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[CEDEC 2023]ゲームと“こころの健康”はどう関係している? ゲームがウェルビーイングに与える影響をテーマにした講演をレポート
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印刷2023/08/29 13:40

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[CEDEC 2023]ゲームと“こころの健康”はどう関係している? ゲームがウェルビーイングに与える影響をテーマにした講演をレポート

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 ゲームがこころの健康や幸福(ウェルビーイング)にどのような影響を与えるのか。これは世界中の心理学,メディア学,行動科学,神経科学などの科学者によって研究されているテーマの一つである。

 2023年8月23日から25日まで開催されたCEDEC 2023の最終日に,ゲームと心の健康や幸福感の因果関係についての研究成果や科学的知見を伝える「幸せのみつけ方―ゲームがウェルビーイングに与える影響から個人の環境・性質による違いまで」というセッションが行われた。まだあまり一般的ではないかもしれないが,しかしゲームが当たり前に身の回りにある現在において重要なテーマを取り扱ったセッションをレポートしよう。

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 講演者として登壇したのは,日本大学の経済科学研究所で助教を務める江上弘幸氏と政策研究大学院大学の山本剛資氏。両氏は,さまざまな分野の研究者や識者とともに,チームとして多角的な視点でゲームの研究を行っている。

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 まずはゲーム研究のはじまりから語られた。
 江上氏はもともとゲーム好きではあったが,研究対象としてゲームを取り扱ったのは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大がきっかけだったという。
 緊急事態宣言で自宅にいるものの,仕事によって子どもに手をかけてあげられないとき,Nintendo Switchがあったことで子どもたちが喧嘩をせずに仲良く過ごせるようになり,家が平和になった。この出来事を,「では,研究者の間ではこういう状況をどう見ているのだろう」と興味を持ったのがスタートだったそうだ。

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 調べて感じたことが,科学的なエビデンスをもとに研究者が理解していることと,一般的なイメージとして広まっているものとのギャップ――偏見や誤解があることだった。そして,“ゲームがひとに与える影響を調べている分野”というもの自体,とても興味深いものだったという。

 ゲーム研究を行う研究者は,医学や精神医学,心理学,メディア学,行動科学,神経科学,社会学と,そのバックボーンはそれぞれ異なる。それだけさまざまな分野の研究者が,何十年も研究に奮闘しているわけだが,その理由が“ゲーム研究は生活習慣の研究”にあたるからだという。

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 生活習慣の研究というものは,科学にとってあまり得意なものではないと江上氏は説明する。適度なアルコールは身体にいいのか? コーヒーは? 断食は? マラソンなどの持久スポーツは? ……といったように,長期的な研究や多角的な視点が必要となるものが多く,簡単に結論が出せるものではないからで,ゲームもそれに含まれるというのだ。

 ゲーム研究の現状を調べて,もう一つ興味深いことがあった。それは,さまざまな分野の研究者が各々の視点で研究を進めているものの,どの分野の研究も,ほかの分野がどう言っているかを無視しがちという点だ。これが一般の人にとって分かりにくくしている部分だと感じているという。

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 ここで,あらためてセッションのテーマであるゲームとウェルビーイングの話題に移る。
 ウェルビーイング(Well-being)とは,Well(よい)とBeing(状態)を組み合わせた,身体的,精神的,そして社会的に満たされた。健康的で幸せな状態を表す概念の言葉である。

 ゲームにおけるウェルビーイング研究は,主に医学,精神医学,心理学の分野で進められている。そして研究チームで調査した結果によると,それらの研究では,医学はゲームは“悪”寄り,心理学ではそれとは対照的に“良い”ほうで考えられているという(精神医学はそれらの中間的な立ち位置になる)。

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 医学では,ゲームそのものというより,スクリーンを見ている時間(スクリーンタイム)の影響を懸念し,良くないものとしての研究が進んでいるそうだ。
 一方心理学は,「どんなゲームをどんな人がやっていて,それがどういう効果があるか」の研究を進めている。料理や食材が身体にとっていいものかどうかは人によって異なるが,これはゲームでも同じことが言えるという。作品ごとに人に与える影響は異なるため,ひとくくりにしてゲームを否定することはできない,という考えがあるようだ。

 またここでは,日本国内の印象と世界における日本の印象を調べた内容も伝えられた。国内では医学の臨床寄りのゲーム障害の研究者が有名で,世界でも有名な日本人のゲーム研究者と言えばゲーム障害の研究者であるという。
 世界的には,中国,シンガポールに並ぶゲーム規制の国というイメージが広がっているようだ。世界的な医学雑誌のLancetで,香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」が引用されたこともあるという。なお,前述のとおり医学は基本的にゲームの悪影響を懸念している論調が強いので,同誌の取り上げ方は「ネット・ゲーム依存症対策条例」に対して肯定的だったとのこと。

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 ゲームとウェルビーイングの従来研究について紹介された。
 1つめは,おそらく有名であろう,暴力的なゲームの研究だろう。暴力的なゲームは,人を暴力的にするのか。長年のテーマとして20年近く,多くの論文が書かれ,研究が盛ん“だった”分野だ。

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 なぜ過去形かというと,非常に長い期間,多くの研究が行われたものの,どれもはっきりとした結果が出なかったからである。ゲームはゲームでしかない――悪い意味ではなく,そこまでの効果はないのではないか? というところに落ち着きはじめ,研究は下火になっていったという。

