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[CEDEC 2017]女流棋士とゲームクリエイターのコラボから見いだされた結論とは? 「ゲームビジネスの可能性を広げる異業種コラボ! 双方の市場を拡大するためのノウハウ」レポート
現在,神奈川県のパシフィコ横浜で開催中の開発者向けカンファレンス「CEDEC 2017」で,「ゲームビジネスの可能性を広げる異業種コラボ! 双方の市場を拡大するためのノウハウ」と題した講演が行われた。将棋ゲームの制作でコラボした,モノビット 取締役CTO兼事業戦略室長 エグゼクティブプロデューサーである蛭田健司氏と,女流棋士の香川愛生女流三段が登壇し,ゲームメーカーが異業種コラボをするうえでの秘訣が語られた。
「CEDEC 2017」公式サイト
異業種コラボでは
互いの業界への基礎知識がポイントに
将棋好きのゲームクリエイターである蛭田氏と,ゲーム好きの女流棋士である香川女流三段。2人は現在,「ゲームと将棋の普及」を目標にした,初心者に向けた将棋ゲームを制作中だ。
ゲームの異業種コラボのメリットは,専門家が現場にいることで得られる知見や,専門家ならではのアイデアを作品に活用できることにあるという。香川女流三段は「地域によって(将棋の)楽しまれ方がまったく異なっている」と述べるが,これなどはゲームクリエイターには分からない,専門家ならではの肌感覚だろう。
異なる業種の人がコラボするうえでは,お互いの業界の基礎知識が必要だと蛭田氏は指摘する。蛭田氏と香川女流三段のコラボの場合,蛭田氏が将棋好きであったことと香川女流三段が蛭田氏の著書でゲーム開発について予習していたことから,やりとりもスムーズだったという。
プロ棋士ならではの視点から生まれたアイデア
蛭田氏と香川女流三段がコラボするきっかけは,蛭田氏が所属していた将棋部に香川女流三段が指導に訪れたことだったという。
プロ棋士に勝利するなど,最近,将棋AIの強さが話題になっているが,「AIは強すぎて,上位の人にはいいかもしれないが,初心者はついていけない」と感じていた蛭田氏。香川女流三段と話し合い,初心者向けの将棋ゲームを作ろうという結論に至った。
ここで2人が注目したのが「プレイヤーを指導する能力」であり,開発中の将棋ソフトでは,こうした点に重点を置こうと考えているという。
まず行ったのは市場調査で,開発を始める前,競技人口が近い麻雀をモデルにして市場規模のチェックを行った。これまで最も売れた麻雀ソフトはファミコン向けの「麻雀」で,販売本数は213万本だったという。蛭田氏は将棋ゲームの市場規模を190万本と推算し,ゴーサインを出した。
上達のための最初のステップとしてよく使われる詰め将棋だが,最初のステップとはいっても,駒の動かし方も分からないビギナーにとっては十分に複雑に感じられる。
将棋界でも初心者の取り込みを進めてはいるが,なかなかうまくいっていないのが現状だ。香川女流三段は,「駒の動かし方を覚えられるようなゲームが身近にあればいいのではないか」と考え,さらにポーカーやカジノゲームの面白さを取り入れて,ここに「チップを賭ける,マルチプレイ詰め将棋」というユニークなシステムが生まれた。将棋界の現状に詳しい専門家だからこそ出てくるアイデアだろう。
ゲームが完成すれば,プロモーションが重要になるが,蛭田氏と香川女流三段のコラボでは,ゲームファンと将棋ファンの双方にアピールすることが可能になる。こうしたファン層の拡大も,異業種コラボのメリットに挙げられる。
今回のコラボの場合は,ゲームファンと将棋ファンに加えて,一般の,将棋やゲームに興味のない人でも楽しめるタイトルとして大々的に告知していく予定だ。最初からこうした広い意識を持っていないと,プロモーションが小さくまとまってしまいがちだと蛭田氏は述べて,「効果を見ながらでいいから,テレビコマーシャルのような,大がかりなものを検討してほしい」と,会場の開発者達にアドバイスを送った。
異業種のコミュニケーションをいかに成立させるか
異業種コミュニケーションについても具体的に語られた。蛭田氏と香川女流三段はお互いに多忙な日々を送っており,これ以上仕事は増やせないという状態だった。そんな2人がコミュニケーションを取るにあたっては,「プライオリティの変更」と「使用ツールの統一」が効果的だったという。
プライオリティの変更とは,香川女流三段からメッセージが来た場合,これを最優先に処理するという意味で,ほかの仕事をしていても中断したというから徹底している。中断してもいいように,あらかじめ余裕を持った進行にしたそうだ。
連絡手段としては,電子メールやSNSなどさまざまなものがあるが,蛭田氏は香川女流三段とのやりとりに,FacebookのMessengerを使っている。メールやドキュメント共有も試みたものの,あまり使われることなくMessengerに一本化されたとのこと。それについて香川女流三段は,「ゲーム開発者からの長文のメールや議事録に対し,どう返事をしていいか分からなかった」「不慣れな方法を使うと,連絡の中身になかなか集中できない」と述べた。
このあたり,ゲーム開発の専門家なら分かっているようなことでも,異業種の人にはなかなか通じない場合があることがうかがえる。
蛭田氏は,忙しい香川女流三段からいつ連絡が来てもいいようにアジェンダを常にまとめておき,Twitterや日本将棋連盟のサイトなどでスケジュールを把握したうえで,連絡を取ったとのこと。「ゲーム開発者側に合わせてもらうこともあるが,相手のやり方を尊重していくことも大事」と蛭田氏は述べ,お互いに理解し合うことの重要さを強調した。
香川女流三段は,今回の異業種コラボについて「やりやすかった」と振り返った。
蛭田氏が将棋好きなため,出てくる提案はプロ棋士と将棋ファンにとって「心地よい」ものであり,蛭田氏がコラボの相手についての知識を持っていたことがプラスに働いたわけだ。
コラボする相手,そしてプレイする人の気持ちを思い,皆が心地よくなれる境地を目指すという意味で,香川女流三段とのコラボの魅力は「読み合い」であり,また,多数の人が関わる座組であるからこそ思いやりが重要であると蛭田氏は結論づけた。
最後に蛭田氏は,ツールとゲームの違いについての持論を述べて講演を締めくくった。
ツールには「(実生活の)役に立つ」という価値があるため,多少使い勝手が悪くても使ってもらえる。しかし,ゲームは「(実生活の)役に立たない」ものなので,こうしたお目こぼしは受けられない。快適でないなら遊ばれないし,どんなに出来が良くても,いつかは飽きられてしまう。
そのため,究極の快適性を目指して進化し続ける必要がある。「役に立たないからこそ,常に新しいものに挑戦し続ける総合芸術がゲームであり,自信を持ってその素晴らしさをほかの業界へも広げていってほしい」とした。
蛭田氏と香川女流三段がコラボした将棋ソフトはまだ世に出ていないが,ゲームファンと将棋ファン,どちらも楽しめる作品になることを期待したい。
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