業界動向
Access Accepted第488回:再注目されるエピソディックゲーム
2015年にリリースされた「ライフ イズ ストレンジ」に採用されたほか,2016年内のリリースが予定されている「Hitman」「Squadron 42」,そして「Kingdom Come: Deliverance」など,いくつかのタイトルにおいて「エピソディックゲーム」という販売手法が使われており,ちょっとしたブームになっているという印象だ。10年前,鳴り物入りで登場したものの続かなかったエピソディックゲームだが,2012年に発売されて高い評価を得たTelltale Gamesの「The Walking Dead」シリーズあたりから,ふたたび注目が集ってきたのだ。
エピソディックゲームで実績を積んできたTelltale Games
「エピソディックゲーム」という販売手法がいつ名付けられたのかについては,残念ながら確実な情報は見つからなかったのだが,10年前の2006年3月に掲載した本連載の第69回「エピソディックゲーム」では,すでに紹介しており,その単刀直入すぎるタイトルからも,筆者がその頃初めて耳にし,興味を持った言葉であることが分かる。
厳密な定義があるわけではないが,一般にエピソディックゲームとは,1本のゲームをテレビ番組のようにいくつかのエピソードに分けてリリースすることを指す。多くは数週間,もしくは半年といった単位で新しいエピソードが追加されていき,分割のしやすさから,アドベンチャーゲームとの相性が良い。このように,エピソディックゲームはジャンルではなく,1つのビジネスモデルの名称であり,「エピソディック形式」と呼ばれたりもする。
上記の記事で紹介したように,「SiN Episodes: Emergence」や「Half-Life 2: Episode」シリーズなど,当初は「Steam」のオンラインゲーム配信機能を最大限に生かせる販売方法として,Valveが積極的にアピールしていたが,現在,上記の2タイトルはどちらも完成に至っていない。
「SiN Episodes: Emergence」は売れ行きが伸びず,デベロッパのRitual Entertainmentが買収され,「Half-Life 2: Episode」については度重なる仕様変更の末,ほかのプロジェクトが優先されて無期限開発延期になったと言われる。
ちなみにValveは,「Steam Machine」や「Steam VR」をバックアップするため,そろそろ「Half-Life 2: Episode 3」や「Half-Life 3」を再始動しても良さそうな気もするのだが,「Steam」が成功を収めているため,どうやらゲームソフトの開発を行うことへの経営的な動機は乏しいようだ。
ともあれ,そうした状況下にあって着実に実績を積み上げてきたのがTelltale Gamesだろう。2004年に旧LucasArts Entertainmentの開発者を中心に設立された同社は,2006年3月にUbisoft Entertainmentから「CSI: 3 Dimensions of Murder」をリリースする。アメリカの人気テレビドラマをライセンスした作品だったが,この作品でメジャーデビューを果たした同社が続いて市場に投入したのがエピソディック形式を採用した,「Sam&Max Save the World」だった。2006年10月から2007年4月にかけて,計6つのエピソードがリリースされた本作はヒットし,Telltale Gamesの現在の姿を築くことになった。
2010年にリリースされた「Back to the Future: The Game」では,当時25周年を迎えた映画の効果もあって注目され,翌2011年には「Jurassic Park: The Game」「Law & Order: Legacies」などを制作。さらに,いくつかのメディアからゲーム・オブ・ザ・イヤーを獲得した「The Walking Dead: Season One」(2012年)以降,「The Wolf Among Us」(2013年),「Tales from the Borderlands」(2014年),「Game of Thrones」(2014年),「Minecraft: Story Mode」(2015年)と,テレビドラマや映画,コミック,そしてほかのゲームなどをテーマにしたエピソディックアドベンチャーを次々に開発してきた。
2016年には「ザ・ウォーキング・デッド」の登場人物1人にスポットライトをあてた「The Walking Dead: Michonne」,そしてタイトルは未定ながら,人気コミック「バットマン」のエピソディックゲームもリリースする予定だ。
クラシカルなアドベンチャーゲームに留まらない多様性
ともあれ,このTelltale Gamesの約10年におよぶ地道な継続作業が,Valveでさえも途中でやめてしまったエピソディックゲームというビジネスモデルを,ゲーマーに強く認識させたことは疑いがない。Telltale Gamesがなければ,エピソディックゲームはキワモノ扱いされていたはずだ。
もっとも,エピソディックゲームへのリソース集中は,Telltale Gamesにとって理にかなったものでもある。開発に利用している「Telltale Tool」は,同社設立以来,現在まで使い続けられ,規模的にR&Dにそれほどの予算を割けないという同社の事情もあるが,「Source」エンジンのアップデートでリリースが大幅に遅れた「Half-Life 2: Episode 2」のようなことが起きづらい。
また,エピソディックゲームにすることで,社内の人材を効率良く回転させることができるというメリットもある。
ライセンスした作品のストーリーをたどるだけでなく,その世界観をうまく昇華し,オリジナル版のファンにもしっかりとアピールできる作品に仕上げていることが,「Telltale Gamesのゲームは面白い」とファンに評価される最大の理由であることは,言うまでもないだろう。
ゲームプレイは,会話の選択やクイックタイムイベントを基本にした分かりやすいものだが,例えば登場キャラクターの誰かに死んでもらわなければならないという過酷な選択肢が用意されるなど,プレイヤーを引き込んで離さない展開が,巧みに次のエピソードのセールスにつながっている。「Steam」のようなデジタル配信システムと,ストーリーやゲーム性で引き込むコンテンツの面白さがあってこそのエピソディックゲームというわけだ。
そんなエピソディックゲームを採用して,昨年話題になったのが,欧米で2015年に発売されたフランスのDONTNOD Entertainmentのアドベンチャーゲーム,「ライフ イズ ストレンジ」だ。欧米では2015年1月から数か月おきに全5話が配信されており,いじめや親との確執といったゲームのテーマとして取り上げられることの少ない問題を描いたことで評価された。日本では,2016年3月3日に,全話まとめてリリースされる予定になっている。
そのほか,3月に最終章が配信されるCamouflajの「République」,2013年から2014年にかけてエピソードが配信されたCardboard Computerの「Kentucky Route Zero」など,エピソディック形式を採用したインディーズ作品も少なくない。
2016年のエピソディックゲームには,さらに興味深いものがいくつか登場する。その1つである「Squadron 42」は,クラウドファンディングで資金を調達して開発中の「Star Citizen」から,シングルキャンペーン/Co-op部分だけを独立させたゲームで,3つのエピソードがリリースされる予定になっている。
さらに,ステルスアクション「Hitman」も3月から毎月,ミッションの舞台となるマップが配信されるし,中世の生活風景をリアルに描いたオープンワールドのRPG「Kingdom Come: Deliverance」も3つのエピソードに別れてリリースされ,探索できる地域が段階的に広がっていくという仕組みを採用するなど,単純なエピソードの分割配信とはまた異なった広がりを見せている。
もちろん,エピソディックゲームには,最初のエピソードが面白くなければ次のエピソードを購入してもらえないリスクや,待つのが嫌でパッケージ化されるまで購入を控える人が出てきたりと,収益予想が立てにくいというデメリットもある。それだけに,「ライフ イズ ストレンジ」や「Hitman」は,大手メーカーがエピソディック形式を採用したという点で興味深い。
Telltale Gamesのタイトル以外,姿を消したかのように見えたエピソディックゲームだが,ここに来て,再び注目されるようになってきた。これからエピソディックゲームがどのような発展を見せるのか,じっくり追っていきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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