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[CEDEC 2021]複数名のシナリオライターがどのように共同作業を進めるべきか。アカツキが考える“至高のシナリオチーム”の作り方
近年のソーシャルゲームやスマートフォン向けゲームでは,ゲーム内シナリオやテキストのボリュームが次第に大きくなっている。実際の開発現場では,複数名のシナリオライターによる共同作業が行われることになるが,さまざまな理由によってメンバー同士のコンフリクト(衝突)が生じやすいそうだ。
今回の講演を行った水野崇志氏は,2017年よりゲーム開発/運営会社のアカツキにてシナリオマネージャーを担当し,上記の改善に取り組んできたという。海外ドラマなどの脚本における製作手法の「ライターズルーム」「ショーランナー」の導入事例を交えて語られたので,本稿でレポートしよう。
同時に,いくつかの問題点も浮き彫りとなっている。なかでも深刻なのは,参加するシナリオライターによってキャリアやバックボーン,そして常識などが異なることにより発生するコンフリクトだ。
多くのシナリオライターは,これまで個人や数人規模での作業経験が多いとのことで,判断基準や価値観はまちまちである。当然ながらシナリオライターも,クリエイターの1人として,自身のアウトプットに対してプライドを持っているはずだ。そういった人たちによる大規模な共同作業では,些細な認識の違いによる衝突が起こりやすいという。
例えば,あるシナリオライターとっての「クオリティ」「常識」「面白さ」「普通」「前職では***」といった言葉が示す内容は,別の人にとっては異なることが往々にしてあるという。こういった認識の違いや,些細なすれ違いに起因するトラブルは,どの環境でも起こりうるだろうが,ゲーム開発においてはとくに顕著のようだ。
ちなみに,本講演の題名になっている“至高のシナリオチーム”にしても,人によって解釈が異なる。「クオリティを最重視したクリエイティブなチーム」「メンバーに優しい居心地の良いチーム」「有名ライターが集まるチーム」など,イメージするものはそれぞれだろう。
だからこそ,大規模人数による共同作業を行う際は,各担当者の作業内容を冷静に観察してディレクションを行う,シナリオディレクターの存在が欠かせないと水野氏は語る。シナリオライター同士の認識の違いにいちはやく気付き,必要に応じて判断結果だけでなく根拠とともに言語化し,開発タイトルの方針や各仕様を把握したうえで,チーム運用が円滑に進むように全体をとりまとめる存在が必要だ。
ただ,こういったディレクションの作業を適切に行うのは,一筋縄にはいかないようだ。シナリオライターにとっては,手掛けたシナリオやテキストは愛着もひとしおだろうし,仮にそれを無下に否定されれば良い気はしないはず。ディレクターからの指示内容が,ロジックとして理解できなければ尚更であろう。そのためディレクターから注意を行う際も,感性ではなくロジックで,かつ適切に言語化せねばならない。
上述したとおり,複数のシナリオライターによる共同作業は,近年になって需要が高まっている。現在はディレクター業を担える人物はまだまだ少ないため,アカツキでは社内の各プロジェクトにおけるリーダーを集めてノウハウ共有を行い,そこから各チームへ伝達し,改善に努めている。その結果,シナリオライター同士のコンフリクトが減少するとともに,業務に対する満足度も大きく向上しているとのことだ。
シナリオ製作における作業効率化に取り組む水野氏は,海外ドラマの脚本製作において取り入られている製作手法・役割の「ライターズルーム」「ショーランナー」にも着目しており,アカツキでも導入を進めているという。ライターズルームとは,脚本家やシナリオライターらが集まって,ストーリーについて議論を行う手法である。そしてショーランナーは,脚本家を中心とした製作総指揮を差す映像業界用語で,日本語に訳すると「脚本総指揮」あるいは「製作責任者」といったところだ。
