現実世界の暴力とゲームの因果関係ははっきりしないままだが,世の中はどんどん動いている。今度は,カリフォルニア州の知事であり,有名俳優でもあるアーノルド・シュワルツェネッガー氏が,特定のゲームソフトを未成年者に販売できないようにする法案を承認したことが発表された。アメリカで最も人口の多いカリフォルニアでの出来事だけに,その影響は計り知れない。ゲーム業界はどのように対応していくのだろうか?
■シュワ加州知事「暴力表現は子供のためにあらず」
日本でも神奈川県や東京都などで,過剰な暴力やセックス表現を有するゲームソフトに対する規制が施行されたり議論が活発になったりしているが,アメリカでは10月になってカリフォルニア州知事が同様の法案にゴーサインを出したことで,少なからぬ物議を醸している。
暴力ゲーム規制法案にサインするシュワルツェネッガー州知事と,それを見守るイー民主党議員(右)。シュワちゃんは近頃支持率が衰えているらしいが,アクション映画ばりの秘策はあるのか?(写真は民主党広報サイトより転載)
この法令A.B.1179は,州議会議員である民主党所属Leland Yee(レランド・イー)氏がここ数年取り組んできたものである。主な内容は,有害な(とされる)ソフトを18歳以下の未成年者が購入できないように,ランクの明確な表示と店頭販売の禁止を行うというもので,違反者には1000ドル(約11.5万円)以下の罰金が科せられることになっている。
カリフォルニア州知事といえば,ハリウッドのアクション俳優として有名な"シュワちゃん"ことArnold Schwarzenegger(アーノルド・シュワルツェネッガー)氏である。この法令承認のとき,イー議員やガールスカウトに囲まれた知事は,「本日,子供にとってどのビデオゲームが適しているか親が決めるのに役立つ法案を,承認しました。暴力的なゲームには明確な表示を設け,18歳未満の青少年には販売できないようにするものです。これらの多くのゲームは成人向けに制作されたものであり,子供がどんなゲームで遊ぶのかは,親の判断に委ねられるべきです」とスピーチしている。
イー議員はこの法令について,「ゲーム内容を監視して,ゲーム業界をコントロールするのが目的ではない」と発表している。だが,その一方で同議員は,「インタラクティブ・メディアはユーザーが自分で判断し,場合によっては犯罪の疑似行為までの操作を行うという点で,映画や小説とはまったく異なる性質を持っている」と以前より力説してきた。2004年の段階では17歳未満が対象という法案も検討していたようだが,それより一歩踏み込んだ内容となっている。
■ゲーム業界の自主規制の問題点
この動きに積極的な対応を見せているのが,ESA(Entertainment Software Association)などゲーム業界の関連組織で,カリフォルニア州の決定に反発して,すでにサンノゼ地方裁判所での提訴へと踏み切ったばかりだ。
そもそも,ゲーム業界が自主的に組織しているESRB(The Entertainment Software Rating Board)は,その独自の基準に従って以前からレーティングを行っている。2005年夏に「Grand Theft Auto:San Andreas」のセックスシーンの不正挿入が発覚したときに,店頭販売が自主的に一時中止されたのは,本連載でもお伝えしたとおりである。アメリカではいわゆる"エロゲー"的なソフトは絶対数も少なく,店頭販売しているところは皆無に等しい。これ以上の規制には意味がないと,筆者からのメールに答えてくれたある販売チェーンの広報担当は語る。
もっとも,ESRBレーティングはあくまでも業界内で決められた制度であり,その実情は,制作会社から任意に送られてきたビデオ映像をもとに審査するだけでしかない。そのため,(特殊なプログラムを使わないと見られない)San Andreasの隠しシーンはレーティング審査を通過してしまい,ESRBの信用度が落ち,業界の自主規制の問題点を露呈する形になってしまったわけだ。
カリフォルニア州が,法令A.B.1179でESRBについて触れていないのも,こういう状況が背後にあると考えられるだろう。
この騒動の渦中に突如現れたのが,PSVratingsという,ロサンゼルスを基盤にする企業Media Data Corporation傘下の会社である。同社の創設者であり社長のDavid Kinney(デイビッド・キニー)氏は,すでに公開書簡という形で州政府に働きかけており,「PSVのレーティングシステムは,ゲーム業界関係者による甘い監査規準しかないESRBとは異なり,制定された3000を超えるルールをもとに内容をチェックするため,非常に信用できるものだ」と売り込みに余念がない。
■表現の自由をめぐる業界の威信
この問題が複雑である一因は,一体どこまでが18歳未満には不向きな表現であるのかという線引きが,不明確なところである。
例えば映画産業にも,MPAA(Motion Picture Association of America)という業界団体によるレーティングシステムがあり,商業映画はほとんど,この規格に基づいたレーティングが行われている。当然,シュワルツェネッガー氏主演の「ターミネーター3」や「コラテラル・ダメージ」も審査されており,R指定としてリリースされている。しかしゲームの場合は,イー議員も話すようにインタラクティブなメディアであるうえ,映画のように2時間程度ですべてを見られるわけではない。どこまでが過激表現なのか,どのように操作すれば過激表現になるのか。この基準を,制作する側と審査する側で一致させるのは,至難の業だろう。
現在,カリフォルニア州がどのようなシステムを整備させるのかは明らかになっていないが,まずその規準を明確にできなければ,ゲーム業界や有権者を納得させるのは難しいのではないだろうか。
実際,このような法令はミズーリ州やイリノイ州,ワシントン州でも可決されたものの,ミズーリ州では憲法で定められた「表現の自由」を侵害しているという理由で敗訴しており,他州でも現在係争中にある。
このことから,ゲーム業界の関係者の多くは,今回の件を楽観的に見ているようだ。「来年再立候補を表明したばかりの州知事が,予算削減で敵に回した教育関係者やPTAのご機嫌取りをしているだけ」などという,冷ややかな意見も聞こえてくる。
カリフォルニア州とゲーム業界の争いは始まったばかりだが,今後問題となりそうなのは,カリフォルニア州の法令A.B.1179が,オンラインによる販売も範疇に含んでいると解釈できることである。つまり,規制対象となったゲームを他州からオンライン経由で販売する場合も,購入者が18歳未満であれば違法となりかねないわけで,これは全米規模でゲーム業界に影響してしまう。また,オークションサイトなどを使った個人売買では,規制することさえ難しいだろう。
しかし,なんらかの対策を講じなければ,訴訟社会のアメリカでは,ゲームを制作した側まで裁判に巻き込まれてしまうことだって十分に予想できる。
ゲームだけで3兆5000億円規模という市場を抱えるアメリカの中でも,最も人口の多いカリフォルニア州の出来事だけに,関係者が受けたショックは大きいはず。またレーティング監査が,まったくの部外者である私企業に委ねられては,業界の沽券にも関わるはずだ。先の販売チェーン関係者も,「我々にも,政府に強力に働きかけるためのロビイストが必要だ」と話している。
この問題は,大人向けのアクションゲームなどでアメリカへの進出を図る日本のゲーム産業も,無視できないはず。今後の成り行きにも,注目していきたい。