定義があいまいな状態でバズワード化する“メタバース”。近年の動向やマーケティングの導入事例などが語られた2講演をレポート

　テンセントジャパンは2022年1月25日，オンラインイベント「Tencent Cloud Day2022」を開催した。
　このイベントでは，同社が提供するクラウドサービス「テンセントクラウド」を中心とした講演が数多く行われた。本稿では，新たなキーワードとして大きな注目を集める“メタバース”に関連した，2本の講演をまとめてレポートしよう。

講演「メタバースの世界的な潮流と主要プレイヤーの動向」

　最初に紹介するのは，「メタバースの世界的な潮流と主要プレイヤーの動向」と題された講演である。VRやAR，そしてメタバースの専門家である久保田 瞬氏が，昨今のメタバースにおける世界的な潮流や，その未来などを解説した。

講演を行った株式会社Mogura 代表取締役 / Mogura VR News 編集長の久保田 瞬氏

　久保田氏によると，2021年の後半ごろからメタバースへの関心が世界的に高まっているという。その最大のポイントとなったのは，2021年10月28日にFacebookが社名をMetaに変更したことだ（関連記事）。この社名変更は，SNSの世界最大手メーカーが，ビジネスの主軸をメタバースへ移すことを意味しており，投資家らを含めた各方面へ多大な影響を与えたという。

　現在はMicrosoft，NVIDIA，NAVER，Dropbox，Tinderなど，大手テック企業のCEOらが続々とメタバースへの参入を表明している。これらの動きがニュースで大々的に報じられることで，メタバースという“単語”は，一般層も含め広く認知されているそうだ。


　しかし，メタバースの“定義”は，各社によって解釈が大きく異なっていると久保田氏は指摘する。そして，定義があいまいな状態で広く浸透し，バズワード化したことで，さまざまな混乱も生じているそうだ。
　実際のところ，「メタバースって結局なんなの？」「これまでVRやMMORPGなどで表現されていたモノの言い回しが，メタバースに置き換わっただけじゃないの？」といった疑問を抱いている人は多そうである。

メタバースの独自解釈の一例として紹介されたNianticの資料（外部リンク）。現在広まっているメタバースに対し“現実を捨てて仮想世界に逃避”と非難する一方，「Pokémon GO」などによる「現実世界のメタバース」（Real World Metaverse）なるものを推進している

　そもそも，メタバースという概念や考え方は，近年いきなり湧いて出たものではない。例えば，メタバースの構成要素として挙げられることが多い仮想空間に関しては，チャットサービスの「Habitat」や，数々のMMORPGがとうの昔に実現している。また，近年急増しているVR関連のサービスやVTuberも，自身の分身となるアバターを操るという面においてメタバース的といえる。これら各種サービスの経験者にとっては，「なんで今更メタバースとか言ってるの？」と思えるかもしれない。

今のメタバース≠未来のメタバース

　いったいなぜ，上記のような混乱が生じているのか。その原因の1つとして久保田氏は，Metaが提唱するメタバースの定義と，現在急速に知れわたっているメタバースの指すものが大きく異なっているからだと指摘する。


　ひとつの例を挙げると，現在多くの人がイメージするメタバースは，それぞれのサービス事業者が提供する，クローズドな仮想世界に近い。しかしMetaが提唱する，いわば“未来のメタバース”では，ゲームや仕事，ショッピング，友達とのコミュニケーションなど，それぞれにサービス/プラットフォームが用意され，それらが互いに連携し，プレイヤーが操るアバターが自由に行き来できるような仮想現実を想定している。
　そのほかにもMetaは，未来のメタバースにおいて必要な要素を計8つ示しているが，今のところ，そのほとんどは実現できていないとのこと。

Metaのマーク・ザッカーバーグ氏が定義するメタバースに必要な8要素（左）と，投資家のMatthew Ball氏が定義する7要素（右）。メタバース界の最先端を行く人物でも，その定義や解釈はまだ完全には一致していないようだ

