インタビュー
[インタビュー]母子家庭の子女を対象とした「えりかわ学資金」に,コーエーテクモの襟川恵子会長が込めた想い―――「当支援金は返済する必要がないので,ぜひ多くの人に知ってほしいです」
襟川氏は,公式サイト内の挨拶で自らもシングルマザー家庭で育ったことを明かし,同じひとり親家庭であるシングルファザー家庭に比べると収入が半額以下であることなどを挙げ,自身の境遇と照らし合わせて,母子家庭における教育費用捻出が困難であることを語っている。そこで作られたのがこの教育財団で,
・中学生(2年生,3年生)
・高校生(1〜3年生)
・大学生(1〜4年生,修士課程2年間)
を対象とした「えりかわ学資金」※を援助してくれる。返済は不要だ。
お金がある企業なんだからこれくらいして当たり前だろうと思う向きもあるかもしれないが,現実には当たり前であるはずもなく,そもそもこういう財団は数少ない。では一体襟川氏は,なぜこれをはじめて,どんな意図と目標があるのだろうか。
※財団が運営する学資金(本インタビューのメインテーマだ)については,2024年10月に「えりかわ学資金」と命名されたので,本記事でもその名称で扱うことにする。
設立趣旨 代表理事ご挨拶(襟川教育財団)
襟川教育財団 学資金募集要項
実は上記リンク先の挨拶文にかなり多くのことが書いてあるのだが,それでもなお,ご本人から直接お話が聞きたいと思って申し込んだのが,以下のインタビューだ。弊社のライターの一人が母子家庭で育ったこともあり,これを知ったときの彼女の感動はひとしおで,その熱意に負けてお時間を作ってもらえたような格好だ。
インタビューには,襟川氏の長女であり,コーエーテクモゲームス 取締役常務執行役員兼ルビーパーティーブランド長の襟川芽衣氏も同席してくれた。いつもどおりあっちへこっちへと飛び回る,楽しいインタビューをハンドリングして,襟川氏が母子家庭で育った経験や,教育支援にかける想いなどを中心に語ってもらった。
襟川恵子氏 | 襟川芽衣氏 |
襟川教育財団 代表理事 | 襟川教育財団 評議員 |
コーエーテクモホールディングス 代表取締役会長 | コーエーテクモゲームス 取締役常務執行役員 |
4Gamer Kazuhisa(以下,Kazuhisa):
本日はお時間をいただき,ありがとうございます。
お忙しい恵子さんが,まさかインタビューを受けてくれるとは思わなかったです。
襟川恵子氏(以下,恵子氏):
いえいえ,4Gamerさんはいつも当社のソフトを紹介してくださってありがとうございます。
それもあるんですけど,今回のテーマである教育財団が11月下旬に第一期生の募集要項を公開するということで,これはいいタイミングだなと思いまして(笑)。
Kazuhisa:
そう,その教育財団なんですが,もちろん社会貢献として素晴らしい活動だな,さすがコーエーだなと思って見ていたんですが,今日連れてきたAyakaが実は母子家庭で育っておりまして,会長のこの活動にいたく感動して,ぜひ直接お話をさせていただきたい……とのことで,今回僕からオファーさせていただいた次第です。
恵子氏:
あら,そうなんですね。
4Gamer Ayaka(以下,Ayaka):
はい。15歳でアメリカに渡って,いろいろあっていまこうやってゲーム関係の仕事をしてますけど,私自身母子家庭の育ちなんです。実は父親が同じく歯科医師をしておりまして……。
恵子氏:
あら!
