インタビュー
e-Sportsが盛り上がっていくため,本当に必要なものは何か? 国際カジノ研究所所長 木曽 崇氏に聞く
その一方で,とくに「賞金」を巡っては,さまざまな法的課題の存在が指摘され始めている(関連記事)。また,この問題を回避するための方策として,「プロゲーマー認定制度」といったシステムが立ち上がろうとしているのが現状だ。
果たして,「プロゲーマー認定制度」を利用することで,本当に高額賞金を提供することが可能になるのか。そしてそもそも,e-Sportsが盛り上がっていくにあたって,高額賞金は必須なのだろうか?
木曽氏は2016年にノンアクションレター制度(※1)を利用して,消費者庁から「e-Sports大会で高額賞金を提供することは景表法(※2)に抵触し得る」という見解を得たことで有名だ。またプロゲーマー認定制度に伴う高額賞金制大会の適法性にも,疑念を示している。
果たして氏は,これらのどこにどのような問題があり,いかなる具体的なリスクがあると考えているのか。プロゲーマー認定制度が立ち上がろうとしているこのタイミングで,詳しく語ってもらった。
※1 ある行為が法令に抵触するか否かを,関連する公的機関へ事前に確認できる制度。ノーアクションレターとも言う。正式には「法令適用事前確認手続」だが,当該行為が法令に抵触しない場合,公的機関は「法令に抵触しないので,対処しない」と回答することになるため,こう呼ばれることが多い。
※2 「景品表示法」とも言われるが,正確には「不当景品類及び不当表示防止法」。商品を販売するための広告が「虚偽,あるいは意図的な勘違いの誘発を含んでいたり,提供される景品の価値があまりにも過大」だったりすることを規制する法律である。ゲームのデベロッパやパブリッシャが自社ゲームの大会を主催する場合,広告宣伝活動と景品としての賞金という側面は必ずつきまとうことになる。より詳しくはCEDEC 2017における木曽氏の講演まとめ記事をチェックしてほしい。
「プロゲーマー認定制度」は本当に機能するのか
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まず最初に木曽さんの自己紹介と,e-Sportsとどう関わっておられるのかを教えていただけますか。
木曽 崇氏:
はい。自分の仕事は「カジノの研究」になります。我が国におけるカジノの合法化に向けた,そのカジノ法制と市場性の研究がメインです。
e-Sportsとの関係という点ですと,「e-Sportsにおける賞金問題」で僕の名前を目にした方が多いのではないかと思います。
4Gamer:
ええ,おそらくそうではないかと。
木曽 崇氏:
e-Sportsにおける賞金というものは,つまり「ゲームの結果に対して報奨を出す」ということですので,賭博業との接点が大きいです。あえて言えば「ギャンブル業界とゲーム業界の中間」みたいなポジションですね。
実際のところ,e-Sportsにおける賞金とギャンブルにおける賞金は,刑法賭博罪(※3)や風営法(※4),景表法と同一の法制に関連していますから。
※3,4 それぞれどのような条文がどのような行為もしくはイベント,興行形式に影響するかも,前述したまとめ記事に詳しい。
で,これらについて「特定ゲームを利用したe-Sports大会に,当該ゲームのデベロッパやパブリッシャ自体が賞金を拠出することは景表法の規制する範疇に入るのか否か」という問題がありまして。
4Gamer:
ええ。
木曽 崇氏:
この問題に関して,消費者庁に対してノンアクションレター制度による法令適用確認を2016年に行い,結果として「規制の範疇に入る可能性がある」という示唆を得ました。おそらくこのあたりが,多くの方にとって「e-Sports関係で木曽の名前が出てきた最初のタイミング」になっているかと思います。
4Gamer:
木曽さんは近年,日本のe-Sports統合団体が打ち出した「『プロゲーマー認定制度』によって高額賞金が賭けられた大会を開催できる」という見解に対し,blogなどで否定的な見解を提示していますよね。
どこにどのような問題があるのか,お話しいただけますか。
最初に申し上げねばならないのは,現状,この「プロゲーマー認定制度」と,それに伴う高額の賞金制大会開催にまつわる自分の解釈は,あくまでも,メディアで発表されているスキーム(scheme,枠組み)に基づいた理解でしかないということです。何しろこの制度や,それに基づく大会運営に関わる公式な資料が2017年末の段階では出ていませんので。
4Gamer:
あくまでも関係者へのインタビューなど,世に出た記事に基づく理解だということですね。
木曽 崇氏:
そうなります。
それで,その範囲でお話しすると,「プロゲーマー認定制度とそれに伴う高額賞金制大会」について,新設されるe-Sports団体の代表的立場にある人物は,プロゴルファー認定制度のスキームに則って説明をしているようです。
