連載
炎上プロジェクトの火消しとかマジ勘弁。「放課後ライトノベル」第42回は『なれる!SE』で今週もデスマーチだよ
「SE」と聞いて,真っ先に思いつくものはなんだろうか。サウンド・エフェクトだというマニアックな人もいるかもしれないし,そういう人とは個人的にお友達になりたいが,もうちょいひねってスクウェア・エニックスという線も捨てがたい。
かくいう筆者もスクエニ(とくに旧スクウェア)のゲームにはずいぶん楽しませてもらってきた。中でも思い出深いのはやはり,PlayStationを買って最初にプレイした「ファイナルファンタジーVII」。今でこそ続編が出るたびに賛否両論のFFシリーズだが,当時は本当に夢中になってプレイしたものだ。これを読んで「中二(笑)」と馬鹿にしている人も,「超究武神覇斬」の響きに一度もときめかなかったとは言わせないぜ。
しかしこうして大人になってから振り返って心に響くのは,主人公サイドではなく敵方,タークスの面々。「会社命令」の下に仕方なしに主人公たちを追い回す連中の姿を思い返すにつけ,会社勤めの切なさに涙を禁じえない。今なら奴らとうまい酒が飲めそうだぞ,と。
というわけで今回の「放課後ライトノベル」では,そんな日々労働に汗を流している大人の皆さんにぜひ読んでほしいライトノベル『なれる!SE』をご紹介。こっちのSEは普通に「システムエンジニア」のことだが,別にSEに詳しくなくても読めます。ソースは筆者。
『なれる!SE4 誰でもできる?プロジェクト管理』 著者:夏海公司 イラストレーター:Ixy 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:599円(税込) ISBN:978-4-04-870528-8 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●1冊でわかる?地獄のSE生活
主人公は大学を卒業し,新社会人として社会に出ようとしていた青年,桜坂工兵(さくらざかこうへい)。就職活動にことごとく失敗し,焦りつつあった彼は,あるとき目にした求人広告に惹かれ,「スルガシステム」というIT系の企業に就職を決める。それまでITにはまるで縁がなかった工兵だが,希望にあふれる広告の文言に魅せられ,意気揚々と入社する。だが初出社した工兵が目にしたのは,求人広告とはまるで異なる会社の実態。騙された,と気づくも時すでに遅く,工兵は否応なくSEとして会社員人生を歩み始めることになる。
SEといえば,ネットでは過酷なことで有名な職業。少し前には,とんでもないブラック企業に入ってしまったプログラマの姿を描く「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」なんて物語が話題になったが,『なれる!SE』で描かれるのもそれに負けず劣らず壮絶なSEの実態。研修など一切行われないままいきなり実戦投入され,参考書を片手に目の前の課題に取り組む日々。だからといって上司からの評価に手心が加えられるということはなく,ミスすれば容赦なく叱責が飛んでくる。
残業で終電帰りは当たり前,徹夜や休日出勤だって珍しくない。身も心もボロボロになっていく工兵の姿を半笑いで眺めていた読者も,読み進めるうちやがてその笑いが徐々に凍りついていくに違いない。
●みんなでできる?問題解決
と,これだけ読むとただただげんなりしてしまいそうだが,そうした苦労譚は『なれる!SE』という作品の一部でしかない。確かに赤裸々に描かれるSEの過酷さもこの作品のポイントだが,それ以上にストーリーが少年マンガばりに「熱い」のだ。
1日も早く仕事に慣れるべく日々四苦八苦する工兵だが,そうしている間にも仕事は容赦なく舞い込んでくる。スケジュールがかつかつな無茶な案件,無知な取引先から持ち込まれる滅茶苦茶な要望,同業他社との熾烈な争い――ベテランの上司でさえも苦慮する難局の数々が,工兵たちの前に立ち塞がる。そんなときに生きてくるのが工兵の蛮勇。絶体絶命に思われる状況を,彼が新人ならではの思い切りと発想力で打破していくカタルシスは,それまで周囲の人間にボロクソに言われていただけに実にたまらない。
1人では半人前以下の工兵だが,周囲の優秀なスタッフを味方につけることで,時に一人前以上の働きを見せる。また最初は世の理不尽を嘆くばかりだった工兵自身も,途中から己の未熟を自覚し,学習を繰り返すことで少しずついちSEとして成長していく。そうして最後には,一見不可能にすら思えた目的を達成する――という,まさに「友情(チームワーク)」「努力」「勝利」の物語となっている。単なるSE残酷物語ではないのだ。