Ayaka:
しかもウチの母も美大卒業でして……。
恵子氏:
すごいわね,ほとんど環境的には似てますね。
Ayaka:
そうなんです。最近は生活も落ち着いたので,ちょっと社会貢献にも興味が出てきまして,でもやっぱり自分と同じような体験をしている母子家庭であったり,そこで傷ついている母親や子供をなんとかして救いたいな,と漠然と思ってまして。
寄付とかはいろいろやってるんですが,今回の発表を見て,恵子さんのことをちゃんと調べてみたら,もう他人のことのようには思えなくて,今回勢い余ってこうやってお時間を取っていただくことになりました。ありがとうございます。
恵子氏:
いいですよ,なんでも聞いてください。
Ayaka:
はい。お時間も大変限られているので,早速始めさせていただきます。
公益財団法人の認定を受けた「襟川教育財団」は,2025年度の第1期生募集に関して11月下旬に情報が公開される予定ですが,このタイミングで改めて,母子家庭に特化した教育財団を設立した背景を聞かせてください。
夫婦がね,離婚するでしょう? そのあとの男性と女性のご家庭を比べますと,統計的には男性の収入が多いんです。シングルマザー家庭の年収は,平均240万円程で,同じひとり親家庭であるシングルファザー家庭に比べると半額以下なんです。
つまりそれだけ,女性は厳しい状況に置かれているという現実が読み取れます。低賃金の仕事についている中で,食事もままならない家庭もあり,そこから教育の資金を生み出すのはとても大変なことです。
Kazuhisa:
その「教育の資金」というのは,この財団の場合は塾などの費用のことですよね。
恵子氏:
そうです。そのような環境にいる子供が,勉強に意欲があって上の学校に進みたいと思っても,良いところに進むには塾に通わないと難しい。その塾自体も,月曜から金曜まで塾で勉強,土曜は試験慣れするために試験,といったスケジュールになっていて,費用がとてもかかることが問題です。
Kazuhisa:
「学生だったころ」が遠い昔でもうほとんど覚えていませんが,今はそんな感じなんですね。
恵子氏:
そうなんですよ。私も母子家庭でしたが,自分の会社が世の中にご愛顧いただいて,おかげさまでここまで成長できてそれなりに資産もできましたので,その資産をこれからどうやって使おうか,世の中にお返ししなければならないだろう,と考えているときに,はたとこれを思いついたんです。
Ayaka:
発表してみて,反響はいかがでしたか。
恵子氏:
おかげさまで,新聞など多くの媒体に取り上げて頂きました。まずは存在を知っていただかなければいけないので,大変ありがたいですね。
奨学金には返さなければいけないものもありますが,「えりかわ学資金」は返済不要なので,ぜひ多くの人に知ってほしいです。就職した後に返済する必要もありません。
Kazuhisa:
その原資は,どこからきているんでしょう。
恵子氏:
わたくしと,わたくしの夫である襟川陽一の寄付金を原資に運営してまいります。
Kazuhisa:
素晴らしいです……。
恵子氏:
でもそんな話をしていたら,娘の芽衣が,自身でも同じようなことを考えていたというのです。将来何か社会の役に立つことができないか,と。それならというので,私の活動に相乗りして,子供達の役に立ちたいと一緒に進めることになりました。
Ayaka:
ご家族としてのライフワークなんですね。
母はシングルマザーの家庭ではあったのですが,昔からなんというか……強かったので,自分で自分を親戚に売り込んで,大学受験の費用などを徴収してきたみたいですよ。
Kazuhisa:
徴収(笑)。
恵子氏:
いとこもいなかったので,親戚がみーんな私を可愛がってくれたんです。祖母なんかとくに。旅行をプレゼントしてくれたりね。親が一人しかいないから不憫に思ったようで,いろいろよくしていただきました。
芽衣氏:
そういう環境もあって,シングルマザー家庭ではありましたが,強く生きてこれたのだと思います。
ただ,現実的には多くのシングルマザーのご家庭は大変なわけで,日々ニュースを見て,特にコロナ禍にはそれまで以上に大変苦労しているということを聞いて心を痛めていました。
恵子氏:
自分はなんとか強く生きてこられたけど,世の中そのような方ばかりではないわけで,何かできないか……というところからの想いでした。
Kazuhisa:
そうですね。現実的には厳しいですよね。一般的には仕事の選択肢も狭かったりしますし。
恵子氏:
そうですよね。
わたくしの場合は,歯科医をやっていた父が,恵比寿駅から3分くらいのところにビルを建ててたんですけど,ちょうど畳が入った日に亡くなってしまって。返済金はあるし,歯科技工士さんも既に雇っているという状態でした。
Kazuhisa:
よりにもよってそんなタイミングで……。
恵子氏:
ひどいですよね(笑)。
母は一人っ子だったもので,日吉に帰ってそこに住むことができましたけど,兄弟がいたら戻れなかったと思います。お嫁に行った場合は,長男が住んでて家には戻れないのが普通でしたから。お金も,そこを人に貸して収入を得ることができましたが,それがなかったら一体どうなっていたか。
