業界動向
Access Accepted第391回:Bethesdaに入社した19歳のMOD開発者
「The Elder Scrolls V: Skyrim」向けのMOD「Falskaar」がファンコミュニティで話題になっている。攻略に2時間近くもかかるという大規模なダンジョンや,14曲もあるサウンドトラック,そして約30人の声優による音声データを収めたこの「Falksaar」を開発したのは,たった1人の19歳の青年なのだ。制作段階からBethesda Softworksにも注目されていたようで,MODの正式リリースと共に同社に就職することになった。今や欧米におけるMOD制作は,ゲーム業界へ足を踏み入れるための王道になりつつあるようだ。今週は,そんな若者の話を紹介したい。
20時間以上のコンテンツを収めたMODを1人で開発
アメリカのゲームメーカーと聞くと,例えばプロジェクトが不調に終わったり,経営不振に陥ったりした途端,社員を容赦なくリストラするいったドライな経営を行っているという印象が強いかもしれない。そういう面も確かにあるのだが,一方で仲間意識が強く,メンバーが家族のように結びついたアットホームなメーカーも少なくない。
そのBethesda Softworksに最近入社したのが,アレクサンダー・J・ヴェリッキー(Alexander J Velicky)氏だ。Bethesda Softworksのほうからわざわざ「採用したいと」と打診したというのだから,どんな素晴らしいゲーム開発歴を持つ人物なのかと思いきや,高校を卒業したあと進学も就職もせず,親に面倒をみてもらっていた,いわゆるニートの19歳だというから驚きだ。そんな彼の履歴書代わりになったのが約1年間,コツコツと作り続けていた「The Elder Scrolls V: Skyrim」向けのMOD,「Falskaar」だ。
SkyrimのMODシーンに関しては,本連載の第340回「Steam Workshopで開花する新世代MODカルチャー」で詳しく紹介しているので,ぜひ目をとおしてほしいところだが,ともあれ2013年7月現在,Skyrimには「Steam Workshop」で1万7000作,MODコミュニティサイト「Nexus Mods」では2万7000作という膨大な本数のMODが公開されている。そのほとんどが,新たな武器が登場したり,キャラクターのテクスチャーを変更させたりといったシンプルなものだが,数は少ないながら,1つの世界を丸々作り込むという大規模なMODも存在し,中でもこの「Falskaar」は,普通にプレイすると20〜30時間は必要という超大作であり,Nexus Modsでは2013年7月,最も多くダウンロードされた人気MODになった。
「Falskaar」には,タムリエル大陸の3分の1ほどのサイズの新大陸が用意されており,そこは600年前,「The Traveler」と呼ばれるノルドの一団が海を渡って以来,タムリエルとの往来が途絶えていたという土地だ。26種類のクエストから構成される9つのメインストーリーがあり,さらに武器や書籍,スペル,シャウトなどのコンテンツが収められた壮大なMODで,オリジナルのサウンドトラックや吟遊詩人の曲も収録されている。つまり,大規模な拡張パックを1人で作ってしまったようなものなのだ。
MOD制作は,ゲーム業界へ至る近道
Falskaarを開発したヴェリッキー氏にインタビューしたPC Gamerの記事によれば,このプロジェクトの制作にヴェリッキー氏が費やしたのは,約2000時間とのこと。「大学にも行かず,仕事もしていなかった。でも父は非常に協力的で,生活費を負担してくれた」と,やや申しわけなさそうにインタビューに答えている。
記事によると,さすがにすべてを1人で作ったわけでなく,MODコミュニティの友人達を中心に,100人ほどが開発に貢献してくれたそうだ。ほとんどが,キャラクターモデルやテクスチャー制作といった部分的なものだが,中には,のべ40分におよぶ14曲もの楽曲を提供してくれた人もいた。
こうした協力者の中には約30人の声優陣も含まれており,アマチュアもいればプロもいたという声優陣は,すべてヴェリッキー氏が自らオーディションを行って選んだという。もちろん,彼にとってオーディションを行うのは初めてのことで,ゲームのデザインだけでなく,プロデューサーやディレクター的な仕事もすべて試行錯誤しながら学び,完成に向けて努力を続けたことになる。ヴェリッキー氏にとって「Falskaar」は,ゲーム開発のノウハウを学ぶ何よりも優れた教材だった。
「常に人手不足」といわれる欧米のゲーム業界。年々,ゲーム開発は高度化し,開発者には高いスキルが求められるようになっている。それだけに経験と才能のある開発者を見つけることは非常に難しく,人材の策源地としてMOD制作が注目を集めているのだ。
欧米では,MOD開発者がプロになったという例は少なくなく,例えばGearbox SoftwareのCEOを務めるランディ・ピッチフォード(Randy Pitchford)氏はもともと,趣味で「Duke Nukem 3D」のマップを作っていたプレイヤーだった。
Valveもまた,MOD開発者を自社に引き込むことに熱心で,「Gerry's MOD」のゲイリー・ニューマン(Gerry Newmann)氏や「Team Fortress」のロビン・ウォーカー(Robin Walker)氏などを開発者としてスカウトしている。
Falskaarを制作したヴェリッキー氏は,お金がなくても,やる気さえあればゲーム開発者になれる,という実例だ。ゲーム開発者にあこがれる若い人達にとって,力を与えられる話に違いないだろうし,たとえ就職に結びつかなくても,コミュニティの仲間と一緒に起業してしまうといったこともありそうだ。現在の欧米ゲーム業界にはこうしたチャンスがいくつも転がっており,それが業界全体を支えている。欧米に比べて,MODカルチャーが十分に発達しているとは言えない日本だが,いずれ欧米のように,数多くのMOD開発者出身のクリエイターが第一線でゲームを作ることになるかもしれない。
いずれにせよ,まずはBethesda Softworksに入社したヴェリッキー氏の活躍に期待したいと思う。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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