なお先に「周囲の優秀なスタッフ」と書いたが,その中心となるのが工兵の直属の上司である室見立華(むろみりっか)。腕は確かだが仕事には厳しく,ぶっきらぼうで工兵への指導も容赦ないなど,まさに「鬼の上司」といったところだが,立華という名前から分かるとおり可憐な外見の女性(ただしお子様体型)である。そのほかにも謎めいた事務のおねーさんや他部署の同僚,取引先の担当者など,工兵の周囲に集まるのは魅力的な女性ばかり。これだけでも工兵は十分に恵まれていると思うのは筆者だけだろうか。そんな彼女たちとのオフィスラブ(死語)もこの作品の見どころだ。
●いつかはなれる?一人前SE
最新4巻で工兵は,ひょんなことからあるプロジェクトのプロジェクトマネージャ(PM)に抜擢されてしまう。PMなど,工兵どころか立華もまったくの未経験。チームが一向にまとまらないまま,納期が刻一刻と迫る中,果たして工兵はプロジェクトを完遂することができるのか。ほかにも謎に包まれていた立華の私生活の一端が明かされるなど,今後が楽しみになるエピソードも盛り込まれている。
ライトノベルが数ある中で,ここまで読み手の立場によって感想が変わってくる作品もほかにないだろう。自分もSEだ,という人なら作中の描写に共感したりツッコミを入れたり胃が痛くなったりするだろうし,これから社会に出て行く学生であればSEへの希望と憧れ,そしてそれをはるかに上回る「SEにだけはならねぇ」という強い気持ちを抱くことだろう。
筆者はといえば,SEとはまるで縁のない業界で働く身だが,そんな立場から見ると,工兵の過酷な業務実態に同情する一方,その成長ぶりがどこか羨ましくもある。己の食い扶持を稼ぐだけで精一杯な我が身に対し,工兵は日々の仕事を通して着実に成長を続けている。このまま成長していけば,いずれ超一流のSEとして大成することだろう(現在でもすでにそのスキルは新人離れしているが)。あくまでフィクションだというのは分かっているし,ブラックな業態も決して褒められたものではないが,「お金を稼ぐだけが仕事じゃないんだぜ」と言われているようで,ちょっと考えさせられたりもするのだった。
なお,ITに疎い筆者は4巻を数える今でも作中の専門用語の大半をさっぱり理解できていないのだが,そうした言葉が出てきたときは適当に読み飛ばすことにしている。鍵となる用語は工兵が説明してくれるし,それでも十分ストーリーは理解できるので,「SEのことなんて全然分からない」という人も一度手に取ってみてほしい。考えてみればゲームでも「古代種」とか「ジェノバ・プロジェクト」とか,たびたびなんだかよく分からない用語が出てくるしね。ゲーム脳万歳。
■「働く人々」を描いたライトノベル
『なれる!SE』に限らず,職業人を主人公に据えたライトノベルは意外と多い。これまでこの「放課後ライトノベル」で紹介してきた中でも,『狼と香辛料』はもろに商売の話だし,『レイセン』の主人公,ヒデオは宮内庁神霊班の一員として上司にしごかれる日々を送っている。『フルメタル・パニック!』の回のコラムで紹介した『コップクラフト』は,主人公が刑事でおっさんという,ライトノベルでもほかに類を見ない作品だ。
『アイゼンフリューゲル』(著者:虚淵玄,イラスト:中央東口/ガガガ文庫)
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TVアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の脚本や『Fate/Zero』などで知られる虚淵玄初のオリジナル小説『アイゼンフリューゲル』(ガガガ文庫)もまた,職業人を主役とする作品だ。竜が存在する世界で,それよりも速く空を駆ける航空機の開発を目指す男たちの姿が描かれる。職業人というよりは職人の話といった趣だが,己の仕事に懸ける意気込みや,上層部との軋轢など,職業もののエッセンスはしっかりと押さえている。
こうした「働く人々」を描いた作品の中でも,『なれる!SE』は現実的という点で他の追随を許さないが,一般小説ではある業界の内情を描いた作品というのはそれほど珍しくない。今後はライトノベルでも,業界知識を生かした作品が増えていくのではないだろうか。
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