Kazuhisa:
あれ,最初は日吉じゃないですよね確か。
恵子氏:
そう,いま八ッ場ダムがあるところに,母方の別荘があったんです。
Kazuhisa:
群馬の北のほうの,とてもいいところですね。
ええ。子供を育てる環境として自然でいいからということで,そこで母と祖母たちとしばらく暮らしていました。偶然そういう環境がなかったら,母が働きに出て,アパート代を払わなければならないわけで,子供を養っていくことだけでも大変だったと思います。そんな中……まぁ当時はなかったですけど,塾に通うなんて,夢のまた夢でしょう。
芽衣氏:
今は塾に行かないと,受験には大変厳しい環境ですしね。
恵子氏:
そういった背景からも,せめて塾に行かせられる費用が出せるくらいの財団法人を作ろうと思いました。中学生,高校生を対象として,返済不要というところも大きな特徴です。
Kazuhisa:
繰り返しですが,返さなくていいのがすごいですよね。
恵子氏:
就職してすぐのころは,結構お金が必要ですよね。家賃もですけど,着るものとか家財だとか。返す必要がないのであれば,かなり助かるのではないかなと思ったんです。
あとは,優秀であれば海外にも行かせてあげられるといいなと思っています。今はグローバルの時代で世界は一つになっていますので,英語ができれば活躍の場も広がるでしょう。あなたみたいにね(とAyakaのほうを見ながら)。
芽衣氏:
シングルマザーのご家庭に何かしらの支援を,と考えた時に,もちろん“ご家庭”に支援をというのも考えたのですが,やはり今後未来を作っていくお子さんに対して支援をするのがいいだろうと思ったんです。
それで神奈川県に話を聞きに行ったら,高校,大学を卒業するまでの学費の支援制度は充実してきているらしいんですね。
Kazuhisa:
なるほど。あまりちゃんと分かっていなかったんですが,本当に必要な部分は行政によってフォローされてるんですね。
芽衣氏:
はい。ただ,お子さんが将来大学を目指したいとか,医者や宇宙飛行士になりたいとか,そういう大きな夢があったとしても,学習塾に通う経済的余裕がなく諦めざるを得ない子が多いそうです。
そこにアプローチする団体や制度がないということだったので,私たちが塾の費用や受験費用をメインに支援していく財団を作ってカバーしていこうと決めたわけです。
私の知ってる子達も塾に行ってますが,遅くまで勉強して帰るわけですよね。21時過ぎとかまで。すごい世の中ですよね。
私なんて群馬で育っていたとき,八ッ場ダムの周りで遊んでいるばっかりで。塾なんてないし。家にいる間は家事の手伝いをしていました。友人もみんな五人,六人兄弟で,お姉さんがタオルかなんか頭に巻いて赤ちゃんを子守したりして。まぁそういうところですからね。そんな環境では,受験なんて考えもしなかったですね。
Ayaka:
でも会長は,周りからのサポートがとても多くて恵まれた環境で,お金という面においては幸運だったかと思います。
昨今は,母子家庭の4人に3人が元夫から養育費を受けとれていないというデータもあり,これが本当であれば,大半の人が養育費を受け取れていないということです。
恵子氏:
ひどい話ですね。
Ayaka:
一人で子供を育てていると,精神疾患やうつ病を患ってしまうお母さんも多いと思います。今回の活動のような,こういった教育の機会があることに,心の余裕がなくて気づかない。そんな,マインドが塞がっているお母さんにも届くようにしたいです。
恵子氏:
そうですよね。ぜひ,メディアや地域情報を通じて知ってもらいたいです。
将来的には,神奈川県だけではなく全国にも広げていきたいと思っているんですが,でもまずは神奈川から。
芽衣氏:
まずは地元の神奈川県からということでスタートしますが,将来的には全国に広げていきたいと思っています。
最初は,各学校,中高大と5人ずつが選ばれますが,もちろんそれももっと増やしていきたいと,夢は大きく持っています。しかし財団職員などもまだ少なく,体制を作っていくのはこれからなので,まずは少人数から始めて,少しづつ広げていきたいですね。
恵子氏:
まずは様子を見ながらですね。どれくらい応募があるかも分かりませんし,もしたくさんあるようだったらそれに応じて増やしたいですし。そういう情報についても紹介して頂ければとてもありがたいですね。
Kazuhisa:
でも確かに,「本当にこれが必要な人」に対して情報をリーチさせるのが,難しそうですよね。
恵子氏:
そうなんですよ。提供する人とそれを必要な人がいても,御社のようにそれを結んでくれる存在がいないと。
Kazuhisa:
が,頑張ります……。
弊社の利益を世の中に還元する方法として,若い優秀な人が社会で活躍する手助けをしたいという思いに至ったわけです
Ayaka:
ところで恵子さんは,お父さまが急に亡くなって母子家庭になったとき,育っていく過程で「よく考えたらこれは結構苦労したな」みたいなことってありますか?