【ゴルフの一部の大会は、プロもアマチュアも参加できますが、アマチュアが優勝しても賞金はもらえません。プロはあらかじめ機材などをそろえて仕事として競技に挑んでいるので「賞金につられてスポンサーの賞品を買う」わけではない――そこを明確に区別することで、景品表示法の違反には当たらないことになるんです。
ゲームも同じように「プロ」宣言をすればよかった】
(日経トレンディネット2017年12月27日記事「eスポーツで、ゲームは「プロ野球」になれるか」より引用,【 】内原文ママ)
といった感じですね。
4Gamer:
そうですね。
木曽 崇氏:
プロゴルファーが「賞金のためにゴルフ用品を購入する」のではないのと同様,プロゲーマーも「賞金のためにゲームを購入している」のではなく,賞金制の大会,およびそこで出される賞金は,プロゲーマーがゲームを購入するための広告ないし景品としては機能しません。
なので「プロと認定している人に対しては,景表法の範囲を越えて,ゲームパブリッシャ自体が大きな賞金や賞品を出していいのです」という解釈ですね。
4Gamer:
はい。
木曽 崇氏:
ですが,これは明らかに問題です。団体の代表としてインタビューに答えた方(関連リンク1,関連リンク2)の説明どおりのシステムであるなら,間違いなくアウトだと考えています。
4Gamer:
どこに問題があるのでしょうか。
木曽 崇氏:
e-Sportsで扱われる「競技」には,フィジカルスポーツと決定的に異なる点があります。それは当該「競技」が,「特定の企業が作って販売する,いち商品」でしかないということです。
この点においてe-Sports「競技」のプロモーションは,特定商品のプロモーションにほかなりません。だからこそ,そこに景表法という法律が関係してくるわけです。e-Sportsの賞金制大会をフィジカルスポーツに重ねて語るときは,いまお話しした両者の差異を前提として語らねばなりません。
ゴルフを含めて多くのフィジカルスポーツは,その権利が誰に属すわけでもない,パブリックなコンテンツです。ある大会へ参加するにあたって,特定の企業が販売する商品を購入する必要はありませんし,商品の購買それ自体が競技上の優劣を生むわけでもありません。なので,特定のフィジカルスポーツ大会に,ある用具メーカーが高額賞金を積んでも,それは「商品の販促行為にはあたらない」と解釈されるのです。
逆に言うと,特定企業が販売する商品そのものであるゲーム,それを使った大会にこの理屈をそのまま持ってくるという論は,そもそも成り立たないんですよ。
4Gamer:
言われてみれば確かに……。
一方で,完全な第三者が大会に賞金を提供する,というパターンも見受けられるようになってきました。これについても木曽さんはTwitter上で次のように疑念を示していますよね。
賞金の原資を中間組織に預けてそこが拠出したように見せる「賞金ロンダリング」は、限りなく「黒」だと僕は思ってるよ。消費者庁による類似する事案での見解では、中間組織を立てても消費者と事業者の間で実質的に顧客誘引の関係が成り立っていれば景表法の規制範疇に入る、との判断が出てる。
— 木曽崇@「夜遊びの経済学」6月15日発売 (@takashikiso) 2016年10月7日
その危険性はどこにあるとお考えですか。
木曽 崇氏:
かつて一部の業者が,「一見して非営利に見える団体を間に挟みながら,実質的にはゲームデベロッパが迂回して自社のゲーム大会に賞金を出す」という事業モデルを提案し,多くの企業を巻き込んで賞金付きゲーム大会を開催するケースがありました。
景表法の運用基準には,このような「賞金の迂回拠出」を禁止する規定があるのですが,その意味で当時の状況は,ゲーム業界にとってコンプライアンス上のリスクが非常に高い状況にあったと言えます。
4Gamer:
はい。
木曽 崇氏:
一方で,いまご質問いただいたように,真の意味で完全な第三者がe-Sportsの大会に賞金を提供するというだけのことであれば,何ら問題はありません。日清食品がスポンサーとなって賞金を拠出する「EVO Japan 2018」など,日本においても高額賞金を出せるモデルはあります。
また,完全な第三者が賞金提供を行うケースでなくとも,「基本無料で,かつ,大会においてプレイヤーのゲーム内課金状況が競技での勝敗に影響を与えない」というルールの下で開催される大会であれば,景表法の規制範疇にならず,ゲームパブリッシャ自体が高額な大会賞金を拠出しても問題ありません。
これは僕自身が,ノンアクションレター制度を通じた法令適用確認を2016年に行って,所管となる消費者庁から得られた公式回答に基づくものです。実際,この方式の下で適法で開催されている高額賞金大会の例もいくつかあります(関連リンク)。
4Gamer:
そういう判断をされているわけですね。
