企画記事
逆に今,「アナログ版マジック:ザ・ギャザリング」にハマった! あるプレイヤーが語る,“物理カードでリアルに対戦する楽しさ”
「マジック:ザ・ギャザリング アリーナ」をプレイするなかで,一体なにがあって筆者はアナログ版「MTG」の沼へ引き込まれたのだろうか? そしてアナログ版であることの魅力とはなんだろうか? われわれはカードゲーマーの秘密を解き明かすべく,アマゾンの奥地,いや,イクサラン(注)の奥地へと向かった――。
注:イクサランは「MTG」に登場する次元の一つで,恐竜がすむジャングルと海賊の世界。
MTGアリーナのプレイ画像 |
気が付けば沼中だった
「マジック:ザ・ギャザリング」(以下,MTG)はカードを集めて対戦を行う,いわゆるTCG(トレーディングカードゲーム)の元祖であり,30年以上の歴史を誇るカードゲームだ。
デッキ・手札・墓地という基本的な組み合わせや,マナと呼ばれるリソースを使ってカードを展開していくルールなど,現在のカードゲームの多くで採用されている遊び方の基礎を築いたのもこの「MTG」である。
長い歴史を持つ「MTG」は,現在も精力的に新製品を発売し続けており,各地で多数のイベントが開催されているホットなゲームでもある。
デジタル版も配信されており,「マジック:ザ・ギャザリング アリーナ」(以下,MTGアリーナ)はSteamやスマートフォンでも気軽にプレイできる。「MTGアリーナ」ではテーブルトップ(実物のカード)の販売とほぼ同時に新カードが実装されるため,基本的にはデジタルでもアナログでも同じ環境でゲームが楽しめる。
ただし古いカードは実装されていないので,アナログと同じ環境なのは発売三年間のセットを使う「スタンダード」というルールと,パックから出てきたカードだけでデッキを作る「リミテッド」のみだ。
「MTGアリーナ」なら,いつでもどこでも無限に対戦相手を見つけられるし,カードショップに行かなくてもいいし,場所も取らない。テーブルトップと比べると遊ぶまでのハードルは非常に低く,筆者も2022年に「MTGアリーナ」を始めてから数年間,アナログのカードには手を出してこなかった。
しかしそんな筆者も今や実物のカードを買い漁っているし,デッキをいくつも作っているし,カードのイラスト違いにもこだわっているし,オフラインイベントにも参加している。テーブルトップの「MTG」沼にすっかり引き込まれてしまっている有様だ。
初めて買ったパックから出てきたカード。数十年前のセットで展開された物語が歴史として語られている。能力とストーリーの結びつきも「MTG」の魅力 |
グッズとして物理カードを集め始める
初めて購入した紙の「MTG」は,「MTGアリーナ」を続けて一年くらいが経つし,ちょっとグッズを買ってみてもいいかも……という気持ちで購入したいくつかのブースターパックだった。
紙のカードはそれだけでもグッズとして魅力的だった。Foilと呼ばれる光沢が出る箔押し加工がされたカード,特殊なフレームのカード……。どれもとてもきれいで,どんどん沼に引き込まれていった。イラストは塗りが緻密だし,デジタルで使ったことのあるカードが出るとうれしい。ときどき出る特別なイラストも見ていて満足感がある。
中でも「MTG」の基礎となる基本土地カードは種類も豊富にあるうえ,一つひとつが舞台となる世界の風景画となっていて,見ていて飽きない。
特に筆者が好きなのは「カルロフ邸殺人事件」のフルアート土地カードだ。ラヴニカというどこまでも都市が広がる次元を舞台にしたセットに収録されたもので,都市がだまし絵のようなスタイルで緻密に描かれており,大変美しい。「MTG」のカードは実際に手に取ってみると意外に小さくてその密度感に圧倒されるのだが,特にこのカードはそのギャップを強く感じさせられる一品で,ついいつまでも見入ってしまう。
土地のカード。さまざまな次元の風景が独自のアートスタイルで描かれる。右が「カルロフ邸殺人事件」のもの |