母子家庭で育ったと言いますが,小さい時はあまり意識しませんでした。なにせ学校まで4kmもありましたから,周りも全然そんなこと知らないんです。
Kazuhisa:
4kmはすごい。でも八ッ場のあたりならすごくいいところじゃないですか。自然が豊か……というか自然すぎて逆に脅威かもしれませんけど。川とか谷とか崖とか。
恵子氏:
そう! あの絶壁のところには鉄道が走っているんですけれど,その線路を開設したのが祖父だったんです。当時の大成建設の責任者で,工事を担当していました。戦争中の1年間で,草津まで通す線路を作ったのは,歴史的に見ても偉業だったそうですよ。
Kazuhisa:
1年で線路を……?
恵子氏:
働いている人の担当する仕事が終わったら,終わった人から銀時計をあげてたようです。終わったらもらえるのでまぁ全員がもらえるんですが,それがどうにも皆さんのモチベーションを高めていたようです(笑)。
Kazuhisa:
なんというか,お祖父様も“人の上に立つ人”だったんですね。
恵子氏:
それで群馬の学校に行っていたので,その上の学校に行こうにも家庭教師もいない環境です。しばらくそんな生活をしていたのですけど,その後日吉に戻って来て祖母の家に住んだ時,学校のレベルが高かったのにびっくりしました。
Kazuhisa:
びっくりするほどの差は,どのあたりで感じたんでしょうか。
恵子氏:
例えばね,「濁流」(だくりゅう)という字も,周りの子たちは書けるのに自分は書けないし。「次の大統領は誰?」という先生の問いに,皆「ケネディ!」と答える中,私は「誰それ??」という感じで(笑)。
母の実家は日吉なので,地元の大学の下宿に貸したりして収入がありましたし,暮らしはそこまで大変ではなかったんですが。自分たちはそこに住めますしね。
Kazuhisa:
確かに八ッ場のあたりで暮らしていたら,ケネディなんて「誰それ?」という感じかもしれません……。
恵子氏:
そうですよ。ホントにその差がすごかったのをよく覚えています。
その群馬であるとき,祖母とお茶を飲んでると,タンスの上に古い革のケースが置いてあるのが目に止まりました。祖母に「あれは何?」と聞くと,祖父が昔使っていた大事なスーツケースだったそうで,「あの中には昔,満州鉄道の株がぎっしり詰まっていたのよ」と言っていました。
Kazuhisa:
満鉄ですか。
でも戦争で日本が負けて,その価値はゼロになり紙屑になってしまったと嘆いていました。それを聞いて,株というのは怖いものだと学びましたね。
また祖母は,「良い会社の株は売らなければどんどん上がる」とも言いました。そのせいもあり,私も高校の時から株を買って,一生懸命運用していました。当時は時代背景も良かったですから,利益を得られました。
Kazuhisa:
恵子さんの投資術はそのころから磨かれていたんですね……。
芽衣氏:
そうみたいです(笑)。
恵子氏:
まぁとにかく,子供時代にお金で本当に苦労したことは幸いにもなかったんですけど,大学に行くときにきっとお金が必要になると思っていたので,ずっと貯めていました。お小遣いはもちろん,親戚からお年玉をもらっても,ずっと貯めていました。そういう意味では,子供の頃からお金の大切さを知っていたのかもしれません。大学の入学金も全部自分で出しましたし。
そんな時代を生きてきて,今があって,皆様のおかげで,うちのゲームを買っていただいて,利益になって,これを世の中に還元する方法として,若い優秀な人が社会で活躍する手助けをしたい,という思いに至ったわけです。
Kazuhisa:
サラリとおっしゃいますが,世の中に還元するという考えに至って,即実行するのが素晴らしいと思います。日本の経営者の方で,そういう直接的な社会還元をする方ってあんまり聞かないですよね。欧米だと割とよく聞きますけど。
恵子氏:
私なんかからすると当然だと思いますけどね。
Kazuhisa:
孫さん(孫正義氏)にもぜひ伝えておいてください(笑)。
あはは(笑)。
でもあそこも何かやってましたよね,確か。優秀な子や起業する人を支援する財団。
Kazuhisa:
孫正義育英財団ですよね。
恵子氏:
孫ちゃんなんかすごくしっかりしてるから,一目見て事業が成功するか分かっちゃうのかもしれませんね。あの人はすごく優秀でね,昔からそうでしたもの。頭抜群で,あんな方いないわ。
Kazuhisa:
でもソフトバンク出身の僕が見ていた感じでは,正義さんも恵子さんにだけは頭が上がらない感じでしたけど。
恵子氏:
あはは。だってそりゃそうよ,昔からドジなことばっかりやってるから(笑)。ほんと可愛いのよ。子供みたいなものよ。そもそもあの人ね……(以下,筆者も知らない孫正義氏のかなり破天荒な歴史が語られたがここではカット)
それで今なんか,昔の100倍くらい頭冴えちゃってるから,世界中で向かうところ敵なしでやってますよね。
Ayaka:
しかしお話を聞いていると,恵子さんも日本だけでなく世界も見ていると思うのですが,「Giving Pledge」はご存じでしょうか?
