― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年3月15日掲載

 「Unreal Tournamnent 2004」「Half-Life 2」「DOOM 3」などなど,ゲームのパッケージ販売と共に,その性能の良いゲームエンジンを他社にライセンスするビジネスが存在しているのは,本誌を読むような海外ゲームファンなら多少なりとも知っているはず。そんなライセンス用ゲームエンジンの開発において,着実に力を付けている開発チームも少なくないのだ。今回は,そうした“次を担う”ゲームエンジンに目を向けてみた。

 

新興ゲームエンジンの挑戦

 

 当連載の第58回「Unreal Engine 3の快進撃なるか」では,ライセンス用ゲームエンジンのベンダーとして商業的にも成功しているEpic Gamesについて触れた。ゲームエンジンビジネスが今のゲーム開発現場に不可欠なのは,他社製エンジンを採用したゲームが着実に増えていることからも明らかである。時間とコストをやりくりしてプログラムを自作し,独自性を保つにこしたことはないはずだが,その圧迫を避けてゲームデザインに集中できることがより大きなメリットとなっているようだ。
 Unreal Engineのほかにも,Valveが「Half-Life 2」で手がけたSourceエンジンは“キャラクターテクノロジー”とも呼ばれるアニメーションやグラフィックス面での新境地を開いており,ストーリーを重視するメーカーや,Steamの絡みからオンライン配信を重視するメーカーに注目されている。
 また,id Softwareの「DOOM 3」用に開発されたゲームエンジンは,Splash Damageが開発中の「Enemy Territory: Quake Wars」において,地形を一つの巨大なテクスチャで覆うMegaTextureという新技術が登場する段階に至っていて,興味深い。
 これらの人気FPS(一人称視点型シューティングゲーム)から派生した3種類のゲームエンジンが,現在のゲームエンジンビジネスの頂点にあると言ってよいだろう。

 しかし,ゲームエンジンのライセンスはまだまだ生まれたばかりの業種であり,新たなスタンダードになろうと名乗りを上げた新興の開発チームも少なくない。今回は,エンジンライセンスのビジネスに新参入したメーカーを紹介してみよう。なお,「ゲームエンジンとは何か?」という人は,連載第58回を見ていただきたい。

CryEngine 2.0

開発元:Crytek

 Crytekを“新興”開発チームなどと形容しては失礼かもしれない。なにしろ,前の世代にあたる「CryEngine」で開発された「Far Cry」(2004年)では,樹木に覆われたジャングルが見事に表現されており,同年に登場したHalf-Life 2やDOOM 3にも引けを取らないほど話題を集め,ヒットした作品だからだ。注目の超高階調照明(High Dynamic Range/HDR Lighting)も,「Half-Life 2: The Lost Coast」に先駆けてパッチでサポートしている。
 そして,同社の最新プロジェクト“Crysis”用に開発が進められている「CryEngine 2.0」は,年末あたりの登場が見込まれるDirectX 10にオプティマイズ。ソフトシャドウ(柔らかい影を成形する)や,ボリューメトリック・クラウド(質感のある雲や煙を演出する)といった効果はもちろん,「3DMark06」の南極シーンに見られるDeep Freezeのような,時間経過による微妙な光の移り変わりを表現する球面調和関数(Spherical Harmonics)が取り入れられている。
 さらに同社の伝統として,森林の描写にはかなり手をかけているらしく,太陽光(Sunray)を主光源にした樹木からの木漏れ日をうまく表現しているという。前作はうっそうと茂る枝葉のために,射撃してくる敵の位置が分かりにくかったが,今度は銃弾が当たれば木や葉もガラスのように飛び散っていく予定だという。
 前作,Far CryはUbisoft Entertainmentからリリースされたが,CrysisはElectronic Artsからの販売合意に至っている。なお,このゲームエンジンが第三者向けに活用されるかは未定だ。

