連載
剣と魔法の世界に生きる冒険者は,いついかなるときも危険にさらされている。安全なはずの宿屋で休息をとるときでも,盗賊や敵対集団に襲撃されることがあるし,また夢の中で襲われるという,ファンタジーらしいケースもあるだろう。
夢を利用して人に危害を加えるモンスターというと,夢魔が有名だ。夢魔とは,寝ている人間のもとに現れ,寝ている人間に淫らな夢を見せるなどして精気を吸い取る悪魔のこと。その代表格が,インキュバスやサキュバス(Incubus/Succubus)だ。
男性型の夢魔はインキュバス,女性型の夢魔はサキュバスと呼ばれる。その姿は全裸であったり半裸であったりするが,大抵はコウモリの翼を持ち,どこか官能的な存在として描かれることが多い。
彼らの目的は寝ている相手を襲ったり,夢の中でたぶらかしたりすることだ。彼らはあらゆる人間の好みの異性に変身でき,彼らに魅入られた人間は,毎夜エロティックな夢を見させられ,いずれは衰弱死してしまう。夢の中で自分好みの美男/美女に誘われて断れる人間など,そうそういないのだから,これはなかなかな厄介な攻撃といえよう。
TRPGなどでは,インキュバス/サキュバスに魅入られた人を助けるというシナリオは,たまに見かけるシチュエーションである。悪魔の一種であるインキュバス/サキュバスにはホーリーシンボルや聖水が有効であり,アンデッドモンスターとも頻繁に遭遇するだろうし,冒険者であれば,これらの道具は常備しておいてもよさそうだ。
なおインキュバス/サキュバスは,夢の中では力が増加するという説もある。彼らのテリトリー(夢の中)で戦うのは,得策とはいえないだろう。戦うのであれば,実体化しているときがチャンスだ。
ゲームでは,魔界などの限定的な場所で登場することが多い。近接戦闘をしてくることはあまりなく,どちらかといえば精神に作用するような攻撃魔法を使ってくる。代表例が古いタイトルで申し訳ないが,半裸でこうもりの羽を持ち,遠距離から魔法攻撃をしてくる「Diablo」のサキュバスは,比較的基本に忠実なデザインといえるだろう。
しばしばインキュバスは,人間の女性をはらませるという話があるが,これには意外な伝承がある。人間とインキュバスとの間に生まれた子供は,特異な能力や偉大な力を持っているというものだ。
例えば「アーサー王伝説」に登場する偉大な魔術師マーリンや,古代マケドニアのアレキサンダー大王についての記録には,彼らがインキュバスと人間との間に生まれたハーフであるという逸話が記されているのだ。
実際のところは,物語としての面白さを増す設定であったり,実力者をやっかんで,インキュバス/サキュバスの子供であると見下したことから生まれたりした説なのだろうが,なかなか興味深いエピソードである。
ちなみに,インキュバス/サキュバスは普通(?)の悪魔が夢の中でいたずらをするときの名称であるという説があるほか,いたずら好き(?)という側面から,妖精などと混同されることも多かったようだ。そうしたことから,ちょっとした誤解なども生まれている。枕元にミルクを置いておくと,白い液体を欲するサキュバスよけになるという説などが広まっているが,これは16世紀にレジナルド・スコットがブラウニーなどの妖精の伝説と混同したために生まれた説であると思われる。
なお,インキュバス/サキュバスという名前は,ラテン語で「上にのしかかる」という意味の「Inkubo」,「下に寝る」という意味の「succubo」に由来するらしい。名は体を現すという言葉にふさわしいモンスターである。
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