木曽 崇氏:
ともあれここで僕が強調したいのは,こういった問題について何か「方策」が語られるとき,しばしばナマクラな法律知識を基にした「こういうスキームでやれば大丈夫」というプランが示されるのですが,「スキームを介して何かをする」というのは無理だということです。
「こんな革命的なスキームがある。これを通せば問題ない」なんて便利なものは,景表法の範囲について言えば,正直言ってほとんどないですね。
4Gamer:
一度,うまくやった気がしたので,もう一度同じことをやろうとしたら規制当局が玄関口で待ってるとか,そういうイメージですか。
木曽 崇氏:
そういうことです。
この手の案件は,消費者庁から1つ「措置命令」などが入ると,大変なことになります。大きなゲームイベントになればなるほど,それに伴う騒ぎに巻き込まれる人や企業の数も多くなりますしね。
「なので,ことを進めるにあたっては慎重に進めましょう,それが業界の継続的な発展のためになります」というのが僕のスタンスです。
4Gamer:
分かります。
木曽 崇氏:
ただ,これも強調しておきたいんですが,僕は,カジノ研究者として日本の賞金付きゲームに関する規制緩和や新法制定を推進してきた立場であって,ゲーム業界の皆様に対して「こういうことはやめましょう」っていう話がしたいんじゃないんです。法律に則ってやれるものは,どんどんやっていくべきです。
そのうえで申し上げるなら,そもそも消費者庁は他の省庁と比べて非常に開かれた省庁であり,個別に「こういうケースはどうなるの?」と相談して尋ねれば,事前に答えてくれるんですよ。この点は風営法を所管する警察庁や,刑法賭博罪を所管する法務省などとは明確に違います。
僕自身がかつて利用したグレーゾーン解消制度(※5)などがその代表例ですが,個別の,具体的な事業計画に対して事前に法律の適用判断をしてくれる制度は整備されていますから,1つ1つ確認しながら事業を進めていくことができるんですよ。「だったら,そうやって慎重に進めていけばいいじゃないか」と。
「えいや」で進めちゃうことは可能でしょうけど,少なからぬ関係者に,本来なら回避できたはずのリスクを負わせながら事業を進めるという方向性には,疑問を感じずにはいられません。
※5 正確には「企業実証特例制度」および「グレーゾーン解消制度」。規制適用範囲が不明確な場合においても,事業者が安心して新規事業活動を行えるよう,具体的な事業計画に即して,あらかじめ規制の適用の有無を所轄官庁へ確認することができる制度である(関連リンク)。
4Gamer:
木曽さんのほうで,「プロゲーマー認定制度を消費者庁がどう見ているか」といった話は聞いていますか。
木曽 崇氏:
誰でも調べられる範囲のことしか僕も知らないんですが,そのうえでお話しすると,「プロゲーマー認定制度に対する消費者庁からの公式な回答は,今のところ出ていない」というのが答えになるでしょうか。
4Gamer:
公式な,ということは,非公式な回答はあり得る?
木曽 崇氏:
消費者庁に問い合わせれば,窓口担当の人が「一般論としては,こうですね」と話してはくれますね。
ただこれはあくまで一般論としての回答であって,個別事案に対する法令適用の形を担保してくれるものではありません。公式な形でそれを示してもらえるのは,先にお話ししたノンアクションレター制度などによる法令照会ですが,2018年1月15日の段階で公開されているものは存在しません。
ちなみに,ノンアクションレターでの法令照会を使えば,必ず所轄官庁は回答を出してくれます。というか,所轄官庁には回答する義務があります。なので,ちゃんと問い合わせをして,安全確認しながら進めていくべきなんですよ。
4Gamer:
安全第一である,と。
木曽 崇氏:
というかですね,法的に見た場合,刑法賭博罪に風営法,景表法といった具合で,日本という国は「ゲームの結果に対して賞金を出すこと」に対する規制が特殊,かつ非常に厳しいんです。
4Gamer:
それは何となく分かります。
木曽 崇氏:
一方で,ゲームそのものに対する,法の規制はそれほど強くありません。なのでゲーム業界の人は,どうしても「ゲーム業界側の空気」,あえて言えば「まずやっちゃって,何かあったら考える」というスタンスで物事を進めていく傾向があるように感じます。
でも,繰り返しになりますが,そこに賞金が絡んできたとたん,この国の法制度は一変して,とても厳しいものになります。これこそまさに僕の専門範疇にかかってくるわけですが,ゲーム業界の慣習で安易に物事を進めないほうが良いと僕は思っています。
射幸性とスポーツ――2つの異なる方向性
4Gamer:
これはカジノを研究されている木曽さんに対してとくに質問してみたかったことなのですが,そもそもe-Sportsに限らず,こういった競技会は,高額賞金がなくては盛り上がらないものなのでしょうか?
