
業界動向
Access Accepted第466回:スウェーデンの新しい開発者育成プログラム「Stugan」とは
![]() |
北欧のゲーム開発大国,スウェーデンで始まった「Stugan」というプログラムは,アイデアを持ったゲーム開発者をストックホルム郊外の農場に集め,2か月間,集中的にゲーム開発を行ってもらうという試みだ。数多くのゲームメーカーや,著名ゲーム開発者が支援するこのStuganを通して,スウェーデンのゲーム開発に対する取り組みを紹介したい。
森の中の小屋で,ゲーム開発者が寝食を共に
「バトルフィールド」や「Minecraft」,そして「Europa Universalis」や「Mad Max」など,ヒット作,話題作を次々に生み出し続ける北欧の国,スウェーデン。このほかにも,「Hotline Miami」や「Payday: The Heist」,さらにはあの「Goat Simulator」までもがスウェーデン生まれのゲームなのだ。
こうしてタイトルを並べてみると,その規模やジャンル,プラットフォームも非常にバラエティに富んでおり,スウェーデン製のタイトルが世界中のゲーマーにグローバルに受け入れられていることが分かる。
スウェーデンの人口は,約980万人。2013年の名目GDPは世界22位で,規模としては日本の8分の1ほどになるが,高度な福祉国家として知られており,教育や労働者のレベルは非常に高い。
この国のゲーム開発の風土のようなものは,本連載の第291回「Minecraftを生み出したスウェーデンのゲーム事情」でも紹介したことがあるが,個性を尊重する国民性や長い冬の影響などで,コツコツと1人でゲームを開発する人が少なくない。
とはいえ,ゲームという成長産業をより強固なものにしていくために優秀な人材を常に求める必要があることは,ほかの国々と変わりはない。そんな中,新たな人材発掘および開発者育成のために始まったのが,「Stugan」と呼ばれるプログラムだ。
「Stugan」公式サイト
スウェーデン語で「小屋」を意味するStuganは,国内外のインディーズゲーム開発者を公募で選び,ストックホルム郊外にある小屋(つまりStugan)で,集中的にゲーム開発に必要な学習を受けてもらうというものだ。期間は約2か月にもおよぶが,生活費や食費はすべて無料。プログラムの運営は非営利団体によって行われており,スポンサーには欧米ゲーム業界でよく知られる企業や人物が名を連ねている。
ちなみにStuganには一般名詞の「小屋」以外にもう一つ,固有名詞としての用法がある。Stuganは,1997年にリリースされたテキストアドベンチャーのタイトルで,これはスウェーデンで初めて作られたゲームでもある。そのため,その名前に対して強い思いを抱くスウェーデン人のゲーム関係者は多く,その名を冠したプロジェクトには,いわば同国のゲームの故郷を探求するという意味合いも含まれているようだ。
現役ゲーム業界関係者が,次世代の活躍に願いを込めて
Stuganプロジェクトの創設者は,フィンランドのゲームメーカーRovioのストックホルムスタジオを率いるオスカー・ブルマン(Oskar Burman)氏だ。
ブルマン氏は,スウェーデン初期のゲームメーカーであるUnique Development Studiosの設立者で,2004年に同社が倒産したあと,Electronic Artsのモバイル部門に参加して管理者としての経歴を重ね,2012年に「Angry Birds」で飛ぶ鳥を落とす勢いのRovioに移籍したという経歴を持つ人物だ。
![]() |
また,同氏の呼び掛けに応じて,個人スポンサーとしてプログラムを支えているのは,DICEのゼネラルマネージャー,カール・マグナス・トロードソン(Karl-Magnus Troedsson)氏,Paradox InteractiveのCEO,フレドリック・ウェスター(Fredrick Wester)氏,Avalanche Studiosの設立者であるクリストファー・サンドバーグ(Christofer Sundberg)氏など,錚々たるメンバーだ。
さらにStuganの期間中には,国内のゲーム関係者が小屋を訪問する予定になっており,例えばMojangのジェンス・バーゲンステン(Jens Bergensten)氏,「Candy Crush Saga」で知られるKing Digital Entertainmentのアレクサンダー・エクヴァル(Alexander Ekvall)氏など,こちらも名だたるメンバーとなっている。キャンプに参加した彼らは,若きゲーム開発者に助言を与えたり,一緒にゲームを開発したり,交流を深めたりする予定だ。
開発者達が同じ場所に集まってゲームを作るイベントと聞くと,多くの人が「ゲームジャム」を思い浮かべるはず。“週末の48時間”という短い期間で与えられたテーマに沿ったゲームのプロトタイプを作る,ある意味ゲーム感覚でゲーム開発を行うもので,お互いにアイデアを出し合ったり,自分のスキルを高めたりすることになる。
ゲームジャムから実際のリリースにこぎつけた作品もあり,最近では,メーカーのプログラマーやゲームデザイナーが士気を高めるためにゲームジャムを開催することも少なくない。同じ場所で集中してゲーム作りに打ち込むことには,多くのメリットがあると認識されている。
ゲームジャムに比べてStuganは実施期間が長く,さらに開発中である自分のゲームプロジェクトを持ち寄るというスタイルになっているため,完成にこぎ着けるのはおそらく無理だが,SteamのGreenlightや,クラウドファンディングサイトのKickstarterにデモを公開できる程度には作り込ませるようだ。
この間,同じ夢を持った仲間達とサマーキャンプのように寝食を共にし,ベテランからさまざまなことを学んだり,お互いの作品に意見したりするのだから,ここで得られた経験が選ばれた開発者達にとって非常に価値あるものになるのは間違いない。
![]() |
またこのプログラムは,隣国フィンランドにおけるゲーム産業の推移を参考にしたものでもあるという。携帯電話のNokiaで知られたフィンランドだが,同社が経営危機に陥る中,多くのソフトウェアプログラマが解雇された。しかしフィンランドは,国策としてIT産業を保護しており,解雇されたプログラマの多くが国の支援を受けて独立し,モバイル向けのゲーム開発に乗り出した。その結果としてRovioや「Clash of Clans」のSupercellなど,短期間で大企業化したゲームメーカーが次々に登場することになった。
しかし,スウェーデンはフィンランドのような国の援助は期待できない。そのため,すでに成功したゲームメーカーやゲーム開発者達が,これからの新人をサポートし,世界に送り出すためのプログラムを立ち上げたのだ。
ゲームジャムは2002年,「DOOM」や「SPORE」などで知られるアメリカの著名なプログラマー,クリス・ヘッカー(Chris Hecker)氏が提唱して以来,日本を含むグローバルなレベルで拡大を続け,今やインディーズゲームをバックアップする大きな存在になった。これをさらに1歩前進させた取り組みといえるStuganが,ゲームジャムのように世界的に支持されていくことになるのも,それほど遠い先の話ではないだろう。
![]() |
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
- この記事のURL: