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スクウェア・エニックスのゲーム開発研修の実態。新入社員の作ったゲームを,社長と著名クリエイター陣が直々に,忖度なく講評する場にお邪魔してきた
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印刷2024/07/19 08:00

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スクウェア・エニックスのゲーム開発研修の実態。新入社員の作ったゲームを,社長と著名クリエイター陣が直々に,忖度なく講評する場にお邪魔してきた

 新たに企業へ入社した社員に行う,新入社員研修。ゲーム業界も例外ではなく,多くの企業が新入社員に対して,働くうえで必要となる心構えやスキル,ビジネスマナーなどを研修を通じて指導している。

 とくにゲーム開発はさまざまな職種が存在し,相互に連携しながら完成まで作業を進めていくこととなる。そのため新入社員をチーム分けし,限られた期間で1本のゲームを開発させる研修を行うゲーム企業も珍しくない。

 そんなゲーム企業の1つが,スクウェア・エニックスだ。同社はゲーム開発部門に配属となる新入社員を対象としたゲーム開発研修「GameDev Boot Camp」(以下,GDBC)にて,一定期間でゲームを開発し,試遊・評価する審査会を行うという試みを行っている。
 ここで企画からリリースまでの制作プロセスを体験することで,失敗を恐れず挑戦するマインドを醸成し,ゲーム開発に欠かせないコミュニケーションスキルとチームワークスキルを身につけ,職種間の理解を深めることを目的としているという。

画像集 No.008のサムネイル画像 / スクウェア・エニックスのゲーム開発研修の実態。新入社員の作ったゲームを,社長と著名クリエイター陣が直々に,忖度なく講評する場にお邪魔してきた

 これだけなら,「大手ゲーム企業なんだから,そりゃそうなんじゃない?」と思うかもしれないが,この話を同社から聞いて興味深かったのが,参加メンバーだ。この試みを主導しているのは人事部なのだが,審査会には代表取締役社長の桐生隆司氏を筆頭に,取締役や執行役員,各部署のトップがズラリと顔を揃えるという。名簿を見ながら,「新入社員のために,このメンバーが集まるの!?」と驚き,これは見学させてもらおうと,今回の取材に至ったわけである。

 そんなわけで,GDBCを紹介しつつ,大手ゲーム企業が新入社員に向けてどのような取り組みを行っているのか,ゲーム業界を目指す若い人に知ってもらえればと思う。
 なお,業界の裏側的な話でいくと,これまでにスクウェア・エニックスには,モーションキャプチャスタジオコラボカフェなどの話も聞いているので,興味がある人はそちらも覗いてみてほしい。

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[2023/07/06 08:00]
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[2023/12/31 10:00]


社長だけでなく,北瀬氏や齊藤氏,吉田氏など,名だたるクリエイター陣が参加する審査会


 GDBCは,新入社員達がチームビルディングから企画立案,リリースまでのゲーム開発プロセスを,約1か月半という短期間で体験する研修だ。本研修は2019年に始まり,2020年はコロナ禍の影響で休止となったが2021年に再開,今年2024年に5回めを迎えた。

 スクウェア・エニックスがGDBCを導入した背景には,ゲーム開発の大規模化と長期化がある。仮にGDBCのような研修がなかったとすると,新入社員が入社してから1本のゲーム開発の工程を通して経験するまでに,少なくとも2〜3年,場合によっては7〜8年かかってしまう。また新入社員の中にはゲーム開発の経験がない,あるいは経験があってもチームではなく個人で開発していたという人もいる。

 そこで同期の新入社員でチームを作り,短期間で1本のゲームを完成させる本研修が導入されたというわけだ。完成したゲームは最終的に審査会で試遊・評価されるのだが,その審査員には先に述べたとおり,代表取締役社長の桐生隆司氏が参加する。
 それだけでも,新入社員は相当なプレッシャーを感じそうなものだが,参加するのは桐生氏だけではない。取締役や執行役員,各部署のトップ……例えば「FINAL FANTASY」(以下,FF)シリーズを長らく手がけている北瀬佳範氏,「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」や「NieR」シリーズなどを手がけてきた齊藤陽介氏,FFXIVやFFXVIでおなじみの吉田直樹氏といった,スクウェア・エニックスを代表するクリエイター陣も,新入社員が作ったゲームをプレイし,講評を行うのだ。
 正直なところ,これだけの面々が同じ場に集まる光景を見るのは筆者も初めてだし,実際社内でもめったにない機会だという。