恵子氏:
いいえ。それなんですか?
Ayaka:
ビル・ゲイツとメリンダ・ゲイツ,ウォーレン・バフェットなどが発足したもので,富を築いた世界中の成功者たちが,その財産の大半を生涯または遺言によって,慈善事業に寄付することを公的に約束するというものです。
アジア地域では,中国や台湾,韓国から名を挙げている方はいるのですが,日本人はまだいないので,ぜひ襟川夫妻に最初の日本人として名を挙げてほしいです。
恵子氏:
私ねえ……英語ができればいいんですけどね。
本当は留学する予定だったんですが,母が行ってほしくないということで。
でも今後はテクノロジーも発達して,脳にチップを入れて英語がペラペラ喋れるようになるかもしれないですね。
ゲーム業界が力をつけることが,すでに間接的な社会貢献
芽衣氏:
話を戻しますが,母(会長)は,祖母がシングルマザーになってたくさんの方から助けられてきて,自身もいろんな人に可愛がってもらって今があるので,その恩返しがしたい……という想いがどこかにあるんじゃないかと思うんです。
Ayaka:
なのでほかの経営者の方達とはちょっと違う……?
芽衣氏:
そうですね。自分が今ここにあるのも、自分が資産を作れたのもすべて誰かに助けてもらったことによるもので,コーエーテクモを支えるファンがいたからこそ。
常に感謝の気持ちを大切にしている母からすると自然と困っている人に対して自分が何かしてあげたい,という気持ちになるんだと思うんですよね。
そして母は自分では気付いていないのかもしれないけど,その助け合いの精神が,順繰りに巡っているのだと思います。昔からの話を聞いていると。
Ayaka:
周囲の方とかご家族も,そういった精神があった方々だったんですか?
恵子氏:
特にそういう活動をやっていたわけではなかったですが,祖父は医療功労賞※をもらった人で,八十歳を過ぎても自分の体を粉にして患者さんに尽くしている人でした。
祖母が若い頃に秋田で勤めている時に,往診から帰った祖父から「2時間だけ寝るから必ず起こせ」と言われたにも関わらず,こんなに疲れているのだからと起こさなかったんです。そしたら,往診に行く予定だった患者の方がそのタイミングで亡くなってしまって。
そのときに祖父は「患者の命がかかってるんだぞ!」と,すごい剣幕で怒ったそうです。人に尽くすという精神は,思い返すと祖父が持っていたのかもしれませんね。
※医師に関連する厚生労働省の賞。過疎地域や離島,被災地など困難な環境下で,地域住民の健康増進や疾病予防,治療業務に献身的に携わっている医療関係者や,障害がある方や難病の方の支えとなる活動を行っている医療・福祉・介護分野の関係者を表彰する賞。
Ayaka:
お母様はどんな方だったんでしょう?
母は,とても面倒見が良い人でしたね。
私が襟川(夫,陽一氏)と結婚して足利へ引っ越したあとで,1人で寂しくなった母は慶應義塾大学野球部向けの下宿を開いて,おしゃれな食器を用意して,カレーなんかを食べ放題でふるまって,魚屋さんに鮮度のよいお魚を頼んだりとかしてましたよ。
Kazuhisa:
ちょっと寂しいからってやるようなことでもないような気がします。
恵子氏:
ほんとにね(笑)。
母の作る食事が美味しいと野球部で評判になって,うちで預かった学生さんが食事をしないときは,代食なんてないのに「代食です!」とか言ってほかの学生が来てて,いつも食事の場所はいっぱいでした。
私と襟川が足利から日吉へ戻ったときに,母のカレーが大好な襟川のために,お鍋にたくさん作って長年届けてくれていましたね。
Ayaka:
素敵なお母様です。
恵子氏:
晩年は,昔からの趣味だった和歌や絵画を習いながら,孫の面倒もよくみてくれていました。
とにかく,母は細かいことによく気がついて,とても優しい人でした。夫の襟川も,母の食事をいまも忘れられなくて,たまに話が出ることもありますよ。
Kazuhisa:
そんな素敵なお母様が,母子家庭になって苦労している姿は,子供なりに何か感じたものですか?
