業界動向
Access Accepted第311回:欧米ゲーム業界に変化を及ぼすか。AppleとMicrosoftの最近の動向
前回の本連載で,ゲームプラットフォームとしての立ち位置を固めつつあるiOSベースのデバイスについて述べた。AppストアやiTunesを中心に,ユーザーの新たな囲い込みとして成功を収めたAppleだが,対するMicrosoftも,次期OSであるWindows 8を中心として活発な動きを見せている。こうした動きは,果たしてゲーム業界にも波及するのだろうか。
複数のデバイスが,1つに結び付けられる環境
選集掲載された本連載310回「今や巨大なゲームプラットフォームと呼べるほどに成長した,iOSベースのデバイス」において,Sony Computer Entertainment Europeの元幹部で,現在はゲーム産業向けの投資会社の運営に関わる,Phil Harrison(フィル・ハリソン)氏の言葉を引用した。ここにもう一度引用するが,それは以下のようなものだ。
「iPhone,iPad,そしてiPodシリーズが,App StoreやiTunesをベースにした“エコシステム”の中にあり,消費者がゲームソフトを発見し購入するメカニズムが非常に良く機能している」
イメージとしては,複数種類のデバイスにわたるデータやアプリケーション,さらにコミュニティなどを一元的に管理する環境のことを表し,これを利用するユーザーは,どのデバイスでもさまざまなサービスを受けられるわけだ。
AppleはさらにiCloudを発表して,ユーザーのさらなる囲い込みを狙っている。これは,音楽ファイルやドキュメント,画像データなどの保管や更新をサーバー側で行い,iOS対応のデバイスにプッシュできるもので,例えばiTunesからダウンロードした楽曲が,iCloudに保管されることで,自分のiPadやiPhoneなどにも自動的に現れるといったものをイメージしてもらえばいいだろう。
今のところ,扱えるのはメールや画像,音楽ファイルなど,どのデバイスでも利用可能なものに限られているが,ここにやがてゲームが登場してくるかもしれない。もっとも,ゲームはどのデバイスでも共通して動かせるわけではないはずなので,そこには何か新しい仕組みが必要になるはずだ。
Microsoftが打ち出す統合型システム
2011年7月10日〜14日,Microsoftは提携企業を対象にしたカンファレンス「Microsoft Worldwide Partner Conference 2011」をロサンゼルスで開催した。席上,同社はクラウドコンピューティングに関する新たな戦略を打ち出し,「Windows 8」「Office 365」「Internet Explorer 9」「Bing」,そして「Windows/Xbox LIVE」などを利用した統合システムに関する発表を行った。iTunesとiCloudがごく少数のデバイスに束縛されているのに対し,Microsoftが提唱する“エコシステム”は,異なるメーカーで生産されるさまざまなデバイスや周辺機器に対応する,より幅の広いものになることが強調されている。
Microsoftの発表がAppleを強く意識したものであることは間違いないが,もっともこれを大局的に見れば,単に次期OSであるWindows 8を中心にした便利なサービスを用意しましたということであり,ことさらに新しいことを言っているわけではない。
ともあれ,Windows/Xbox LIVEは,ゲーマー向けのオンラインサービスから,さまざまなゲームやアプリケーションのハブとなるものを目指しているようだ。これについて現地時間の2011年6月9日,MicrosoftのInteractive Entertainment部門の副社長を務めるMike Delman(マイク・デルマン)氏が,アメリカのニュース誌The Seattle Times(電子版)のインタビューに対して,「Windows/Xbox LIVEはすべてのデバイスのメディアサービスになる」とし,「ユーザーがあるデバイスで購入したゲームを,別のデバイスでもプレイできるようにするのが我々の役目だ」と述べている。Microsoftはかなり以前から,PC,Xbox 360,そしてモバイルが統合されたゲーム環境を提唱してきたが,実際には何の進捗もないままだった。それが,ここへきて急に具体性を帯びてきたという雰囲気だ。おそらく,新たなゲームプラットフォームとして地位を固めつつあるiOSの躍進に影響されたのだろう。
もしDelman氏の言うように,1つのゲームが多くのデバイスで動くとすれば,これまでのように,多種多様なハードウェアにいちいち移植する必要が少なくなるため,ソフトウェア開発者も大きな恩恵を得られるだろう。
低くなる,プラットフォームの垣根
日本でも,KONAMIが「METAL GEAR SOLID PEACE WALKER HD EDITION」で,PlayStation 3とPSP,そしてPlayStaion Vita間でデータを共有する「Transferring」(トランスファリング)という概念を発表しており,注目を集めている(関連記事)。
このように,プラットフォーム間の垣根を低くするような動きもあちらこちらで見られる欧米ゲーム業界だが,これがプラットフォームホルダーにとって諸刃の剣になる可能性もある。そのコンシューマ機なりデバイスなりでしかプレイできないゲームを提供することで,各プラットフォームホルダーはユーザーの囲い込みを行ってきたのだが,それが「なんでもいい」というところまで行ってしまえば,各プラットフォームそのものが,その存在意義を失いかねない。
いずれにしろ,欧米ゲーム業界では今後しばらく,“エコシステム”という,実態があまりハッキリしない言葉を掲げた大手メーカー同士の囲い込みが続き,サービス合戦が繰り広げられることになりそうだ。Appleに比べて明らかにゲームへの関心の高いMicrosoftの動向も,大きなポイントになるだろう。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
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