「Second Life」(以下,SL)で活躍中のクリエイター(匠)達を実際に訪ねて話を聞き,その人となりとSLの魅力を紹介する本連載。今回紹介する匠は,個性的でディテールにこだわった船を作っている,Shun Kukulcanさんだ。
|
自分のこだわりのモノ作りはもちろんだが,それを媒介にしたコミュニケーション部分も重視しているShun Kukulcanさん(右端)。ほかの住人から依頼を受けて,オーダーメイドの作品もいくつか手がけている |
|
SLにも,現実世界と同じように多種多様な乗り物が存在しているが,その中でも今回は船に注目してみたい。
Far East Networkというグループを率いるShun Kukulcanさんは,こだわりのある船を造っている匠である。
ヨットを中心に,質の高い船を造り続けるShun Kukulcanさん
基礎知識として簡単に説明しておくと,SLのオブジェクトは,すべてプリム(Primitive)といわれる3D部品の集合からなっている。
プリムを変形させ,それぞれをリンクさせて一つの大きなオブジェクトを作っていくのだが,それにスクリプトを組み込んで動くものにする場合,リンクさせて一つのまとまりにできるプリムの数は30個までという制限がある。だから乗り物にするような大きなオブジェクトはあまり細かくできず,こだわりたい部分もカットしたり,妥協しなければならないという問題があった。
だが最近は,プレイヤー側の工夫によってそれを打開するアイデアも生まれつつある。後ほど紹介するKyomKyomさんの船も,その一つである。
|
|
寒いのに,気合の入った格好で迎えてくれたShunさん。「動く船」として,それぞれ異なった3種類の船を紹介してくれることになった |
屋形船で遊覧といこうとしたが,いきなりスクリプトがうまく作動しないアクシデントに見舞われて,沈没。別の船に乗り換えることに…… |
|
最初に乗せてもらったのは,一番基本的な仕組みで動く,帆掛け舟。30プリム以内に収めたシンプルな乗り物であり,操縦方法も簡単だ。
オーナーのキーボード入力をそのまま受け,矢印キーを押すことで前進したり,旋回したりする。
|
|
Shunさんの土地の隣は,開発元のLindenが一般に開放する公海になっている。ここでは船での遊覧はもちろん,マリンスポーツ全般をすることが可能だ |
筆者のキャラクターが舵をとっているように見えるが,実際には,船のオーナーのキー入力で動くようになっている |
|
次に乗せてもらったヨットも構造は同じだが,操縦方法が異なっている。
SLでは,すべての土地に自然の(という設定の)風が吹いている。これを利用すれば,例えば風に揺られて動くようなオブジェクトを作成でき,船においても,風を受けて走るようなスクリプトを組み込むことができる。このヨットが,まさにそれだ。
操縦方法は複雑で,うまく風を受けて進めるように帆を操作する必要がある。ヨットに関する基礎知識がないと,操縦するのは難しそうだ。ShunさんとKyomKyomさんにそれぞれ操縦してもらったが,操縦者によって乗り心地が違ったのが面白かった。
|
|
画面左のピンクのパーティクルが風向きとその強さを示している。これを見ながらSLの世界に吹く風を感じ取り,船を操縦するわけだ |
Shunさんの横にいるGosha Noeさんはマネージャー。船造り以外のさまざまな面でShunさんをサポートしている人だ |
|
|
|
オブジェクトは,基本的にオーナーの命令に従って動くようになっている。KyomKyomさんに操縦してもらうため,彼が所有する同じ船に乗り換えた |
帆で風を受ける以外に,船体全体が風の力で流される計算もされている。操縦が複雑なぶん,操縦者によって乗り心地がかなり変わってくる |
|
3番目に乗せてもらったのは,KyomKyomさん製作の小型帆船。最近編み出されたテクニック――「オブジェクトをWear(着る)する」ことで従来の30プリムの制限を取り払う――が使われている。こうすることで,船はオーナーであるアバターが身に着けているオブジェクトの一部という扱いになり,一般のオブジェクトとしてリンク可能な256個までプリム数を増やすことが可能になったのだという。
|
|
現代風なヨットを作っているShunさんに対して,KyomKyomさんはクラシックな船を得意としている |
