業界動向
Access Accepted第510回:“ブレクジット”は欧米ゲーム業界に影響を与えるか
国民投票によってイギリスのEU離脱が決定してから,約2か月が経過した。実際のEU脱退までには,まだ2年以上の期間があり,今のところ直接的な影響は見られない。しかし,これからさまざまな変化がイギリス,ヨーロッパ,そして世界で起きていくはずだ。今週は,そんなイギリスの問題を,欧米ゲーム業界的な視点から見ていきたい。
ゲーム開発者の確保はどうなるのか?
欧米ではこの出来事を,「ブリテン」(Britain)と「退出する」(Exit)という2つの単語をつなげて,「ブレクジット」(Brexit)と呼んでいる。あれから2か月以上が経過した現在,筆者の知るイギリス人達にブリクジットについて聞いたところ,「ふーん,そんなこともあったよね」というような答えばかり返ってくる。もちろん,筆者が尋ねたアメリカ在住のイギリス人と,イギリスで暮らすイギリス人とでは,感じ方にせよ,生活に対する影響にせよ,かなり異なるのは間違いないが,彼らはすでにEU離脱を受け入たか,あるいはすでに過去の出来事としてとらえているような雰囲気だった。
なぜブレクジットが起きたのか,その政治的,経済的,そして社会的な影響は,といった話は筆者の手に余るので,本連載では,ブレクジットが欧米ゲーム業界に与える影響に絞って考えてみたい。
イギリスには現在,Electronic Arts UK,Microsoft Studios UK,Nintendo Europe,SEGA Europe,Sony Interactive Entertainment Europe,Ubisoft Entertainment,そしてWarner Bros. Interactive Entertainmentなどの大手メーカーが,開発やビジネスの拠点を置く。
イギリスのゲーム業界全体では3万人ほどの正規雇用者が働いており,そのうち約1万1000人がデザインやプログラムなど,ゲームの開発に直接,携わっている。イギリス以外から来たEU圏の労働者は,その15%ほどを占める。
こうした知的労働力については,政府の政策によって納税やビザなどの優遇措置が継続されると言われているが,問題は,イギリスからほかのEU地域に「出稼ぎ」に行っている人材だ。イギリスのEU離脱により,これまでのように働くことはできなくなるという。
ただ,イギリスのゲーム業界団体UKIE(UK Interactive Entertainment)の資料によれば,そうした外国からのリターン組を受け入れるだけの雇用はイギリスでも十分に確保できるとしており,能力の高い人材が本国に戻ってくることは,長期的に見て良い結果を及ぼすのではないかと結論づけている。もともと,離脱派の主張の1つが,国内できちんと人材を育てて雇用者を増やしていくべきだというものであったのだから,海外で働いていたベテランがゲーム業界に帰ってくることは,悪い話ではない。
文化振興の助成金や関税,IPなどにさまざまな影響が
そんなTIGAが憂慮しているのが,EUの文化振興イニシアチブであるCreative Europeが運営するプログラム,「Horizon 2020」だ。これは,EU加盟国の有望なメディア関連企業を経済的に援助するもので,2014年から2020年までの7年間で,800億ユーロ(約9兆円)の予算が組まれているというから,規模はきわめて大きい。
運用開始の2014年には700社を超える援助要請があり,審査を受けて資金を手にした企業のうち,ゲーム関連企業は29社,援助総額は320万ユーロ(約3億7000万円)ほどだったという。
このプログラムをうまく活用したのがポーランドの11 bit Studioで,彼らの立ち上げたオンライン配信サービス「Games Republic」は現在,CD Projektの「GOG.com」に次ぐほどに成長した。また,独自のゲームエンジンにこだわるフランスのデベロッパ,Cyanideも支援を受けている。
イギリスでは,子供向け教育ソフトのパブリッシャ,Plug-In Mediaが7万8000ドルほどの資金をHorizon 2020から得ているが,こうした支援がイギリスのEU離脱によって失われてしまうことをTIGAは心配しているのだ。
その一方で,プログラムの原資となる800億ユーロのかなりの部分を,EU主要国であるイギリスが支払っていたのも事実であり,UKIEは,その資金を国内の文化振興に回せばよいとコメントしている。確かに,イギリスの資金でポーランド企業を支援するのは妙な話でもあるが,どちらの主張に分があるのかは,分からない。
このほかに,知的財産(IP)の所有権についても,早急に手を打たなければならないという主張もある。今のところ,過去から現在に至るイギリスのIPは,EUの設定したRegistered Community Designというシステムによって守られているが,EUを離脱すれば,その状況が変化することも考えられるのだ。例えばイギリスとそのほかのEU加盟国が共同でゲーム会社を設立していたような場合,IP所有権の整理で混乱することも予想でき,EU離脱と共にさまざまな問題が出てくる可能性は高い。
さらに,イギリスで制作されたゲームソフトに対して関税がかけられるという懸念も重大だ。イギリスのゲーム産業の規模は4億ポンド(約600億円)といわれているが,そのうちの実に95%が輸出によるものだ。EU全体の市場規模は,世界のゲーム市場の3分の1を占めるだけに,関税による支出もバカにはならず,これを嫌って,イギリスからほかのヨーロッパ諸国に拠点を移す大手企業も少なからず出てくるだろう。
現時点で,こうした事柄はすべて「予想」に過ぎないが,このままなら,2018年12月にイギリスのEU離脱は必ずやってくる。イギリスやヨーロッパで展開している日本のゲームメーカーも何がしかの影響を受けることになるだろう。この先も,イギリスゲーム業界の動向には注目していきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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