連載
【Jerry Chu】AIの進化はエースパイロットを「無能階級」にするか
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”のプログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
「エースコンバット7 スカイズ・アンノウン」(PC / PlayStation 4 / Xbox One 以下,ACE7)において,プレイヤーの最大の敵は自立型AIを搭載した無人機(ドローン)である。
ACE7が描くのは,架空の国家「オーシア連邦」と「エルジア王国」の間に繰り広げられる戦争。エルジア軍は強大なオーシア連邦に対抗するために,大量の無人機を投入する。主人公はオーシア軍のパイロットとして戦争に身を投じたが,早々に無人機の群れに奇襲される。有人機と比べて,無人機は耐久力が低いものの,数が多く敏捷性に勝る。プレイヤーにとって有人機以上の脅威だ。
プレイヤーは無人機と幾度となく矛を交える。数に物を言わせる小型無人機。鉄壁の守りを誇る無人防衛兵器。エースパイロット並みの動きを見せる新型無人機。多種多様な無人機はACE7における主要な敵であり,ストーリーの重要なテーマでもある。
現実世界における無人機
ACE7に登場する兵器には近未来的なSF要素が盛り込まれているが,現実の戦争において無人機は投入されている。ただし,こちらは遠隔操作型だ。
対テロ戦争において,米軍はパキスタンやイエメン,ソマリアなどの地域でドローンを展開し,テロリストの監視と暗殺を行ったとされている(※1)。
※1……The Bureau of Investigative Journalismによるドローン爆撃のデータ(パキスタン / イエメン / ソマリア)
だが,その運用は物議を醸した。ドローン爆撃には巻き添えの被害が伴う。ドローン作戦に参画した元米軍,Heather Linebaugh氏は以下のように述べている。
「皆さんに理解してほしいのは,たとえ雲の少ない晴れの日であっても,ドローンが撮影した映像のほとんどは,被写体が武器を所持しているか否かを判別できるほどに明瞭ではないことだ。最も優れたアナリストでさえ,武装の有無を確認することは難しい。『映像の画質があまりにも荒い。もし,あれが武器ではなくシャベルだったら……』私はいつもこんな疑念を抱いていた」(※2)
※2……The Guardianの記事より(引用元)
Netflixのドキュメンタリー「National Bird」(邦題:ドローン戦争の真実)では,3人のドローンオペレーターの告発を中心に構成されている。
ドローンによる諜報活動に従事したダニエル氏は「僕のドローンとの関与において,最も不安な点は不確実性だ。僕が殺したり,捕獲したりした対象は民間人だったのか,そうではなかったのか,まったく分からない」と語る。また,監視ドローンシステムに携わったリサ氏は「誰かが行って運転免許証を調べる?」「誰が生きるか,誰が死ぬかなんて分かる?」と,対象の身元確認が困難であることを指摘した。
さらに,The Guardianが制作したドキュメンタリー「Drone wars: the gamers recruited to kill」では,元ドローンオペレーターのMichael Hass氏が以下のように語っている。
「相手の顔が見えないから,誰を殺しているか分からない。見えるのはシルエットだけだから,乖離感を持ちやすく,人間への同情心も消えてしまう。相手が人間ではない何かに思えてくる。彼らは人間ではない,ただのテロリストであると」
ドローンオペレーターは戦場から遠く離れた安全な部屋で,カメラ越しに標的を視認して爆弾を落とす。戦場と乖離しているため,「自分は人を殺している」という実感がなくなるのではないか,相手への同情心を失うのではないかといった危惧を指摘しているのだ。
一方,Boston Reviewの記事「The Sound of Terror: Phenomenology of a Drone Strike」では,ドローンの映像に「音」が欠落している点に言及している。
「音が欠如したドローン爆撃の映像は,幽霊の世界に見える。そこにいる人間は殺される前でも,まるで生きていないようだ。視線は沈黙の上で浮かんでいる。批評家が危惧している乖離感の一部は,その沈黙に起因している」