　未来のメタバースの概念が斬新であるため，第三者に端的に伝えるのが難しいところも，混乱に拍車を掛けているのではと久保田氏は推測する。氏によると，未来のメタバースを表現するために最もしっくり来る言葉は「3次元のインターネット」だそうだ。
　また，画面内のアバターを動かすのではなく，VRなりを利用して直接体験できるものであるのが，望ましいとのこと。

未来のメタバースへ向けて各社が着々と準備

　Metaが提唱する未来のメタバースが実現するのは，今から5年後か10年後，あるいはもっと先になると見られている。つまり，現在メタバース界隈が盛り上がっていても，それによって新たなビジネスがいきなり創出されるとは限らない。現時点では過度な期待は禁物だと久保田氏は警鐘を鳴らす。


　もちろん，現在はMetaが年間1兆円以上を投資しているのをはじめ，メタバースの関連分野では多くの会社が研究開発を行っている。今すぐ実現するわけではないにせよ，未来のメタバースに向けて各方面が着々と進化すると思われ，また，その過程で各種サービスにも良い影響が期待できるだろう。
　個人的には，昨今のバズワード化するメタバースに対する疑問が少し晴れるとともに，未来のメタバースに期待をしたくなる講演であった。

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講演「メタバースがもたらす未来の可能性」

　続いて紹介するのは，「メタバースがもたらす未来の可能性」と題された講演である。講演を行った西口雅幸氏は，Synamonにてビジネス向けVRサービス「NEUTRANS」などを手掛けている。同社は，メタバース関連のコンサルタント及びマーケティング業務なども行っており，上述した久保田氏とは別の立場で，現在のメタバースにどのように関わっているのかが事例とともに紹介された。

講演を行ったSynamon取締役の西口雅幸氏

　西口氏や同社は，現在注目されるメタバースの定義について，「3DCGの技術でバーチャルな世界を構築し，複数人が同時にその空間にアクセスしたうえで，さまざまな活動を出来る仕組み」と解釈している。また，SF映画の「マトリックス」「レディ・プレイヤー1」などを引き合いに出しており，どちらかというと仮想世界全般に近いものをイメージしているようだ。

　そして，仮想世界が身近な存在であることに加え，先ほどの講演でも紹介されたFacebookのMetaへの社名変更や，人々のアクセス環境の整備，ライフスタイルの変化など，さまざまな要因が相まって，昨今の高い注目へと結び付いていると言う。


　メタバース関連のコンサル業務などを行う同社としては，仮想空間の活用によるマーケティング効果にも期待しているという。
　まず，仮想空間で自社をリッチかつユニークにアピールすることで，ブランディングの向上が見込める。また，現在は各種メディアがメタバース界隈に注目していることから，大きなPR効果も望めるだろう。とくに若年層に対しては大きなアピールを期待しているそうだ。


　現在すでに，仮想空間を用いたマーケティングが一部で行われている。講演ではGUCCI，日産自動車，三井住友海上火災保険，内閣官房，三越伊勢丹などの事例が紹介されたので，詳しくは以下の各スライドを確認してほしい。

メタバースが当たり前の時代に向けて

　将来的には，従来のVR/AR/MRをひっくるめた「XR」などの各種テクノロジーの進化・普及などにより，メタバースはより身近な存在になっていくと西口氏は語った。まるでWebサイトを作る感覚でメタバースの世界を構築したり，各企業が作った「ホームワールド」を気軽に訪問したりと，前向きな見方をしているようだ。


　とは言え，メタバース活用の現状としては，コストの高さや，VRデバイスの普及率の低さなど，多くの課題を抱えているという。また，メタバースがバズワード化していることもあるのか，企業が新たに取り組もうと考えても，何から手を付ければ良いのか分からない，といった相談を受けることもあるそうだ。


　そういったなかSynamonは，法人向けのメタバースの構築支援サービスを2021年11月に開始したという。3DCGクリエイターによるメタバース体験の構築や，独自アプリケーションの開発によるブランディング創出などを行っており，いくつかの構築事例もあるとのこと。Metaが提唱するような未来のメタバースではなく，“現在のメタバース”に対して何ができるのか，西口氏らは考えているようだ。

「テンセントクラウド」公式サイト