●2024年度 GameDev Boot Camp 審査員

代表取締役 社長 兼 執行役員 桐生隆司氏
取締役 兼 執行役員 クリエイティブスタジオ1,クリエイティブスタジオ2担当 北瀬佳範氏
取締役 兼 執行役員 クリエイティブスタジオ4,クリエイティブスタジオ5担当 齊藤陽介氏
取締役 兼 執行役員 セールス&ディストリビューションセンター,カスタマーエクスペリエンスデザインセンター担当 三宅 有氏
取締役 兼 執行役員 クリエイティブスタジオ3担当 吉田直樹氏
執行役員 浜口直樹氏
執行役員 浅野智也氏
執行役員 柴 貴正氏
執行役員 広野 啓氏
執行役員 野末武志氏
サウンドディビジョン ジェネラルマネージャー 矢島友宏氏
取締役 兼 執行役員 総務部,人事部担当 奥野恒人氏
人事部 ジェネラルマネージャー 松岡剛史氏


審査会以外でも,社内ネットを通じて,社員全員が新入社員達の作ったゲームをプレイしフィードバックを送れるようにしている
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 これまでのGDBCは新入社員達が複数のチームを組んでいたそうだが,今回は参加した29名全員が1つのチームとなり,ディレクターやプランナー,プログラマーなど各セクションに分かれてアクションゲーム「おじまいブルーミング」の開発に取り組んだ。
 世に出るゲームではないので,ざっくり紹介すると,主人公のおじさんがマップにたくさんの花を咲かせるゲームだ。おじさんの通り道に残る「花道」で敵を囲むと,敵が大きな花の玉に変わる。この玉を飛ばすと,何度かバウンドした後,着弾点に花が咲く。玉の大きさは囲った敵の数や種類で変化し,大きいほど花の咲く範囲が広くなる。最終的に,ステージを花でいっぱいにするとクリアという感じだ。

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 本作のコンセプトは,「色とりどりの花が一面に咲くのを見て感動してほしい」だ。また,本作の主人公は獅子舞を被ったおじさん(=おじまい)なのだが,これはスクウェア・エニックスのゲームに登場する主人公達が基本的に美男美女であることから,そのイメージとは違うものにしたとのこと。加えてキャラクターデザイン担当のポートフォリオにおじさんのイラストがあり,それがチーム内で好評だったというのも理由のようだ。

試遊では,新入社員達が各審査員にプレイのアドバイスをしたり,質問に応えたりした
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会場では,各セクションのリーダーが「おじまいブルーミング」に使った技術やこだわりなどについてプレゼンした
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 審査会最後の講評では,審査員全員が「おじまいブルーミング」について思うところを忌憚なく語った。基本的には全員が「面白い」「企画とエンジニアがしっかり連携しているのを感じる」「ほぼ満点」といった高評価。筆者も遊ばせてもらったが,短い試遊時間でも,マップに花を咲かせていく面白さが伝わり,アクションの手触りもよかったので,納得だ。
 ただ,一方で,一線で活躍しているゲームクリエイターの視点で見たときに感じる荒さを指摘するさまざまなコメントもあった。

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 たとえば主人公について,「息切れして遅くなったり,目がかすんで画面が見えにくくなったりといった,おじさんの特徴をゲームデザインに盛り込めばよかったのではないか」「マーケティングを考えると,そもそもおじさんを主人公にしたのが疑問」といった指摘だ。
 ほかにも,UIに関する説明が足りない,サウンド面でスタートからクリアまでのプレイヤーの達成感を踏まえて,BGMと効果音のバランスを考えるべきなど,皆さん,なかなか容赦がない。

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 さらに,今回は相当する職種が存在しなかったのだが,実際の現場ではプロデューサーが商品としてのコンセプトやセールスポイントを決め,それに沿って企画・開発や宣伝について考えなければならないことや,全29名で1か月半という期間だとどれだけ予算が必要で,価格がいくらで何本売れば儲けが出るのかについて考えなければならないといった話も出ていた。

