連載
大手ゲーム情報サイトGamespotの編集者が,「Kane and Lynch: Dead Man」のレビュー記事を掲載した2週間後に,突然解雇された。記事に批判的な内容が含まれていたことから,発売元であるEidos Interactiveが圧力をかけ,解雇させたのではなないかというウワサが広まり,Eidos Interactive,Gamespot,そして編集者やファンを巻き込み,アメリカで大きな騒動となっているのだ。
Eidos Interactiveが北米再進出を懸けた
新作アクション
最近,アメリカのゲーマーの間で話題になっていることの一つが,「Kane and Lynch: Dead Man」(以下,Kane and Lynch)に絡む編集者の「解雇事件」である。この編集者Jeff Gerstmann(ジェフ・ガーストマン)氏は,オンラインメディア最大手のCNET傘下にあるゲーム情報サイトGameSpotに11年間勤め,日本でいうところの“デスク”職に就いていたベテランだ。 ガーストマン氏は,Kane and Lynchのレビュー記事を掲載した約2週間後,11月26日に解雇された。解雇があまりに急だったこと,そして掲載されたレビューが辛口だったため,同作の発売元であるEidos Interactiveが,GameSpotに対して何らかの圧力をかけたのではないかというウワサが広まり,騒動に発展したのである。
ヒットマンシリーズとは異なり,目の前の敵を皆殺しにしていくタイプのKane and Lynch。ただし操作性に多くの問題があり,ストレスが溜まるらしい。Eidos Interactiveの復活をかけた新作だったが,今回の事件の影響でゲームの評価も日を追うごとに低下している
Kane and Lynchは,ヒットマンシリーズを開発したIO Interactiveの最新作で,刑務所仲間であるケーンと相棒のリンチの破天荒な活躍を描いた,3人称視点のアクションゲームだ。ケーンは,もともとThe 7と呼ばれる暴力団組織のメンバーで,殺人罪により死刑が確定していたが,リンチと共に脱走に成功。しかし,ケーンは重要な物をThe 7から持ち逃げしたという疑いをかけられており,警察だけでなく昔の仲間達からも追われたり,某国のクーデター事件に巻き込まれたりしていくというストーリーだ。
Kane and Lynchは,ガーストマン氏がレビューしたXbox 360のほかに,PCとPLAYSTATION 3でも発売された。ステルスを重視するヒットマンシリーズとは異なり,前に立ちはだかる敵をひたすら撃ち倒していくタイプのゲームで,アメリカでは18歳以上のプレイヤーを対象にしたMレーティングとなっている。
発売元のEidos Interactiveは,Lara Croft's Tomb Raiderシリーズの世界的ヒットで1990年代中期に成功を収めたイギリスの会社だが,その後リリースされたさまざまなタイトルの売れ行きが芳しくなく,2005年5月にイギリスのSCi Entertainmentに7400万ポンド(約100億円)で買収されたという経緯がある。買収直後に,元役員や幹部のほとんどが解雇され,アメリカや日本支社が閉鎖されるといった規模縮小が行われたが,2007年2月には,カナダのモントリオールに開発スタジオを新設。「Deus Ex 3」の開発を始めるなど北米での巻き返しを計画していたようで,Kane and Lynchは,その戦略において重要なタイトルとして位置付けられていたのだ。
ゲーム業界を揺るがすガーストマン事件の全容
そんなKane and Lynchだが,ゲーム情報サイトGameSpotの編集者,ジェフ・ガーストマン氏の解雇に絡んで,さまざまなウワサが11月末からインターネット上を飛び交い始めた。ことの起こりは,ゲーム好きのコミックアーティストが週1回の頻度で新コミックを公開しているサイトPenny Arcadeに掲載された記事。ここで,ガーストマン氏が上司らしい背広服の男にKane and Lynchのレビュー記事の件で追及されているコミックが掲載されたのだ。これが同サイトのフォーラムで話題になり,さらにPenny Arcadeの運営者が「コミックの内容に嘘はない」と書き込みをしたことから,一気にゲームファン達の間に広まっていったのだ。
さらにこのことが,KotakuやShackNewsといった,独立系のゲーム情報サイトが記事に取り上げられることで火に油を注ぎ,ガーストマン氏の解雇理由に関する憶測が肥大していったのである。週明けの12月3日には,同じく独立系ゲーム情報サイトjoystiqがガーストマン氏のメールインタビュー記事を掲載。それによると,ガーストマン氏は「法的な理由で解雇の理由は話せない」としながらも,Kane and Lynchのレビュー記事が発端になったことについて否定はしていない。実際,最近までGameSpotのメインページは,Kane and Lynch一色になるほどEidos Interactiveの広告キャンペーンが行われていたのも事実である。
今では,ガーストマン氏の解雇に不可解な理由が垣間見られるということから,ウォーターゲートのような政治事件になぞらえて,ガーストマンゲート(Gerstmanngate)事件とまで呼ばれるようになっている。GameSpotをはじめゲームに関わる掲示板では,もはや取り返しがつかないほど,Kane and Lynchの低い評価が溢れるようになってしまった。
発売元との癒着がウワサされるほど,その看板に傷を付けてしまったGameSpot。だが,問題にされるべきはEidos Interactiveの広報活動だったかもしれない。公式サイトにはゲーム情報サイト/雑誌からのコメントに五つの星を並べて掲載し,最高の評価を得たようなようなプロモーションを行っていたのだ(GameSpyの評価は星三つだった)
本稿では,ここまで“レビュー記事”と書いてきたが,該当する11月13日の記事でガーストマン氏は10点満点中で6.0を付けており,この記事の評価が問題になっているのではない。アメリカの他サイトでも,およそ7点(もしくは5点満点で3〜4点)程度になっており,ガーストマン氏の評価だけが,特別低かったわけではない。それよりも問題になったのは,一時的にサイトから削除されていたビデオレビュー(要年齢認証)での言葉遣いともいわれている。ゲームの操作性や,敵AI,緩慢なストーリーに関しての不満点を,Fで始まる言葉を用いて念を押しているのだ。
このビデオレビューが本当にガーストマン氏の解雇理由になったのかは,当事者でないと分からないし,ガーストマン氏も語れないといっている。GameSpotがリリースしたウェブラジオのThe HotSpot12月4日号では,同僚達が「第3者の圧力が,我々の会社の人事に関わることはない」と発言している。しかし,その一方でガーストマン氏が病気休暇明けの11月26日に出社して机を片付け始めるまで,同じオフィスにいた人間は誰も彼の解雇を知らずにいたことを明かした。そして,ゲームファンも巻き込んで,GameSpot自体の評価を落としてしまったことに対しての反省の弁を述べている。
「GameSpot自体の評価を落とした」というのは,「広告主による圧力」という話が広く信じられてしまい,ファン達に「そういえば,あのゲームのレビューも妙に評価が高かったが,本当だろうか」というような憶測が生まれてしまったことを意味する。今回の件では,対応が後手にまわったことで,ウワサがウワサを呼び火ダルマ状態になってしまったのだ。
「どうせゲーム情報サイトは,発売元/広告主の顔色を見て記事を書いているのだろう」という,読者なら誰もが一度は考えるであろう疑念を強めることになってしまった今回の事件。ガーストマン氏が法的な理由で解雇の理由は話せないといっている以上,当事者間でなんらかの形で決着はついているのだろうが,結局のところ真相は分からない。読者からの信頼で成り立っているメディアである以上,納得のいく説明ができないことは,噂を野放しにすることにつながる。信頼の回復をはかろうとするのなら,まずは納得のいく説明をすべきではないだろうか。
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