― 連載 ―


 ウォルスンガ・サガ 

 北欧には「ウォルスンガ・サガ」(Volsunga Saga)と呼ばれる伝説が残されていて,ウォルスンガ一族を中心にシグルド(ドイツではジークフリートと呼ばれており,我々にはこちらの名前のほうが馴染み深い)という英雄の活躍が描かれる。この「ウォルスンガ・サガ」には,今日のゲームや小説に見られるようなシチュエーションが多く,ファンタジー好きなら興味深く読めることだろう。
 ワーグナーの有名なオペラ「ニーベルンゲンの指輪」は,この「ウォルスンガ・サガ」をベースに作られたものであり,壮大な物語が楽しめる大作オペラとして有名だ(公演は一日で終わらず,数日に分けて行われるほどのボリュームである)。
 今回は「ウォルスンガ・サガ」の主人公であるシグルドにスポットを当てつつ,彼の振るった"グラム"(Gram)と呼ばれる剣について紹介してみよう。

 樹木に刺さった剣 

Illustration by つるみとしゆき
 北欧神話の主神であるオーディンの末裔に,ウォルスンガ王という人物がいた。彼はワルキューレのフリョーズと結婚し,勇敢なシグムントと美しいシグニーという二人の子をもうけた。
 ウォルスンガ王はシゲイル王と長年争ってきたが,シグニーの美しさを聞いたシゲイル王は,シグニーを妻に迎えたいと申し出てきたのである。ウォルスンガ王は,親族になれば争いはなくなり平和が訪れると判断し,結婚を快諾した。
 結婚式の当日,どこからともなくローブをまとった片目の老人が現れた。そして一振りの剣を木の幹に突き立てると「木の幹から剣を抜くことができたなら,その者に剣を与えよう」と言い残して消えてしまった。
 多くの者が幹から剣を抜こうとしたが,剣はびくともしなかった。しかしシグムントが剣に手をかけると,剣は幹から抜けてしまった。実はこの剣を木の幹に刺した老人は北欧神話の主神であるオーディンで,この剣こそが魔力を秘めた剣グラムだったのである。
 グラムを見たシゲイル王は,大金を積んで剣を譲ってほしいと交渉を持ちかけたものの,シグムントは「剣は私を選んだのだから」とキッパリと断った。これに腹を立てたシゲイル王は,挙兵するとシグニー以外を皆殺しにようとした。だがシグニーが嘆願した甲斐もあって,シグムントだけは生き残ることになったのである。

 シグルド誕生 

 シグムントとシグニーは,ウォルスンガ一族の血を絶やさぬため子供をもうけた。生まれた子供はシンフィヨトリと名づけられ,復讐の機会を待ちつつ,日々シグムントと訓練に明け暮れるのであった。だが,これを悟ったシゲイル王は,シグムントとシンフィヨトリを牢屋に閉じ込めてしまう。
 この幽閉生活も長くは続かなかった。シグニーがグラムを牢に届けたことから,シグムントは剣で壁を切り裂いて脱出すると,シゲイル王の屋敷に火を放ったのである。こうして念願の復讐を遂げたシグムントだったが,燃え盛る屋敷を見たシグニーは,やはり夫と運命を共にすると伝えると命を断ってしまった。
 それから年月が過ぎたが,その間にシンフィヨトリは毒によって死んでしまったため,シグムントは新たに後継者(息子)を得るべく探して見つかったのが,ヒョルディースという女性。しかし,この女性をめぐってリュングビ王と戦うことになる。シグムントはグラムを振るって善戦するも,突如戦場にあらわれたオーディンがグングニル(「こちら」)を振るってグラムを叩き折ってしまった。近親相姦という罪を犯したからである。
 シグムントは敗戦したばかりか,致命傷を負ってしまった。死に際,シグムントはグラムの破片を集めるとヒョルディースに渡し,我が子に渡すようにと伝えると息を引き取った。こうして生まれてきたのがシグルド(ジークフリート)なのである。

 ファフニールとの戦い 

 シグルドはデンマークの王のもとで育てられたが,やがてレギンという男に引き取られた。レギンが養父に立候補した裏には,シグルドを使ってレギンの兄ファフニールを殺害しようという思惑があった。
 実はレギンには,ファフニールとオトという兄弟がいた。オトは神の過ちによって殺されてしまい,一家は賠償金として黄金を手に入れたのである。しかしファフニールはドラゴンに姿を変えると,この黄金を独り占めしたのだ。常日頃からこの黄金を狙っていたレギンは,シグルドを戦士として鍛えた。
 ある日レギンは,ドラゴンを倒すようにとシグルドに話した。レギンは優れた鍛冶職人だったので,戦いに向かうシグルドのために剣を鍛えたが,どうしてもシグルドが満足する剣が打ちあがらなかった。そんなとき,シグルドは亡き父が残した剣の破片のことを思い出した。そこでグラムの破片をレギンに渡すと,一振りの立派な剣が打ちあがったのである。これこそが新生グラムで,シグルドが剣を鍛えるときに使う金床めがけて振るうと,金床は真っ二つになってしまった。
 グラムを持ち,オーディンの愛馬スレイプニールの子供であるグラニに乗ると,シグルドはファフニールとの戦いに向かった。苦戦しつつも,グラムがあったことでファフニールを見事倒し,黄金を手に入れた。するとどこからともなくレギンが現れて,ファフニールの心臓を食べさせてほしいと話した。そこでシグルドはファフニールの心臓を焼いたが,焼け具合を確認しようとしてドラゴンの血がついた指を舐めると,彼は急に鳥の言葉が理解できるようになったのだ。鳥達はレギンが裏切ろうとしていることをささやいていたため,シグルドはレギンの思惑を察知し,その首を刎ねてしまった。
 また,ファフニールとの戦いで全身にドラゴンの血を浴びたことで,シグルドの身体は鋼のように堅くなり,剣を通さなくなったという。だが背中に一枚の木の葉が乗っていたたため,そこだけは血が付着せず,シグルドの弱点になったともいわれている。

 物語が壮大なため,シグルドの活躍すべてを紹介できないのが残念だが,物語の終盤は悲劇へと向かっていく。名剣や魔剣が打ち直されて生まれ変わるという話や,ドラゴンとの対決といったシチュエーションを始め,ファンタジー映画/小説の原点ともいえるエピソードが満載なので,興味があったらぜひとも一読してもらいたい。なお,オペラ「ニーベルンゲンの指輪」では,グラムではなくバルムンクという名前で紹介されている。
 グラムの形状に関する記述はほとんど見られず,両刃のロングソード程度の剣として描かれることが多いようだ。父から子へと継がれる剣は数多くあれど,その原点はグラムにあるといってもよさそうだ。



■■Murayama(ライター)■■
ゴールデンウィーク中,昔からの酒飲みクレイジー仲間と,いつものように酒をかっくらっていたMurayamaは,酔っぱらった勢いで酒と子供用のゴルフクラブを持って都内の某公園へ。そこでクレイジー仲間との「パットパットゴルフ大会」が始まり,翌日気がつくと体のあちこちが擦り傷だらけになっていたという。どういう大会だったのかは覚えがないらしいが,逮捕されなくてよかったですね。