日本でのe-Sportsの議論を見ていると「高額賞金が出せないから盛り上がらないのだ」という意見が,決して少数派ではないように感じます。
その点は僕も疑問に感じています。
日本のe-Sports業界の方々は,e-Sportsをフィジカルスポーツと同じものとして語ることが多いですが,一般的なプロスポーツは第三者スポンサーによって成立しています。プロ野球にしてもJリーグにしても,そこは同じですよね。
プロ野球の選手は,決して「日本シリーズ優勝賞金」を目指して戦っているわけではありませんし,観客も「日本シリーズに優勝したチームはこんな巨額の賞金が得られるんだって!」というところで盛り上がったりはしていませんよね?
4Gamer:
ええ。
木曽 崇氏:
にも関わらず,日本のe-Sportsは,なぜかそこに「賞金」という射幸的な要素を持ち込もうとしている。それって本当に必要なことなんでしょうか?
4Gamer:
確かに……。
木曽 崇氏:
カジノが専門の私の目から見ると,日本のe-Sports業界の方々が目指しているのは,野球やサッカーのようなスポーツというよりは,私の専門範疇となるプロポーカーのような「プロの成立」様式のように思えるんですよ。
ポーカーは高額賞金あってのものですよね。
4Gamer:
ですね。
木曽 崇氏:
ポーカーにおける世界最高の賞金は日本円にして10億円オーバーで,しばしば「プロポーカーってこんなにすごい」という根拠にされています。
ただポーカーの場合,参加者全員が参加費を払って――つまり賭けて,そのカネを勝者が総取りするというのが大原則です。e-Sportsで言えば,本家の「EVO」(Evolution Championship Series)がこの方式を採用しています。
また,ユーザーのゲーム内課金を積み上げて賞金化する,「Dota 2」の世界大会「The International Dota 2 Championships」もこの方式に近いです。興行収入と第三者スポンサーによって業界が成立しているプロ野球やJリーグとは,完全に異なるシステムですね。
4Gamer:
「高額賞金」によって盛り上がっている競技はあるけれど,一般的な「スポーツ」とはシステムからして異なる,と。
木曽 崇氏:
そういうことです。でも日本のe-Sports業界は,なぜかこれを混ぜて議論しようとする人が多いですよね。
「じゃあ,別に参加費を払っているわけでもない,一般的なプロスポーツ選手は,高額なお金を得ていないのか?」と言えば,もちろん,そんなことはないわけです。
4Gamer:
それはそうですね。
木曽 崇氏:
Jリーグであれば,リーグが発展していくなかで,日本の選手が海外のクラブから注目され,億単位の年俸で移籍するということも実際に起こっています。でも繰り返しになりますけれど,これって「高額の賞金があったから」ではないんですよ。
Jリーグは1993年に,それまでの実業団方式をあらためてプロリーグとしてスタートしましたが,その成立の前提には,サッカーという競技を盛り上げてきた人達がいて,そこで競技してきた選手達がいて,彼らが作り上げてきた「サッカー人気」という基盤がありました。そういう基盤があったからこそ興行が成り立ち,試合のTV中継が実現し,そこにスポンサーが付いて,プロ競技として広く成立する環境が生まれたわけです。これは,賞金の設定とは何の関係もありません。
4Gamer:
選手がいて,ファンがいて,ファンのコミュニティがあって……という積み重ねの結果なんですね。
木曽 崇氏:
しかし日本e-Sports業界は,私の目から見ると,そういうスポーツ側ではなく,なぜか賭博側,ポーカーのような「プロ」の成立様式にわざわざ寄せてきているように感じられます。
もっとも,これは日本に限ったことではありません。英国ではe-Sportsのガイドラインを,ギャンブリング委員会(Gambling Comission)というギャンブル統制機関が出しています。
「e-Sportsは賭博になり得るのか,賭博になるならどう規制すべきか」。実のところこれは,ギャンブル業界の中で目下,生じてきている議論です。
4Gamer:
欧米におけるe-Sportsとギャンブルの関係という点においては,いわゆる「アイテムベット」問題も絡んできます。
木曽 崇氏:
もともと「Counter-Strike: Global Offensive」(以下,CS:GO)のアイテムベット問題(※6)に端を発した案件ですね。ゲームによる競技の結果とルートボックスが掛け合わさって,賭博になってしまったという。
