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なべて世はこともなし。「放課後ライトノベル」第55回は『僕はやっぱり気づかない』を紹介しても僕はやっぱり気づかない

ハァイ! 「放課後ライトノベル」の,年下よりも年上が好きなほう,宇佐見です。
いやぁ,TVアニメ「TIGER & BUNNY」も最終回に向けていよいよ佳境ですな。一時はアレげな知人たちのせいでキャラクターを掛け算でしか見られなくなったりもしたけれど,後半に入って主役の二人がフォーカスされるようになってからは話が面白くなる一方。とくに虎徹の苦悩には,見ていて激しく共感を覚えることしきりである。
想像してみてほしい。平和のために日々危険を冒して犯罪者と戦っているのに,正体を隠しているがゆえに娘の楓には何かと文句を言われてしまう悲しさ。望んでヒーローをやっている以上は仕方がないとはいえ,最も守りたい相手から最もキツいことを言われてしまう虎徹の姿には涙を禁じ得ない。
もっとも楓の態度も,恐らくは父親にもっと甘えたいという思いの裏返し。父親と同じくらい頼れる相手が見つかれば,きっともう寂しい思いをしないですむだろう。安心して楓ちゃんを預けられる人がいれば,パパも安心できるしね! ということで虎徹,いやお義父さん,今すぐ娘さんをボクにください!(※編注:楓ちゃんは小学生です)
……とまあこんな感じで,周囲に正体を明かせないヒーローというのは,なかなかどうして大変なものなのだ。「美少女が戦っている場面に偶然遭遇したのをきっかけに,平凡な人間だった主人公が非日常の世界に足を踏み入れる」なんてパターンが定番化するのも無理はない。
だがしかし,もしその主人公が,ヒロインが人知れず戦っていることにいつまでたっても気づかないとしたら――? 今回の「放課後ライトノベル」は,そんなテーマの下に書かれた『僕はやっぱり気づかない』をご紹介。「ラノベ史上最鈍感男」のキャッチコピーは伊達じゃないぜ。
| 『僕はやっぱり気づかない』 著者:望公太 イラストレーター:タカツキイチ 出版社/レーベル:ホビージャパン/HJ文庫 価格:650円(税込) ISBN:978-4-7986-0261-5 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●ヒーローなんて出てこない,退屈で平凡な日常の物語です
高校2年生の籠島諦(かごしまあきら)には,一つの信念があった。それは「世界は退屈だ」というもの。どんなに願っても,マンガやアニメのような劇的な出来事は決して起こらない。この世には,魔法使いも電脳戦士も超能力者も存在しない。けれど諦は,そんな平凡で退屈な世界を「このくらいがちょうどいい」と肯定し,毎日を平和に生きていた。
ある日,諦は学校からの帰り道,公園で奇妙な出来事に遭遇する。突如消失した自分の右腕,巨大な狼の出現,そして呪文によって炎の槍を生み出す白いローブ姿の少女。異常な状況の中で諦は意識を失い――目覚めたときに彼が見たのは,同じ高校の制服を来た少女・栗栖=クリムゾン=紅莉亜(くりす・くりむぞん・くりあ)と,何の異常もない右腕だった。混乱の中で,諦はある事実に気づいてしまう。その事実とは――!
「そっか。寝ちゃったのか、僕」
その後もパソコンに向かっていた先輩・神楽井もにゅ美(かぐらいもにゅみ。ちなみに本名)が突然意識を失うという場面に遭遇したり,クラスメイトの織野栞(おりのしおり)が,工場が大爆発するようなやたらとお金がかかっている感じの“自主制作映画”に出演しているのを知ったりと,ちょっとしたイベントは起こるものの,それらを除けば平凡な日常が淡々と続いていく。
そう,この世界ではドラマティックな出来事なんて起こりはしない。もにゅ美とデートに行った先で火災に巻き込まれたり,栞の出ている自主制作映画に“エキストラ”として参加させられてしまったりしても,それが世界の命運を左右したりすることはない。ましてや栗栖が異世界からやって来た魔法使いだったり,もにゅ美が未来から訪れた電脳戦士だったり,栞が組織の指示で戦う超能力者だったりすることなど断じてない。こういうのを今はやりの「日常系」と言うのだろう。きっと。たぶん。恐らく。
●鈍感な主人公の前に現れるのは,とても個性的な少女たちです
さて,いきなり帯で「ラノベ史上最鈍感男」というキャッチがつけられてしまった諦。だが,周囲を固める三人の少女たちがそれに勝るとも劣らないほどの個性の持ち主であることを,諦は物語の中で知ることになる。
例えば栗栖は,自分と同じ名前の主人公が活躍する「クリスの大冒険」なる異世界ファンタジーマンガのファンで,登場キャラのコスプレをして必殺技の練習をしてしまったりする,ちょっとイタい子。