ドローンオペレーターには現地の音が聞こえない。だが,現地の人間は逆だ。はるか上空に浮かぶドローンの姿が見えないが,プロペラの羽音は聞こえる。地上にいる人々にとって,その音はまさに恐怖の音だろう。いつ,どこで,また爆撃されるのか。常に不安と恐怖に怯えるしかないのだ。
スタンフォード大学とニューヨーク大学がパキスタンで実施した調査によると,ドローンの飛行エリアに生活する人々には予期不安と心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が見られ,ドローン爆撃を見たことがない人でもその羽音を聞くと恐怖を覚えるそうだ(スタンフォード大学の調査報告より)。
ドローン爆撃は味方の被害を最小に抑えながら敵を攻撃できる手段ではあるが,巻き添えの被害や兵士の乖離感,住民への精神的ダメージなど,倫理的問題を多く抱えている。
ゲームにおけるドローン
現代戦争を描くゲームにおいて,ドローンを思わせる演出は珍しくない。
「Call of Duty 4: Modern Warfare」では,プレイヤーは対地攻撃機のオペレーターとして味方を援護する。戦場を俯瞰する視点とモノクロで描かれる映像は,ドローンのそれを彷彿とさせるものだ。不明瞭な映像で敵味方を見分ける,敵の反撃を一切受けることなく一方的に砲撃できるといったドローン爆撃を思わせる点が多い。
2012年発売のミリタリーシューター「Spec Ops: The Line」には,離反した米軍部隊に砲撃するミッションがある。上空のカメラが送る映像を見て,白いシルエットに照準を合わせて白リン弾を放つ。そして作戦遂行後,主人公達は焼け野原と化した戦場に立ち,モノクロの映像からは想像できない,阿鼻叫喚の惨状を目の当たりにした。
敵兵だけでなく,一般人も爆撃の巻き添えになり,悶え苦しみながら息絶えたと知ると主人公達の精神が崩壊し始める。カメラの映像では敵兵と一般人の見分けがつかず,自身がもたらした破壊を実感できない。迫撃砲やドローンをはじめとする遠隔兵器の恐ろしさを感じさせるワンシーンだ。
ドローンをテーマとするインディーズゲームも存在する。
Molleindustriaによる「Unmanned」は,ドローンオペレーターである男性の1日を体験するフリーゲームだ。出勤前のヒゲ剃りに失敗すると顔に傷が付き,シューティングゲームでは敵の反撃をかわせないとゲームオーバーになる。だが,ドローンを操作しているときは危険もリスクも一切ない。撃墜されたら,新しい機体を用意すればいい。まるでチートであるかのように,敗北はあり得ないのだ。
長官と雑談しながら,標的を淡々と監視すればいい。ヒゲ剃りより,シューティングゲームより,ミサイルを撃つほうが容易である。海の向こうで人を殺しながら,家族と平穏な日常生活を送る。戦争に加担しているのに,その実感がない。「Unmanned」はドローンオペレーターが抱えている矛盾と罪悪感を指摘している。
Biome Collectiveの「Killbox」は,2人のプレイヤーがドローンオペレーターと一般人の視点を交互に演じるゲームだ。パキスタンの農村に爆弾を落とすドローンオペレーターは,まさにゲーム感覚でターゲットを破壊していく。
しかし,地上の一般人には悪夢そのものである。突如,轟音を浴びて周りの世界が一変する。視野がぼやけ,鮮やかだった景色は色褪せる。のどかに過ごしていた人々が逃げ惑う。
命令に従ってドローンを淡々と操作するパイロットによって,平穏な生活と大切な隣人が何の理由もなく,一瞬のうちに奪われる。そこには大人と子供の区別もない。ドローン爆撃の残酷さが生々しく伝わってくる。
エースパイロットが「無能階級」になる
ドローンに批判的なビデオゲームは多い。冒頭に触れたとおり,ACE7に登場する無人機も主人公の敵である。
作中では無人機による巻き添えの被害や,オペレーターの精神への影響といった倫理的問題は描かれない。ACE7の無人機はむしろ,有人機より人道的で優れた兵器として描かれている。
オーシア軍の有人機が民間の死傷者を出している事態に対して,無人機を大量に投入するエルジア軍は一般人を傷つけることなく,オーシア連邦の軍事施設への正確無比な爆撃を仕掛けた。
無人機に搭載されるAIはエースパイロットの動きを学習し,プレイヤーの仲間を次々と撃ち落としていく。人間よりクリーンで高度な戦い方を見せつけられ,人間のパイロットは存在価値が脅かされる。パイロットの尊厳を脅かす無人機を,エースは超えられるのか。