Offset Engine

開発元:Offset Software

 MMORPGへの需要も見込んだ質の高そうなゲームエンジン「Offset Engine」を引っさげて登場したのが,このOffset Software。あまり聞き慣れない開発元だが,中核メンバーは,アクション/ストラテジーのハイブリッド型ゲームとして高い評価を受けた「Savage: The Battle for Newerth」を手がけた経験を持っている。
 このOffset Engineは,64ビットHDRレンダリングやノーマルマッピング,ハードウェア・シャドウマッピングなどの現世代ビジュアル効果に加え,おそらくゲームエンジンとしては初となる“すべてのオブジェクトに対するモーション・ブラー効果”が最大の見ものとなりそうだ。動いているオブジェクトはもちろん,モデルの変形やパーティクル一つ一つにも適応されているということで,ライティングやシェーダ効果をうまくマッチさせれば,非常にシネマティックな演出も可能になると期待できる。
 このゲームエンジンの特徴としては,Unreal Engineに似たノードの結合によってシェーダやメッシュを組み合わせられる,使いやすそうなエディタが用意されていることだ。実際,すでにこのエンジンは,元Blizzard Entertainmentの開発者達によるRed 5 Softwareにライセンスされることが発表されており,ビジネス面で幸先の良いスタートを切っているのだ。
 また,Offset Softwareの独自プロジェクトである“Project Offset”は,一人称視点で進むストラテジー性の強いアクションゲーム,もしくはRPGとなりそうな予感。公式サイトのアート画には巨大な街やドラゴンが描かれており,このエンジンを利用した美しいファンタジー世界が作り出されることになりそうだ。

Reality Engine

開発元:Artificial Studios

 ゲーム開発とはあまり縁の無いイメージのアメリカ・フロリダ州を拠点とするArtificial Studiosが,2003年の発表以来,小規模ながらも地道にアップデートを繰り返していたのが「Reality Engine」である。当時からDirectX 9を完全サポートしたハイレベルなレンダリング機能を持っており,今では,物理エンジンやネットワーク関連のコードまでを網羅した本格的なミドルウェアへと成長している。ゲームソフトの自社開発は行っていなかったものの,価格設定がお手頃だったのか,10作程度のライセンスゲームが存在している。
 そんなReality Engineを脅威に思ったのか,昨年,Unreal Engine 3.0が発表された頃,Epic GamesはReality Engineのアセットと権利を買収してしまった。Artificial Studiosの開発陣もEpic Gamesへと移動しており,ライセンシーへのサポートが終われば消えていくことになりそうだ。しかし,ゲームライセンスビジネスが,すでに弱肉強食の世界へと突入していることが分かる点で,興味深い例だと言えるだろう。

Vision Game Engine

開発元:Trinigy

 もう一つ,Trinigyの「Vision Game Engine」も紹介しておこう。彼らのエンジンは,同じくドイツにあるCrytekのCryEngineなどと比較すると,どうしても見劣りしてしまうが,実はライセンス提携だけでも15社を超えている。ゲームだけでなく,建築業界などでも利用されていたりと,かなり幅広く活動している様子だ。ヨーロッパ以外に中国などへも輸出されているのは,スペックの低いシステムにも対応する,スケーラビリティのある仕様になっているからだろう。
 Vision Game Engineを使用するゲームソフトには,Spellbound Entertainmentの「Desperado 2: Cooper's Revenge」や,Sixteen Tons Entertainmentの「Emergency 4」,NuclearVisionの「Psychotoxic」などが挙げられる。シューティングだけでなく,ストラテジーゲームにも対応する柔軟なエンジンであることが分かる。現在のところはDirectX 8までの旧世代向けといったところだが,すでにXbox 360向けのデモも開発しており,今後はDirectX 10への展開も十分に見込めそうだ。


来週は,取材のためお休みさせていただきます。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。奥谷氏の住むサンフランシスコは,例年にない長雨に続き,実に30年ぶりの降雪があったそうだ。“雪”といっても大きな氷の粒だったらしいが,ここで奥谷氏はひらめいた。昨年テキサス州で降った雪が,オークションサイトの競売で1225ドル(約14万円)で売れたというニュースを思い出した奥谷氏は,子供にたくさんの雪玉を作らせておいたとか。ところが,後日学校から帰ってきた娘の話で,クラスの半数以上の子供が記念の雪を冷凍庫に保管していることが判明。インターネットでも話題になっておらず,奥谷氏の野望はあっさり頓挫した。今は,どのように子供に言い訳して,冷凍庫内に詰まった雪玉を処理させるかで頭がいっぱいだそうだ。まあ,空からお金が降ってくるわけはないのです。


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