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戦時中でのゲーム制作やプレイにはセラピー的な側面も。戦争ゲームが伝えるウクライナの今と未来
ロシアが侵攻を開始した2022年2月以降,ウクライナにおけるゲーム業界の混乱した状況については,「奥谷海人のAccess Accepted第716回:ウクライナ侵攻でゲーム業界はどう動いたか?」でも紹介したが,ウクライナには個人レベルで活動するデベロッパがたくさん存在し,彼らの作品はSteamやItch.ioなどで広くリリースされている。
これらのデベロッパは紛争当初,「ウクライナで何が起こっているのかを伝える」という目的でゲームを利用する傾向が多かったと,コット氏は述べた。
コット氏が最初に紹介したのは,Itch.ioで無料でリリースされている「What’s Up in a Kharkiv Bomb Shelter?」(itch.io)だ。
これは紛争当初,何をどのように表現すべきかがわからず,しかし自身の状況を何らかの形で伝えたかったクリエイターが開発したアドベンチャー風シミュレーションゲームだ。自分では解決できない問題の傍観者としてプレイし,シェルターで共に過ごした人々へのインタビューに基づいたストーリーが展開されるという。
なお,「What’s Up in a Kharkiv Bomb Shelter?」の開発者であるDahuanna氏はItch.ioで,「避難後のボランティア活動の合間を縫って,このゲームを作り続けた。安全な場所で仕事をすることは喜びであり,少なくとも一時的には緊張から解放された」と述べている。これは,開発者が自身の“セラピー”の一環としてゲーム制作を行ったという,面白い一面を示している。
ウクライナの現状を伝えるためにゲームを活用するという意味では,「第739回:今だからこそ,戦争ゲームについて考える」で取り上げた,Starni Gamesによる「Ukraine War Stories」も1つの例としてあげられる。
このように,戦禍に見舞われたウクライナ人たちの実体験が,インタラクティブなドキュメンタリー番組のような形を成し,ゲームという媒体を介して全世界に配信されていく様子は,時代の動きを表したものとも言えるだろう。
この50分に及ぶ講義では,ウクライナ紛争をテーマにしたゲームが50作品も紹介された。ここからは,筆者がとくに気になった作品をいくつか紹介しておこう。
e-Bayraktor
ウクライナ軍に供与されたトルコ製UAV“バイラクタル TB2”を駆使して,ロシア軍の侵攻を食い止めるという「e-Bayraktor」は,2022年初頭に公開された携帯向けアプリで,その後は同国のデジタル変革省の公式アプリ「Diya」に組み込まれた。こうした「抵抗」をテーマにした作品も,ウクライナ紛争関連ゲームではトレンドになっている。
Death from Above
RockodileとLesser Evilによる「Death from Above」は,“スーパードローン”を駆使してタンクやバンカーを破壊していくというアクションゲーム。Steamでは5月25日にアーリーアクセス版がリリース予定だ。
Grand Theft Tractor: Ukraine(itch.io)
Farmers Stealing Tanks(itch.io)
Tanks vs Tractors
乗り捨てられたタンクを牽引するトラクターのニュース映像を見た人も多いはず。そうした“強敵に対する弱者の勝利”という方程式はゲームに組み込みやすいためか,トラクター関連のゲームも多い印象を受けた。こうした作品は,戦禍に巻き込まれている人々の精神面を支える大きな「モラルサポート」にもなっているという。
「Russian Warships, Go F*uk Yourself」(itch.io)
2022年4月にロシア海軍の巡洋艦“モスクワ”が沈没した事件をテーマに開発が進められているアクションゲームで,開発元のMartian Teapotsが紛争中にリリースした「Trash is Fun」というドタバタ系協力アクションゲームがベースとなっている。
コット氏が「栄光モノ」と称する一連の作品の1つで,こうしたゲームは「Slava Ukraini!」(ウクライナに栄光あれ)というスローガンで締めくくられ,無料で公開する代わりにウクライナ政府や国際機関への寄付を呼びかけることが多い。
Sunflowerslap(ithc.io)
Native Games Studioの「Sunflowerslap」は,プーチンに似た男性をヒマワリの花束で叩くだけのゲーム。とてもチープな内容に感じるかもしれないが,自分たちではどうすることもできない紛争に対し,市民がストレスを発散する手段として,このようなゲームがセラピー的な効果を持つ可能性はある。ヒマワリはウクライナの国花であり,おばあさんが「あなたたちの亡骸を見つけたらポケットに種を入れておくわ。戦争が終わって花を咲かせると,あなたたちの居場所がわかるから」と語る様子が報道番組で伝えられ,抵抗の象徴にもなった。
Ghost of Kyiv
Ghost of Ukraine
Destroy the Invaders
多くのロシア軍戦闘機を撃墜したとされる謎のパイロット“キーウの亡霊”こと,故ステファン・タラバルカ(Stefan Tarabalka)少佐を題材にしたゲームも多く生み出された。今回のセッションでは,「Ghost of Kyiv」「Ghost of Ukraine」「Destroy the Invaders」などの作品が紹介された
Protect Ukraine
何かの理由で現在はSteamストアページが削除されているものの,Battle Simというメーカーが開発した「Protect Ukraine」は,各地に防衛システムを配置してミサイル攻撃を防ぐタワーディフェンス型のシミュレーションゲームとなっている。
Ukrainien Agent
UkrainienArmyが2022年7月にリリースした「Ukrainien Agent」は,ウクライナ軍の特殊エージェントがモスクワにある赤の広場に単身で乗り込んでいくという内容のゲーム。本作は無料でリリースされており,「ウクライナ軍をサポートしていただけるのであれば,ウクライナ国立銀行に寄付をしてくださいというメッセージがSteamストアページに添えられている。
Hollow Home
今年3月に制作が発表されたTwigamesの「Hollow Home」は,まだ多くの詳細が明らかになっていないが,ロシア軍の猛攻に晒されたマリウポリに住む12歳の少年を主人公に,さまざまな困難な選択を迫られるサバイバルシミュレーションになるとのこと。「This War of Mine」や「Disco Elysium」のような,ストーリーや選択が主体の作風からインスピレーションを受けたという。
Rebuild Ukraine(Google Play)
新しい兆候としてコット氏が紹介したのは,レンガをタップして破壊された都市を復興していくという,モバイル向けの落ちものパズル「Rebuild Ukraine」だ。ゼレンスキー大統領がG7に合わせて広島に電撃来日する一方,激戦区になっているバフムートの情勢もまだまだ油断はならないが,復興について考える精神的な余裕も市民たちに生まれつつあるということだろうか。
最後に「Rebuild Ukraine」を紹介したコット氏は,「未来のことを考え始めているのは素晴らしいことだ」と語る。ゲームを開発したり,プレイし合ったりすることを“デジタル・フラッシュモブ”と例え,侵攻開始以降の1年半ほどにわたって,若いゲーマー世代を中心とする市民たちの心情が,さまざまな形でゲームに投影されてきたことを強調し,今回のセッションを締めくくった。
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