インタビュー
“ガンパレ”芝村裕吏氏,初の書き下ろし長編小説「マージナル・オペレーション 01」が刊行。芝村的世界観の原点に迫るロングインタビュー
本作は30歳のニートである主人公が民間軍事会社に就職し,戦術オペレーターとして中央アジアの戦場で軍事的才能を開花させていく……というストーリー。戦術オペレーター独特の俯瞰視点で描かれるリアルな戦闘や,“ライトノベルらしかぬ”キャラクター達の織り成す人間関係が非常に新鮮で刺激的な作品だ。
そして今回,4Gamerは本作について直接,芝村氏にインタビューする機会を得た。これが小説の話だけに留まらず,実にさまざまな興味深い話を聞けたので,ぜひともチェックしてもらいたい。
星海社「マージナル・オペレーション 01」書籍情報ページ
最前線で「マージナル・オペレーション」第1章を試し読みする
イレギュラーだらけの執筆経緯
本作は艦砲射撃の意外な命中弾?
4Gamer:
本日はよろしくお願いいたします。まず最初に,「マージナル・オペレーション 01」がどういった作品なのかを紹介していただけますか?
そうですね……。30歳になりたてのニートが,「このままではいけない!」と一念発起して奮闘する話です。
4Gamer:
それだと,いろいろと語弊が……。元ニートの主人公が民間軍事会社の社員になり,中央アジアの戦場で戦術オペレーターとしての才能を開花させていくという話ですよね。
芝村氏:
それについて語るには,まずこの小説がなぜ誕生したかというところから説明する必要がありますね。小説を出すとき,普通なら「こういう作品を書きたい」というのを先に決めるものなんですが,今回の場合は,私がTwitterで「よし! 今年は小説を書くぞ!」という抱負的なツイートを投稿したら,20秒くらいで星海社さんから連絡が来たんですよ。「ぜひウチで!」「マジで!?」といった感じで。
4Gamer:
以前から星海社さんとは付き合いがあったのでしょうか?
芝村氏:
いえ。本当にお恥ずかしい話なのですが,当時僕は星海社さんのことを知らなくて……。まぁ,それなのにすぐオッケーを出しちゃったんですけれども(笑)。
4Gamer:
それはなんとも……豪放というか柔軟というか(笑)。
芝村氏:
そういうときは運と勢いに任せて動くと決めているんです。オーケーを出したあとに星海社さんについて調べて,「なるほど,こういう出版社なのか……で,何を書けばいいんだろう?」という順序で考えていきました。
4Gamer:
そこからどうやって「マージナル・オペレーション 01」に辿り着いたのでしょうか?
芝村氏:
編集者と打ち合わせをした結果「ライトノベルっぽくない作品で攻めて行きましょう」ということになりまして。それを念頭に10個くらい案を提出したんです。そして,その中でも一番「ライトノベルらしくない」主人公が選ばれたということになりますね。
4Gamer:
30歳のニートですもんね……。
自分が作者なのに「それって面白いんですか?」って聞いちゃいましたよ。本来は編集者に言われるべき言葉なんですけどね(笑)。初めてお仕事をする相手だったので,“戦艦の着弾方式”を取った結果がこれです。
4Gamer:
“戦艦の着弾方式”とは,どういった意味なのでしょう?
芝村氏:
最初に散布界(※砲弾や弾丸における,着弾点のブレ幅)を決めて,バラバラに弾を発射するんです。それで「大体このあたりかな?」と的が絞れたら,弾の幅を狭めてもう一度着弾させる……といった方式ですね。
4Gamer:
なるほど。小説の企画案を弾として,艦砲射撃を行ったということですか。
芝村氏:
それで弾を当てて行ったら「あれ……なんか変なところで命中弾が出てるんだけど大丈夫!?」みたいな感じで。
4Gamer:
確かに,ライトノベルにおいて30歳ニートの主人公というのはあまり見ませんからね。
芝村氏:
そうですね。でも一応,「主人公は読者層に一番近い年齢にしよう」という考えに基づいて設定してはいるんですよ。星海社さんの読者はちょっと平均年齢が高めなので,これはこれでいいかなと。
4Gamer:
それにしても30歳という設定は尖っていると思いますが(笑)。
芝村氏:
ですよね。ライトノベルって,大体は次々と可愛い女の子達が現れてキャッキャウフフの展開になるじゃないですか。私もそういうのは大好きなんですが……。この本の場合は主人公が30歳のニートだから,そんなふうになりようがない。今さらながら本当にそれでいいのかと(笑)。
4Gamer:
ストーリー的にも,ハーレム展開は夢のまた夢……。
芝村氏:
再就職の際,給料の高さに釣られて傭兵になってしまいますからねぇ。
4Gamer:
それにしても,最初に主人公の設定が決まったということは,ストーリーの主軸が民間軍事会社になったのはそのあとだったということですか?