身に着けるものにはプリム制限が無いことを逆手にとった発想が凄い。SLは工夫次第で可能性が大きく広がる |
|
これまで紹介してきたのは,いずれも動く船だった。動く船というと当然のことのように感じるかもしれないが,すでに述べたようにSLではオブジェクトを動かすことに関して色々な制限や限界があるため,あえて動かさずに置いておくだけの船とすることで,別の部分にこだわることができる。それがこれから紹介する船である。
|
|
なんとなくお色直しをして,コスプレ大会に。筆者も,Shunさんからもらった海軍の兵士風の衣装に着替えた |
Shunさんの港を遠くから眺める。Shunさん所有の土地は,手前の海岸部分とその奥のクラブハウス,そして製作スペースだ |
|
「動かない船を造る理由,それはまったりできる空間を作りたいからにほかなりません。現実生活でこんな大きな船を持つことはできませんので,せめてSLで,と思っています」とShunさんは言う。
先ほど紹介したWearする方法や,ほかの変則的なテクニックを使うことで,巨大なオブジェクトを動かすことも可能ではあるが,Shunさんとしては,航海をして楽しむ船と,港に停泊させたままで住居のように利用する船は明確に分けて考えているという。
|
|
先ほど航海したヨットと比べるとかなり大きく,細かい部分の造形も凝っている。船上パーティをすることを目的に,買っていく人も多いようだ |
内部は住居のようになっていて,キッチン,寝室,トイレと生活に必要なものが一通り揃えてある |
|
次に見せてもらったのが,KyomKyomさん製作の巨大な海賊船。土地に置けるプリム数の制限もあって,ずっと置いておくことさえ大変だというが,細かいパーツにこだわり,プリムを妥協せずに豊富に使うことでリアルな造形を作り出し,見るものを感動させる芸術品となっている。
KyomKyomさんは,ほかにもローマのガレー船や画像のような十字軍の衣装を作っている。「ただ単に欧州の歴史が好きなだけなんです」と語るKyomKyomさんだが,モノを作るのには,知識やテクニックだけでなく,作る対象に対する思い入れも重要なのだと,あらためて実感させられた。
|
|
この海賊船は,SLの日本人プレイヤーが作った作品のうちでも,かなり有名なものの一つになっている。遠くから見てその迫力にまず驚き,近づいてその細かさにもう一度驚かされる |
テクスチャを貼るだけでも十分綺麗に見える部分を,この船では,プリムを贅沢に使うことで立体的な質感を追求している。実に見事な造形だ |
|
クラブハウスの裏手にある,Shunさんの製作スペースも見せていただいた。ここには造りかけの船がいくつか置いてあり,造る過程が垣間見えるようで興味深い。
「よく見ると,外側のプリム同士がぴっちり整然とくっついているんです。どこかが突き出ているとか,隙間が空いているとかがない。こういうところがShunさんの職人としての魅力です」(KyomKyomさん)。Shunさんは,丸みを帯びるように変形させたプリム同士を違和感の無いようにつなげるため,位置情報や大きさを計算して厳密に決めているという。
|
|
製作所には,テクスチャを貼る前の,Shunさんの造りかけの船が置いてあった。こうして見ると,プリムの扱いの巧みさがより実感できる |
オレンジの線がプリムの外縁である。一つ一つのプリムが丸みを帯びているにもかかわらず,ぴったりと綺麗につながっている |
|
長時間海で遊んでいたら,すっかり深夜になってしまったので,集合写真を撮っていったん解散となった。その後,Shunさんのクラブハウスでお話をうかがった。
4Gamer:
すでにいろいろと話していただきましたが,最後に,全体的な話題を中心にインタビューしていきたいと思います。
まずは,ShunさんがSLで船造りを始めたきっかけを教えてください。
Shunさん:
私がSLを始めたのはもう1年以上前ですが,当時はまだリアルなヨットがありませんでした。私は,実生活でヨット乗りをしてるので,ぜひ欲しかったのです。探しても気に入るものが残念ながらなかったので,ではもう自分で造るしかないと思ったのがきっかけですね。
4Gamer:
今まで取材させていただいた方達も,同じようなことを話していました。自分の思い描いてるものとか欲しいものを,自分で作っちゃおうと思って始める人が多いということでしょうね。