さらに「MTG」は近年コラボレーションにも力を入れており,過去には「指輪物語」や「フォールアウト」,「アサシンクリード」のキャラクターも登場した。こうしたコラボセットでは,コラボ先のキャラクター性がカードの能力によって再現されていて,ファンにはたまらないものがある。
たとえば「統率者レジェンズ:バルダーズ・ゲートの戦い」では,ゲーム「バルダーズ・ゲート3」のキャラクターたちがカード化されている。筆者が好きな「アスタリオン」のカードには,「食事」と「仲間」という二つの能力があり,文句を言ったり悪ぶったりしながらなんだかんだで一緒にいてくれるアスタリオンの二つの側面が表現されていて,とてもいい。
コラボセットのカード。一番右がアスタリオン。エッチングFoilという艶消しの光り方をするカードで渋くてかっこいい |
また,筆者は「指輪物語」も好きなのだが,コラボセット「指輪物語:中つ国の伝承」では,原作で数行しか出てこないキャラクターまでカード化されており,細やかさに驚かされる。物語とカード能力の嚙み合い方も見事で,筆者は気が付けばついたくさんパックを買ってしまっていた。デッキを組むわけでもないのに……!
「ハラナとアレイナ」との出会い
カードは手元にあるけれど,デッキを組む勇気はない……。そんな状態にいたある日,筆者に転機が訪れた。
「MTG」の魅力はさまざまだが,特に筆者が惹かれるのが豊富なストーリーと多彩なキャラクターだ。新しいカードセットが販売されるごとに小説がネット上で公開されて,時には舞台となる世界の設定資料が公開される。各セットごとに異なる世界(次元と呼ばれる)を舞台にしていて,毎回違う世界を覗けるのも特徴の一つだ。
筆者はそれらの小説を,夜寝る前にちょっとずつ読んでいた。そして,ハラナとアレイナという二人の女性キャラクターに出会ってしまった。
ハラナとアレイナがストーリーで活躍するのは,2016年の「イニストラードを覆う影」と同年に発売された続編,「異界月」である。
二人は吸血鬼や人狼が人々を脅かす次元で怪異ハンターをしていた。しかし「異界月」のストーリーで,世界はこれまで以上に奇妙に変貌していき,人々は次々と超越的存在であるエムラクールに乗っ取られ,怪異と化していく。
そんな壊れゆく世界の中で二人は生き延びるために戦い続けるが,怪物との戦闘の最中でハラナは次第にエムラクールに憑りつかれていく。そんなハラナを救ったのはアレイナへの想いだった。我を失ったハラナはアレイナに抱きとめられ,アレイナを一人にしたくないという思いから,エムラクールの支配を抜け出す。怪物の手を逃れた二人は口づけを交わす……。
彼女たち二人のセクシュアリティは物語からは読み取れないが,女性同士のハンターカップルという設定に,パンセクシュアル(恋愛対象が性別によって限定されないセクシュアリティ)の女性である筆者はイチコロにされてしまった。
ハラナとアレイナが登場するストーリーは決して多くなく,短編が一話とさらに短い掌編が一話,それにごくわずかな人物紹介があるに過ぎない。二人の来歴や性格は正直なところ分からない部分が多い。ただ「異界月」での濃厚なお互いへの愛の描写には,本当にグッときた。世界の終わりと二人の信頼と同性の愛。筆者がファンタジーに求めているものがそこにあった。
しかもなんと,二人が一つのカードになった《結ばれた者,ハラナとアレイナ》というカードが2021年に発売されていることを知ってしまった。英語では結ばれたる者はCoupledである。これはもう結婚式招待状では……?(このカードが収録されている「イニストラード:真紅の契り」は結婚式がテーマになっている)
このカードを使ったデッキをなんとしても組みたいと筆者は思った――。
そこで筆者が組んだのは統率者やEDHと呼ばれる,4人対戦のフォーマットのデッキだ。このフォーマットは一枚のカードを統率者というリーダーに指定するもので,そのカードは条件が整えばいつでも直接場に出せる。
