猫と人間の共存関係は古くから成立していたと言われており,すでに紀元前8000年頃に,猫は人間のペットとして暮らしていたそうだ。おそらく実際のところは,もっと古くからの関係だったに違いない(ちなみに,犬と人間の共存関係はさらに古く,紀元前1万1000年頃には始まったといわれている)。
友人/家族として暮らしてきた猫にまつわる話は多く,その中でもファンタジーファンとして注目しておきたいのが,スコットランドなどを中心に伝わる,ケットシー/カットシー(Cait sith)だろう。
これは普段は普通の猫のフリをして人間と共に生活しているが,本来は二本足で歩き回り,人語を理解できるという妖精の一種である。イメージとしては,童話「長靴をはいた猫」を思い描いてみると,しっくりくるだろう。なおケットシーの模様に関しては,黒猫,虎猫,斑など,さまざまなタイプがいるようだ。
ゲームの世界にも,ケットシー(やそれに近い種族)は頻繁に登場する。ほとんどの場合,運動能力に長けた二足歩行の猫で,機敏な動き,忍び足,高い跳躍力,暗い場所でも目が利くといった特性を持つ。攻撃に際しては武器を使うこともあるが,噛み付きや引っ掻きなど,いかにも猫らしい攻撃手段も用いる。ベースが猫だけに,基本的な戦闘力はそれほど高くはないので,ケットシーは戦士としてよりも,盗賊や魔法使いなどのクラスが向いているといえるだろう。
ところが,中には偉大な力を持ったケットシーもいるようだ。ファイナルファンタジーシリーズの召喚獣である「ケットシー」は,敵全体を混乱させる「キャット・レイン」という技を使うことで知られている。
これは余談だが,猫が登場して敵全体を混乱させるというのは,紀元前525年のエジプトとペルシャの戦いを思い出させる。堅牢な守りを固めるエジプト軍を見たペルシャ軍は,エジプト軍が猫を神聖視していたことに目をつけ,砦に向かって大量の猫を放り入れた。案の定,エジプト軍は大混乱。その奇策が功を奏し(?),ペルシャ軍は勝利を収めたのだ。キャット・レインのルーツがこの戦いにあるのでは? と考えてみるのも,なかなか面白いかもしれない。
ゲームなどではさまざまなタイプのケットシーがいるが,民間伝承として語られてきたケットシーの姿は,犬ほどの大きさの黒猫で,胸の部分に白い斑があるということになっている。
ケットシー関連の逸話としては,次のものが有名だ。昔ある男が,人語を話す猫の集会を目撃し,猫の王が死んだという話を耳にした。男は驚いて帰宅し,家でその話をしたところ,暖炉の前で寝ていた家猫が,「次の継承者は私だ! 急がねば!」というセリフを残して,走り去ってしまったというのだ。その光景を想像しただけで口元がほころぶような,実に面白い話である。
ケットシーという名前は,猫を示す「Cait」と,妖精を示す「sith」の合成語で,そのまま「猫の妖精」という意味だ。古くは,魔女が猫に変身したものを指す言葉だったらしいが,このあたりは,中世時代の魔女が猫を使い魔として使役するという伝承が,ケットシーのそれとミックスされたものかもしれない。
基本的には,人間と共存する気ままな種族として認知されているケットシーだが,すべてのケットシーが人間に友好的であるわけではない。スコットランドの伝承には,凶悪なケットシーと思われる存在もいるのだ。
8匹の猫を,4日4晩かけて殺す暗黒の儀式,タガルム(Taghairm)を行うと,ビッグイヤー(Big Ear)と呼ばれる猫の邪神が召喚できるという。ビッグイアーは大きくて非常に獰猛だと伝えられており,召喚者の(主に邪悪な)願いを聞いてくれるそうだ。いわば暗黒のケットシーともいえる存在だろう。それを踏まえると,ひょっとすると日本の化け猫も,ケットシーの一種といってもいいのかもしれない。
なお,動物愛護の観点から考えるまでもなく,猫を惨殺するタガルムはばかげた儀式だが,1824年の「ロンドン文芸新聞」によれば,ヘブリディーズ諸島で(おそらく)最後のタガルムが行われた,との記録が残っているそうだ。