業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第245回:欧米ゲームシーンのこの10年,次の10年
欧米のゲーム業界におけるイノベーション(革新)の姿をお伝えするのも,この連載のテーマの一つ。物理エンジンのゲームへの導入,躍進するソーシャル・ネットワーク・システム,そしてデジタル流通システムや,インディーズゲームといった話題が最近増えてきたという印象が強い。現代の欧米ゲーム業界は,すさまじい勢いで変化しており,これまでの10年に起きたことが,続く10年ですっかり変わってしまう可能も高い。というわけで今週は,過去10年を振り返りつつ,これからのゲーム業界の発展を考えてみたい。
決して当時最高のグラフィックスというわけではなかったものの,ポイント&クリック式アドベンチャーの究極形と評された,「Gabriel Knights 3: Blood of the Sacred, Blood of the Damned」。当時新鮮だった3D世界の特徴を活かしたアイデアが,記憶に残る傑作だ
2000年代最初の10年が終わろうとしている。「ノストラダムスの大予言」やら「2000年問題」などどこ吹く風。あまりにもあっさり2000年に突入したので,拍子抜けしたことを覚えているが,読者の皆さんにとってはどんな10年間だっただろうか。
総務省の発表によると,2000年には一世帯あたりのPC普及率は37.7%だったが,2008年末の段階で85.9%に上昇し,かつての「贅沢品」から「ありふれた一般家電」になっている。そう言えば,2000年に流行語大賞に選ばれたのは,「IT革命」という言葉。いまとなっては,ITですら日常用語に落ち着いている。
ふと,「10年前には,どんなゲームをプレイしていたんだっけ」と気になった筆者は,当時執筆した記事や,手持ちの資料,あるいはパッケージなどを眺めてみた。記憶が曖昧で申し訳ないが,たぶんValveの「Half-Life」シリーズの拡張パック,「Half-Life: Opposing Force」や,筆者をフリーメイソンやシオン修道会にまつわる謎解きの世界に駆り立てた「Gabriel Knights 3: Blood of the Sacred, Blood of the Damned」あたり。少しマイナーなところでみっちり遊んだ記憶のあるものといえば,ファンタジー小説をベースにした「The Wheel of Times」,そして,InterplayのDungeons & Dragonsモノの中では最も印象深い「Planescape: Torment」といったところだろう。
「Ultima Online」や「EverQuest」をプレイしながらも,新たに登場してきたMMORPG「Asheron's Call」が気になったのもちょうど10年前。「Quake III: Arena」や「Unreal Tournament」といった対戦ゲームに興じつつ,「Nocturne」の高度な“もや”の表現や,「Urban Chaos」でキャラクターが歩くたびに枯れ葉が舞う様子に,普及し始めた3Dグラフィックスの豊かな表現力を,ヒシヒシと感じていた頃である。
MODとして登場しながら,数年後には大化けすることになる「Counter-Strike」がリリースされたり,ゲームプレイの様子を編集してCG映画を作るMachinema(マシニマ)が流行し始めたのも10年前なら,「Unreal Engine」がライセンスビジネスの分野で成功し始めたのも,10年前のことである。
ゲームに関わるテクノロジーにも目を向けよう。1999年の9月にはDirectX 7がリリースされており,あまり評判の良くなかった3Dfxの「Voodoo 3 Avenger」から,NVIDIAの初めてのグラフィックスチップ(GPU)となる「Riva TNT 2」に乗り換えたと記憶している。このRiva TNT2は同社の第5世代GPUで,コードネームはNV5。ちなみに,NVIDIAがリリースを予定している「GT300」のコードネームはNV70だが,途中から命名ルールが変更されているので,「第70世代」という意味ではない。
また,日本ではISDNが全盛だったのに対し,アメリカではDSLが主流となり始めていた頃であり,日本から来た人が「ほう,1.5Mb/sなんて,アメリカはうらやましいですね」などと言われていたことを思い出す。
スクリーンショットでは分からないが,Ubisoft Entertainmentが発売した「Avatar: The Game」では,「シャッターグラス」と呼ばれるメガネを使い,映画と同じように飛び出す立体ゲームが楽しめる。強力に3D化を進めるハリウッド同様,こういった完全3Dタイプのゲームが増えていくのだろうか?