このフォーマットは,カードゲームにありがちな,せっかくデッキを作ったのに手札に来なくて活躍させられない……ということがないルールで,好きなカードを中心にしたデッキを組むにはうってつけだ。さまざまな構築済みデッキも発売されており,初心者にも入りやすい環境が整備されているフォーマットでもある。
《結ばれた者,ハラナとアレイナ》のショーケース版カード。向かい合いながら,お互いの背中を守りあう構図が最高。枠の艶やかさもいい |
筆者が購入した《結ばれた者,ハラナとアレイナ》のカードは,ショーケース版という特殊な絵柄のものだ。イラストが白黒のものになっているだけでなく,枠線が艶やかなインクで盛り上げられており,立体的な物体としての満足感がある。このカードが収録されたセット「イニストラード:真紅の契り」はゴシック・ホラーを題材にしたもので,枠線が血のように見えるのも雰囲気がある。こうしたモノとしての魅力は紙ならではだ。
またせっかくなので,同じく女性同士のカップルであるキャラクター,ニッサとチャンドラもデッキに入れてみている。「MTG」のストーリーは,セクシュアルマイノリティのキャラクターも多数登場し,とてもインクルーシブ(包摂的)だ。筆者が「MTG」を続け,実物のデッキを購入するに至った理由の半分くらいは,「MTG」のこうした姿勢に由来している。そこでは筆者のような属性の人間も客として想定され,招かれているのだ。
自分で作った統率者デッキ。《統率の塔》は「フォールアウト」とのコラボのもの |
「MTG体験会」へ行ってみよう
かくして筆者はまんまと物理カードでデッキを組むに至った。ではさっそくデッキを使った対戦へ……と言いたいのだけど,いきなりテーブルトップでの対戦を行うのはちょっと,いやかなり不安があった。
テーブルトップではデジタルと違ってターンの進行を自分で宣言しないといけないし,カードの効果カードの効果も自動で発動しない。間違えたらどうしようとかわからなかったらどうしよう,いやそもそもぼっち気味な筆者が声に出してカードをプレイしたりできるの!? などなど,「MTGアリーナ」を日夜プレイしていても不安は拭えず,むしろ勝手にハードルは高くなっていった。
そのハードルが一気に下がったのは,「MTG」開発元が行うさまざまな公認イベントの一つである,初心者体験会の存在を知ったからだ。
そのなかの「マジック:ザ・ギャザリング体験会」は,カードショップのスタッフから実際のデッキを使ったティーチングを受けられるイベントだ。完全に手ぶらで行っても大丈夫で,各地のカードショップで定期的に開催されており,スケジュールもWeb上で公開されている。
このイベントなら気軽に参加できそうだし,怖くないのでは? と思い,実際に参加してみたが,基礎となるルールをいちから丁寧に教えてもらえるだけでなく,デッキケースなどのグッズももらえてしまう至れり尽くせりぶりで,まさに筆者のようなアナログ初心者にピッタリのイベントだと感じられた。
ルールだけではなく,「プレイヤーは魔術師でデッキはその知識である」といった世界設定について教えてもらえるのも個人的には熱いポイントで,このイベントのおかげで,アナログ対戦への恐怖心が一気に薄まった。
体験会でもらえるウェルカムデッキ。初心者向けのシンプルなカードが入っている。デッキ内容は時期によって異なる |
ついにカードショップでの対戦へ
体験会を経てテーブルトップでの「MTG」にちょっと慣れた筆者は,ついに自分のデッキで統率者戦のカードショップイベントに参加した。統率者戦では,デッキの強さが合う人同士がマッチするように対戦が組まれる。強いデッキでないと遊べない……ということがないのは,統率者戦の良さの一つだ。
テーブルトップで人と対戦するのは,とてもエキサイティングな体験だった。