母はとても前向きで明るくて,なんとかなる精神の人でしたので,私の性格は母譲りかもしれません(笑)。でもそんな母も,父が亡くなった時は人が変わったように落ち込んでしまいました。八ッ場に引っ越したときには祖父が猟犬を何頭か飼っていたので,母も犬をかわいがり,寂しさも紛らわせられたのではと思います。
最愛の父が亡くなって,都会から田舎へ引っ越した事で環境も大きく変わってとても大変だったと思いますが,次第に元気を取り戻していく姿を見て,あぁこの人は強いなと思いましたね。
Kazuhisa:
恵子さんのたくましさはお母様譲りだったんですね。
しかし,言葉にしちゃうとちょっと聞こえがよくないのですが,素敵なお母様もいて,シングルマザーのご家庭としては比較的恵まれた環境にいらっしゃったのに,ここへきて考え方がチェンジしたきっかけみたいなものって何かあるんでしょうか。
恵子さん:
と言いますと?
Kazuhisa:
自分が恵まれていると,恵まれていることすら分からないので,もしかしたら還元しようとも思わないんじゃないかなと思いまして。いや「恵まれている」は言い過ぎなんですが,あくまでも相対的な環境の話として。
恵子氏:
なるほど分かりました。
……でもいつでしたかねえ。繰り返しですけど,やっぱり自分がここまで来れたのは,一人の力ではなくてユーザーさんがいてくれたおかげなわけですし,それを意識したときかしら。
芽衣氏:
やはり世代交代を決めたときではないですか?(と恵子さんに向かって)
コーエーテクモも,次世代に引き継ぎをしていってる最中なんですが,そういうことを考え始めた時でないかなと思いますね。会社が大きくなって,自分がそろそろ退いて,次の世代に引き継ぐことを考え始めたときに,資産使いどころについてはどうするか……というように考えるようになったのではないでしょうか。
恵子氏:
そうね,そういうこともあるかもしれないわね。
確かに恵まれていましたけど,でもね,やっぱり苦労したこともあるわけですよ。父の借金がありましたし,それが理由で田舎に行かなければならなかったし。恵比寿の地元に,知り合いや友達,思い出なんかもたくさんありましたしね。
そこそこの生活はできていたんですが,祖母たちが借金を返していったんです。大変でしたね。あと,私は自分が裕福だとは思っていなかったので,常に危機感があってお金を貯めていました。
Kazuhisa:
恵子さんは環境がそうさせたわけですけど,子供の頃からお金の教育ってした方がいいと思うんですよね。私,自分がちゃんとそういうのをされていないので,すごくそう思います。
恵子氏:
そう,絶対そうよ! 孫にお小遣いをあげると,孫は母親に預けるわけですよ。昔もいまもそうでしょう? それでみんな,その子の貯金通帳に入れるわけでしょ?(笑)
でも私の場合は違うの。こないだも小学校4年生の親戚の子に5000円あげて「これは絶対お母さんに預けちゃダメよ。自分で使い道を考えて自分で使いなさい」と。
Kazuhisa:
お金の使い方って,すごく大事な経験だと思いますね。
Ayaka:
ちなみに,今のゲーム業界ができる社会貢献活動として,ほかにはどういったものがあると思いますか?
Kazuhisa:
ゲーム業界って大きなお金が動く業界ですよね。コーエーテクモはもちろんですけど,日本にはいろいろと大きいゲーム会社があって,比較的みなさんキャッシュが潤沢にあるわけです。基本的には,工場を作ったりする必要がない業界ですし。
なので,何かしらゲーム業界でできるようなことで,恵子さんが今やられているような活動以外で,こんなことがいいんじゃない,みたいなことって何か思い付きますか?