芝村氏:
普通なら民間軍事会社というテーマが決まったあと,それに見合った面白そうな主人公を考える……という流れが正しいですよね。それに対して今回は,小説を書くことが決まってから主人公を決めて,そのあとにテーマが決まるという……本来の流れとはまったく逆でした。
4Gamer:
何から何までイレギュラーな展開だったんですねぇ。
芝村氏:
バブル期に発売されたゲームなんかには,たまにありましたけどね。一番多かったのが「ドラクエみたいなゲームを作ってくれ」という要望です(笑)。お金持ちが急にやってくるんですよ。ほかには「よく分からないけど,セガサターンってやつでゲーム作って」というケースもありました。今回の作品を書いているうちに,そんな六本木ヒルズでシャンパンタワーを立てていた時代を思い出しましたよ。
4Gamer:
まさにバブリーな企画進行ですか(笑)。
芝村氏:
書こう,と思った20秒後に出版社が“釣れた”ところといい,まさにそんな感じです。そういう意味ではすごく楽しく仕事ができました(笑)。
ソフィアは実在の人物がモデル!?
意外と知らない常識と倫理観の違い
4Gamer:
しかし主人公の設定はもちろん,民間軍事会社というテーマも珍しいですよね。
なるべく魔法の力などを出さないで,面白いものを書きたいと思ったんです。「何か知らないけど主人公がモテる」みたいな話も私は好きなんですが,今回はそうではなく,いちいち納得できるような展開が積み重なっていく現実的なお話も,それはそれで面白いよね……という感覚で作っています。
4Gamer:
芝村さんは民間軍事会社に関しては元々造詣が深かったのでしょうか? なぜ小説のテーマにしようと思ったんですか?
芝村氏:
軍事関係はゲームの仕事で戦争モノばかりやっていたこともあり,それなりに詳しかったりはします。あとは,私の先輩で元自衛官の方が民間軍事会社に務めておられまして。
4Gamer:
マジですか!?
芝村氏:
ええ,リアルにです。その話を聞いたときはビックリしましたね。「え,なんで!? どうしてそこ行っちゃうの?」って(笑)。
4Gamer:
その理由は明らかになったのですか?
芝村氏:
極端な話,自衛官になるくらいですから「ああ,もっと銃撃ちてぇ」といった理由でクラスチェンジしちゃうのは分からなくもありません。しかし,大概の場合は常識が心に働きかけて足が止まるものなんですが……その方は止まらなかったみたいですね。
4Gamer:
刺激の強い話ですねぇ……。
芝村氏:
面白いかどうかで考えてみると,「自分はやりたくないけど,話は聞いてみたいかも」と思いますよね。それを小説にできたらいいなと思ったのがきっかけです。
4Gamer:
先程,いわゆる女の子が出てきてキャッキャウフフするような展開ではないという話をされていましたが……。一応,本作にもヒロイン的なキャラクターが,2人……いや,3人いますよね?
芝村氏:
そのうちの一人……ソフィアは大不評を買っていますがね(笑)。
4Gamer:
そうなんですか?
