業界動向
Access Accepted第473回:過激なゲーム表現に寛容になってきた北米ゲーム市場
北米生まれのゲームといえば,表現が過激で暴力的というイメージを持つ人も少なくないが,最近はオンライン販売サイトで成人指定のゲームが購入できたりなど,社会の風潮や人々の嗜好の変化に応じて,その過激さに対する許容度は高くなりつつあるようだ。今週は,そんなゲームの表現の移り変わりを,北米のゲーム審査団体「ESRB」の歴史と合わせて紹介したい。
1990年代に登場したゲーム審査団体「ESRB」とは?
2005年10月19日に掲載した本連載の第52回「シュワちゃん vs. ゲーム業界」でも書いたように,北米でゲームソフトの審査を行うESRB(Entertainment Software Rating Board)は,1994年にゲーム業界が設立した団体だ。
ESRBの担当者がゲームをプレイして評価しているという誤解がユーサーにあるようだが,実際はゲームの内容に関するアンケートにメーカーが答え,プレイの様子を収録したDVDと一緒に提出するだけであり,審査はかなり簡略化されている。
1本あたり3人の職員が担当するという話も聞くが,ゲームソフトは毎年何百本もリリースされるうえ,モバイル向けのタイトルも評価対象に加わるなどしており,とてもではないが1つ1つを詳しく吟味している時間も予算もないのが実情だ。
この対立の歴史は意外と古く,無数のクリーチャーを轢き殺すアーケード向けゲーム「Death Race」(1980年)や,弓矢を避けながら女性へ突進していくAtari 2600向けの西部劇風ポルノゲーム「Custer's Revenge」(1982年)など,アメリカ議会でこうしたゲームの表現が問題視されることは,1980年代初めからたびたび起きている。
これがより大きな議論に発展したのは1990年代に突入してからで,言うまでもなく,グラフィックスが大きく向上し,「DOOM」のように,3D世界でリアルな撃ち合いができるようになり,「Mortal Kombat」のような派手なスプラッター表現が可能になったことが大きな理由だ。
こうした議論の盛り上がりに反応する形で,例えばNintendo of Americaは血しぶきなどの暴力表現のないゲームのみを販売し,SEGA of Americaは「MA-13」や「MA‐17」といった表示を使う,独自の審査を行うようになった。
しかし,当時のアメリカでは,子供が親の持っている拳銃を学校に持ち込んで,事故を起こすといったケースが多発しており,こうした社会的な背景もあって,ゲームの表現に対する規制への動きは加速していった。加えて,ゲームハードに新規参入するメーカーも出てきたことから,強制的な規制法案の採択に動き出す議員達が議会に現れるようになった。そうした状況を打破する必要から,AccoladeやElectronic Artsといったゲームメーカーが集まり,Recreational Software Advisory Councilという団体を設立。それが1994年2月にESRBに名称を変更し,現在へと続く仕組みが出来上がったのだ。
ゲームの審査のあり方に一石を投じた事件
ところが,このメーカー側が資料を揃えるというESRBの審査方法が不十分であることを証明した事件が2005年に起きてしまう。
2004年にRockstar Gamesがリリースした「Grand Theft Auto: San Andreas」は,2700万本以上のセールスを記録するヒット作となり,「PlayStation 2における最も売れた作品」という地位を現在も維持している。ところが,本来は製品版で削除されるべきだったデータが残されており,「ホットコーヒーでも飲んでいかない?」と女性キャラクターに誘われた際,通常ならばできない性行為を行うミニゲームに移行できた。コンシューマ機版の翌年に発売されたPC版向けに,ロックを解除するMODが公開されたことからそれが明るみに出て,政府や政治団体などを巻き込む「大問題」に発展したのだ。
本連載の第44回「セックススキャンダルを仕掛ける男」でもお伝えしたが,これがいわゆる「ホットコーヒー問題」と呼ばれる出来事だ。
ESRBではこの事件を機に,「隠しアイテム」や「隠しミッション」などもすべて開示するようにメーカーに通告したが,この「ホットコーヒー問題」は図らずも審査システムの不備を明らかにする形になってしまった。
余談ながら,消費者の起こした集団訴訟は,ソフトの払い戻しに加えて最高35ドル,最低5ドルを支払うことで約2700人の原告が和解に応じて終わっている。訴訟に関わった弁護士が「訴訟にはまったく意味がなかった」と述べているほどで,政治家なども登場する「大問題」「社会問題」としてマスコミは報じたが,一般消費者はどちらかといえば冷めていたと思う。MODが使用できるPC版は現在,オークションサイトでかなりの高値で取り引きされている。
ともあれ,これは「ゲームをプレイするのは,子供ではなく大人」という欧米ゲーム市場の変化を物語るものだろう。それまでは,Tレーティングでなければティーンエイジャーが購入できず,ゲームが売れないと信じられていたが,「Grand Theft Auto: San Andreas」の登場を境にその認識は変化した。Activisionの人気シリーズ「Call of Duty」は,2007年の「Call of Duty 4: Modern Warfare」でTレーティングからMレーティングに切り替えられたが,この作品はシリーズで初めて1000万本を超える売り上げを記録している。
成人のコアゲーマーに受け入れられれば,ゲームはヒットするということが,2005年〜2007年頃までに一般的になったのだ。
この頃,アメリカの景気は回復しつつあり,それに伴って都市犯罪の発生率は減少し続けていた。そういう社会的背景の変化とも無縁ではないと思うが,大人が,ゲームのあり得ないような過激な表現を,まるでクエンティン・タランティーノ監督の映画を楽しむようにエンターテイメントとして楽しむ,ということが普通になり,それに応じてESRBもゲームの過激な表現に対して寛容になっていった。
ブロードバンド時代の落とし穴
ゲームの過激な表現に寛容になりつつある欧米ゲーム市場だが,その流れに一石を投じるようなゲームが久々に登場した。
ポーランドのDestructive Creationsというメーカーが,2015年6月に「Steam」でリリースした「Hatred」は,サイコパスの主人公が人類を相手に戦いを挑むという設定で,警官や一般人を相手に撃ちまくったり,建物を次々と破壊していったりする三人称視点のアクションゲームだ。すでに武器を捨てている相手を処刑する,「エクセキューション」という過激なフィニッシュムーブが用意されている。
プレイは非常に粗削りで,ひたすら暴力表現を前面に押し出して注目されようという意図は明らかだ。そのためか,あるいはほかの理由があったのかは分からないが,Steamのユーザー評価システム「Greenlight」で販売を望む声が大きいことが分かったとき,Valveがそのページの削除に踏みきり,このことが逆に一部のゲーマーの話題になったりした。
ファンの批判を受けたValveのCEOゲイブ・ニューウェル(Gabe Newell)氏は,ルール違反を認めてDestructive Creationsに謝罪のメールを送っており,結局このゲームは「Steam史上初のAOレーティングのゲーム」として販売が続けられている。オンライン販売に関しては販売時に年齢などのチェックも行われているそうだが,筆者が確認する限り,ショップの棚には並ばないようなゲームが,ほかのゲームととくに違いもなく普通に売られている。
このように,昔とは比べものにならないほど寛容になった北米のゲーム表現は,YouTubeやTwitchなどを利用したゲーム実況が一般的になることで,また新しい問題を生み出しつつある。動画投稿サイトではすでに,ESRBがAOレーティングに指定したゲームの実況を禁止するといった対応を取っており,今のところ大きな問題にはなっていない。しかし,話題性の高いAOレーティングのタイトルが出てくることで,審査のありかたが再び議論になる可能性は十分にありそうだ。今後の動向に注視していきたいと思う。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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