※6 「第三者が行うゲームの勝敗に対して,CS:GOのゲーム内で使えるスキンを賭ける」というシステム。前提として,CS:GOのスキンはいわゆる「ガチャ」で提供され,希少スキンは「お金を払ってでもほしい」というユーザーがいるため,ここでスキンに市場価値が発生した。要は,いわゆるRMT(リアルマネートレード)と同じだ。結果,「換金性を持ったスキンをゲームの結果に対して賭ける」ことを手軽に行えるようにする第三者サービスWebサイトが爆発的に増大。「現金を賭けたスポーツ賭博」が禁止されている国や地域においても,迂回的な賭博として普及することになった。問題は,この賭博システムに世界中の未成年者が多数参加したことで,世界規模でさまざまな規制がなされるに至っている。ただし,この手のサービスがなくなったわけではなく,現在も問題は残る。
4Gamer:
ええ,それです。
木曽 崇氏:
実際,あの一件があったことによって,「アイテムベット問題とe-Sportsが合せ技になると,大変なことになる」という理解が生まれたんですよ。それを受けて最初に動いたのが英国のギャンブリング委員会です。
e-Sportsと賭博の境目がどこにあるのか,世界中でこの線引きを関係者が必死になってやっているというのが現状ですね。
関連する話題で言うと,大きな問題になった「Star Wars: Battlefront II」(PC / PlayStation 4 / Xbox One)のルートボックス問題(※7)にしても,各国から出ている意見書を見てみると,だいたいどこも各国の,ギャンブルを統制する行政機関が意見書を出しているんですよね。
そういう委員会が存在しない国では法務省などが見解を出していますが。
※7 いわゆる「ガチャは,ギャンブルなのではないか」問題。前々から疑問視されているグレーゾーンではあったが,Star Wars: Battlefront IIにおいて,そのIPの大きさもあり,世界規模で注目を集めた。現在,米国ハワイ州とワシントン州で規制に向けた政治活動が始まり,ベルギーではギャンブリング委員会が調査を継続中。また2017年末にはAppleが「App Store審査ガイドライン」(英語版のみ)を改定し「ガチャの排出率表示の義務付け」を明記したが,これもルートボックス問題の波及と考えられている。なお,「ギャンブルとしての規制に向けた活動が行われている」地域は,逆に言えば「現状ではギャンブルと見なされていない」ということでもある。
4Gamer:
「欧米においてe-Sportsは〜」といった議論をするにあたって,各種法的機関はいまそういうステージにいるわけですね。
ところで,e-Sportsが賭博側に寄せてきている,その発端というのはどのあたりにあったとお考えですか?
木曽 崇氏:
そこは自分にも分からないです。たとえば先ほどお話しした本家EVOやDota 2のシステムはプロポーカー路線ですよね。
でもその一方で,大会そのものが興行化していく方向性や,大会の放映権を売るといったスタイルも見られます。日本のe-Sports業界はいったいどちらを目指すのか。まずはそのあたりでコンセンサスを得る必要があるのではないかと思いますよ。
「オリンピック」は利用すべきだが,競争は厳しい
4Gamer:
もう1つ,e-Sportsで注目すべきは「オリンピック種目化」という構想かと思います。これについて,木曽さんはどのようにお考えですか。
木曽 崇氏:
大枠で言えば,オリンピック種目にe-Sportsが入っていく可能性はあると考えています。まず,2018年のインドネシア・アジア大会でデモ競技として採択されていますし,2022年にはメダル種目となることも発表されていますよね。
正直に申し上げて,ここまでに至った業界の努力は,素晴らしいと思います。
4Gamer:
ですが,「e-Sports」と言っても,そこで実際に何のゲームがプレイされるのかは見えてきていません。
木曽 崇氏:
そこですね。パブリックコンテンツとして成立しているさまざまな競技と比べ,ゲームはあくまでも一企業のものですから。
しかし,競技として採択する以上,これから具体的に競技種目を選定するタイミングが起こるでしょう。そして現実的な見方をすれば,どのゲームタイトルが正式採用されるかを巡っては,ものすごい規模の現ナマが飛び交う戦いになるんじゃないかなと思いますね。
4Gamer:
……実に生々しいですが,そうなりそうですね。
「オリンピック正式採用ゲーム」っていう肩書がもたらすであろう広告宣伝力って,計り知れませんからねえ。
関係者におかれましては,「ここから大変ですね」と申し上げるほかないところはあります(苦笑)。
4Gamer:
喜んでいいのか悲しむべきなのか,なんとも複雑な気分ですね。
木曽 崇氏:
でもこれも,ズバリ本音を言いますと,僕個人はこの状況を「羨ましい」と感じているんですよ。
4Gamer:
と言いますと。
木曽 崇氏:
正式採用タイトルをどうするかといったところも含めて,「e-Sportsをオリンピック種目に」という構想には,ものすごい規模のお金の匂いがするじゃないですか。