 会場で,新入社員たちに数々のアドバイスをしていたのが,オンラインで参加していた吉田氏だ。例えば,本作ではコントローラの[R1]ボタンまたは[R2]トリガーで線を引いて敵を囲み,ボタンで玉を飛ばすのだが,「[R2]トリガーで玉を飛ばしたほうが気持ちよかったのではないか」と提案していた。この点は,気付いていたが時間がなくて直せなかったそうで,吉田氏は「すごくもったいない」とコメントしていたが,操作の細かいところまで,しっかり審査しているのが傍から見ていても伝わってくる。

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 加えて,主人公をおじさんにしたことについても,「イメージを壊そうとするのは悪くないけれども,スクウェア・エニックスに期待されている部分も存在する。主人公はゲームの印象をハッキリ決めてしまうので,両サイドのバランスを考えたうえで判断するとよかった」と吉田氏は指摘。主人公に獅子舞を被せたことで,おじさんの要素を活かしきれなくなっているとも語っていた。

 社長の桐生氏は,審査員達の講評を3つのポイントにまとめて,新入社員達にあらためて説明した。1つめは,審査員達がいろんな角度から「なぜ主人公がおじさんなのか」と聞いたことについて。作り手としてはコンセプトや世界感といったさまざまな理由があるだろうが,最終的に多くの人へと届けるにあたり,どこまで考え抜いたのか,どこまで強い想いがあったのかを審査員達は問うていたとして,「ゲームのコアになるものがいかに大事かを,皆さんに考えてほしい」と語った。

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 2つめは,プロデューサーの視点や,UI,操作感などに対する指摘について。自分達が打ち出したコンセプトや世界観に沿って作ったそれらを,プレイヤーがどう受け止めリアクションするだろうかと考えることも重要であると審査員達は伝えようとしていたと,桐生氏は説明。「我々がこれから送り出すものは,お客様から必ず評価を受ける。その評価と常に向き合うことが,プロとして作ったものをお客様にお届けするということ。お客様の思いや感じることとの相互作用を意識して,ゲーム作りに励んでほしい」と新入社員達に呼びかけていた。

 3つめは,今後ビジネスとしてゲームを作っていくことについて。桐生氏は,どのくらいの価格で,どのくらいのボリュームだったら,どれくらいの人に満足して購入してもらえるかといったビジネス的な制約が,新入社員達のこれからのゲーム作りの課題となると審査員達は伝えようとしていたとする。「すべてに共通することは,皆さんが本当にお客様にお届けしたいこと──つまりセールスポイントは何なのか,それをどのくらいの価値としてお客様に認めていただけるのかを考えること」と話していた。

 講評では,ほかにも本当に忌憚のない指摘がなされていた。それを聞いてプロのクリエイターとしてやっていくことの厳しさを感じた新入社員もいるかもしれない。しかし繰り返しだが,基本的には13名の審査員全員が「1か月半でよくここまで仕上げた」と褒めていたのは事実だ。しかも,スクウェア・エニックスを代表するクリエイター陣に自分達の作ったゲームをプレイしてもらい,さらにはコメントまでもらえるなんてことは一生に一度あるかないかの一大イベントと言える。新入社員達にとって,GDBCの審査会はまさに一生ものの思い出となることだろう。


スクウェア・エニックス人事部に聞くGDBCの意義


 以上の審査会の実施を踏まえて,GDBCを主管するスクウェア・エニックス 人事部でジェネラルマネージャーを務める松岡剛史氏に,本研修についてあらためて話を聞いた。松岡氏は,2020年のスクウェア・エニックス入社以前,ソニーやDeNA,ソフトバンクといった業種や業態,規模,カルチャーの異なる企業で,国内だけでなく海外の支社・子会社などでも人事に携わってきた人物である。

4Gamer:
 本日はよろしくお願いします。GDBCは,新入社員にチームでのゲーム開発の全工程を1か月半という短期間で体験させるための研修とのことですが。

松岡剛史氏(以下,松岡氏):
 そうですね。今は,それなりの規模の開発タイトルになると,リリースまで何年もかかってしまいますから。

4Gamer:
 研修期間中,新入社員達は課題のゲーム開発にかかりきりになるのでしょうか。

松岡氏:
 基本的には,GDBCに集中してもらいます。
 2024年度は計29名の新入社員がディレクター,プロジェクトマネージャー,プランナー,プログラマー,デザイナー(アーティスト),サウンドといったセクションに分かれて,1本のゲームを作りました。

4Gamer:
 何かお題のようなものは決められているんですか?