たしかにデジタルであればすべてが自動で進行するし,試合が終わったらすぐに次の試合を始められて,いつでも遊ぶことができる。それはデジタルの明確な利点だ。
けれど人と対面して遊べば,その人の好きなカードの話がプレイの中で聞けるなど,いろいろなインタラクションが発生する。知らないカードが出てきたり複雑な効果に戸惑ったりする場面もあるが,それは対戦相手とのコミュニケーションのきっかけにもなる。
アナログはデジタルに比べて不便ではある。だが,そうした出来事の一つひとつが積み重なることで,すべての試合が記憶に残る勝負になった。デジタルで遊ぶときには感じにくい,対戦相手の人間性に触れられるような気がする。
また筆者は車椅子を使っていて,その点でイベントへの参加には少しばかり不安もあったのだが,結果として安心して参加できた。
カードゲームの大会やイベントでは一回対戦を終えるごとに机を移動して,次の対戦相手の場所に移動する必要がある。だが,筆者が参加したイベントでは車椅子の参加者は机を固定位置にして,移動する必要がないよう調整がなされていた(その後いくつか別の店舗でもイベントに参加したが,同様の対応があった)。
こうした合理的調整は,ほかにも行われているようだ。全盲のプレイヤーがサポートを受けながらイベントに参加したこともあると聞いた。「どんなプレイヤーでも参加できるようにしたい」という姿勢が,「MTG」コミュニティからは感じられる。
ただ,公式による統一的な障害対応マニュアルがあるわけではないようだ。そのため対応は店ごとに異なると予想されるので,不安な人は事前に聞いてみるのもいいかもしれない。
スタンダードのデッキ。あまり高くならないように,まだ評価されてないカードを生かすように考えて組むのも楽しかった |
アナログ版MTGはやっぱり楽しい!
その後も筆者は,さまざまな「MTG」のイベントに参加し続けている。
筆者が続けていくうえでありがたかったのが,ガチの競技大会だけでなく,初心者が出やすい大会がいくつも用意されていたことだ。たとえば公式が開いている「プレインズウォーカー・フレンドリーマッチ」は,試合終了後にじゃんけん大会が開かれ,勝った人が特別なカードをもらえるイベントだ。
筆者も何度か参加したが,初心者も多く,試合を楽しむことに主眼が置かれたカジュアルな雰囲気で,非常に参加しやすかった(残念ながらじゃんけん大会では一度も勝てていない……)。
また新しいセットが発売されるたびに開催されるプレリリースイベントも,好きなイベントの一つだ。プレリリースでは,パックを複数購入し,出てきたカードからデッキを組む。デッキがなくても遊びに行けるし,パックを開封しながら楽しめるので,一挙両得である。
筆者がオフラインイベントに出て特に楽しいと思うのは,知らないカードや見逃していた効果に出会う瞬間だ。カジュアルな大会ではそうしたカードに出会う場面も多いし,相手もこちらのカードを知らないことも多い。
「そのカードなんですか? 確認させてもらっていいですか?」「そんな秘められた効果が!?」という会話から,相手のお気に入りのカードや,自分で見出したコンボについて盛り上がる。そんな瞬間に対面で遊ぶことの良さを実感する。
目の前に人がいて一緒に好きなカードを囲む経験は,相手と共に思い出の試合を作っていくことだ。その共同作業の感覚はシンプルに楽しい。一つひとつの試合が掛け替えのない記憶になる。
これを読んでいるあなたも,もしアナログ版「MTG」に関心を持ったなら,まずはカードショップの初心者向けイベントに足を運んでみてほしい。筆者がそうであったように,「MTG」コミュニティはいつでもあなたが来るのを待っている。
増え続けるデッキ、カード、ケースといったコレクション。そろそろ場所がない |
「マジック:ザ・ギャザリング」公式サイト
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