知り合い全員から「このエルフはないわー!」と一斉攻撃を受けました。自分としては「え,これリアルで良くない?」と思ったんですが,周囲からは「リアルすぎて引いた」と言われてしまいまして。
4Gamer:
ソフィアって,オタク趣味が高じて整形手術でエルフ耳にしちゃった挙句,手術代が払えないからとアメリカから逃げ出して民間軍事会社に流れ着いたという,凄まじいキャラクターですもんね……。
芝村氏:
けれどアメリカって,そういうエルフ耳の人達が普通にいるでしょってくらい,日本の常識からははずれた国なんです。意外と知られてないんですけどね。
4Gamer:
人体改造ですか……。
芝村氏:
常識,倫理観の違いというやつです。話が脱線してしまうんですが,例えばアメリカ人から見ると日本がメートル法を使っていることにビックリするらしいんですよ。「え? メートル法って『スター・ウォーズ』で使ってるやつだよね?」なんて言われちゃいます。
4Gamer:
なんと,それは知りませんでした……。
芝村氏:
よくよく調べてみると,「ファンタジックだから」という理由で「スター・ウォーズ」ではメートル法を採用しているそうですよ。嘘のようなホントの話です。
4Gamer:
あちらからすると,日本というのはファンタジックな距離の測り方をしている国なのですね。
芝村氏:
ヤード・ポンド法を使っているほうが特殊なんだということに,なぜ気が付かないのかと。
※現在ヤード・ポンド法を正式に採用しているのは,アメリカ合衆国を含むごく一部の国のみ
4Gamer:
言われてみれば,確かにそうですねぇ。
芝村氏:
アメリカ人が「日本にはまだNINJAがいるんでしょ?」なんて誤解をしているという話はよくありますが,日本人も結構,アメリカ人のことを誤解していますよね。そのうち本でニューヨークの話をしっかり書いたら,相当笑える内容になると思いますよ。「不思議の国アメリカ」みたいな感じで。
4Gamer:
なるほど。そうなると,当然サブカルチャーの性質も違ってくる……ということですね。
芝村氏:
はい。「ゼルダの伝説」のリンクが好きだからという理由で,耳を改造している若者と実際に出会ったりもしました。話をしていてあまりにも面白かったんで,これは本に書こうと。
4Gamer:
じゃあ,ソフィアって実在の人物がモデルだったんですか!?
芝村氏:
フィクションですので,なるべく嘘を織り交ぜようとはしましたが……。ついつい見て面白かったことをそのまま書いちゃうんですよね。そのほうがよっぽど面白かったりもしますから。なので,なるべく本名がバレないようにぼかしつつ,事実を書いていたりします。
4Gamer:
どうりで,なにやら“生っぽい”というか……珍しいタイプのヒロインだと思いました。
芝村氏:
ソフィアがあんな性格なのは,「共和党大好きな人って,こんな感じなんだなぁ」なんてことを思いながら,なるべくリアルに,その人のまんまで書いたのが功を奏したのかもしれません。
4Gamer:
え,モデルの方も実際にああいう性格なんですか!?
芝村氏:
かなりそのまま書いてます。先程も言ったように,読んだ人全員から「ないわー」って反応が返ってきましたけど(笑)。
4Gamer:
個人的には非常に可愛らしいと思うんですけど……。
それはつまり,あなたが選ばれた人種だということです。
4Gamer:
どういうことですか,それは(笑)。
芝村氏:
“英雄”と呼ばれる人は一様に性格の悪い女に惹かれるものなんですが,それは「俺なら乗りこなせる」と信じて疑っていないからなんですよ。きっとあなたにも,そんな英雄の資質があるのでしょう……。
4Gamer:
頑張れば絢爛舞踏章もらえますかね? ……まぁ,それはともかくキャラクターが妙にリアルで,魅力的だと思います。
芝村氏:
定型化されたキャラクターではなく,それぞれに都合と背景があってそこにいる……という感覚にしたかったんです。だからニートだった主人公と同じように,ほかのキャラクター達もなんらかの理由で身を持ち崩しているんですよ。
4Gamer:
主人公が最初に出会うヒロイン(?)のシャウイーなんて,娼婦ですよね。……ええっと,シャウイーは一応ヒロインというカテゴリで見てもいいんでしょうか?
芝村氏:
まぁ,シャウイーにとって主人公は「私の上を通り過ぎていった男達」の一人という感じになるのかと。
4Gamer:
大人の付き合いですね……。
芝村氏:
主人公はそういった面に耐性がなく,相手に「100ドル」と言われてそのまま100ドル払っちゃう人ですから。そういうところにツッコミながら読んでいただけると楽しめると思います(笑)。
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