松岡氏:
 人事部からは,「10分程度のプレイ時間で十分に面白さや楽しさを実感することができるゲーム」というお題を出しています。それを元に,新入社員全員で悩みながら企画から開発を進めていきます。
 取材されて雰囲気が伝わったかと思うのですが,審査会には社長の桐生以下,北瀬,吉田,齊藤といった当社を代表するクリエイターが,その場で新入社員達の作ったゲームをプレイして,忌憚のない意見をフィードバックすること恒例となっています。ただ忌憚がないとは言っても,根底には新入社員の今後を応援する気持ちがあるので,スクウェア・エニックスらしいイベントだと捉えています。

4Gamer:
 あの面々に自分の作ったゲームを評価してもらえる機会なんて,まずないですよね。

松岡氏:
 そうですね。だから審査会でもそうでしたが,後で行われた懇親会でも新入社員達が審査員の皆さんを取り囲んで,「あれはどうでしたか,これはどうでしたか」とずっと質問攻めにするんですよ。
 また,今後の長いゲーム開発のキャリアを考えるうえで,GDBCで同期の全員と一緒にゲームを1本作るという機会は一生に1回しかないということも含め,貴重な経験だと思います。

4Gamer:
 同期と言っても,それぞれ配属される部署が違うわけですから,今度また一緒にというわけにはいかないですからね。

松岡氏:
 そうなんです。これからの長いキャリアの中で,GDBCでの経験が糧になるんじゃないかと捉えています。
 またGDBCには,トレーナーやアドバイザーと呼ばれる先輩社員が新入社員をサポートする仕組みがあります。基本的に新入社員には主体的・能動的に考えてもらうのですが,どうしても悩んでしまうところがあるんですよね。そんなとき気軽にアドバイスを求められるのが,トレーナーです。かつてGDBCを体験した社員が,2〜3年経ってトレーナーとして今度は新卒をサポートする側に立ってくれています。
 また開発経験の豊富なベテラン社員のアドバイザーは、より俯瞰した立場から作品の全体感,制作進行等に関するアドバイスを行います。

4Gamer:
 新入社員だけでなく,さまざまな方が関わっているんですね。
 それにしても,審査会で集まっているメンバーが豪華ですよね。メディアに何度も顔を出している方がたくさんいらっしゃいましたし,それだけでなく桐生社長まで。

松岡氏:
 あの顔ぶれが一堂に揃うことは,社内のイベントでもそうそうありません。入社式ぐらいかも。

4Gamer:
 あれだけの“偉い人”たちを揃えて,数時間拘束しているとなると,それだけでけっこうなコストなのでは……。

松岡氏:
 はい,会社としては非常にカロリーがかかる話ではあります(笑)。それでも,GDBCにはそれだけの価値があると,社長以下全員が認識しているので,実現できているんです。毎年声を掛けても,嫌な顔をされることはまったくなく,むしろ「今年もこの時期が来たか」「今年の新入社員はどんな感じだろう」と楽しみにしてくれている印象を受けます。

4Gamer:
 GDBCは,最初からああいった座組みで行われているんですか?

松岡氏:
 初回は,当時の社長と数名の役員という感じでしたが,コンテンツの拡充に伴って「あの人にも声をかけたほうがいいよね」ということが増え,審査員の顔ぶれも豪華になってきまして。今では取締役,執行役員,部門長の多くが揃う形になりました。

4Gamer:
 それだけの人が揃って審査するというのは,新入社員も最初から知っていて開発に臨むんですか?

