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[CEDEC 2020] 黄金時代のナムコに学ぶ,ユニークなアイデアを出し続けるための手法とは
「パックマン」「ディグダグ」「マッピー」など,イノベーションとオリジナリティに溢れたゲームを連発した開発現場では何が起こっていたのか。そして,こうした作品を作った天才たちのように,コンスタントにアイデアを出し続けられるような手法は存在するのだろうか。天才のアイデア発想プロセスを明文化し,中村氏考案の「EMS Framework」で「集合天才」を作り出そうというのが,今回の取り組みなのだ。
中村氏は元・ナムコの開発者。盤面に文字をはめ込んで単語を生み出す「もじぴったん」シリーズを手がけたことで知られており,現在は神奈川工科大学で学生たちにゲーム作りを教えている。麺の湯切りに使う「てぼ」を実際に振る「ハイスピードヌードルアクション 湯切りの頂(いただき)」(関連記事)や,青森と北海道がリズムに合わせて戦う「アオモリズム」」(外部サイト)といったユニークな作品が,教え子たちから輩出されている。
しかしながら,こうした取り組みの陰には苦労もあるという。学生たちにはゲームデザインに関する知識や経験がないにも関わらず,コンテストなどにオリジナリティのあるアイデアを出さなければならない。
しかも,学生たちは毎年入れ替わってしまう。つまりは,“メンバーが入れ替わるチームで,オリジナリティのあるアイデアをコンスタントに出さなければならない”わけで,これはなかなかの難題だ。
ここで中村氏が注目したのは,1980年代のナムコが,オリジナリティのあるゲームをコンスタントに出していたこと。インタビューなどで調査を進めていったところ,自由な開発体制があったことが明らかになった。
この時期のナムコは,開発をスタートするのに社長決裁などが必要なく,開発部門の許可が降りただけでプロジェクトを進められたという。外野からの介入が少なく,ボトムアップで試作と改良をハイスピードに進め,コアメンバーはわずか数名であったそうだ。
「朝に問題を認識したら,昼に修正を実装,夕方にはそのレビューが行われる」という感じだったそうだから,現代では考えられないスピードである。
ゲームデザインについても,企画段階で決まるのは全体の半分であり,残りの半分は試作を繰り返しながら決まっていったという。例えば,「パックマン」は,パックマンがゴーストから逃げるゲームだが,「パワーエサ」を取った時だけはゴーストに逆襲できる。こうしたルールは企画の当初から決まっていたように思えるが,同作を手がけた岩田 徹氏によると,パワーエサは試作の途中から取り入れられたものだというから,驚くほかない。
このように,80年代ナムコのゲーム開発はスピード感をもって進められていた。その中でも,クリエイターの発想や審美眼といった,人間(天才)に依存する部分を現代に再現すべく,天才の頭の中で何が起こっているのかをモデル化した5つの仮説を立て,実行可能であるかを考察していったという。
・「天才はアイデアを生み出すスピードが凡人より遙かに速い」→「チームを組み,時間を掛けることで対応できるのではないか」
・「天才はアイデアの基となる知識や経験が凡人より多様かつ豊富である」→「チームで発想することで,1人の時より幅広い知識や経験を組み合わせることができるのでは」
・「天才はアイデアを生み出す時の視点がバラエティに富んでいる(天才は問題意識が凡人と異なっており,ズラした発想が出てくる)」→「アイデアを出す前に,どんな視点でアイデアを出すかを考えればいいのではないか」
・「天才はアイデアを生み出す際,(左)論理の組み合わせを試している」→「発想プロセスの中に『非論理発想』を組み込むとよいのではないか」
・「天才はアイデアについて妥当性のある評価を論理的に実行している」→「アウトプットの段階で,論理的な評価を加えてアイデアの絞り込みを行えばいいのではないか」
このように,天才の発想の多くは,チームを組むことによって再現できそうであることが分かった。とくに興味深いのが「非論理発想」。80年代ナムコでは,ありえない組み合わせを良しとする文化があったという。つまりは作り手のマインドセットで印象的なアイデアが作れるというわけで,ゲームに限らず企画を発想する人にとっては心強い実例といえるだろう。
こうした仮説を,普通の人が協力し合って力を発揮する「集合天才」の考え方と組み合わせ,学生たちでチームを組んでのゲームアイデア発想プロセスが考案された。
0:アイデア出しをするテーマについて情報収集を行う
1:アイデア出しをするテーマ,それ自体をブレインストーミングする
