Ultimaシリーズというと,最近ではMMORPGの「Ultima Online」(ウルティマ オンライン)しか知らない人もいるだろうが,もともとはシングルプレイ専用のRPGである。
今や生きた伝説と化している,“ロード・ブリティッシュ”ことRichard Garriott(リチャード・ギャリオット)氏が生み出したシリーズで,「Wizardry」「Might & Magic」と共に,世界三大RPGとされていた。しかしシングルRPGとしては,(番外編などを除く)9作目の「Ultima IX: Ascension」が,最後の作品となってしまっている(今後続編が出る可能性はゼロではないが,「Ultima X: Odyssey」の開発が中止された今となっては,かなり難しそうだ)。
ここで紹介する「ウルティマ IX アセンション EA BEST」は,このUltima IXの日本語版の,さらに廉価版という位置付けになる。
Ultimaシリーズの主人公は,アバタールと呼ばれている(正確には,「Ultima IV: Quest of the Avatar」で聖人“アバタール”になって以降)。このアバタールは,実は我々と同じごく普通の現代人だったのだが,あるときブリタニアと呼ばれる世界に召喚されて,その地を破滅の危機から救ったことで,英雄となる。
その後,Ultimaの世界に異変が起こるたびに呼び戻されること8回。その一つ一つがゲームとして発売され,ついに彼は,最後の旅を迎えることとなる。
ブリタニア各地に,突如として地中より巨大な塔が出現し,それと同時に人々から八つの徳が失われていった。この原因を探るべく,再び(というか九度)この地に降り立ったアバタールは,ブリタニアが,猜疑心,傲慢,強欲といった負の感情に満ちた人々の住む世界へ変わってしまったことを知り,愕然とする。
この事件の背後には,アバタールの宿敵であるガーディアンと,かつてブリタニアの世界を我がものにしようとしたロード・ブラックソンがいた。
世界各地に出現した塔によって荒廃した神殿を復活させ,人々を元の穏やかで豊かな暮らしに戻し,ガーディアンの真の狙いが何かを突き止めるのがアバタールたるプレイヤーの使命なのだ……。
当時としては珍しい,フル3Dグラフィックス&3DサウンドのシングルプレイRPGで,シリーズの総集編にふさわしい壮大なスケールの冒険が描かれている。リリースされた直後はその「重さ」も話題になったが,その最低動作環境はPentium II/266MHz以上,メインメモリ64MB以上と,今のPCでは,問題なくスムースに動かせるはずだ。
なお日本語版では,200人以上存在するNPCキャラクターのセリフも,すべて日本語音声に吹き替えられている。
また,経験値という概念がないのも,本作の特筆すべき特徴だろう。いや,データ上にはあるのかもしれないが,一切プレイヤーの目に触れないようになっているのだ。
したがって,レベルもないし,レベル上げという作業も必要ない。さらにSTRやDEXなどのパラメータもないため,キャラクターの状態というのは,数値的にはまったくつかめない。ゲームを進め,敵と戦っているうちに,気がつくと画面下に表示されるヒットポイントを示すバーが長くなっており,「ああ体力が上がっているんだな」と分かる程度である。
開発側としては,ゲームに登場するキャラクターを,レベルや力強さなどの数値で表現したくなかったのだろう。確かに,ある意味リアルである。常に新しいシステムを開拓するUltimaシリーズらしい,斬新なアイデアだ。同じような理由からか,例えば敵を剣で斬りつけても,どの程度のダメージを与えているかといったことも表示されない。とにかく相手が死ぬまで,斬りつけ,魔法を唱えるだけである。
Ultimaシリーズ最大の特徴は,世界の破滅をもくろむ巨悪を退治するというファンタジーRPGの王道ともいえるストーリーに,「徳」という概念を導入していることだ。
徳には献身,謙譲,名誉,霊性,慈悲,武勇,誠実,正義の八つがあり,Ultimaの世界各地に,それぞれの徳を守る神殿が存在している。人々はそれらの徳を守ることで,多くが穏やかに暮らしている。
当然ながら,ブリタニアの救世主である主人公のアバタールにも,この八つの徳を遵守することが求められる。
したがって,RPGでよくある,“人の家に勝手に入りこんで引き出しを開けてお金をもらっていく”などという行為は,良くないとされる。もちろんやろうと思えばできるのだが,あまり繰り返していると,アバタールの能力が下がるなどのペナルティが課せられるのだ。自然とプレイヤーは,ゲーム内で常に責任ある行動を心がけるようになり,そのうちプレイヤー自身も,品位と真の強さとを兼ね備えたアバタールと一体化していく……。この徳を守るという精神が,ほかのRPGにはないUltima独特のプレイ感を生んでいる。
街を歩いているときに泣いている子供がいれば優しく声をかけ,山道で追いはぎに出会えば勇猛果敢に立ち向かうなど,ゲームをプレイしている間,プレイヤーはまさにアバタールとなってブリタニアに生きているのだ。
しかし,以前に同シリーズをプレイしていたときはなんとも思わなかったのだが,今になってウルティマ IXをプレイしてみると,この徳の精神が鼻につくこともある。多様な価値観を持っているはずの人間に,一方的な価値観を押し付けているような感じがするのだ。
アバタールとて人間である。さまざまな欲望を持っているはずだが,この世界では常に献身的で,慈愛に満ち,悪に立ち向かう強靭な精神を持っているように描かれている。しかし,果たして彼の本当の姿はどうなのだろうか? 我々プレイヤーが見ていないところで,実は苦悩し,葛藤し,時には誘惑に負けているのではないだろうか?
ギャリオット氏は,品行方正なブリタニアの世界と,そこに生きる英雄アバタールの生き方を通して,人間性とは何なのか,人間はどのように生きていくべきなのかを考えさせようとしたのではないかと,今初めて気がついた。
今どき,こんなに考えさせられるゲームには,そうそうお目にかかれないだろう。だからこそ,かつては人気があり第9作までシリーズ化されたものの,現代の我々には,もはや受け入れられなくなってしまい,結果として第10作は作られなかったのだろうか。
となると,人間は次第に思索的ではなくなり,即物的/唯物的になってきたのかもしれない。もしかすると,我々の住むこの世界は,本作で危機に瀕していたブリタニアのようになってきているのではないだろうか。我々に今一番必要なのは,アバタール=救世主なのかもしれない……。
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などという話は抜きにして,今プレイしても十分に楽しめたというのが,正直な感想だ。サブクエストも充実しているので,この年末年始の休みにじっくりやり込むのにも良さそうである。さすがに攻略本は絶版のようだが,攻略サイト(日本語,英語共に)ならばわずかながらも残っているので,行き詰まってしまっても何とかなりそうだ。
確かに,今となってはグラフィックス的には古臭いし(1999年に発売されたゲームと考えれば十分凄いが),移動などのキー入力に対して,キャラクターの動きが少し遅いなどプレイアビリティに関しての不満もある。とはいえ,最近では少ない,大作RPGとしての香りを色濃く残した本作は,生粋のRPGファンに,ぜひ一度プレイしてみてほしい。2000円程度で,これだけの大作がプレイできるなんて,良い時代である。
また,たまに古いゲームを遊ぶと,今のゲームの良いところ/悪いところが見えてくるので,若いゲーム業界人達にも,ぜひ本作に触れてもらいたいものだ。こういったゲームが,数ある作品の中の選択肢の一つとして再び作られるようになることを,切に願う。