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Access Accepted第577回:ゲーム評価の妨げになる「Cost Per Hour」というコンセプト
ダウンロード販売サービスの「Green Man Gaming」が,ゲーム購入時の目安の1つとして,「時間単価」(Cost Per Hour)という指標の公開を始めた。これがゲーム開発者やメディアには不評を買っている。消費者であるゲーマーたちも,数字が持つ意味をしっかりと認識しておく必要はあるだろう。
消費者のゲーム評価を歪めかねないCPH
今月初め,ダウンロード販売サービスとして知名度を上げつつある「Green Man Gaming」がサイトを一新し,新しい情報を掲載し始めた。それは,各ゲームソフトのプロダクトぺージにある「STATS & FACTS」という項目をクリックすると遷移するページの右最上段にある,「時間単価」(Cost Per Hour)で,今回のテーマとなる指標だ。
「時間単価」(以下,CPH)というコンセプトは,広告業界で利用されてきた指標の1つで,2014年に経済誌であるFinancial Timesによって定義された。自動表示される映像をどれだけの時間,消費者が見ていたのかを計るもので,ビデオ広告の急増とともに注目されるようになっている。
こうしたトレンドに合わせてか,CPHを利用して「ゲームを終わらせるのにどれくらいの時間を要するか」を割り出すという「How Long to Beat」といった,統計サイトも登場している。
しかし,Green Man GamingがCPHの表示を始めるや否や,PC Gamerや,Kotakuを始めとする欧米のゲームメディアや,ゲーム開発者たちの間で議論が巻き起こったのだ。
たとえば,「Descenders」を開発したNo More Robotsのマイク・ローズ(Mike Rose)氏は,「非常に危険なアイデアを消費者に植え付けることになる」と,自身のTwitterで批判している。
「CPHで割り出される値が低いほど,ゲームのコストパフォーマンスが優れている」ということになるわけだが,ゲームは長く遊ぶことだけに価値があるのだろうか。
例えば,6000円で購入した「The Elder Scrolls V: Skyrim」を600時間遊び込んだ人であれば,CPHは「1時間あたり10円ぽっきりのエンターテイメント」になる。3000円で購入した「Hellblade: Senua’s Sacrifice」を10時間で終わらた場合は,1時間あたり300円ということになる。
1500円程度の「Firewatch」はゲーマーやメディアに高い評価を受けたが,駆け足でプレイすれば2時間でクリアできるので,CPHは750円とかなり高い。
また,ソフトを購入したもののキャラクターを作成した程度で “積みゲー”にした場合でも,Green Man Gamingでは自動的に換算されてしまう。全ユーザーの平均値として見れば誤差の範囲かもしれないが,これがフェアな指標になるとは言い難いのではないだろうか。
ゲームというエンターテイメントの価値をどのように評価するのか
ダウンロード販売サービスとして圧倒的な地位を築いているSteamの牙城に,よりオープンな姿勢で挑もうとするGreen Man Gamingの取り組みそのものは評価できる。「STATS & FACTS」にはCPHだけでなく,Green Man Gamingで何人の購入者がいたかや,どれだけのプレイヤーがゲームを終わらせているのかといった,本来なら伏せておきたいであろう情報も記載されている。
PC Game Insiderのインタビューを受けたGreen Man GamingのCEO,ポール・スルヨク(Paul Sulyoki)氏は,「2150億ドルともいわれるエンターテイメント産業において,ゲームはその3分の1ほどを担っており,ゲームの購買者には少しでも多くの情報を渡すべきだと考えています」と語っている。そして,「ゲームというメディアがどれだけコストパフォーマンスが良いかを相対的に知ってもらうことが目的でありますが,もともとは少しでも多くの情報が欲しいというユーザーコミュニティの要望に応えたものです」と,情報を開示の理由を説明している。
その一方で,前述したローズ氏が言うように,CPHのようなデータは,消費者にゲームに対する誤った印象を植え付けかねない。「面白いけど短い」という理由で,「Hellblade: Senua’s Sacrifice」や「Firewatch」のような作品の評価が下がり,それが売上に大きく影響するとなったら,開発者はプレイ時間を少しでも引き延ばすようなゲームデザインを強いられることになるかもしれない。
確かに,消費者にとってエンターテイメントのコストパフォーマンスは重要な指標の1つとなり得るだろう。2時間映画のDVDレンタルが300円なら,1回しか見なくても150円で2時間のエンターテイメントを楽しめる。程度の差こそあれ,我々はCPHのような計算を日常的に行い,何かを楽しんでいることも否定はできない。しかし,連休の計画として,「家族旅行はCPHが悪いから」という理由で,映画10本を借りて妥協する,という選択をする人がそれほどいると思えない。
Green Man Gamingの創設者でもあるCEOのポール・スルヨク氏。CPHを含むデータを公開するオープンな姿勢については支持できるが,何の前触れもなくCPHを公開することに対しては,筆者も賛成はできない |
本連載の読者であれば,「ゲームの評価の難しさ」は認識していると思うが,CPHという指標が示すゲームのコストパフォーマンスは,必ずしも「面白さを示す指標」ではない。そのことは念頭におくべきだろう。CPHだけでゲームを比較するような乱暴なことは,ゲームの未来のためにも避けてほしいものだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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