2:複数のアイデアで,中村氏考案の「EMS Flamework」を用いてブレインストーミングする
3:アイデアの絞り込みと改良・改善をチーム全体で行う
ここでとくにユニークなのが,アイデア出しをする前に,アイデア出しをするテーマについての話し合いを行うことである。
「ニーズ発想(求められていることからアイデアを出す)とシーズ発想(自分たちのできることからアイデアを出す)」,そして「常識発想と非常識発想」という2つの軸で座標平面を作り,メンバーから出されたアイデアを1つ1つここに張り付けていくのだ。
たとえば,テーマがゲーム作りである場合,「これまでの顧客」をターゲットとするなら,ニーズ発想・常識発想寄り。一方,「ゲームをまったく遊ばない人」なら,ニーズ発想ではあるものの,非常識発想寄りとなるわけだ。
こうした2軸を意識することにより,メンバーの発想も変化してくるという。ゲームに用いる機器を考えるにしても,シーズ発想・常識発想寄りの「スマホのセンサーを使ったゲーム」という案だけでなく,シーズ発想・非常識発想寄りの「ディスプレイを使わないゲーム」という案が出てきたりもする。
こうして,座標平面にバランス良く配置できるようにアイデアを出していくと,テーマが決定するのである。
次は,先に決められたテーマを用い,「EMS Flamework」によるブレインストーミングを行い,アイデアを出していく。「EMS Flamework」は,「パックマン」の岩谷 徹氏が語った「動詞でゲームを発想する」というやり方にヒントを得て中村氏が考案した手法だ。「○○を××して(手段),□□を△△する(目的)ゲーム」というように,手段と目的を組み合わせることでゲームを発想していく。
こうすると願望や欲求が出やすいため,アイデアが自然に面白そうなものになり,ゲームデザインの知識がなくてもゲームのアイデアを発想できるのだ。
では,どれ位のアイデアを出せばいいかというと,中村氏いわく「最低ラインは1000個」であるという。とにかく数を出していくことにより,素早く沢山アイデアを出す天才を目標としたアウトプットを行っていくわけだ。1000個というと途方もないように思えるのだが,慣れてくると1分で1個程度を出すことができ,5人いれば3時間ほどで達成可能な数だという。
もちろん,1000個のアイデアをそのままゲームに取り入れるわけにはいかない。そこで,「CEDEC 2019」で中村氏が発表した,投票をベースとした手法でアイデアを絞り込んでいく。
メンバーがアイデアに対して多重投票を行ったあと,自分が投票したアイデアが「なぜ良いと思ったのか」をプレゼンし,チームにとって何が良いことであるかの評価軸を決めていく。その後,残ったアイデアに対し,先に決めた評価軸のそれぞれにおいて「評価できる」とした数を集計し,このアイデアはどの評価軸においてどの程度の強さを持つのかを数値化する。
そして,高得点を得たアイデアを並べ,評価軸に基づいて足し引きを行い,すべての評価軸において満点が出るまでブラッシュアップを繰り返す……という手法だ。詳しくはCEDEC 2019のレポート記事(関連記事)を参照してほしい。
一見難しそうな手法ではあるものの,複数チームを使えば1〜2日でユニークなアイデアを複数得られるというから魅力的だ。もちろん,実際にゲームを作ってみたけれどうまくいかなかった,ということも起こる。しかし,この手法ならアイデアをコンスタントに出せることが分かっているため,手戻りのリスクも低いという。
「湯切りの頂」を制作した時がまさにこのケースで,ゲームを試作したものの面白くない状態だったため,最初に戻ってアイデアを出し直したところ,湯切りをゲームにするという発想が生まれたそうだ。
プロジェクトにおいては,手戻りのリスクを恐れるあまりにここまで思い切った手を打てず,最初のアイデアに固執して失敗する例も多いが,そうしたときに有効な手段であると感じられた。
最初のアイデアは大ざっぱで良いので,まずはプロトタイプを制作して少人数チームで試作を繰り返すというこの手法。オンラインでも可能だし,2〜3人,なんなら1人という少人数からも行えるという。
ゲームに限らず,企画を考える人にとって「いいアイデアがコンスタントに出せる」というのはありがたいし安心感もある。また,少人数チームでも可能という辺りはインディーズゲーム制作にも向いているのではないだろうか。本当によいアイデアは,その完成度にかかわらず,次々と新たなアイデアを呼び込む「アイデアのマグネット」になるという。興味のある人は,メンバーを集めて試してみてほしい。
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