で,この強烈なお金の匂いがあったからこそ,アジア大会からオリンピックへとe-Sportsがつながっていく道が拓けたという側面は,確実にあるだろうと。
4Gamer:
これまた見事に生々しい話ですが,そういう見方は大いに可能かと思います。オリンピック種目が「テレビ映えするかどうか」で決まることもある時代ですからねえ。
木曽 崇氏:
実際,ポーカーや麻雀といった,いわゆるマインドスポーツをオリンピック競技へという流れは,e-Sportsの採用よりもずっと古い時代からあったんです。その1つの成果は,2018年のジャカルタ大会でコントラクトブリッジがデモ競技として採用された,ということですね。
でもこれって正直,長らく放置されていたものが,e-Sportsのオマケとして認めてもらった感があります。コントラクトブリッジはパブリックコンテンツで,お金の匂いがしない(笑)。少なくともスポンサーの目からは「お金」が見えてこないですよね。
ただまあ,アジア大会やオリンピック種目にe-Sportsをという論点と,日本のゲーム産業という論点を合わせて考えると,日本のゲームパブリッシャはこれからが正念場だとも言えます。コントラクトブリッジはあくまでパブリックコンテンツですが,e-Sportsの競技種目は,どれも各企業が権利を有する商業コンテンツですから。
4Gamer:
日本のゲーム産業も,この生々しい戦いの場に行くしかない,と。
木曽 崇氏:
「オリンピック正式採用ゲーム」を勝ち取るためには,行くしかないですよ。でもこれは,かなりシビアな戦いになるでしょう。
4Gamer:
詳しく教えてください。
木曽 崇氏:
まずオリンピック競技種目としては,「5大陸で広くあまねく楽しまれている」ことが必要となります。無論,競技人口が多いというのも重要です。
2020年の東京オリンピックでは主催者推薦枠で復活する野球だって,そもそも「日本や米国など,局地的に人気だけれども,必ずしも世界のスポーツとは言えず,競技人口もほかの国際スポーツと比べて少ない」ということで,2012年に五輪種目から外れているわけですよ。
野球ですら,競技人口や普及率が理由で外されるような世界で,日本が伝統的に強いコンソールゲーム,つまり専用ハードウェアの購買が必要なゲームは,PCやスマートフォンでプレイされるゲームに勝てるでしょうか?
4Gamer:
「プレイヤーの総人口」で見ても厳しいですし,日本のスマートフォンゲームも世界的に見ればあまり優位とは言えないですね。
木曽 崇氏:
PCゲームはそもそも日本が弱い分野ですし,スマートフォンゲームも,少なくともこれまでの日本のゲームは独自色が強すぎて,世界的タイトルになれていません。
となると,これから世界に向かってどうやって「日本のゲームをオリンピックに」を訴えていくのか。ここはちょっと分からないところがありますね。現状でも可能性があると言えるのは,一部の格闘ゲームのみではないでしょうか。
また,ライバル争いが激しいですよね。今年のアジア大会でe-Sportsがデモ競技として採用されるのも,2022年の中国・杭州大会でそれを正式種目化する為の「布石」であると言われています。そしてそうなる以上,どう考えたってAlibabaやTencentが全力で来ます(笑)。
4Gamer:
「League of Legends」のRiot Gamesを持ってるTencentが全力を出さない理由なんて,あるわけがないですよね。
それと勝負するとなると,確かに,極めてシビアな戦いになりそうです。
木曽 崇氏:
もう1つ気になるのは,ここで日本のe-Sports統合団体がどう動いていくのか,ですね。
これは真剣に考えなくてはならないことですが,「日本のゲームをオリンピック競技に」というのと,「日本の代表選手を大会に」というのは,必ずしも同じ方向を見た目標設定ではありません。
4Gamer:
日本のゲームがオリンピック種目になれば,日本選手は多少は有利になるでしょうが,確かにそこは分けて考えるべきことですね。
木曽 崇氏:
日本のゲームパブリッシャ側は,まず自社製品の公式種目化を目指すのでしょう。でもゲーマーサイドから見たら,「現時点でe-Sportsタイトルとして普及していて,世界中で皆が遊んでいるものでやりたい」という意見が出て当然だと思います。
4Gamer:
プレイヤー人口が多いほうが,競技環境として長続きしやすいですし,大会の頻度も多いですから。
木曽 崇氏:
一方で,2018年2月の「プロゲーマー認定制度」第一号の大会で採用されるタイトルを見てみると,世界のe-Sportsシーンにおいて主流のFPSやMOBAが,完全に「置いてけぼり」を喰らっている状態です。
ここにはe-Sports統合団体の持つ,独特の性質を感じてしまいますね。
4Gamer:
独特の性質,とは?