直接的な何か,というより,お客様により喜んでいただけるゲームを作ることによって,それが海外で売れれば日本という国の役に立ちますよね。
あと世界中からお金が入ってくるわけで,税金も増えますし,ゲーム業界が力をつけることが,すでに間接的な社会貢献だとも言えると思います。
もちろん,任天堂さんみたいに莫大な金額を注いで思い切ってクリエイティブな作品を作ることも社会貢献だと思いますよ。世界からの日本へのリスペクトも高まりますし。
Kazuhisa:
それはそうですね。大手ゲーム会社の規模になると,もはや存在が社会貢献といいますか。
1人目を産んだら10万円,2人目を産んだら20万円,3人目を産んだら200万円
Ayaka:
コーエーテクモの,4項目ある経営基本方針の一つ「社員の福祉の向上」に,女性の活躍やワーク・ライフ・バランスの推進,育休,産休制度,出産祝金制度などがありますよね。
例えばこういうのも会社の中での社会貢献だと思うんですけども,これらを社内で実施し,制度を利用した社員の実際の印象的なエピソードなどはありますか。
恵子氏:
例えばお子さんが小さい時って,皆さんものすごく忙しい時期ですよね。そんな中当社は,周りが帰りなさいと言って家に帰してあげる社風であると思います。
Kazuhisa:
そのレベルになるまで,さすがに少し時間を要したのでは?
芽衣氏:
そうですね。そうなるまでには結構時間がかかりました。
皆が定時の18時まで働いている中,時短で17時に帰るとなると,帰る側もプレッシャーがありますよね。昔はさらに「こんな忙しいのに帰るの?」と口に出して言われることもあったでしょうし。
Kazuhisa:
かつてはそうでしたよね。容易に想像できます。
今は,社員への教育や「そんな負い目を感じる必要はないよ」というお母さんへの教育などを行い,そういう過程でロールモデルが生まれ,だんだん社内の風土が変わっていきましたね。今はむしろ「早く帰りな」と声がけがあるくらいですし。
あるいはベテランの主婦の人が,5時になったらパッと「帰るね」と先導してくれたりとか。お子さんが急に熱を出して帰っても,今は周りは当然に思う。
それをサポートできる環境が,この10年でずいぶん出来てきた気がします。男性も育児をサポートして,かつ男性も育休を取ることを促しています。
恵子氏:
今,育休を取る率がほぼ100%なんですよ。
Ayaka:
え,それはすごいです。
芽衣氏:
また,会長の発案により「子供は国の宝だから」ということで,第一子誕生で10万円,第二子で20万円のお祝い金を会社から出しています。そこまではよかったんですが,会社は育児をポジティブに考えていることを伝えようということで,第三子以降は200万円だと会長が言い出しまして。
コーエーテクモグループにおける出産祝金制度拡充について (2009)
Kazuhisa:
200万円はなかなかすごいですね……。
恵子氏:
「この子はね〜,いい子なのよ。生まれた時から200万円がくっついて来たの」と奥さんが冗談で言ってたと,社員の男性が言ってたのよ(笑)。
芽衣氏:
女性の活躍推進にしても,最初から「襟川恵子」という女性役員が会社にいたわけです。しかも,働きながら子育てもしてきた経験があるわけで。
管理職が足りない,部長が足りないという時,優秀なのに「私なんかにはできない」という女性社員に対して,会長自ら「何言ってんのよ。あなただったらできるわよ」と後押しをして来ましたね。
恵子氏:
そうよ。この間も一人いたけど,お給料も上がってルンルンしていますよ(笑)。
Kazuhisa:
あぁでも,女性は「私なんかできない」っていうの,確かにありそうですよね。
芽衣氏:
そうなんですよ。優秀なのに自信がないんですよね。そういう子には「大丈夫,できるよ」とポンと背中を押してあげつつ,サポートをしっかりしていけば絶対できるんですけど,そこに辿り着くまでに時間がかかります。
自分次第で明るくも暗くもなっちゃうので,何か暗いことが頭をよぎったら,まず鏡の前でニコッと笑う
Ayaka:
そういえば,コーエーテクモ内で母子家庭のお母さんって結構いらっしゃるんですか?
恵子氏:
いるいる。いるわよ。
芽衣氏:
パーセンテージはお伝えできないですが,世間一般と同じくらいはいると思います。
(恵子さんに向かって)そういえば社内で「襟川教育財団作ったんだって? 素晴らしいね!」と話題になってますよ。
恵子氏:
あら,ほんとに〜?
Ayaka:
あぁ……もう時計が気になるタイミングになってしまったので,私が聞きたかった質問をあと2つだけさせてください。
お金や生きがいの有無に関わらず,誰もが自分を見失いがちな昨今,一番大切なことは何だと思いますか?