「Unmanned」や「Killbox」は実際に行われているドローンの軍事利用をテーマにしているが,ACE7の無人機はドローンではなく,人工知能と機械工学がもたらす脅威を象徴する存在だ。
以前のコラムでも綴っているが,近年はAIが目覚ましい進化を遂げている。チェスや囲碁,ビデオゲームなどのさまざまな分野において,AIは人間を凌駕しており,将来的に社会と経済を大きく変革させるだろう。
歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書「21 Lessons for the 21st Century」において,AIは人間の仕事にどのような変化をもたらすかを予測している。
人間の労働者には物理的能力と認知的能力がある。機械による自動化によって,農業や工業などの物理的な労働が求められる分野では人間の力が必要ではなくなったが,その代わりにサービス業や知識産業が勃興した。だが,昨今のAI技術の発展は,人間の認知的能力の優位性を脅かすものだ。
AIが人間を遥かに超えた問題解決能力と情報処理能力を備えることは,IBMワトソン(IBMが開発した質疑応答AI)やAlphaZero(GoogleのチェスAI)などが証明している。さらにAIはいくら働いても疲弊することなく,感情に左右されず,ネットワークを通じてAI同士の情報交換が可能といった,人間が持ち得ない優位性が存在する。
いずれはバイオテクノロジーと融合することで,人間の意図を察知したり,感情を動かしたりすることも可能になるだろう。運転手から作曲家,医者などといった人間のプロも,AIに淘汰されるかもしれない。
AIが台頭した時代に労働者としての価値を保つには,自身の専門分野がAIに自動化されるたびに新しいスキルを習得していかなくてはならない。だが,それは多大な精神力を要し,誰しもができることではない。こうして,AIに労働者としての価値を奪われた「無能階級(useless class)」の出現を,ユヴァル・ノア・ハラリ氏は指摘しているのだ。
ACE7のパイロット達は,まさに「無能階級」になるところだった。安全性も戦闘力も,無人機は人類を凌駕した。
自動運転車が普及すれば,交通事故が減ると期待されているように,作中の無人機は民間の被害を最小限に抑えた。AlphaZeroがわずか4時間の自己対戦でチェスをマスターしたように,作中の無人機はエースパイロットの飛行データから圧倒的な戦闘力を手に入れた。ACE7の無人機は,AI技術の直喩として捉えられる。
AI技術は軍事に限らず,あらゆる専門分野に波紋を呼ぶものだが,エースコンバットシリーズはこのテーマにとりわけ適していると思う。
タイトルのとおり,「エース」は中核となるコンセプトだ。主人公トリガーは汚名を着せられて懲罰部隊に左遷されるが,その卓越した能力を買われ,やがてオーシア軍屈指のエースパイロットと認められる。
だが,AIが人間を凌駕した世界にエースは存在し得ない。類稀なる技量で他の追随を許さない者だけがエースと呼ばれる。しかし,その技量がいとも簡単に複製できるデータにになれば,エースの居場所はなくなる。AIを搭載した無人機は,エースの存在価値を「殺す」ものであり,主人公の最大の敵として立ちはだかる。
AIの進化に焦燥を感じるのは,エースパイロットだけではなかろう。職業と技能は,我々の人格を形成する重要な一部である。とくに職人や専門家,エキスパートと呼ばれる人は,自分の技術や知識に誇りを持っている。
AIが揺るがすのは,我々の生計だけではない。無人機がエースパイロットの価値を奪ったように,人間のプロがAIに取って代わられると,我々はアイデンティティをも失いかねない。
「Unmanned」や「Killbox」と同様,ACE7は無人機をテーマとしているが,その着眼点はまるで異なる。テクノロジーの進化は戦争に苛まれる者だけでなく,平和な国に住む我々をも脅かしているのだ。ゲームにおける無人機の描写の変化から,テクノロジーと社会の移り変わりをも垣間見ることができる。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”のプログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
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