桜”といった関連する言葉を選んでいく。

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 本作は,AIが自動生成した演歌をクマが歌うという内容だが,のちに「初音ミク」が登場したとき,森川氏は「こっちだったか……」と思ったとのこと。ただ,ビブラートや演歌のコブシといった細かい部分には,かなりこだわったという自信があるとも話していた。

単語を入力すると,最初はwikipediaの記述に沿った真面目な内容が表示されるが,次第に脱線していき最終的にとんでもない説明になるという森川氏開発のスマホアプリ「てきとうパパ」も紹介された。本作のアイデアは,AIは言葉の意味までは理解していないという部分に端を発している
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 こうした取り組みを続ける中で,森川氏は「筋書きどおりに進めるゲームの中では,自律的なAIが邪魔をすることが多々ある」とし,局面ごとに判断を下すAIと,あらかじめ筋書きが決まっているゲームとの折り合いを付けることの難しさを語った。
 なお,三宅氏によると,FFXVではキャラクターを世界の中の生物であると同時に,舞台上の役者でもあると定義づけ,自律的に動くシーンに演技をするシーンを割り込ませるシステムを用意し,そうした課題を解決したという。

 森川氏に続いて三宅氏の取り組み紹介だが,三宅氏はまずゲームAIの歴史を解説した。それによると,キャラクターを独立して動かそうという考えが台頭したのは1990年前後だが,1980年にはすでに「パックマン」がAIにより動くキャラクターを実現していたことなどが説明された。

 さらに時代が進み,2000年頃からの3Dゲームの時代になると,自律AIによって動くキャラクターが登場する。それまではあらかじめ組まれたスクリプトに沿って各キャラクターが動いていたわけだが,AIで動くキャラクターは目的や役割を与えるだけで勝手に動くようになったのである。
 このタイミングで,上記のようにゲーム業界と情報科学が密接な関係になったため,現在のゲームAIはロボティクスの技術を応用しているとのこと。

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 またゲームAIは,キャラクターの頭脳となる「キャラクターAI」,ゲームそのものをAI化した「メタAI」,そしてゲーム内の地形を認識する「ナビゲーションAI」の3つが存在する。

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 このうちナビゲーションAIのパス検索は,キャラクターが行くべき場所を指定すると,そこに到達する経路を発見する機能だが,三宅氏によると,長いパスを移動できるようになるにつれ,キャラクターに時間的な思考を持たせざるを得なくなったという。そうした時間的な思考を持つキャラクターは,ドアの前に立ったらドアを開けて部屋の中にいるプレイヤーを撃つ,といったような時間の流れに沿った計画を立てられるようになる(プランニング)。またプランニングができるようになったことで,ドアにカギがかかっていて開けられなかった場合は,ガラス窓を破って部屋に侵入する,といった別の計画を立てることも可能となった。これが2004年頃のことである。

何も知識のないキャラクターが,いろいろ試してうまく行くプランを学習し,間合いを覚えて強くなっていくQ-Learningの事例も示された
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 ただ,こうしたゲームAIの進化に,日本はあまり関係していないとのこと。ゲームAIは,海外の開発者が「AIがないとシューターの敵キャラクターの動きは制御できないだろう」と考えて進化していった経緯があるのだが,日本ではゲームデザインやレベルデザインが優秀すぎて,AIが賢くなくとも優れたゲームができてしまったのだそう。

 ただし,そうした「AIはそれほど賢くなくてもいい」という日本的なアプローチは,ゲームデザインを束縛し,リニアなものにしてしまう傾向がある。そのため,基本的にAIがないと成立しないようなオープンワールドのゲームは,日本ではあまり作られてこなかったのである。

 またキャラクターがAIによって優秀になっていくと,作り手の意図しない動きをし始めることもある。そこで生まれたのがメタAIの概念で,このAIはプレイヤーの挙動をもとに,ゲームの全体的な難度調整はもちろん,敵の配置や,イベント的なストーリーの生成まで行うもの。たとえば「Left 4 Dead」では,プレイヤーの挙動から緊張度を判定し,敵の配置や出現数を変動させている。

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 このメタAIにより,優秀になった自律型キャラクターも,プレイヤーの挙動や状況に合わせた行動,いわば演技をできるようになるという。とくにオープンワールドのゲームではメタAIは必須であり,このAIがないといつまで経ってもプレイヤーの周囲で何も起こらずに退屈な展開になったり,逆にモンスターが大量に出現してストレスになったりといった状況に陥ったりするのだ。

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メタAIのような概念は,「ゼビウス」にも採用されており,プレイヤーの腕前に応じて難度が変わる
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オンライン対戦のマッチングにGAが用いられている事例や,常時接続している端末から得たゲームの各種データをビッグデータ化し,内容を改善する事例なども紹介された
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 三宅氏の見解では,ナビゲーションAI,キャラクターAI,メタAIが進化していった2002年から2010年までの間がゲームAIの一番熱い時代で,その5〜6年間は,狭い領域で用いられていたゲームAIを,オープンワールドに適用できるようスケーリングするためだけに費やされていたとのこと。
 そうやって各社がオープンワールドを作れるゲームエンジンを用意できた今後は,いよいよAIの学習面にスポットライトが当たるのではないかと予想しているという。本当にそうなるかどうかは,ゲームを面白くできる技術になるかどうか,さらにいえば商品として売れるのかどうかにかかっているそうだ。

 最後に三宅氏は,今後AIを用いてゲームをより面白くしていくためには,AIとゲームデザインの双方を理解できる人材が必須だが,圧倒的に数が少なく,また育成も難しいことを指摘。関連して森川氏は,20年前と異なり,現在はさまざまなAIのツールが流通していることに言及し,「AIにゲームを使うというベクトルではなく,おもちゃを扱う感覚でそうしたツールに触れ,いろいろ試した中からゲームに向いているものを見つけ出すアプローチの中からブレイクスルーが生まれるのではないか」との期待を示していた。

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