そうですね……大変なことがあってもプラス思考が大事。
朝起きたらニコッと笑って,朝行く道に小さな花があったり,綺麗な葉っぱの揺れ方に目を止めたり,そうやって感度を高める……というか,自分を励ます。そんな感じです。
結局自分次第で明るくも暗くもなっちゃうので,何か暗いことが頭をよぎったら,まず鏡の前でニコッと笑えば,それだけで明るい気分になるじゃないですか。そうやって気分を変えたりはしますよ。
Kazuhisa:
セルフコントロール結構難しいです……。
恵子さん:
そうね。色々自分でコントロールできるように,変なことを考えそうになったら忘れるようにしています。
新幹線なんか乗ってて窓をぼーっと見てると,バーっと景色が見えなくなるじゃない? ああいう風に,悪いことは忘れなきゃね。目で追っちゃうと細かいところまで見ちゃうじゃない? それはダメ。こういう切り替えは訓練するとできるようになるわよ。
Ayaka:
では最後に,当時の自分に,今の自分がかけてあげたい言葉はありますか?
恵子氏:
ここまでも話してきましたが,当時の自分は周囲の環境に恵まれていたこともあり,幸いにも金銭的には苦労をせず生きていました。ただ,自分のやりたいことを成し遂げるために,その環境を大いに活かして前向きに努力するのは自分自身です。唯一かけられる言葉があるとすれば「頑張ったね」ですかね。
厳しい環境にいても悲観ばかりせず,頼れるものは頼り,自分の中に強い決意をもって努力すれば必ず報われます。
Ayaka:
子供達にぜひ読んでほしいお言葉です。ありがとうございました。
――――2024年9月17日
ニコニコしながら自らの生い立ちを語ってくださいましたが,いかに自分は恵まれていたかを理解し,そしてそれが偶然の事だったこと,成功した身として世の中にお返しする義務があることを,強く語っておられました。愛情深く,そして同じ女性や子供達への社会的問題に対する解決への信念を強く感じます。
娘の芽衣さんも,恵子さんよりも前から社会貢献の必要性を強く感じており,親子で当財団について語る姿は,家族の団結の強さも感じさせ,教育財団という社会貢献を家族のライフワークとして,世代から世代へと受け継いでいこうという強い熱意を感じました。
また,社員のことを語る時,お二人ともとても楽しそうにお話ししてくださり,社員に大きな愛情を持っていることが伝わってきました。このように女性の活躍や育児に理解とサポートのある企業は,さすがに女性経営陣でないと,ここまで現場に浸透しなかっただろうと思います。私も若かったらコーエーテクモで働いてみたかったです(笑)。
私自身も母子家庭に育ち,母はいくつもの仕事を掛け持ちし,私の教育(留学費用)を支えてくれました。母の愛と努力なしでは今は考えられません。
子供が教育によって自身の可能性を高めることができれば,将来への希望が湧きます。やりたいことを想像する楽しみも広がります。子供によっては傷ついた自尊心を取り戻し,自分を愛せるようになります。
「母子家庭向け教育財団」の活動が,今後どのように展開していくのか,私も楽しみです。ぜひとも神奈川県から全国へ広がり,そして海外留学をする人材もこの教育財団からたくさん生まれ,日本にはもちろん世界にインパクトを与えていく若者が増えていけば素晴らしいと感じました。(Ayaka)
数字で書くとシニアになりかけのように感じるが,実際にお会いすると(業界の方であればよくご存じのとおり)とんでもない。どこにそのパワーがあるのかと思うくらい若々しく,弾丸のようにしゃべり続けてくれる。インタビュワー冥利に尽きる。
恥ずかしながら白状すると,私はこの財団を「素晴らしい社会貢献」として捉えてはいたが自分ごとではなかったので,Ayakaに「どうしても会長と話がしたい」と押し切られるまでは,よくある企業活動の一環かな,それにしたってコーエーはやはり方向性がいいな,くらいにしか思っていなかった。
しかしいざ恵子さん親子に話を聞いてみると,ちゃんと考えられていて(当たり前なのだが),社会に不足している部分を埋めるように作られたものであることが分かり,ますますこの活動が見逃せないものになった。
我々はゲームメディアなので,その特性上,インタビュー中で触れたように「本当にこれが必要な人のところに情報を届ける」という役割において,直接的な手助けは出来ないかもしれないが,これを読んだ人で,もし身の周りに該当する方がいたら,ぜひ情報を共有してあげてほしい。
何かを見たとき,誰かといるとき,その時その時で興味が沸いてくるというのが大事なんですよ。外を歩いていてサワサワと音が聞こえたとき,青葉が春風になびいていることに気付いて豊かな気分になるとか,そんな感性を保つことも若さの秘訣なのかもしれませんね。
と述べていた。(関連記事)
お二人とも,シニアと呼んでもよい年齢にかかわらずまだまだ全然現役でいられるのは,やはりそういうことがとても重要なのだなぁ,と改めて感じることとなった。(Kazuhisa)
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