木曽 崇氏:
e-Sports統合団体は,純粋なプレイヤー団体でもなく,純粋なパブリッシャ団体でもありません。結果,プレイヤーとパブリッシャで見えているものが全然違っているのに,「1つの団体」として動く形になっている。
個人的には,ちょっとした不安を感じずにはいられないですね。
e-Sportsは単体で興行として成り立つようにすべき
4Gamer:
少し話は変わるのですが,GDC 2017の参加者に向けて事務局から出た「GDC 2018に向けた業界アンケート」というのがあります。
これはいくつかの質問を含むのですが,その中に「現在のe-Sportsは持続可能だと思うか」という設問がありました。
木曽 崇氏:
はい。
4Gamer:
この設問に代表されるように,欧米のゲーム業界では「現状のe-Sportsシーンは持続不可能だ」という指摘が散見されます。「大会コストが幾何級数的に増大するのに対して,大会収益の伸びがほとんど見られない」といった指摘ですね。
木曽 崇氏:
なるほど。
4Gamer:
もちろん,「基本的には持続可能だ」という意見もたくさんあります。ですが「GDCのアンケートで関係者に聞かれるくらい,e-Sportsの持続可能性というのはゲーム業界において注目される論点になったのだ」ということは,事実として押さえておくべきかと思うのです。
この点についての考えを聞かせていただけますか。
いまのお話にもありましたが,現状のe-Sportsが抱える最大の課題は「『試合を視聴すること』から金を取れるのか?」だと思います。
プロスポーツがシーンとして成立するためには,大前提として「それが興行として成り立っている」ことが必要ですから。
一番シンプルな例で喩(たと)えると,観客がチケットを買って,試合を観に行く。このチケット収入が,試合の運営コストよりも大きくなる。これが1つの理想でしょう。
でも現状,世界中を見渡しても,この理想が成立していそうな状況ってめったに見られないですよね。
4Gamer:
チケットを買って会場に行かなくても,動画配信サイトで普通に試合を見られてしまうことも多いですね。
木曽 崇氏:
じゃあそういった生放送を課金コンテンツにできるかと言えば,いまから方針転換するのは非常に難しいじゃないですか。
そしてこの,「興行として成り立っていない」というのが,現在のe-Sportsが抱える問題の根底にあるのかもしれない,とは考えています。
4Gamer:
「興行として成り立っていない」というところをもう少し詳しく聞かせてください。
木曽 崇氏:
プロスポーツが産業として成り立っていくためには,興行収入と放映権収入がビジネスの両輪となります。
そしてとくに興行収入は,施設の存続と興行運営事業者を支えるファクターになるんです。この前提に立って今のe-Sportsを見た場合,興行が成り立っていないわけですから,施設の存続と興行運営もビジネスとして成り立たなくなるんですね。
4Gamer:
そしてそのあたりがゲーム会社の「広告宣伝費」で賄われる,という構造ですね。
木曽 崇氏:
ええ。でもそれでは結局「e-Sportsはゲームの販促手段,言わば広告でありオマケである」というところから抜け出せませんよね。この構図では,景表法の規制範疇からも抜け出すことはできません。
e-Sportsをプロスポーツとして成立させ,かつそれが長く続いていくためには,ゲーム産業とは別に,e-Sportsが産業として単独でメシを食っていかなければならないんです。
4Gamer:
なるほど。
木曽 崇氏:
もちろん,そうではない方向性もあります。その好例が先ほどもお話ししたプロポーカーです。
繰り返しになりますが,ポーカーの大会は,参加プレイヤーが参加費を払って,それをプールしたお金から大会運営費を差し引いて,残った分を勝者が得るという構造になっています。この種のゲーム大会における産業構造は,基本的に運営と参加者の二者関係のみで成立するため,それが広くファンを集める「興行」として成立するかなどという議論は必要ないんですよ。
しかも,大きな大会であればここに付加要素として放映権収入を上乗せできます。継続的に大会を開いていける構造になっているんですね。
4Gamer:
近年のe-Sportsですと,大会運営側がそもそも観客を集めず,試合をストリーム配信するだけ,というモデルがあります。「ストリーム配信によって得られる広告収入を使って賞金を出す」といったシステムですね。
これについてはどうお考えですか?