ときとして曖昧だったりする個人的な思い出を並べて恐縮だが,こうして見ると,2000年代の最初の10年間は,1990年代末に一般的になったインターネットや黎明期の3Dグラフィックスなどの技術をいかに利用し,いかにゲームを進化させるかについて模索していた時代だったと思う。
ゲームが3Dになると何が表現できるのか,不安定で速度もまちまちなインターネットを使って,どのように他人と遊ぶのか。コントロールの方法やインタフェースがさまざまな形で考案されることで,新しい感覚のゲームが次々と登場してきた,まさにイノベーティブ(革命的)な10年だったといえるのではないだろうか。
こうしたイノベーションは,いうまでもなくハードウェアの進歩と軌を一にしてきたし,これからもそうだろう。その後に登場してきた高速インターネットや,より強力になった3Dグラフィックス,高性能な携帯ゲーム機やモバイル,そしてコントローラなどのテクノロジーが開発者のクリエイティビティ(創造性)を刺激し,新たなコンテンツに結びついていったのだ。
そんなわけで欧米のゲーム企業各社は,それぞれの将来に向けたさまざまなアプローチを試みてきた。その中でも比較的ハッキリとした方向性を示しているのが,Activision BlizzardとUbisoft Entertainmentだ。
「Guitar Hero」を成功させたActivision Blizzardは,それに続く音楽ゲームや専用デバイスを使ったゲームへの投資を盛んに行なってきた。その結果として登場した,「DJ Hero」や「Tony Hawk: RIDE」が,今のところ開発資金をとても回収できないほど惨憺なセールスになっているのは残念な事実だが,彼らのアプローチはこれからも続くだろう。
フランスのUbisoftは,音声によるコントロールを可能にした「Tom Clancy's EndWar」を2008年にリリースし,さらに今年,特殊メガネを利用することでゲーム画面が立体に見える「James Cameron's Avatar the Game」を発売した。来年早々には,タッチパネルでコントロールできるRTS,「R.U.S.E.」が控えているといった具合に,同社は人間の五感を利用した新たなインタフェースの開発に熱心だ。かつては「イロモノ」的な目で見られていたこうした技術に,新しい光をあてようという試みは,Activision Blizzardと同様,今のところ「大成功を収めた」とは言い難い状況だが,少なくとも,何らかの形で生かされることになるだろう。
イノベーションは技術だけでなく,ゲームの枠組みにまで及んでいる。Electronic Artsが,PlayfishというFacebookやMySpace向けのタイトルを開発する新興メーカーを3億ドル(約270億円)もの高額で買収したという事実は,彼らの考えるゲームの未来を物語っているようだ。
経営再建を進めるEAだが,今回の買収が,従来の“ゲーム”の枠内で調査研究を行なうEA Blueprintと,ハードコアゲーマー向けタイトルの開発を行うVisceral Gamesといった部門のリストラを進めてまで行った投資であることが,象徴的だ。とどまることを知らないネットワーク技術の進歩が,ゲームの裾野を広げていくのはまず間違いないだろう。
こうした新興のゲーム分野には各社とも注目しており,例えばスクウェア・エニックスの和田洋一社長は,イギリスの業界誌Developのインタビューに応えて,「ソーシャルゲームやブラウザゲームは非常に大きなジャンルになっており,我々も研究開発を始めているところ」と語っている。
Xbox Live!やPlayStation NetworkのFacebookなどへのリンク,Games for Windows Live!におけるデジタル流通サービスの開始,ゲーム業界のビジネスモデルをも変えかねないOnLiveのβテスト開始といった出来事も,次の10年には重要な意味を持ちそうだ。
クライアント側にゲームソフトをインストールする必要がない「オンデマンド」方式のサービスも,新たなテクノロジーによって裏付けられつつある。その先駆けの一つであるOnLiveは,現在「Burnout: Paradise」や「Mass Effect」(画像)といったタイトルによるβテストが行なわれている。やがて,据え置き型のゲーム機がなくなる時代が来るのかもしれない
分かりやすいハードウェアに比べ,ゲームの進歩は緩やかだ。この10年間,グラフィックスやインタフェース,サウンドやストーリーの見せ方といった小さなイノベーションが,コツコツと積み上げられていった。「斬新」とはいえないが,細かいところが「洗練」されたゲームによる進歩が続いており,それはこれからも変わらないだろう。
市場のメインストリームでは,特定のシリーズに人気が集中したり,開発費が高騰したりしたこともあって,新たな挑戦の機会は減っている。だが反面,デジタル流通の発達とインディーズゲームの躍進が開発者達に新たなチャンスを与えているのも事実で,次のイノベーションはそのあたりから出現するのではないだろうか。
ハードウェアであれゲームソフトウェアであれ,こういった斬新な技術や試みが必ずしも大きな利益を生み出すわけではないのが,ビジネスの難しいところだ。「革新」のつもりが,ときに「改悪」になってしまうケースもよくある。しかし,ゲーム不況の中にあっても,新しい遊びを生み出そうと努力を続けているゲーム開発者達は間違いなく常におり,その点について我々は安心していいと思う。
さて,ちょうど次の10年の始まりというこの時期,欧米のゲーム業界では,ブラウザゲームなどの「プラットフォーム・フリー」と,Project NatalやPlayStation Eyeなどの「コントローラ・フリー」という二つの動きが目立っている。これらを支えるハードウェア/インフラのイノベーションも確実に進んでいるので,数年後にはこれまでなかったようなゲーム文化が花開いているかもしれない。続く10年,これからも欧米ゲーム業界の動きを,この連載で追い続けていきたい。
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