また栞は,基本的には率先してクラス委員長を務めるようないい子なのだが,しょっちゅうお腹をこわしては,まるで上司から指令を受けたような緊張した様子でその場を去っていくのが玉に瑕。制作中の映画には,久我山という役名(本名は「星空キラ子」という……らしい)の上司がいる,「オリノ」という名の超能力戦士として出演している。
そしてもにゅ美に至っては,ガク太という名の熊のぬいぐるみを使って腹話術をするという特技の持ち主。そのうまさたるや,ガク太が自分の意思でしゃべっているかのように見えるほどだが,ときどきなぜかガク太に卑猥なことを言わせたりして諦をドン引きさせている。ほかにもライトノベルを「古典文学」と称したり,エロゲーを「古き良き日本の文化」だと主張したりと,まるで未来からやって来たかのような発言をしては凛々しい外見を台無しにしている(そういえば,少し前にこのコーナーで似たようなことを書いた覚えが……)。
とまあ,諦の目からはずいぶん変わり者だらけに見えるヒロインたちだが,諦はそんな彼女たちの苦しい言い訳でも「そうだったのか」と受け入れる度量の広さの持ち主。彼女たちは皆,諦と話しているとなぜか苛々したり脱力したりするのだが,諦がそのことを気にする様子は微塵もなし。その懐の広さを見た読者の誰もが「いいからもう気づいてやれよ」と突っ込みたくなるに違いない。何にとは言わないが。
●正義の味方がいてもいなくても,今日も世界は平和です
ところで,まったくもって話は変わるのだが,フィクションにおける「正義の味方」というのは――冒頭で挙げた「TIGER & BUNNY」がそうであるように――しばしば自分の正体を明かさずに戦っている。周りの人間を巻き込まないようにとか,いろいろ理由はあるのだろうが,よく考えるとこれは非常に大変なことだ。
正体を隠しているがゆえに,その痛みやつらさは誰にも知られることがない。戦いに勝ったところで,得られるものといえばどこまでも平凡で退屈な日常。しかも,そのことを誰にも感謝されない。言葉の響きの良さに反して,ここまで“割に合わない”役目もほかにないだろう。そうした環境に絶望し,正義の味方をやめてしまう人間が出てきてもおかしくない。
にも関わらず,正義の味方が戦い続けるのはなぜなのか? この『僕はやっぱり気づかない』という物語は,そんな疑問に対する一つの答えを見せてくれる……ような気がする。そして同時に,もし,仮に,万が一,正義の味方が人知れず世の平和を守るために戦っているのだとしたら,凡人である我々には何ができるのか? という問いを投げかけてきている……ような気もする。
実は諦自身,かつては正義の味方に憧れ,マンガの真似をして修行をするような子供だった。そんな彼が現在のようなのほほんとした性格になった背景には,幼い頃のある出来事が関わっている。それこそが本作の構成の妙であり,本作を単なる一発ネタではない,深いテーマ性を持った作品に仕立て上げている最大の要因である……はずなのだが気のせいかもしれない。
何はともあれ,世の中平和が一番。“魔法使いも,電脳戦士も,超能力者もまったく登場しない”平凡で退屈なこの物語を通して,そんな思いを改めて感じてみてほしい。
■鈍感な人でも分かる,第5回ノベルジャパン大賞受賞作品
今回紹介した『僕はやっぱり気づかない』は,第5回ノベルジャパン大賞(第6回から「HJ文庫大賞」に改称予定)の金賞受賞作。本連載の第49回で紹介した『僕の妹は漢字が読める』は,その銀賞受賞作だ。この2作を含め,同回からはこれまでに4作が刊行されている。
『オレと彼女の絶対領域(パンドラボックス)』(著者:鷹山誠一,イラスト:伍長/HJ文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
残る2作のうちの1作,二つめの銀賞受賞作は,ツガワトモタカ『白銀竜王のクレイドル』。学園もの華やかりしこのご時勢にファンタジー,しかも定番中の定番である「竜」をテーマにしているという意欲的な作品だ。とはいえ要所要所には独自の感性がうかがえ,互いに反目する兄弟,パートナーに殺されたがっている少女など,キャラ立ても光っている。
最後に紹介するのが,栄えある大賞を受賞した鷹山誠一の『オレと彼女の絶対領域(パンドラボックス)』。どことなく異能力バトルものを思わせるタイトルだが,あえてジャンル分けするなら学園青春もの。予知夢を見る体質の少女に恋してしまった主人公が,彼女を振り向かせるために彼女の見る未来を変えようと奮闘する。ヒロインの思いが切なさを感じさせる一方で,予知夢という現象を量子論に絡めて説明するという斬新さも。
ちなみに『僕はやっぱり気づかない』著者の望公太は第3回GA文庫大賞の優秀賞も受賞しており,9月にGA文庫から『Happy Death Day ~自殺屋ヨミジと殺人鬼ドリアン~』を刊行予定。こちらも要チェックだ。
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