木曽 崇氏:
そういった工夫は素晴らしいと思います。
何にしても,e-Sportsの大会が「ゲーム会社の広告宣伝費で動いている」状況からは,いち早く脱するべきでしょう。
デジタルダーツと同じ轍を踏まないために
4Gamer:
e-Sportsの現状にはさまざまな賛否の声がありますが,「e-Sportsなんてなくなってしまえばいい」と考えている人は,ゲーマーの中だと少数派かと思います。
では今後e-Sportsが独立した産業として盛り上がっていくにあたって,我々日本のゲーマーとしては,どのようにe-Sportsを応援していくべきなのでしょうか。
木曽 崇氏:
まず,今年のアジア大会は大きなプラスです。「公式競技化する」というのは,非常に大きなチャンスであり,これはどんどん使っていくべきだと思います。
そのうえで,日本のe-Sportsは,もっとプレイヤー中心で進められるべきだと考えます。
4Gamer:
そういった意見は,少なからぬ数のプロプレイヤーからも出ています。
木曽 崇氏:
オリンピックって,選手が参加するイベントですよね。そういうイベントに正式採用されようということであれば,それは当然,選手が中心となって考えていくべき話だろうと思います。
また,e-Sportsという競技をどうやって成立させていくのか,というのも真剣に考える必要があるでしょう。
e-Sportsという概念は世界中に広がっていますが,実態は個別のゲームタイトルに基づいたゲーム大会です。ここにおいてゲームパブリッシャにばかり向いた施策を進めれば,遠からず内部分裂してしまう可能性もあるわけです。
4Gamer:
開発各社としては必ず,「ウチのゲームを」ということになりますよね。
木曽 崇氏:
ですよね。なのでそうではなく,プレイヤーの声を集め,アジア大会に向けてつなげていく。やれ賞金だの,大会のスポンサーシップだのではなく,まずはアジア大会で日本代表が活躍できるような基盤を,プレイヤーを中心として作っていく。
それが一番,自然な流れだと思いますね。
4Gamer:
最後になりますが,ぜひとも伺っておきたいことがあります。
木曽さんは「慎重に進めるべきだ」ということを強く訴えてらっしゃいますが,「慎重に進めなかったときに起こり得ること」について,何か具体的なモデルケースを聞かせていただけませんか。
木曽 崇氏:
はい。
というか実のところ,僕が日本におけるe-Sportsの問題にここまで強く関わるようになったのには理由があるんです。何かと言えば,2005年頃に生じたデジタルダーツ問題ですね。
4Gamer:
そこもぜひ詳しくお願いします。
木曽 崇氏:
2005年頃,デジタルダーツは急激に流行しました。それこそどこのバーに行ってもデジタルダーツが置いてあったりしましたし,専業のデジタルダーツバーも急激に増えました。
ですがこのデジタルダーツは,当然の流れとして,賭博に関する規制が絡むようになっていきます。最初は友達の間で「一杯賭けて」対戦するといったところから始まりますが,そのような遊び方は,容易に「現金を賭ける」行為にまでエスカレートしてしまうわけです。
4Gamer:
ああ……。
木曽 崇氏:
当時は,僕も,僕の周囲の人たちも,その状況に対して「これは危ないですよ」という声を上げました。このまま野放図にやっていれば,絶対にどこかで警察が介入することになる,と。
でもデジタルダーツ側の人達は「そんなの関係ない」と,事業を拡大し続けたんですね。
4Gamer:
危険な雰囲気ですね。
木曽 崇氏:
ですよね?
その結果,ついに警察庁が「公式見解」を出し,全国一斉に「指導」が入りました。「デジタルダーツはゲームセンターのゲームと同じものであり,これを店舗に設置するなら,風営法に基づいてゲームセンターと同種の営業許可を取れ」と。
風営法上,ゲームセンターの無許可営業は刑事罰ですから,禁固刑まであり得る重篤な犯罪行為です。
こうなると,もうお終いですよ。デジタルダーツは市場から一斉に消え去り,チェーン展開していた大手企業はコンプライアンス上の観点から事業を別会社へ切り離すしかありませんでした。
4Gamer:
かなり大型のダーツバーが,ある日を境に突然バタバタと閉店していきましたが,あれってそういう流れで起きていたんですね。
木曽 崇氏:
僕の脳裏には,あのときの状況が今も浮かびます。そして,あれと同じことが起こるのが嫌なんです。少なくとも自分の目の届く範囲で,同じ状況が発生してしまうのをまた見たくはありません。
けれども,法的な検討が未熟なままe-Sportsが盛り上がれば盛り上がるほど,かつてのデジタルダーツの二の舞になる可能性は高まっていきます。そして一度そうなってしまえば,それは業界全体にとって不幸なことです。
僕は,もっと発展していく可能性があるものが目の前で潰れるところを,また見たくはないんです。
先ほどもお話ししたように,日本の法律は,射幸性が絡む業種に対し,非常に厳しい側面があります。そして今のe-Sportsが向いている方向がその領域に触れてしまう以上,「ひとまずやってみて,あとは成り行きでいきましょう」は通用しません。それは典型的な,業界が崩壊するパターンです。
我々は,デジタルダーツが残した教訓から学ばなければならないと思います。
4Gamer:
本日は貴重なお話,どうもありがとうございました。
木曽 崇氏個人blog「カジノ合法化に関する100の質問」
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