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 続いて,心の幸せやメンタルヘルスにおいて「ゲームは悪い」「ゲームは実は良い?」という研究について説明された。
 そもそも,研究者のなかにも「ゲームは人に悪い影響を与えるに違いない」という考えを持っている人は多く,一部の研究でネガティブな関係があることも示されている。だが,調べてみるとそれは「悪いことを示した研究がたくさんある」という先入観が強く影響しており,実際にそういった論文を集められるかと言えば,思っているようには見つからないのが現実だそうだ。

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 むしろ,ポジティブな関係を示す研究結果を探すほうが楽だと江上氏は話す。
 例えば心理学の実験室研究では,昔からゲームは良いものとして扱われていることが多く,またセラピー研究では,良いもの(とくにエクサゲームやカジュアルゲームなど)であることが当然のように扱われているからである。
 この,ゲームは“悪い派”と“良い派”は相容れることなく別々に研究が進められ,そして,さらにここ近年は“良くも悪くもない”という研究も現れているという。

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 ここで,これらの従来研究の弱点が指摘された。
 これらの研究は主に観察研究(かつ相関研究)と研究室での実験の2種類で行われるが,それには「相関研究の結果からは言えることは少ない」「研究室での実験結果が研究室外でも成立するとは限らない」「ゲーム時間の自己申告は信用できるか?」といった3つの弱点がある。

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 取り上げて指摘されたのが「相関研究の結果から言えることは少ない」である。これは相関関係と因果関係は≠(ノットイコール)であるからで,プレイ時間の軸が伸び,それでメンタルヘルスの数値が悪くなるというグラフの結果があったとしても,そこから因果関係は出せない。
 有名な例を挙げると,“チョコレート消費量が多い国はノーベル賞受賞者を多く輩出する”という研究結果があるからと言って,では国民にチョコレートを配ればどの国もその結果につながるのか? という話だ。

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 そういった過去の研究結果や従来研究の弱点を踏まえつつ,ゲームとウェルビーイングの因果関係の研究を始めたのが江上氏たちのチームだ。
 有用な方法として選ばれたのが,自然実験と因果推論。ここ20年ほど経済学の分野で使用されているもので,それは2010年ごろからの「因果革命」を起こし,近年は同分野に貢献した人物がノーベル賞を受賞している。

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 自然実験について,「コロナ禍におけるSwitchとPS5の抽選販売」のデータで行った実例を通して語られた。
 Switchの場合,2万人のデータを集めた際,Switchの抽選に参加したことがある人が1773人,うち当選したことがある人が726人,外れた人が847人いた。さらに当選して購入した人(716人)/買わなかった人(210人),落選したが別の手段で買った人(382人)/結局Switchは買わなかった人(465人)がいる。こういったデータをうまく使い,因果推論を行う自然実験を行ったという。

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 なぜゲーム機の抽選販売で行ったかというと,これが因果関係を立証するために使われるバランステーブルとして有効的だったからだ。
 これまでの相関研究では,「Switchを持っている人」と「持っていない人」の比較が行われていた。しかしこのアプローチでは,平均年齢や子どもがいる家庭の割合といったあらゆる属性の割合や数字(人数)が違うため,このデータをベースに持っている人と持っていない人のメンタルヘルスを比較したとして,それにSwitchがどの程度影響を与えているかは確認できない。

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 一方,Switchの抽選に当たった人と当たらなかった人にすると,各属性が近しいものとなる。当落の結果には学生が有利だったり既婚者のほうが当たりやすいといった要因はないので,とくに何もしなくても各属性が同じような割合と人数になるわけだ。この条件からであれば,ゲームとウェルビーイングの因果関係が考えられる。
 こうして自然実験を活用した研究では,家庭にSwitchやPS5といったゲームがあると,メンタルヘルスや生活満足度が改善されるという結果が示されたという。

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 さらに,個人や環境の性質の影響にも注目した実験も行われた。
 ゲームの影響が誰に対しても同じであれば平均値さえ見ればいいが,けっしてそうではないはず。個人の特性やプレイ環境の影響はないのか,機械学習を用いて,PS5とSwitchそれぞれが個人に与える影響の推定を行ったという。

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 これで面白い結果が得られた。PS5は大人へのポジティブな効果が大きく,Switchは子どもに効果が大きい。PS5は男性,単身,夫婦2人暮らしへの効果が大きく,Switchは違いがないといった,ハードのよる違いが研究結果として現れたのだ。
 時間の都合上詳しい説明はなかったが,さまざまなハードやジャンルの違いが存在するゲームというものを,簡単に“ゲーム”という言葉でひとくくりにして研究するのは,実態を掴みにくくすることであると,江上氏はこの研究結果をとおして伝えたかったようだ。

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 最後に,ウェルビーイングを測ることについて,よく用いられる課金額やアクティブユーザーといった指標では測れないものに着目する意味でも面白いものだと語った江上氏。ゲームを遊ぶことで感じられる幸せな気持ちを“科学すること”は,社会的に充実した日々を過ごせるという社会貢献の側面があるのはもちろん,長期ユーザーにもつながる“作品愛”の測りとしても興味深いものとなりそうだ。ゲーム業界でもウェルビーイングの考えや研究が進むことに注目したい。

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