Shunさん:
私の場合,もし欲しいものが売られていたら,船造りを始めるのはもう少し後になったかもしれませんが,いずれにせよ,そのとおりでしょう。欲しいものを自分で作りたい。それだと思います。
4Gamer:
それをSLで,というのには特別な理由がありますか? バーチャルな船を造る(作る)としたら,例えばプラモデルとか,またはほかのシミュレーションソフトとか,いろいろ考えられますよね。
さりげなく首からぶらさげているアクセサリも,Shunさんの自作だ
Shunさん:
作ったもの――例えば私なら船――を,みんなに見てもらえるというのが,理由です。船を知っている人が私の船を見て,良いとか,ここはどうとか,いろいろと談義することができますからね。
また,船についてよく知らない人が見た場合も,そうか船ってこういう構造なんだとか,ここはなんでこうなっているのかとか,そういう視点からまた話ができます。
こんなふうに,SLは,ログインするだけで気軽にいろんな人とコミュニケーションできるのが魅力ですね。
4Gamer:
なるほど,それはありますね。ではそこで船造りを始めて以来,どういうふうにステップアップしていったかというのが次の質問なのですが,最初から今のような作品が作れたわけではないですよね。どういうところから始めていったのですか?
Shunさん:
最初は,本当に簡単な形,つまり船というものの一般的な簡素なイメージをプリムで作り始めましたが,それでは当然本物らしく見えません。どこをどうしたらいいか,プリムの基本的な形の変形をさまざまに試して,より思ったとおりの形を見つけていく,その繰り返しによってノウハウが蓄積されてきたと思います。形やイメージの話なので,口で説明しがたいですけどね。
4Gamer:
誰かに教わったり,何かを参考にしたりしましたか?
Shunさん:
造形の基本は,当時のウェルカムエリアのそばにあった,サンドボックスにいた人からいろいろと教わりました。また,同じ時期に初心者として,そこにいた人といろいろ意見交換もしていましたね。船を造るにあたっては,SLの中のマリーナや造船所もあちこち見て回って参考にしました。
4Gamer:
SLでの船造りには,当然ながら現実のものとは違う部分があると思いますが,そのあたりで気をつけていることはありますか?
Shunさんの背後に並んでいるパネルは,FENのメンバーの商品。中央にKyomKyomさんの作品もある
Shunさん:
船が船らしく見えるための,いくつかのポイントみたいなのがあります。それを踏まえていれば,多少細かい部分が省かれていても,さほど全体のデザインに影響しません。
4Gamer:
そのポイントとは何ですか?
Shunさん:
ヨットと言われたときにイメージする,装備/パーツですね。それが揃っていることが重要です。マストとかキール(船底のフィン状のでっぱり)とか,あとラットというあの蛇輪ですね。
さらに,ヨットに詳しい人から見てこれは必要だというものが,ウインチやライフライン,マストから出っ張ってるスプレッダなど。無くてもいいのが,いわゆるロープ類や滑車などでしょうか。そのへんの見極めは,その都度見た感じで判断しますけど。
4Gamer:
なるほど,いかに本質を損なわずに省略するかという意味では,マンガ的な絵を描くのと,共通する部分がありそうですね。
では今度は,Shunさんの作品ならでは,という部分を教えてください。SLには,ほかにも船を作ってる人はたくさんいますが,ここが違うというのがありましたら,ぜひ。
クラブハウス内にあった,デモンストレーション用のヨット。Shunさんが考える,リアルなヨットのエッセンスがここに凝縮されている
Shunさん:
そこにミニチュアのヨットがありますよね(右の画像)。ヨットというのは本来,このようにデッキ部分がかなり平らなのです。ボートのように壁や屋根がはっきりしていません。SLでは,この形がこれまでなぜか作られなかったのです。
ヨットのキャビン(船室)は大部分がハル(船体)にあります。このヨットでいうと青紫の部分ですね。水に浮かべると,現実世界と違ってSLではプリムを透過して水が入り込んでしまいます。だから船内は低い場所に作れないのです。水面より限られた高さにおいて,いかにヨットのデッキを低くするか。そこが私の船のポイントです。