松岡氏:
 はい。ですから人事部からは,1か月半と定められた納期を守るための動機づけはしっかり行っています。まぁ,そうしなくとも,「あの顔ぶれに向けて恥ずかしいものは出せない」という気持ちにはなるでしょうけど。

4Gamer:
 それはそうでしょうね。

松岡氏:
 当社を代表するだけでなく,世界中にファンがいる一線のクリエイターが,あれだけ真剣に新入社員に対して意見を述べられるのは,スクウェア・エニックスのよさだと捉えています。新入社員だからと忖度することなく,愛情を持ちながら忌憚のない意見を言ってくれることが,今後の励みや糧に絶対なります。3年後,5年後に「あのGDBCのときは」という会話を同期同士ですることがあるとも聞いていますし,「あのとき吉田さんにこう言われた」「齊藤さんに,こうツッコまれた」というのは,ずっと記憶に残るはずです。

4Gamer:
 吉田さんは,いちゲーマーの立場としても,会社のカラーを教える立場としても,的を射た指摘をしていて面白かったです。

松岡氏:
 吉田は,毎年あんな感じなんです。

4Gamer:
 ほかの皆さんも本当に真摯な講評をしていて,いいイベントだなと。

松岡氏:
 GDBCに似た取り組みは,ほかのゲーム企業さんでもやっておられると思いますが,やはり雰囲気や様子も含めて,あの審査会はスクウェア・エニックスらしさが出ていると感じます。もの作り気質が強いと言いますか,ゲーム好きが集まって好きなものを作っていると言いますか。社長自らがゲームをプレイして講評するケースは,おそらくほとんどないでしょうし。

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組織で人材を育成する文化を社内に根付かせたい


4Gamer:
 人事部として,どんな学生にスクウェア・エニックスの門戸を叩いてほしいと考えていますか。

松岡氏:
 我々人事部としては,新入社員にいきなりホームランを打ってほしいとは思っていません。やはりゲームに対する愛情がしっかりベースにあり,そのうえで「スクウェア・エニックスでこういうものを作りたい」という夢や希望を明確に持っている学生を採用するようにしています。

4Gamer:
 スクウェア・エニックスの代表的なIPと言えば,「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」シリーズを思い浮かべる人は未だに多いと思います。しかし,昔と違って,今のゲームは1本作るのに何年もかかりますから,有名シリーズであっても,学生時代にリアルタイムで遊べたタイトルは限られますよね。今の若い方の「こういうものを作りたい」に,入ってくるものなんですか?

松岡氏:
 そこはまさに我々が課題だと感じているところです。私自身,日々採用面接をやっていますが,リアルタイムで当社のゲームをプレイしたのではなく,親御さんがプレイしている背中を見て育ったという方の割合が増えています。あとは「NieR」や「キングダムハーツ」なども,触れたことのあるIPとして名前が挙がることが多いです。
 若年層に刺さるIPをいかにして作っていくというのは,全社的な課題の1つになっていますね。

4Gamer:
 やはりそうですよね。若い方の視点で見る「スクウェア・エニックスのIP」は,我々とはまた違うんだろうなと。

松岡氏:
 ゲーム開発がこれだけ大規模化・長期化している背景があるからこそ,GDBCの意義があるんです。新入社員がまずはゲームを1本完成させるということは,本当に重要なことだと考えています。

4Gamer:
 ゲーム開発に関する新入社員研修は,GDBCだけなのでしょうか。

松岡氏:
 GDBCに加え,2024年度から,プログラマー職種の新入社員を対象にしたエンジニア研修を追加実施しています。プログラミングの基礎知識とゲーム制作全般の知識を身に付けることを目的に,まずは3か月ということで,今まさに進行中です(※取材時)。
 また今回はプログラマー向けの研修のみですが,来期以降はプランナーやデザイナーといったほかの職種向けの研修を拡充していくことも視野に入れています。スクウェア・エニックスに新入社員として入社すれば,短期間でここまでスキルアップできるというイメージですね。そうやって研修をしっかり体系化していこうと考えています。

4Gamer:
 拡充している最中なんですね。

松岡氏:
 2024度からの新しい中期経営計画の中で社長の桐生も言っていますが,「『確かな面白さ』を届ける『量から質』への転換」が必要になります。それに伴い,あらためてお客様と真摯に向き合って,お客様の期待を超えるタイトルをしっかり開発・運営していかなければいけない。それは当社だけではなく,ゲーム業界全体が置かれている現在地だと捉えています。
 そのためには,昨今のトレンドである人的資本投資をしっかりとやっていくことが,重要になるでしょう。
 それとはまた別の側面で,学生が企業に求めるものが変化しているというのも,拡充の理由として挙げられます。

4Gamer:
 と言いますと?