例えばだが,複数シーズンにわたるような海外ドラマのシナリオは,1人のシナリオライターだけでは到底書き切れないボリュームである。実際の作業現場においては,ときとして15〜20人が3〜6か月にわたって,ライターズルームを通じてシナリオを製作しているそうだ。また,全体のストーリーや各エピソードの構成などに,シナリオライターの全員が関わっており,それによってドラマ全体での統一感が保たれるなどの各種メリットが生じているという。
◎ライターズルームに必要な作業環境
・ルール:ショーランナーの判断基準を明確にする
・ホワイトボード:決定事項などを常に参加者へ明示する
・付箋:参加者からのアイデアを張り出す
・会議室:対象のIPや関連資料を用意し,議論を行う
ライターズルームは大きく分けて,コンペティション形式とブレーン・ストーミング形式の2種類がある。両者は主に,ライターズルームにおける情報を,ショーランナーがどのようにキャッチアップするかが違っている。
コンペティション形式では,各シナリオライターが個別に脚本を考えて提出し,それらに目を通したショーランナーが,独断でピックアップして脚本を製作する。ハリウッド映画で多く使用される製作フローで,ショーランナー個人のカラーが色濃く反映されやすい手法だそうだ。
一方のブレーン・ストーミング形式では,あらかじめ製作したパイロット版をもとに,大勢の脚本家が集まってアイデアを出し合う。そして全体の構成を皆で決めた後,ショーランナーが各話を担当する脚本家をそれぞれ割り当てるという流れとなる。現在の海外ドラマでは,こちらの手法が採用されることが多いとのこと。
水野氏が今回着目しているのはブレーン・ストーミング形式で,参加者が自分のためでなく,作品のためにアイデアを出し合うという部分に強い関心を持っているとのこと。ゲームシナリオの共同作業においても,きっとプラスに働くのではと感じて,アカツキでも導入を進めたという。
実際にアカツキでライターズルームを開設しようとしたところ,同時期にコロナ禍を迎えたことで,リモートワークの導入も合わせて行うこととなった。
上述した「ルール」を除く3つは,リモート向けにPC上で利用できるシステムを構築する必要があった。こちらに関しては,「Googleスライド」+「ライターズルーム用の自作テンプレート」による環境を構築したところ,むしろオフライン環境より作業しやすいのではと感じているそうだ。
一方で今後の課題として,ショーランナーにとっての作業難度が高いことが挙げられた。ライターズルームでは,シナリオライターからのアイデアが次から次へと出てくるが,それらに対してどのようにジャッジを行うべきか悩ましい部分があるとのこと。
しかしトータルで見ると,適切なルールとツールをもって運用すれば,リモートにおけるライターズルームは十分に現実的だと感じているという。
実際にライターズルームやショーランナーを導入した水野氏は,スマホゲームのシナリオ作成との親和性の高さを感じている。
本講演の前半部で,シナリオライター間で認識のズレの排除や,ディレクターの必要性が述べられているが,これらはそれぞれ,ライターズルームの運用とショーランナーにあてはめて考えられる。
また,シナリオライター間でコンフリクトが生じた背景には,シナリオライターの多様化がある。これに関しても,今回採用したブレーン・ストーミング形式では,シナリオライターの多様性をキャッチアップしやすく,相性が非常に良い。つまり,シナリオライターの共同作業環境(=マネージメント面)を改善したことが,クリエイティブ面にも良い形で反映されているのだ。
本講演の最後に水野氏は,マネージメントとクリエイティブのどちらか片方だけではダメだと語っている。たとえゲームタイトルが成功できたとしても,チーム内の人間関係でトラブルを起こしたり,退職者を出してしまったら,結局のところチーム全体としては弱体化してしまうからだ。マネージメントとクリエイティブを両立することで,はじめて「至高のシナリオチーム」を実現できるとのことだが,これはシナリオチームに限らず,多くの分野に通じる考え方ではないかと個人的に思えた。
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