4Gamer:
なるほどなるほど,そこがこだわりなんですね。
それでは次に,Shunさんの作られたグループ,Far East Network(FEN)について教えてください。
Shunさん:
最初FENは,単に,土地を持つに当たってグループ所有のボーナスを得るためだけのものでした。そこにGoshaさんをはじめ何人かの仲間が入会してくれて,そのうち,じゃあ日本人の情報交換グループとでもしようかと。
とはいっても,とくに具体的な方針があったわけではないのですが,なぜか私のグループにはクリエイターばかりが集まっていたんですよ。日本人ってあまり積極的に作品を売ろうとしない傾向があるので,それでは,まとめてそれらを展示/販売する場所を提供したらどうかと考えました。そうすれば彼らも作品のお披露目の場所が持てるし,私にもこのショップに売り物が増えてお客が呼べるというメリットがあります。
そして作者同士で意見交換をすることでヒントがわいたり,やる気が出たりすればいいなと思いました。今は一段落して,談話室みたいになってます(笑)。
4Gamer:
職人仲間というわけですね。では,船造り,グループに限らず,ShunさんがSLで目指しているもの,やりたいこととはなんですか?
Shunさん:
そこが問題なんですよね。実は「無い」というのが本心ですが,あえて言えば,現実の世界には存在しない,もう一人の自分をここで堪能したいということです。“IF”を実現する世界の住民として生きていければ,ということでしょうか。
4Gamer:
IFを実現する世界として,SLは十分にやりたいことができる環境にありますか? 例えば船造りにしても,ツールなどは十分に揃っているでしょうか。
海とは対照的にのどかで暖かそうな室内。クリスマスシーズンに備えた装飾も綺麗だ
Shunさん:
現状のままでは不十分ですね。ただしSLというのは,目の錯覚を利用してリアルに見せている世界ですから,その錯覚を利用して実現することは,アイデア次第でできるかもしれません。
それでもなお足りないと思う部分は,「ソフトな素材」でしょうか。この世界は硬いものだらけで,いかにそれを柔らかく見せるか,角ばったのを丸く見せるかに四苦八苦しています。
4Gamer:
確かに,SLにあるものは,すべて硬いプリムからできていますものね。でもこのソファーなんかも,けっこう柔らかそうに見えます。
Shunさん:
それはテクスチャを工夫して,柔らかく見えるようにしているわけです。目の錯覚といったのはそのことでですが,そのテクスチャも細かすぎると,サーバーに負荷をかけてしまいます。硬いプリムと柔らかいプリム,2種類あったらいいんですけど。
4Gamer:
細かいこだわりの部分は,サーバーに対する負荷との兼ね合いがあるから難しいですね。
それでは次の話題へ。Shunさんにとって,SLはどういう存在,位置づけですか?
Shunさん:
日常の一環ですから,SLの中で仕事があればこなすし,やることがなければおしゃべりしたり何か作ったりと,実生活と同じような過ごし方をしています。ただSL内の仕事も,そういうゲームと考えれば,趣味にかなり近いですね。
ただ,私にとって,SLはゲームとは言えないですね。ゲームという言葉は方便で使っていますが,あえていうなら,コミュニケーションツール。今のところそのくらいの認識です。
4Gamer:
ええ,よく分かります。では最後に,今までの話とも少しかぶりますが,今後のSLに期待していることを教えてください。
最後におまけで見せていただいた,KyomKyomさんの新作クルーザー。ShunさんとKyomKyomさんの作品にはそれぞれ違った味がある
Shunさん:
もう少し,アバターの外見と動作を改善してほしいです。既存のゲームの中ではかなり質が高いほうだとは思いますが,不自然な動作がまだたくさんありますからね。
皮膚の質感とか動きの滑らかさとか,そういう細かさは結構大事だと思います。SLはゲームじゃなくて仮想現実世界だと謳うなら,それくらいがんばって,気合見せろと言いたいです(笑)。
4Gamer:
ということで,Shunさんから開発元のLindenへのエールということで締めとさせていただきます(笑)。ありがとうございました。