松岡氏:
 新卒面接をやっている中で,学生から「どんな研修を用意してもらえるのですか」「どのように私を成長させてくれますか」という質問を受けることが増えているんです。もちろん社会人になる,あるいは当社に入社するからには「私はこのように会社に貢献できます」という部分は持っていてほしいですが,それだけではない変化を肌で感じていますね。

4Gamer:
 なんと。自分が就職活動していた時代と比べると,びっくりしますね。
 GDBC以外の部分も含めると,どういった研修の流れになっているのでしょうか。

松岡氏:
 4月1日に入社して,全新入社員が2週間の全体研修・座学を受けます。この中でスクウェア・エニックスという企業やビジネスに対する理解を深めてもらい,併せて社会人として一般的なマナーを身に付けてもらいます。そのあと4月後半から5月末までの1か月半かけて開発職がGDBCをやり,さらに2024年度からは,6月初旬から8月末にかけての約3か月,プログラマーを対象とするエンジニア研修をやるという流れになっています。
 ただ人事部と開発チームが話をしている中で,職種ごとの研修を先に受けてもらって,それぞれの職種に対して基礎的な能力を一定以上身に付けてもらったうえで,GDBCに臨むという流れでもいいのではないかという意見も出ていまして,研修の順番を見直すことも検討しています。

4Gamer:
 現状,新入社員のプログラマーは約5か月の研修を経てから現場に入るわけですか。

松岡氏:
 はい。採用後,一定レベルまで人事部の責任で育てたうえで,各部門に配属するという形を取っています。
 実はエンジニア研修は人事部の発案ではなく,当社を代表するプログラマーが問題提起したものです。「昨今の新入社員プログラマーはレベルのバラつきがある」と。それで自ら講師をやってもいいから,3か月くらい研修を受けさせたいということになり,今回導入に至りました。

4Gamer:
 新入社員だけでなく,ほかの社員に向けた研修はあるんですか?

松岡氏:
 全社員向けに,開発ナレッジ勉強会を2022年から実施しています。これは各部門やプロジェクトに蓄積された技術やノウハウなどを横展開し,全社的に共有する取り組みです。具体的にはUnreal Engine,Houdini,Unity,Mayaなど定番ツールのレベル別セミナーや,美術解剖学・コンポジット・衣装デザインからプロジェクトマネジメントのナレッジ共有などをテーマに,毎月何かしら講義や講演を行っています。
 また先日は,齊藤陽介とディレクターの浜口による,「FINAL FANTASY VII REBIRTH」の開発に関する対談を行ったのですが,300名弱の社員が参加しました。社外には絶対共有できない裏話も含まれており,社内でもギリギリどうかという内容で……。

4Gamer:
 それ,めちゃめちゃ聞きたいです(笑)。

松岡氏:
 社内アーカイブ映像も残していないぐらいなので,だめです(笑)。
 ともあれ開発ナレッジ勉強会は,これまで社内のプロジェクトや部門の間にあった壁を取り払い,すべての技術やノウハウを全社的に横展開していこうという取り組みになっています。

4Gamer:
 開発ナレッジ勉強会のテーマを提案するのは,人事部とクリエイターのどちらなのでしょうか。

松岡氏:
 双方です。人事部と今回GDBCの審査員を務めた開発の役員達とで,組織人材に関する会議を毎月していて,その中で開発の役員からの視点で,スクウェア・エニックスとしてもっと注力すべきテーマ・領域として挙がってきた意見を参考にしています。
 また人事部としても,全社員に対して「どういう研修を会社に期待するか」というアンケートを取り,現場の声からどんなニーズがあるのを把握しています。
 その結果,これで行こうというテーマをリストアップして研修化やコンテンツ化しているという感じですね。

4Gamer:
 GDBCも開発ナレッジ勉強会も,スクウェア・エニックスさんの社内的には新しい取り組みだと思いますが,ここ数年はとくに人材育成に力を入れているということですか?

松岡氏:
 はい。全社員に向けて,人的資本投資の取り組みを積極的に推進しています。そこには,組織で人材を創っていく文化をしっかり根付かせたいという思いがあります。
 ゲーム業界を目指す学生の皆さんには,GDBCを筆頭にスクウェア・エニックスがどのような形で人的資本投資に取り組んでいるかが,今回の記事で少しでも伝われば幸いです。

4Gamer:
 ありがとうございました。
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